05/03/31 02:49:30
ある日浦島が浜へ行くと、グロテスクなまでに大きくなった海亀が、
小さな毛むくじゃらの生物に噛みつかれ、苛まれていた。
そこで浦島太郎がこの生物に残忍な蹴りをくわえて深淵に落とすと、
亀は感謝して、彼をルューグフゥの館へ招待した。
こうして浦島は亀の背にまたがって海に入ると、いつ終わるとも知れぬ旅に出たのである。
波間に戯れる人間のような影、海百合状の肢で泳ぐ海星のような頭の生物、
イルカの群れに囲まれてあらぬ方へと流れゆく巨大な舟のような物体など、
異界的な眺めに心を躍らせつつ潜ってゆくと、ついにルューグフゥの館に到着した。
それは今までに見たこともない建築様式の、壮麗でありながら
異様な角度の壁面と擬似六角形の柱を擁する巨大な館であった。
館に入ると、乙姫と名乗る醜い白化症の女が出迎え、
たずさえていた鉄筆と蝋板で古式ゆかしい歓迎の言葉を記した。
浦島は数日をそこで過ごした。
鯛や平目を思わせる相貌の従者たちが宴席に現れると
か細く単調な笛の音、くぐもった狂おしい太鼓の連打、ゆるやかなぎこちない踊りを披露し、
浦島は心ゆくまで楽しんだ。
別れ際、乙姫は浦島に妙にゆがんだ形の、おぞましい彫刻を施された玉手箱を渡し、
どんなことがあっても開けてはならぬと警告した。
さて浦島がもとの浜にあがると、村人や漁師たちの姿はなく、
巨大な甲虫のような生物が闊歩していた。
恐慌に駆られた浦島が玉手箱を開けると、菫色の気体が彼の体を包んだ。
声も出せず、浦島はただ、両腕を苦しげにふりまわすばかりだったが、
いつかその腕もねじまがっていった。
生ぬるく腐臭をおびた風が菫色の気体を吹き払うと、
浦島太郎は、波に漂う灰青色の塵と変わっていた。