05/08/12 03:13:45 ONbjlzE1
「でも、ものっすごい剣幕だったでなあ…」
信長の敗走。
深手を負い敵大将に助けられるという屈辱。
「…手近に刃物でもあったら、腹掻っ捌いてるとこだったべな。
まああの調子じゃまだおきられねえだども」
ふと、いつきは口元をおさえ、顔を赤らめた。
思わず体が動いて、ああしていた…。昔母親が幼い自分にしてくれたように。
「おっかぁ…柿あげても泣き止まない子はどうしたらいいべ?」
いつきは両の手で湯を掬い上げ、ばしゃばしゃと何度も顔にかけた。
「あの子は、悪い子じゃねぇ。だども…」
あれは魔王の子。
自分は、大地の神様の力をかりて戦うもの。
敵対するものに、いまもかわりはない。
(たすけたからって、いくさから離れられるわけでもねぇ…)
(あの子も、おらも。明日にはふたり共敵同士で、戦ってるかもしれねえ。)
胸の中のちりちりとした痛みは熱を帯び、全身に広がっていく。
ばしゃっ。
いつきは湯の中に深く潜り込んだ。
暖かな湯の中でぎゅっと目を瞑って、泣いていた。
頬を伝わるはずの涙は、揺らぎになって融けた。
(なんだべ…かなしいなぁ…)
蘭丸に心惹かれはじめていること。
いつきはまだ、その感覚を理解することができなかった。
(神さまぁ、おらさ何のためにあの子をたすけただか…?)
(…なんだか胸が苦しいベ、神さま。おら、もう…)
ざぶっ。
「ひゃっ!」
腕をつよく引っ張りあげられていつきは小さな悲鳴を上げた。
髪からポタポタと雫が落ちる。顔を伝う水気を首を振ってはらいのけ、そっと目を開く。
そして、みずからの置かれている状況がすぐにはのみこめず、
いつきはぼんやり傍らに立つ人を見た。
蘭丸……?