06/11/17 07:52:49 4XukaNVP
まとめになるかどうか知らんが、こないだ山川の詳説世界史研究を買ったので100年戦争のところを書き出そう。
まずは背景となる前期百年戦争から。
ヴァロワ朝の成立と前期百年戦争
1328年フランスのカペー王家が断絶すると、ヴァロワ朝のフィリップ六世が即位しヴァロワ朝が成立した。
大陸におけるイギリス性欲の一掃を図る国王は、折からイギリスとスコットランドが抗争中であることを利用し、
1337年ギュイエンヌ公領の没収を宣言した。これに対し、イギリスのエドワード三世は、
同年自己のフランス王位継承権を主張、39年には北フランスに侵入して戦端を開いた(百年戦争1339~1453)。
その後、間歇的ながらも、一世紀以上にわたり戦争は展開されることになる。この戦争の背景には、
ヨーロッパ有数の毛織物産業地帯フランドルの支配を巡る両国間の昔年の対立と、
これを契機にアンジュー帝国の再現をもくろむイギリス王家の野心があった。
百年戦争では、常にフランスを戦場に戦われた。初期の戦いでは、まずフランドルのスロイス沖の海戦(1340)で
イギリス軍は大勝し、フランス軍は英仏海峡の制海権を失った。つづくクレシーの戦い(1346)でもエドワード三世率いる
イギリスの長弓隊は数において勝るフランスの重装騎士と弩隊を撃破し、翌年海港都市カレーを占領した。
また南フランスではエドワード黒太子(1330~76)の指揮するイギリス軍がポワティエの戦い(1356)でフランス軍を破り、
国王ジャン二世を捕虜にするなど、常に戦闘はイギリスの優勢のうちに推移した。この間、フランスは黒死病の大流行(1347~48)
に見舞われ、1358年にはパリ市民の反抗とジャクリーの農民一揆が勃発した。しかし、王太子シャルルはこれらの騒乱を鎮圧すると
イギリス軍の攻勢によく耐え、結局ブレティニー=カレー条約(1360)を結んで、エドワードの手からフランス王位を守り抜いた。
彼はまもなくシャルル五世(賢王、1364~80)として即位すると、軍政改革と王室財政の強化に努め、
イギリス側に奪われた領土の多くを回復していった。
とりあえず前半終了。これ一応、高校用の参考書なのよね。すっげえ萌える。