【みわくの眼差し】ククール×ゼシカ 5【愛のムチ】at FF
【みわくの眼差し】ククール×ゼシカ 5【愛のムチ】 - 暇つぶし2ch50:名前が無い@ただの名無しのようだ
06/01/21 09:42:33 yV92GnMx0
うん、踊り子と同棲までさせることはなかったんじゃないか、とは思う。

51:名前が無い@ただの名無しのようだ
06/01/21 09:55:55 qZ7NmJf+0
(*´д`*)モット激しく!!

52:名前が無い@ただの名無しのようだ
06/01/21 12:32:33 682DpM9A0
>>23
あー、とうとう終わってしまったのですね。まだ幾つかネタがあるということですが、
寂しい気持ちでいっぱいです。

最後の最後で幸せいっぱいの二人。でも甘すぎないさわやかなやり取りが彼ららしいです。
そしてククの「ずっとゼシカだけ見てた」の台詞には、
ずっと綴られてきた彼の行動とか会話なんかが思い出されて、ジンと来てしまいました。
わたしJbyさんのククール、ほんと好きなんですよ。

最後に1つ。物事を始めるのは簡単。でもそれを最後まで完了させるのは努力と強い意志が必要。
だから連載小説を完成なさったこと十分誇って良いと思います。お疲れ様でした。

53:名前が無い@ただの名無しのようだ
06/01/22 13:36:37 vjvVwOLC0
何様www

54:名前が無い@ただの名無しのようだ
06/01/22 17:54:31 4g6JAYFg0
SSの書き手さんによって微妙にキャラの性格とか
設定が違ったりするけど、Jbyさんのキャラってみんな
無理がない感じで、すごい読みやすかったなぁ。

あえて言うならククールがかっこよすぎ&ゼシカがかわいすぎってところくらいw
本来のアホさとワガママさが薄められて、めちゃくちゃかっこよかったし
かわいかった。(*´Д`)

また小ネタが来る日を夢見てお待ちしております(・∀・)
個人的には「整っているようでいてブサイクすれすれの男」との
縁談をゼシカが断るところが見たいかも。
あ、でもそれじゃククゼシじゃなくなるのか。スンマソ。

55:名前が無い@ただの名無しのようだ
06/01/25 08:27:47 bFMmjZes0
hosh

56:名前が無い@ただの名無しのようだ
06/01/25 22:17:44 GMGX/9eP0
そして 拝見しました。うおおおおおおおJbyさんありがとうハァハァ(´Д`;)ハァハァ
ゼシカから見て、ククールがカワイイというのがめきめき伝わってきてこっちもにやにやし通し。
ククゼシの、ひとつの終わりを見ますた゚(ノД`)゚

57:名前が無い@ただの名無しのようだ
06/01/27 22:57:23 Lbwoo8Vz0


58:名前が無い@ただの名無しのようだ
06/01/30 21:04:54 bj9Igipn0
保守

59:名前が無い@ただの名無しのようだ
06/01/31 13:01:19 /DfognO40
あ!

60:名前が無い@ただの名無しのようだ
06/01/31 22:02:00 Aek7jR0L0
Σ(・A ・;)

61:名前が無い@ただの名無しのようだ
06/02/01 12:59:10 m0IcwICw0
DQ8三週目始めた。ククールがかっこよすぎることに気付いた。遅すぎ。
指輪を渡されて、テレながら怒るゼシカが、ほんといいねえー。

62:名前が無い@ただの名無しのようだ
06/02/02 10:55:57 /B2k8UlK0
>61
あれ、同じような状況w
ククール単独スレってまた落ちちゃった?

63:名前が無い@ただの名無しのようだ
06/02/02 13:02:06 LkzpRRwR0
>62
落ちた。
最近スレが乱立傾向にあるようで、週二回は圧縮かかる(総スレ数670前後で圧縮)。
こまめに保守しないと落ちるよ。

64:名前が無い@ただの名無しのようだ
06/02/03 09:45:11 2juwsHpJ0
hosh

>>61
いいなぁ。2週目したくなってきた。
でも時間がないから指輪のシーンだけ見ようかな。

次にやるときは弓と格闘技あげまくっていろんな特技がみたい。

65:名前が無い@ただの名無しのようだ
06/02/04 09:36:29 1pifetCdO
>>64
禿同。
色んなククールが見たい!

66:名前が無い@ただの名無しのようだ
06/02/04 20:11:02 SyLoTkBK0
( ´_ゝ`)フーン

67:名前が無い@ただの名無しのようだ
06/02/05 19:59:06 TyZgrsev0
たくさんの労いのお言葉ありがとうございました。
もうちょっとだけと言っておいて、また長いの書いちゃいました。
『そして』の前編と後編の間の時系列の話ですが、ククール編の方、前スレの『秘密』を読んでない方には意味わからない話になっちゃいました。
すみません、予めご了承ください。

68:『暖かい世界』ゼシカ編1/8 ◆JbyYzEg8Is
06/02/05 20:03:15 TyZgrsev0
ラプソーンを倒し、リーザス村に戻ってきてから、もう一カ月。
本を読んだり、刺繍なんかしたりして、一日のほとんどを家の中で過ごしている。
ただ心だけが世界を飛び回っていた頃に戻る。たった一カ月しか経っていないのに、もう何年も前のことのような気がしてしまう。
痛いことや辛いこともたくさんあったけど、生きてるって実感できた日々。毎日が楽しかった。
だけど、懐かしく思い出したいのに、どうしてなのか悲しい気持ちになってしまう。
ラプソーンを倒せば、もう悲しいことはなくなるって思ってたのに、どうしてこんな気持ちになるんだろう。
ドルマゲスを倒した時、仇を討ったって兄さんが戻ってくるわけじゃないという当たり前のことを再確認させられて、虚しさに負けてしまった。
それに懲りたから、ラプソーンを倒した時はそうならないようにしようと決めていたのに、結局私は何も成長していない。
ククールが今の私を見たら、どう思うかしら。
あんなに何度も『戦いが終わった後のことを考えろ』って忠告してくれてたのに、私ったら全然それを活かせてないんだものね。
そりゃあ、子供扱いもされるわよね。
それなのに『心配でほっとけないからリーザス村で暮らさない?』なんて傲慢だわ。本当にバカみたい。

『ゼシカはほっとけないからな・・・世話のやける可愛い妹みたいでさ』
別れ際のククールの言葉が耳を離れない。
額にキスされたのはイヤじゃなかった。だってすごく優しかったから。
それなのに思い出すたびに、胸が締め付けられるような苦しさを感じる。
大事に思ってくれてるのは伝わってきたのに、どうしてなんだろう。
・・・とうとう最後まで対等な仲間になれずに、一方的に守られる存在でしかいられなかったんだとわかって、悲しかったのかもしれないわね。

「どうしたの、ゼシカ。あなたも熱が出たんじゃなくて?」
お母さんが心配そうに訊ねてきた。
いつの間にか額に手を当てていたから、そう見えたのかもしれない。
「ううん、何でもないわ。ちょっと考え事してただけ」
私が家に帰ってすぐ、お母さんは心労が祟って倒れてしまった。
ずっと一人で家を守ろうと気を張り詰めていたのが、緩んでしまったらしい。
要するに精神的なものなんだけど、やっぱり放っとけないので、こうして看病はしてる。


69:『暖かい世界』ゼシカ編2/8 ◆JbyYzEg8Is
06/02/05 20:04:21 TyZgrsev0
「少し外を歩いてきたら? 家の中にずっといたんじゃあ、気が滅入るでしょう?」
サーベルト兄さんが生きていた頃、家の中でジッとしてるのが大嫌いだった私に『少しは女らしく、家で花嫁修業しなさい』って言い続けてたお母さんの口から、こんな言葉を聞ける日が来るとは思わなかった。
この一カ月、私とお母さんは、今までに無いほど良好な関係を保っている。少なくとも一度も怒鳴りあってはいない。
お母さんの気が弱くなってるっていうのと、私も病人相手にケンカするつもりはないっていうだけなのかもしれないけど。
でも少し考えないといけないとは思う。
以前はサーベルト兄さんが仲裁してくれていたけど、その兄さんはもういないんだもの。
「私もそろそろ起きようかと思ってるのよ。今日の夕食は食堂で一緒に摂りましょう。最近あまり食べてないって聞いたわよ。少し動いて、お腹を空かせてらっしゃい」

せっかくお母さんが心配して勧めてくれるので、少し外の風に当たりにいくことにした。
教会までゆっくりと歩き、サーベルト兄さんの墓に参る。
兄さんのお墓を守りたいというのも、私がこの村に留まる理由の一つ。
旅が終わって仲間と離れるのが寂しくて、ずっと皆で旅を続けられたらいいなって思ってたけど、それは夢みたいな話で、皆それぞれの人生がある。
私はこうしてリーザス村で暮らしていくのが、やっぱり一番自然なことなのかしら。

「ゼシカお姉ちゃん、見て見て! 私、本当にモシャスが使えるようになったの!」
陽が落ちかかり家へ向かう道の途中、魔法使いを目指す村の女の子、ミーナが嬉しそうに駆け寄ってきた。
「ほら、スライムにモシャス!」
・・・ミーナは見事に変化した。
「あれー! 変だな、動けない。それにゼシカお姉ちゃんが大きく見える」
スライムピアスに。
「あーあ、つまんない。今度こそって思ったのに」
元の姿に戻ったミーナはボヤいている。
「ほら、だからメラから練習しなさいって何度も言ってるでしょう? 基本が出来てないからそうなるのよ」
それでも一応変化は出来てるんだから、才能はあるのよ。ちゃんと伸ばさないともったいないわ。


70:『暖かい世界』ゼシカ編3/8 ◆JbyYzEg8Is
06/02/05 20:05:59 TyZgrsev0
「ねえ、ゼシカお姉ちゃん、『コイワズライ』って何?」
この年頃の子の無邪気な言葉には、時々ドキッとさせられる。以前も『ボンッキュッボーン』て何? なんて訊かれて、返事に困ったことがあるもの。しかもそれ、村の人が私のことをそう言ってるんだっていうんだから、どう答えろっていうのよね。
「う~ん。恋煩いっていうのはね。好きな人がいるんだけど、その人とうまく仲良くできなくて病気みたいになっちゃうことよ」
「病気になっちゃうの? それなら仲良くすればいいのに、どうして?」
これは難しいわ。私だって造形が深いわけじゃないのよ。
「だってね、好きな人が同じように、その人を好きになってくれるとは限らないのよ。二人ともが同じくらい好きじゃないと、仲良くはできないの」
ミーナが泣きそうな顔になってしまう。
「病気になっちゃヤダ・・・」
「ああ、違うのよ、本当に病気になるわけじゃないの。あくまで『病気みたい』になるだけ。だから大丈夫よ」
「ほんと?」
「うん、本当」
何度も頷いてしまう。苦手分野の話の途中で泣かれるのは辛いわ。
「じゃあ、ゼシカお姉ちゃんも大丈夫なの?」
「・・・私?」
「お父さんとお母さんが話してたの。ゼシカお姉ちゃんが帰ってきてから元気がないのは『こいわずらい』してるからだって」

それからの数時間、私の頭は考えるということを拒否したようだった。
普通にミーナと別れ、家に帰ってお母さんと夕食を食べ、お風呂に入って部屋に戻った。
だけどドアを閉めた途端、洪水のようにいろんな感情が溢れ出した。
あんな小さな子供に言われるまで気が付かなかった鈍い自分への腹立たしさ。村の人達に知られてしまっている恥ずかしさ。相談できる人が誰もいない寂しさ。そして気づいてしまった気持ち。
「ククール・・・」
名前を口にしただけで、涙が抑えられなくなった。
そばにいる時は、名前を呼ぶのが嬉しかった。私を見てくれる瞳も、返事をしてくれる声も、差し出してくれる手も、全部嬉しかった。きっとずっと好きだったから。
『世話のやける可愛い妹』
この言葉が頭を離れなかったのは、恋愛相手としては対象外だと言われたのと同じだったから。それがずっと悲しかったんだ。
だけど今さら気づいたってもう遅いのよ。私はもう一カ月も前に失恋してしまってるんだもの。


71:『暖かい世界』ゼシカ編4/8 ◆JbyYzEg8Is
06/02/05 20:07:02 TyZgrsev0
一晩中泣き続け、それでも明け方少し微睡んで、目を覚まして起き上がり鏡を見た時には、自分の顔のひどさにショックを受けた。
瞼は腫れ上がって、目の下には隈ができてて、とても人前には出られない。
こんな風になったのは、サーベルト兄さんが殺された時以来だわ。
・・・でも旅の間にだって、眠れずに泣いた夜は何度もあった。
だけどチェルスを死なせてしまった時も、メディおばあさんを助けられなかった時も、こんな顔にはならなかったのに。
そして私は、また気が付く。
こんな風に泣きあかした夜、明け方にやっぱり少し微睡んでいる時、緑色の柔らかい光を感じることがあった。今思うと、あれはホイミの魔法。きっとククールが、私が眠っている時を見計らってかけてくれてたんだ。
・・・私、本当に何もわかってなかった。
ククールが優しい人だってこと、知ってるつもりだった。いっぱい助けてもらって、守ってくれてたこと、ちゃんとわかってるつもりでいた。でもきっと他にもたくさんあったはず。私が気づかない間にしてくれていた優しさが。
・・・でもそれは全部『妹みたい』な私に向けられていたものだった。
そう思うとまた悲しくなって、一日中部屋に閉じこもって泣き続けた。

だけど不思議なもので、その後の私は、それまでの一カ月よりはずっと元気になった。
原因のわからない悲しさよりも、理由がはっきりしてる悲しさの方が幾分マシだったみたい。ポルトリンクへ定期船の様子を見に行ったり、リーザス像の塔の見回りをしたりと身体を動かし、食事も普通の量を摂るようになった。
私は面と向かってフラれたわけじゃない。少なくとも大事に思ってくれてはいたんだもの。今は『妹』でも、私が好きだと打ち明けたら女性として見てくれるようになるかもしれないんだし。
でもそう思う一方で、あれだけ勘のいい人が私の気持ちに気づいてないとは考えにくくて、遠回しに拒絶するつもりで、あんなこと言ったのかもしれないとも思ってしまう。
ククールはいつでも来いって言ってくれたんだから、ドニの町に行って確かめればいいんだってわかってるんだけど。
迷っている間に時間だけがどんどん過ぎていき、更に二カ月近くも時間を消費してしまった。


72:『暖かい世界』ゼシカ編5/8 ◆JbyYzEg8Is
06/02/05 20:08:08 TyZgrsev0
そしてリーザス村に、トロデーン城からの使いの人がやってきた。
使いの人に渡された手紙はエイトからのもので、ミーティア姫とチャゴス王子の結婚式の日取りが決まり、一週間後にサヴェッラ大聖堂へ向けて出発するので、その道程の護衛に付き添ってほしいという内容だった。
そして、ヤンガスとククールにも同じ内容の手紙を出したから、久しぶりに皆で会おうとも書かれてあった。
返事は口頭で構わないということだったので、もちろん護衛を引き受けると使いの人に告げ、お母さんにも許しをもらった。
久しぶりに皆に会えることはもちろん嬉しい。
だけど同時に怖くなる。どんな顔してククールに会えばいいんだろうって。
自分の感情を隠しておく自信なんて私には無い。たとえ自分では隠せてると思っても、ククールには絶対見抜かれてしまう。いつだって見透かされてきたんだもの。
もう臆病になってる場合じゃないんだわ。自分の気持ちに決着をつけないと。

キメラのつばさを使ってドニの町にとぶ。
だけどククールを探そうとして、彼がこの町でどういうふうに過ごしているのか、何も知らないことに気づく。住んでる所もわからない。
とりあえず酒場に行って訊いてみることしか思いつかない。
「ねえ、ちょっとそこのお嬢様、もしかしてククールに会いに来たの?」
町の入り口で客引きをしていた踊り子さんに、声をかけられた。
「えっ、あ、はい、そうです。・・・でも、どうしてわかったんですか?」
この町には何度も来てるけど、この人は初めて見る顔だわ。すごくキレイな人だから、会ったことがあるなら忘れたりしない。
「その胸見ればわかるよ。ククールから聞いてた通りだもん」
・・・ククール。一体私のこと、どんなふうに話してるの?
「残念だったね。ククールは人に会うって言って出かけてったよ。だけど、そんなに長居はしないって言ってたから、待ってればすぐ戻ってくると思うけど。良ければあたいたちの部屋で待つかい? 狭いとこだけど、座る場所ぐらいはあるよ」
せっかくの親切だけど、初対面の人の部屋にいきなりお邪魔するのは気がひける。
・・・ちょっと待って。
「・・・あたい、たち?」
「そ、ククールは今、あたいの部屋で一緒に住んでるの」
踊り子さんは、実にあっけらかんとした口調で教えてくれた。


73:『暖かい世界』ゼシカ編6/8 ◆JbyYzEg8Is
06/02/05 20:09:27 TyZgrsev0
来なければ良かったのか、トロデーン城で会う前に知っておいて良かったのか。
よく考えればククールは女の人には大人気で、お付き合いしてる人がいてもおかしくないのに、全くこういう事態を予想してなかった。
ショックが大きすぎて、案内されるままに町の外れにある家に入る。
「酒場のおかみの家の二階を、あたいたち踊り子やバニーの住まいに貸してくれてるの。本当は男を連れ込んじゃいけないことになってるんだけど、おかみさんもククールだったらって、特別に許してくれてるんだ」
一番奥の部屋に通された。
「本当に狭いけど勘弁してね。どうぞ座って、楽にしてよ」
私は勧めてくれた椅子に腰をおろす。
「何か飲む? って言っても安ワインしかないけど。昼間っからお酒なんて飲まない?」
「いえ、いただきます」
辛い時にお酒に逃げるのは最低の人間だと思ってたけど、今はそういう人の気持ちが少しわかる。飲まなきゃやってられない時ってあるのね。

「潔癖で真面目なお嬢様だってククールから聞いてたのに、結構イケるじゃない」
三度目のおかわりをした私に、踊り子さんは感心した声を上げる。
「ククールは、この町ではどんなことしてるんですか?」
忘れるためにお酒飲んでるのに、思考能力が落ちてくると、逆にククールのことしか考えられなくなる。
「ククール? そうねえ、外で魔物と戦ったり、教会でケガ人の治療したりしてる。結構忙しいみたいで、ここには寝るために帰ってくるだけ。ちょっと寂しいかな」
忙しい・・・。そうよね、私みたいに帰る家があった人間と違って、ククールは何もない状態から新しい生き方を始めなくちゃいけなかったんだものね。
「あたいとククールは、別に何ともないよ。まあね、こうやって男と女が一つの部屋に寝泊まりしてれば、何もないとは言わないけど、でもそういうんじゃないの」
あまりにも唐突に意外なことを言われて、ほろ酔い加減も吹き飛んだ。
「あたいね、出戻りなの。結婚して引退してたんだけど、たった二年でダンナに死なれたもんだから、最近復帰したってわけ。だからククールのことも昔から知ってる。あいつは寂しい未亡人を慰めてくれてるだけで、お互いに本気なわけじゃないの」
「・・・いいんですか? それで」
時々思い知らされることがある。ククールには、私には全く理解できない部分があるって。


74:『暖かい世界』ゼシカ編7/8 ◆JbyYzEg8Is
06/02/05 20:12:20 TyZgrsev0
「いいの。だってククール、昔からそうだったから。あいつ寂しがり屋だから、女と見たら誰にでもいい顔するの。本当に誰にでも変わらないから、あたいたちみたいな場末の女でも、お姫様みたいに大事にしてくれる。
気分いいよ、あんな王子様みたいなキレイな男に優しくされるのは」
「でも、そんなの本当に優しいっていうのとは違うわ」
ククールはそんなまやかしみたいなものじゃない、本当の優しさだって、ちゃんと持ってるのに。
「本当に優しいよ、ククールは」
静かだけど、はっきりとした言葉で返された。
「初めは誰もククールのこと、本気では相手しないの。本気になっても意味ないってわかってるから。でも、いつの間にかすっかりノボせ上がっちゃう。それでもやっぱりククールだけは変わらないから、すぐに冷めちゃって別れることになる。
だけどキライにまではなれないんだ。むしろイイ関係になれる。一緒にいる間だけは本当に大事にしてくれてたって、わかるからなんだよね。だから、あたいとククールは今、調度そういうイイ関係の状態なの。
それにあたい、亭主に死なれてまだ半年だよ。もう少し感傷に浸ってたいよ」
「・・・でも、好きなんですよね? ククールのこと本気で」
そうでなければ、こんなに優しい顔、優しい声では話せない。
「・・・驚いた。鋭いね、お嬢様。・・・ほんとに罪な男だよね、ククールは。本気になるもんかって、何度思ってもダメ。気がついた時には手遅れになってる。
でもククールが悪いわけじゃないの。前みたいに、こっちに期待を持たせるようなこと言わなかった。それどころか『オレは誰にも本気になれない理由がある』って念押しされたのに、こっちが勝手に本気になったんだから」
「本気になれない理由って・・・?」
「う~ん、そこまでは訊かったんだよね。多分アレと関係あると思うけど。お嬢様知ってる? ククールが首から下げてる指輪。時々その指輪をジッと見て物思いにふけってるの。サイズから見て女のものじゃないから不思議なんだよね」
・・・それはきっと、マルチェロの指輪。
そうよね、あんな形でお兄さんと戦って別れて、今どうしているのかもわからないのに、恋愛なんてしてる心の余裕はないのかもしれない。
でもきっと一人で思い出すのは辛い時があって・・・誰かにそばにいてほしいと思う気持ちを責める権利なんて私にはない。


75:『暖かい世界』ゼシカ編8/8 ◆JbyYzEg8Is
06/02/05 20:13:53 TyZgrsev0
「私・・・帰ります」
「どうして? ククールだったらもうすぐ帰ってくるよ」
踊り子さんが引き留めてくれるけど、ここはやっぱり私のいる場所じゃない。
「いいんです、多分またすぐ会うことになると思うから。・・・あの、私がこんなこと言うの変なんですけど・・・」
私は立ち上がって、踊り子さんに頭を下げた。
「ククールのこと、よろしくお願いします」
ククールはいつも優しくて人に気を遣っていて、だからいつも心配になった。
自分のことは後回しにしてしまう人だから、せめて私だけでも心配してあげたいなんて思ってしまった。私の方がずっと子供なのに。
この人はとても大人で、ククールのこともよく理解してくれていて。いつか彼が自分の気持ちの整理をつけたいと思う日が来た時、きっと力になってくれる。
「・・・あんたが訪ねてきたって言ったら、きっとククール喜ぶよ」
「ワイン、ごちそうさまでした。失礼します」
もう一度頭を下げて部屋を出た。そして建物を出たところで気がつく。あの人の名前も聞いてなかったことに。
・・・また来よう。ちゃんと気持ちの整理をつけて、今日のお礼をしに。あの人とはお友達になりたい。
私は、ただアルバート家に生まれたっていうだけで『お嬢様』なんて呼ばれて、苦労もなく育ってきた。何もしなくても暖かく迎えてくれる世界で生きてきた。それに甘えて、人に好かれる努力をしてこなかったから、今度のことでも誰も相談できる人がいなかった。
それに比べてククールは、全て自分で努力して手に入れてきたんだ。心配してくれる人たちの気持ちを。
私も負けたくない。

・・・なんて思ったのよ。トロデーン城でククールたちに再会するまでは。
ククールはあの踊り子さんの他にもう一人バニーさんまで連れてきていた。
「ククールのいくとこなら、どこだってついてくって、決めたんだからさ」
聞こえよがしの大声で踊り子さんが言う。一週間前は大人の女性だって思ってたのに、何なのこれ。遊びに来てるんじゃないのよ、お姫様の護衛の仕事なのよ? 信じらんないわ。
あっさりエイトと離れて暮らしてるヤンガスも、チャゴス王子なんかと結婚するミーティア姫も、それを止めないトロデ王もエイトも、皆信じられない。
そして、あんなククールのことなんかを、まだ好きだと思う自分のことが、何より一番信じられない!


76:『暖かい世界』ククール編1/8 ◆JbyYzEg8Is
06/02/05 20:16:59 TyZgrsev0
ラプソーンを倒し、ドニの町に落ち着いてから二カ月近く経つ。
いや、落ち着いてっていう表現は正しくないかもな。そんなヒマなんてまるで無かったから。
ラプソーンを倒しても、全てが解決するほど、世の中甘くなかった。
マイエラ修道院とドニの町の周辺は、もうメチャクチャというしかない状態になっていた。オレが余計なことをしたのも原因の一つだ。
三大巡礼地の一つである聖地ゴルドが崩壊し、神頼みが好きな連中は救いを求めるように、サヴェッラ大聖堂とマイエラ修道院へ殺到した。
だけどマイエラ修道院では、騎士団員たちが毎日飲んだくれてて、まともな運営がされてなく、かろうじて修道士によって支えられてた。
それなのに、オレが下手に教会のお偉方にゴルドへの救援要請なんかしたもんだから、マイエラに残っていたまともな聖職者たちのほとんどが、ゴルドへと派遣されちまった。
マイエラ修道院は機能停止状態になった。
修道院の回りを警護する騎士団は役目を放棄し、巡礼者たちを魔物から守るヤツは誰もいない。それでも何とか逃げ延びて、ようやく修道院に辿り着いた巡礼者たちの傷の治療を出来る聖職者も、ほとんど残っていない。
だけど、巡礼者たちにそんなことが事前にわかるはずがない。巡礼をやめさせる手段なんてものも無い。
おまけにラプソーンのせいで、闇の世界から出て来た強い魔物たちがまだ残ってて、この辺をウロウロしてるもんだから、死人ケガ人、続出の状態だった。

そんな中でオレに出来ることは、人を襲ってる魔物を退治することと、ケガ人をドニの教会に誘導して治療することぐらい。
毎日修道院の周りを巡回し、魔物を倒して、巡礼者たちを死なせないようにはしてる。
大分慣れてはきたけど、一人で戦闘能力の無い人間を守りながら魔物と戦うことは、正直かなりキツい。
ラプソーンと戦う方が楽だったような気がするくらいだ。
今思うと、あのラプソーンも、ほんとに小者だぜ。
普通だったら、暗黒神なんてものを倒せば、魔物が人を襲うことなんて無くなって、世界は平和になるって話は決まってるだろうに、そんな気配はほとんど無い。
もう心配なくなったっていうのに、空が赤く染まったことを不安に思い続ける連中が、神にすがろうとすることも変わらない。
ゴルドの女神像が暗黒神だったなんて皮肉すら、何も変えることが出来てないんだからな。


77:『暖かい世界』ククール編2/8 ◆JbyYzEg8Is
06/02/05 20:18:02 TyZgrsev0
一人で生きていきたいと何度も口にしたことがあるけど、実際にはなかなか難しい。
今も、ドニの町の人間を巻き込んで、迷惑かけてる。
特にシスターには申し訳ない。自分で誘導したケガ人は、自分で治療するようにはしてるけど、それでも傍観してられない優しい人で、手伝おうとしてくれるもんだから、ただでさえ一人できりもりしてる教会なのに、負担がデカくなってる。
それと、居候させてもらってる踊り子のリンダにも迷惑かけてるとは思う。
言葉遣いは少し粗いが、昔から細かいことにこだわらないサッパリしたアネゴ肌で、面倒見のいい女だった。
魔物退治とケガ人の治療に追われて、教会で仮眠を取るだけのオレを見かねたんだろう。二週間ほど前にいきなり教会にやってきて、ケガ人の治療を終えたオレの腕をつかんで有無を言わさず部屋に引きずり込み、自分のベッドに寝かせてくれた。
そしてオレはそのまま住みついちまった。

初めの一カ月は闇雲に魔物退治に一日のほとんどを費やし、何も考える余裕がなかったけど、最近は大分慣れてきたせいで、部屋に戻るといろんな事を考えちまう。
首から下げている、騎士団長の指輪を取り出す。
オレが今ここでやってることは、自己満足の範囲を出てないことはわかってる。
本当にこの土地で起こってることを解決したいなら、この指輪を使って団長命令とでも何でも得意の嘘を吐いて、騎士団員たちに修道院の周りの警護をさせればいい。
でもオレがサヴェッラで打った芝居が元で、修道院が機能しなくなった。今度もまたどこかに無理が生じるんじゃないかと思うと、二の足を踏んじまう。
つくづく中途半端な自分に呆れる。
そして、視線は指輪を通している鎖へと移る。
指には嵌められないブカブカな指輪を失くさないようにと、ゼシカがくれたもの。
旅の間に集めた武器も防具も、全部トロデーンに置いてきたから、これだけが唯一の旅の記念にもなる。
・・・あんな別れ方をしたけど、そのままにしておくつもりじゃなかった。
自分の気持ちにもっとはっきり区切りをつけて、もう少しマシな態度で接することができるようになったら、様子を見に行こうと思ってた。
なのに日々にただ追われて、二カ月も放ったらかしにしちまってる。


78:『暖かい世界』ククール編3/8 ◆JbyYzEg8Is
06/02/05 20:20:16 TyZgrsev0
・・・オレは本当に何もない人間なんだと思う。
何やらせても中途半端なうえに、まともな感情も持ち合わせていない。
あんなに別れが辛かったはずのゼシカとも、会わなけりゃ会わないで何ともない。
それどころか、他の女の部屋に住みついて、平気でその女を抱いてる。
親代わりの院長の仇さえ、まともに憎めなかった。暗黒神なんて名乗っちゃいるが、滅ぼされるために復活させられた、哀れな化け物としか思えなかった。
マルチェロのことだって、一応気にはなってるが、本当に心配してるんだかどうだか自信がない。
きっと、オレはどこか感情が欠けてるんだろうな。

人間、必要に迫られれば、何でもできるようになるもんだ。
レイピア一本で魔物退治するのはかなりキツくて、もう少し切れ味のいい剣を貰っとけば良かったと後悔もしたもんだが、おかげで剣の腕はあがって、武器の性能に頼らなくてもいい大技も習得できた。
だいぶ落ち着いた状態になったのか、ゴルドにいた騎士団員や派遣されてた修道士が戻り始め、修道院の周辺も落ち着きを取り戻しつつある。
ようやく少し身体を空ける余裕が出来たので、オレは時間を見つけてルーラでベルガラックへととんだ。
カジノのオーナーの、フォーグとユッケに呼ばれてたからだ。
先代のギャリングは、オレの死んだ親父がここのカジノで負け込んだカタに、領地を没収したっていう、それだけ聞くと険悪になりそうな関係なんだが、ガキだったオレにいろいろ良くしてくれて、養子縁組の話までもちかけてくれた恩人だ。
イカサマカードを初め、ロクでもないことばかり教えてくれた師匠でもある。
だから、ここの兄妹が困ってる時はいつでも力になると約束した。それが少しでも恩返しになってくれればと思いながら。

「久しぶり、クク兄。元気だった?」
ユッケの出迎えの言葉を聞いて、思いっきり脱力した。
「ユッケ、頼むから『クク兄』はやめてくれ。力が抜ける」
「えー。でもお兄ちゃんだと、フォーグお兄ちゃんと区別つかないし」
「だから、無理に兄呼ばわりしないでいいから。ククールでいい」
「だって、せっかく背が高くて顔のキレイなお兄ちゃんが出来たんだもん。自慢したいじゃない」
「背も高くなくて、顔もキレイじゃなくて悪かったね」
フォーグがちょっとスネたような声で抗議した。


79:『暖かい世界』ククール編4/8 ◆JbyYzEg8Is
06/02/05 20:21:22 TyZgrsev0
「今日来てもらったのは他でもない。三カ月前の大王イカの件なんだ。うちの用心棒たちが不甲斐ないばかりに、キミの手をわずらわせたそうだね」
・・・ああ、あったな。そういうこと。ラプソーンとの最後の戦いの前、大当たりしそうな予感があってカジノに立ち寄った時に、水遊びしてる大王イカを退治したんだ。せっかく黙っててやったのに、バレたのか。
「こんなことでは、彼らに身辺警護を任せるのは心もとない。そこでキミに彼らを少し鍛え直してもらいたいんだよ。引き受けてもらえないか? よければそのまま、この街に残ってもらいたいとも思ってるんだ」
フォーグの誘いに、正直少し心は動いた。
マイエラの周辺は落ち着いてきたし、いつまでもドニの町の人間の好意に甘えてるわけにはいかない。それにベルガラックの街はオレには合ってると思う。・・・少なくとも、リーザス村よりは。
「少し考えさせてほしい。引き受けるにしても、今いる所をすぐに離れるわけにはいかないんだ。ちょっといろいろ立て込んでてさ」
「何、クク兄? 暗黒神とやらを倒しても、まだ何か大変なことあるの?」
「だから『クク兄』はやめろって・・・ユッケ、お前何で暗黒神なんて?」
フォーグとユッケは顔を見合わせて呆れ顔をする。
【世界一のカジノのオーナーの情報網をナメないでほしいね】
兄妹仲のいいこった。見事にハモって答えてくれた。

・・・またオレは、助けられてたんだ。
大王イカを退治した日、オレは100コインスロットで二時間の間に『777』を三回出した。隣で見てたエイトは、イカサマしたと勝手に決めつけてたけど、無理に決まってるだろ、そんな芸当。
あれはこの二人が、裏で手を回してくれてたんだと気づく。オレたちが暗黒神なんてものと戦ってるのを知って、武器や鎧を遠回しに差し入れてくれたってことか。
「あと、父の遺品を整理してたら、こんなものが出てきたんだ」
フォーグが見せてくれたものは、一枚の書類。土地の権利書だった。
今は何もない、ただの荒れ地になっているこの土地は、かつてオレの生まれた家があった場所・・・。そして名義人の欄には、オレの名前があった。
「その権利書の名義が書き換えられたのは、父が亡くなる前の日なんだよ。そういうことを決して口にする人ではなかったけど、何か予感めいたものがあったのかもしれないな」


80:『暖かい世界』ククール編5/8 ◆JbyYzEg8Is
06/02/05 20:22:27 TyZgrsev0
「それとこれ、多分一緒に書いたと思うんだけど、クク兄あてだと思う。中は見てないからわかんないんだけど、多分ね」
ユッケが封がされた手紙を渡してくれる。宛て名には『デカくなったチビスケへ』と書かれてある。予感めいたものがあった人の書く言葉とは、とても思えなくて、思わず苦笑しちまった。
オレは権利書をフォーグに返す。
「これは、受け取れねえよ。もらう理由がない」
「そう言われても、こっちだって困る。父がどんな気持ちでこうしたのか、わからないわけじゃあるまい? はい、そうですかと引き下がるわけにはいかないよ」
「・・・それはそうだよな。・・・正直、ちょっと動揺しててさ。悪いけど、とりあえずは預かっといてくれ。あと、こっちの手紙はもらってっていいんだよな?」
ユッケが黙って頷く。
「悪いな、今日はこれで帰らせてもらうよ。近いうちにまた来る。さっきの話もそれまでに考えとく。・・・ほんとに、いろいろありがとな」
ギャリングの屋敷を出てすぐ、オレはルーラの呪文を唱えた。

移動した先は、ふしぎな泉。他に一人になれる場所を思いつかなかった。
我ながら取り乱しっぷりがすごい。指先が震えて、手紙の封を切るのにも苦労するくらいだ。
なのに、ようやく取り出した便せんに書かれていたのは、あっけないほど短い言葉。

『幸せになれ』

「なんっ、だよ、これ・・・」
宛て名より短いじゃねえかよ。こんなもん、わざわざ封筒に入れてんじゃねぇよ。
何なんだよ、ほんとに・・・。ちくしょう、不意打ちくらわせやがって。目からヨダレが止まんねえじゃねぇかよ。
「師匠っ・・・」
あんた、ほんとにずっとオレのこと忘れずにいてくれてたんだな。なのにゴメン、オレはすっかり忘れてた。
あんたが教えてくれた、たくさんのこと。いつか巡り会える本物も、諦めるなと言ってくれた言葉も。そして何よりオレにだって、幸せを願って心配してくれる人がいるんだってことを・・・。
オレはいつだって誰かに助けられてた。勝手にスネて諦めて、そのことから目を背けてただけだったんだ。
ありがとう、思い出させてくれて。もう少しで、気づかずに生きていくところだった。オレを取り巻く世界は、いつだってこんなに暖かかったんだってことを・・・。


81:『暖かい世界』ククール編6/8 ◆JbyYzEg8Is
06/02/05 20:23:55 TyZgrsev0
「ゼシカ・・・」
口にしただけで、胸に柔らかな光が差す名前。オレが手に入れることのできる『幸せ』なんてものがあるのなら、それは彼女のところにしかない。
「・・・愛してる」
・・・ゼシカのことはずっと心配してたんだよな。あいつ、絶対ロクでもない男に騙されるって。まさかそれがオレのことだとは思わなかった。
練習しなくちゃ愛の告白もできないほど情けない男だとは、思ってないだろうな。本性知られて『だまされた』って言われても文句は言えない。
でも、それで愛想つかすかどうかは、ゼシカに決めてもらえばいい。
母親との板挟みになる心配なんかも、オレの空回りだった。
ゼシカはどんなことだって、自分で決めた道をまっすぐに進んできたんだ。オレはそれに従えばいい。
知ってたはずなのに、すぐ忘れる。ほんとにオレは忘れっぽいんだ。

ドニの町に戻ると、教会の前に人だかりが出来ていた。何でもトロデーン城からの使者が来てたとかで、王家とか城に縁のない町の人間たちには、ちょっとした話の種になってたらしい。シスターが預かっててくれた、エイトからの手紙を受け取る。
内容は、一週間後にサヴェッラへ出発するミーティア姫様の護衛の付き添いを頼みたいというもの。
おい、一週間後って何だよ! 話が急すぎるっつーの!
こっちにだって予定とか事情とかあるって、考えろよ。人が良さそうな顔して、相変わらず呑気者のマイペース野郎だぜ。
だいぶ落ち着いてきたとはいえ、今この土地で、闇の世界の魔物を相手できるやつは他にいない。その状態で何日も、留守にするわけにはいかないんだ。
「使いの方にはお引き受けすると、お返事しておきましたから」
シスターにあっさり言われて、オレは面食らった。
「返事したって、引き受けるって、でもオレは・・・」
「いい加減に一人で何でも背負い込もうとするのは、おやめなさい。あなた一人がいないくらいで、この地方が滅ぶわけでもないでしょう? それよりも大事なお友達が困っているのなら、助けてあげなくてはいけませんよ」
言われて初めて思い至る。いくら一緒に世界を旅した仲間だからって、オレたちみたいな馬の骨を姫様の護衛につけなきゃならない程、トロデーンが人手不足とも思えない。エイトはエイトなりに悩んでて、自分でも気づかないうちに助けを求めてきたのかもしれないんだと。


82:『暖かい世界』ククール編7/8 ◆JbyYzEg8Is
06/02/05 20:24:59 TyZgrsev0
「ねえ、ちょっと話変わるんだけど、ククール。あんたが留守の間に、胸の大きなお嬢様がも訪ねてきてたよ。ほんとにタイミングの悪い男だね」
リンダが呆れたような声で教えてくれた。
胸の大きなお嬢様って・・・。
「ゼシカが?」
「そう、一目でわかったよ。ほんとに水風船みたいな胸してたから。あんたが今、あたいの部屋に寝泊まりしてるって言ったら結構ショック受けてたよ。ちょっと悪いことした」
うっわ、最悪だな、おい。我ながら、我ながら本当にタイミングが悪い。でも事実だし、口止めしてたわけじゃないし、リンダを恨むわけにもいかない。
「ふ~ん・・・大層な慌てっぷりだね。なーにが『オレは誰にも本気にならない』さ。『本気の相手がちゃんといる』だけじゃないか、この大嘘つき!」
返す言葉もないとは、このことだ。
「あんた、何やってんの? あのコの気持ちに気づいてないわけじゃないんでしょ? あたいに『ククールをお願いします』って頭下げてったよ。それ聞いた時、あんたのこと殴ってやりたくなったね」

・・・そうだ。本当に、オレは今まで何をやってたんだろう。
オレは誰の気持ちも受け入れなかった。どうせ誰も本気じゃない、女たちだって見た目の良さにつられてるだけだと決めつけて、二股かけるのだって毎度のことだった。
でも今ならわかる。オレがどれだけの本当の気持ちを踏みにじってきたのか。今だってそうだ。リンダだって、寂しさや同情からだけでオレと一緒にいるわけじゃない。人の心なんて、そんなに器用にできてない。
彼女たちがオレを想ってくれていた気持ちに不足があったわけじゃない。・・・だけど、今さら悔いてもどうにもならない。
「ごめん、リンダ。今までのいろんな事、全部含めて申し訳なく思ってる。世話になりっぱなしで勝手だけど、オレはもうキミとは暮らせない。別れてほしい」
オレの心はもう決まってしまった。たった一人の相手を見つけてしまったんだから。
「甘いね。それで許されるとでも思ってんの?」
「・・・え?」
「決めた。あんたはちょっとこらしめてやんないとね。お姫様の護衛とやら、あたいもついてく。それで思いっきりベタベタして、あのお嬢様に見せつけてやる」
・・・何で、そういう話になるんだ?


83:『暖かい世界』ククール編8/8 ◆JbyYzEg8Is
06/02/05 20:26:41 TyZgrsev0
「それで愛想つかされるようなら、自分の今までの行いが悪かったって諦めるんだね。今まであんたに弄ばれてきた女たちの分、まとめてお返しさせてもらうよ。せいぜい覚悟しな」
「ちょ、ちょっと待て。お返しはこの際いいとして、これは遊びで行くんじゃなくて、王女様の護衛なんだから、ついてくとか言われてもダメだって」
いや、そもそもオレ、行くって決めたわけでもないし。
「あ、それならアタシも行く~。手紙くれたエイトさんて、お城の近衛隊長さんなんでしょう? 会ってみたい、連れてってぇ」
ドニの町でも一番のミーハーバニー、エレナが話をこじらせてくる。
「だから、遊びじゃないんだって。無理に決まってんだろ」
「もし連れてかないって言うんなら、あんたのちょっと言えないような話、あのお嬢様に全部吹き込むよ。それがイヤなら観念するんだね」
リンダ、こえーよ。っていうか、ちょっと言えない話って、心当たりありすぎてシャレにならん。
「そのお嬢様に嫌われたくないんでしょ? リンダと二人きりなら完璧カップルになっちゃうけど、アタシも一緒ならただの連れですむじゃない? だから連れてって。エイトさんに紹介して」
エレナの言葉に、つい納得しそうになり、慌ててその考えを振り払う。
「ほんとに勘弁してくれ。他のことなら何でもするから、これだけは絶対無理だって!」

・・・オレはほんとに情けない。結局押し切られ、二人ともトロデーンに連れてくるハメになった。
ゼシカはかなり怒ってる。城の中庭で再会した時も、サヴェッラへ向かう船の中でも、ほとんど口をきいてくれない。リンダが宣言通り、見せつけるようにベタベタしてくれるからってのもある。
だけどゼシカの怒り方を見て、少し安心もしてる。脈ありな怒り方っていうのかな。
ごめん、ゼシカ。ずっと寂しい思いさせてきた。そしてこれからも、しばらくそれが続くと思う。
オレはこの護衛が終わったらまたドニに戻る。闇の世界や空飛ぶ城から来た魔物だけは、何とかしてマイエラ地方から一掃したい。それだけはどうしても譲れないんだ。
面倒なヤツですまないとは思うけど、選んだ相手が悪かったと思って諦めてくれ。
そのかわりオレはもう二度と諦めたりしない。この先に何があったって、ゼシカと一緒に生きることだけは、決して諦めないことを約束するから。

    <終>

84:名前が無い@ただの名無しのようだ
06/02/06 00:26:34 0Pa2jkYM0
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85:名前が無い@ただの名無しのようだ
06/02/06 00:31:09 0Pa2jkYM0
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キタ━━━━━.| ! j     \   /       .|━━━━━!!
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                 'i                 ノ'
                  `''─ _________ ─''´


お待ちしてました!夜更かししてよかった!!(´∀`*)
JbyさんのSSが終わって寂しかった。
全てが終わってショボーンのゼシカの気持ちがよく分かった。
いや、私は読むだけで何も大仕事が終わったわけじゃないんだけども。

ところで、やっぱり踊り子さんとククールは何もなかった訳じゃないんですね。
大人の男と女が一緒に寝るわけだから、そりゃそうか。
ゼシカ、がんばれよ・・・。

86:名前が無い@ただの名無しのようだ
06/02/06 00:37:03 rOxX3/ZU0
せ、切ない・・・・・。゚(゚´Д`゚)゚。

87:名前が無い@ただの名無しのようだ
06/02/07 18:55:46 3Eszzlea0
キタ━━━(゚∀゚)━━━ !!!!!
心理描写が上手くて感激です。

88:名前が無い@ただの名無しのようだ
06/02/07 20:04:55 NTD8pHaz0
キングスライムちゃん、スライムのかんむり落としてー!
じゃなくて・・・。
読んでくださってありがとうございます。
今回ちょっとククもゼシも可哀想(ゼシカは純粋にククールは株が下がるようなこと書かれ)すぎたので、次は仲良くする話に挑戦してみようと思います。
(ダジャレに逃げずに)
・・・書けるかな?


89:名前が無い@ただの名無しのようだ
06/02/07 21:21:14 8Qf0LZDJO
乗り遅れましたがGJです!!!!
良いククゼシでした…!

次回も楽しみにしてます!

90:名前が無い@ただの名無しのようだ
06/02/07 21:40:29 mBX1Lqsu0
おー!まだ続きがあるのですね。楽しみにしてますよ。
>あたいに『ククールをお願いします』って頭下げてったよ。
>それ聞いた時、あんたのこと殴ってやりたくなったね
ってとこが、もうね、きてる。泣かせるなぁ・・・。
そんなゼシカの姿、そして心情を思い浮かべると、胸が痛いよ。
でもさ、ククールが普通におとなしくなるわけないってのはわかるんで、
ちょっと紆余曲折もってきたってわけなんだよね?仕方ないか。
あーでもあたいもククールぶん殴ってやりたくなったねw

91:名前が無い@ただの名無しのようだ
06/02/07 21:51:28 ENM8AJcM0
なんなんだ。この人たち。

92:名前が無い@ただの名無しのようだ
06/02/07 22:08:46 9qRSyftSO
>>91
ククゼシに燃える人達です

93:名前が無い@ただの名無しのようだ
06/02/07 22:38:38 voNgxhTU0
怖いですよ

94:名前が無い@ただの名無しのようだ
06/02/08 00:04:21 BaZKbqo0O
ダジャレとか勘弁してほしい。これだからオヴァは嫌いだ。

95:名前が無い@ただの名無しのようだ
06/02/09 18:34:40 hvj6eg9t0
ぜったいに、つづきかいてよ!

96:名前が無い@ただの名無しのようだ
06/02/10 08:20:58 DiWSL/z20
妄想すいっちお~ん!!!

97:名前が無い@ただの名無しのようだ
06/02/12 00:39:35 KF9Dj9mn0
ほしゅ

北米版やりたいなぁ。

98:名前が無い@ただの名無しのようだ
06/02/13 12:04:12 hLZyumKd0
hosh

99:名前が無い@ただの名無しのようだ
06/02/14 16:01:25 eJJQmT7W0
バレンタインだというのに静かですな。
この二人、どっちがどっちに贈るんだろう?

100:名前が無い@ただの名無しのようだ
06/02/14 17:02:43 knFN74Vh0
女性がプレゼントするのは日本くらいとか。
クックルがチョコあげればいいじゃなーい。100

101:名前が無い@ただの名無しのようだ
06/02/14 19:35:04 CBkr5wOG0
age

102:名前が無い@ただの名無しのようだ
06/02/15 00:34:21 PXsnPTUx0
また投下しに来ました。
バレンタインネタ(日付変わったけど)じゃなくて、すみません。
今回は前後編じゃなくて、1レスごとに語り手交代するので、少し読みにくいかも。
あと、ちょっぴりエロいかも。
15禁以上18禁未満というとこかな?(実は基準がよくわかってませんw)
苦手な方はスルーでお願いします。

103:『月を照らす光』1/6 ◆JbyYzEg8Is
06/02/15 00:36:32 PXsnPTUx0
「ごめんゼシカ。本当はこういう時、もう離れないって言わなくちゃいけないんだろうけど、すぐにそうする訳にはいかないんだ。空が赤くなったことと、ゴルドが崩壊したせいで、マイエラ修道院に巡礼に来る人間が増えてる。
当然ドニの町にも人が多く来るんだけど、あそこの教会はシスター一人しかいないから、オレが手伝わないとちょっと大変なんだ。しばらく寂しい思いさせるけど、わかってほしい」
悲しげに曇るゼシカの顔を見るのは、胸が痛む。
「一段落着いたら、必ずリーザス村へ行く。だからそれまでゼシカには待っててほしい」
三カ月も待たせておいて、ようやく想いを伝えた直後にまた待てなんて、我ながらひどいとは思う。でも先延ばしにすれば、余計に失望を大きくさせるだけだ。
暗黒神ラプソーンのせいで起こった異変は、世界中のほとんどの人間を恐怖に陥れた。
なのに、ラプソーンがもたらす破滅に関してはもう心配いらないと、証明する術が無い。
結果、人は神にすがろうとする。サヴェッラ大聖堂と同じように、マイエラ修道院にも救いを求めた人間が集まってくる。道中には、闇の世界やラプソーンの空飛ぶ城から来た、普通の人間には歯が立たない、凶悪な魔物が待ち構えていることも知らずに。
それは何も、マイエラ地方だけの問題じゃないのはわかってる。
でもやっぱりあそこは、オレにとって特別な場所だ。親代わりになって育ててくれた、オディロ院長が治めていた修道院。自分勝手なことばかりしてたオレを、仕方ないというような顔をしながら、笑って受け入れてくれてた人たちのいるドニの町。
どうしても、この手で守りたい。ラプソーンのせいで現れるようになった魔物だけは、どうにかして根絶やしにしたいんだ。
「できるだけ早く、ゼシカの所に行けるようにする。・・・今は、それしか言えない」
この期に及んで隠し事をしてると思うと、罪悪感でいっぱいになる。
だけど全てを話せば、ゼシカもオレと一緒に戦おうとするだろう。それは絶対にいやだ。
こんないつ終わるかもわからない、最終目的のはっきりしてない擦り減るだけの毎日に、ゼシカを巻き込みたくない。
「うん・・・わかった、待ってる」
スカートのすそを握り締め、寂しさを堪えながらも、真っすぐ顔を上げて答えてくれるゼシカ。
いじらしいその姿に、オレの方が離れがたい気持ちになった。

104:『月を照らす光』2/6 ◆JbyYzEg8Is
06/02/15 00:38:27 PXsnPTUx0
人間て贅沢なものだと、つくづく思う。
つい数時間前まで片思いだと思ってて、ククールも私を好きでいてくれてるとわかっただけで幸せなはずだったのに、また離れ離れにならなきゃいけないと言われて、思いっきり沈み込んでしまった。
「ゼシカ、デートしようぜ。今日一日はゼシカの好きなことに付き合うからさ。何でも言う事きくよ」
なのに、泣きそうな気分はククールのその一言で一瞬にして吹き飛んだ。
我ながら本当に単純にできてると思う。

今の私の望みはたった一つ。一緒にいられれば、それだけでいい。
そう伝えるとククールはルーラでベルガラックにとび、カフェでテイクアウトのお弁当と飲み物を買って、今度はトロデーン城へと移動した。
だけど目的地はお城じゃなくて、少し歩いたところにある湖。あまり大きくはないんだけど、底が見えるほど水が澄んでいる、とても綺麗なところ。
暖かい陽差し中で、柔らかい草花の匂い嗅ぎ、風に揺れる水音を聞く。
三カ月も会わずにいて、言いたいことも訊きたいこともたくさんあったはずなのに、話をするのはもったいないような気までしてしまう。
ただ手をつないだまま地面に寝そべって、ゆっくりと時間を過ごした。
それだけで、泣きたくなるほど幸せだった。

陽が沈みだし、辺りが茜色に染まると、呪いから解けて暗雲が消えたトロデーンの城はオレンジの背景の中で夢のように美しいシルエットを映し出す。まるで絵画の中にいるような錯覚さえおこしてしまう。
そして空の青と夕日の赤が交じり合い、紫色に染まった空は徐々に赤を失っていき、代わりに星たちの煌めきへと変わっていく。
・・・夜になってしまった。
「さすがに夜になると冷えるな。・・・行こうか」
ククールのその言葉は、今の私には刑の執行のように聞こえてしまう。
「イヤ。まだ今日は終わってないもの。私のいうこと、何でもきいてくれるって言ったわ。お願い・・・せめて朝まで、一緒にいたい・・・」
手も声も震えてしまう。ククールは少し驚いたような顔をして私を見ている。
心臓が爆発しそうだけど、このまま離れてしまうのは絶対イヤ。
「・・・意味、わかって言ってるんだよな?」
私だって子供じゃない。意味はもちろんわかってる。でもとても言葉にはできなくて、ただ黙って頷くしかできなかった。


105:『月を照らす光』3/6 ◆JbyYzEg8Is
06/02/15 00:40:47 PXsnPTUx0
正直、少し驚いた。
まあ自然な流れではあるんだけど、まさかゼシカの口から、あんな言葉を聞けるとは思ってなかった。
でも完全に心の準備はできてないんだろうな。その証拠に、バスルームに入ったきり全然出てこない。先に風呂を使ったオレの髪が、もうほとんど乾くほどの時間だ。
急かさずに待つつもりでいたが、ノボせてるか湯冷めしてるかのどっちかだろうから、ドア越しに声をかけてみる。
「ゼシカ、大丈夫か? いつまでもそんなとこにいると身体壊すぞ」
「ま、待って。今出るから」
ひっくりかえったような声が返ってくる。少なくとも溺れてはいないらしい。
少しして、バスローブに身をつつんだゼシカが出てきた。ガッチガチに堅くなってるのがわかる。普段あれだけ露出度の高い格好してるくせに、こういうところがアンバランスだよな。
「長湯したから、喉渇いたろ? そんなとこに突っ立ってないで、こっち来て座れよ」
できる限り、いつもと変わらない調子で声をかけ、ゼシカの手をとりソファに座らせる。グラスにワインを注いで差し出すが、受け取ろうとする手が震えてて、どうにも危なっかしい。
「・・・怖いんなら無理しなくていいんだぞ。そんなことしなくても、今夜はちゃんとそばにいるから。またオディロ院長作のダジャレでも聞かせてやろうか? 未公開のがまだまだあるぜ」
「やだ、やめてよ。あの時は笑い過ぎてお腹痛くなったんだから」
ようやく少し笑ってくれた。ワインをゆっくりと飲み始めてる。
ふと、ゼシカの髪がかなり濡れた状態なのに気づく。バスローブの肩の辺りに、水が落ちて滲んでいる。
「髪の毛、濡れたままだと風邪ひくぞ」
タオルで頭を拭いてやる。今夜はありったけの理性を総動員して、優しく紳士でいよう。今までさせてきた分と、これからしばらくの間させる寂しい思いを、少しでも埋め合わせしたい。
その時は確かに本気でそう思ったんだ。
でも、突然ゼシカがオレの胸に飛びこんで、自分の身体を押し付けてきた。
「私・・・子供じゃないわ」
ありったけ総動員したところで、オレの理性の総量なんてタカがしれてた。
だけど、これで紳士でいられるヤツがいるわけない。もしいたとしたら、そいつは紳士を通り越して男じゃない。
せめてもう一つの方、優しくすることだけは忘れずにいようと、自分に言い聞かせた。


106:『月を照らす光』4/6 ◆JbyYzEg8Is
06/02/15 00:45:47 PXsnPTUx0
頬に手を添えられて顔を上に向けられる。
「本当にいいのか? これ以上先にいったら、もう止まらないぞ」
本当は逃げ出したいくらい怖い。心臓が止まりそう。でも朝になったらまた一緒にいられなくなる。このまま離れたら、絶対に後悔する。
「・・・抱いて」
言い終わると同時に、唇がふさがれた。昼間のような優しいキスじゃなくて、食べられてしまうんじゃないかと思うほどの激しさ。
息が苦しくなるほどの時間それが続いて、ようやく解放されると同時に抱き上げられてベッドへと運ばれ、バスローブの紐が解かれた。
もう私はされるがままになるしかない。
「あ、あの・・・私、初めてだから・・・」
蚊が鳴くようなかすれ声しか出ない。
「わかってる。全部まかせてくれればいい。力抜いて、楽にして」
もう頭の中グチャグチャで、何も考えられない。
ただ時々『大丈夫か?』と問いかけてくるククールの言葉に何のことがわからないままに『大丈夫』と答えるだけ。
怖さも、痛さも、恥ずかしさも、息苦しさも、なにもかもが今まで知らなかった感覚ばかりで、泣きたくなる。
ククールはすごく優しくて、ずっと気遣ってくれて。そのことは嬉しいはずなのにその一方で、私はこんなに緊張してるのに、余裕たっぷりな態度が、にくらしくさえなってしまう。
だけど、ふれあってる肌のぬくもりだけは本当に温かくて。それを感じてる間は、不思議なくらい安らいだ気持ちになれて。
ずっとこのままでいたいと、そう願ってしまった。
だから、全て終わって気が緩んだ時、思わず口走ってしまった。
「離れたくない・・・ずっと一緒にいたい」
困らせるだけだとわかってる。でもどうしても我慢できなくて、涙が溢れてしまう。
ククールは一瞬、辛そうな顔になって、その後すぐに強く抱き締めてくれた。
ヤキモキしたこと、嬉しかったこと、悲しかったこと、幸せだったことも寂しさも、全然何も整理ができてなくて、自分でも信じられないくらい大声で、小さな子供のように泣きじゃくってしまった。
でもようやく我慢してた言葉を吐き出せて、気持ちはずっと楽になっていった。


107:『月を照らす光』5/6 ◆JbyYzEg8Is
06/02/15 00:50:26 PXsnPTUx0
可哀想なことしてるんだと、つくづく思う。ゼシカにしてみたら、オレが想いを打ち明けたことも、すぐに一緒にいられないことも、突然に押し付けられたことだ。感情の整理がつかなくて当たり前だ。
なのにそれでも、ずっと一緒にいるとは言ってやれない。本当にオレは、どこか感情が欠落してるとしか思えない。

「ごめんね、わがまま言って。泣いたら、なんかちょっとスッキリした」
少しして顔を上げたゼシカの声には、確かにいつもの調子が戻ってきていた。この立ち直りの早さには随分救われる。
オレはテーブルにワインとグラスを取りにいく。
「喉かわいたろ? ゼシカの声ってかわいいよな。何度も抑えが効かなくなりそうになった」
途端にゼシカはうろたえる。
「な、何て言い方するのよ、バカ! どうしてそうやって、いっつも私をからかうの?」
「ムキになるのが可愛いから」
「何よ、意地悪」
そう言ってスネた感じで顔を背けたゼシカは窓の外を見て、こう続けた。
「ククールって、月に似てるよね」
突拍子もないことを言われるのは毎度のことだが、今度は何を思ったんだろう。つられてオレも窓の外を見上げる。
旅の間は不思議と満月ばかりが目についたけど、今日は弓の形に良く似た三日月だった。
「欠けたり満ちたりする気まぐれな所がそっくりよ。さっきまで優しかったと思ったら、急に意地悪になるんだから」
毒舌まで戻ってきた。相変わらず的確にツボを突いた辛辣さだ。
「でもどんな形でもキレイよね。気まぐれでも、いつでも好き。だからあんまり意地悪しないでね。それでも嫌いになれないから、よけいくやしいのよ」
いつでも真っすぐなゼシカは、愛情表現も本当にストレートだ。真っ正面からぶつかってくる。
オレはいつも自分には何かが欠けてると思ってた。強い感情が苦手で、愛情も憎しみも、自分自身で持つことも受け入れることも出来ずにいた。
・・・そうだな。もしオレがゼシカの言ってくれた通り、月に似てるとしたら・・・。
雲に隠れて、光が当たってなかっただけなのかもしれない。
もしゼシカのように真っすぐ正面から、光りを当ててくれる人がそばにいてくれるのなら・・・。
案外そこには、どこも欠けていない自分、なんてものを見つけることが出来るのかもしれないな。


108:『月を照らす光』6/6 ◆JbyYzEg8Is
06/02/15 00:58:38 PXsnPTUx0
ドアの閉まる音で目を覚ます。一瞬、ククールがどこかに行ってしまったんじゃないかと慌てて飛び起きるけど逆だった。
ククールはもう完璧に身支度を整えていて、どこかに行って帰ってきたところだった。
「ごめん、起こしちまったか。服買いに行ってたんだ。昨夜調子に乗りすぎて、ちょっといつもの格好じゃマズいから」
まだちょっと寝ぼけてる私は、言われたままにククールから渡された袋を受けとり、バスルームに移動する。
ククールが買ってきたという服は、私がリーザス村にいた時の普段着のような、窮屈そうな白のブラウスだった。私が動きにくい服は好きじゃないって知ってるのに、どうしてなんだろう。でも、せっかくわざわざ買いに行ってくれたんだから、一応着るけど。
そして、バスローブを脱いで鏡を見て気がついた。首の回りとか胸元が、虫さされみたいに赤くなってることに。
・・・もしかして、これって話だけ聞いたことがある・・・。さっきククールが言ってた『調子にのりすぎた』って
お母さんに見られでもしたら、どうなると思ってんの? しばらくこんな窮屈な服着てなきゃなんないじゃないの。先まで見通してるような顔して、こういうところで考え無しなんだから!

リーザス村の入り口まで、ククールがルーラで送ってくれた。
またしばらく離れ離れだけど、三カ月前とは違う。あんなに悲しい別れじゃない。
「・・・ほんと、ごめん。寂しい思いさせる」
「いいのよ。それより無理しないでね。私、ちゃんと待ってるから」
「ああ・・・じゃあ、また」
ククールが意識を集中してルーラの呪文を唱える。
・・・と、思ったのに、呪文は中断され、ククールはいきなり私の肩をつかんだ。
「一カ月だ。それ以上は待たせない。っていうか、オレの方が我慢できない。一カ月後の今日、必ずここに来るから、それまでの間だけ待っててくれ」
そして、そのまま私の返事も聞かずにルーラでとんでいってしまった。
・・・ククールって、あんなに慌ただしい人だったっけ?
何か本当に、忙しく変わる人だから、今だに掴みきれないわ。
でも約束してくれた。一ヶ月だけ待てばいいって。
一緒にいられないのが寂しいのは私だけじゃなかったんだって。
そう言ってくれたのと同じなのよね、きっと。
<終>


109:名前が無い@ただの名無しのようだ
06/02/15 07:41:30 1SQhuWSO0
お疲れ様でした!(・∀・)
ちょっとどきどきしますた。

110:名前が無い@ただの名無しのようだ
06/02/15 20:26:00 QQTj1jVO0
乙です!微エロもたまにはいいですね(´Д`*)

111:名前が無い@ただの名無しのようだ
06/02/15 21:07:59 8/WMaOgc0
ハァハァ(´Д`;)ハァハァありがとうありがとう

112:名前が無い@ただの名無しのようだ
06/02/16 12:16:46 qjQu7npe0
わあああああああああ(萌・悶
これ微エロ?エロとの境界線、よくわからないけど。
妹扱いされて傷付いてたゼシカならではの台詞ですね>私、子供じゃないわ
一ヶ月後も、書いてくれるんだよね?Jbyさん!!

113:名前が無い@ただの名無しのようだ
06/02/16 19:31:25 Fo9So+It0
いつも応援してくれて、ありがとうございます。
微エロ認定してもらえて、ホッとしました。どこまでOKなのか、ほんとにわからなかったんでw
えーと、これの一ヶ月後の話が前スレで書いた『味方』なんです。
(まとめサイトで見てみたら五ヶ月も前だったw こんな書き方が出来るのも、まとめ人さんのおかげです。しつこいようだけど、ありがとう)

なので、次は更にその三ヶ月後の話を書かせてもらいます。その時もよろしくお願いします。

114:名前が無い@ただの名無しのようだ
06/02/17 08:17:26 kir13iYl0
( ´ー`)フゥー...

115:名前が無い@ただの名無しのようだ
06/02/17 12:07:15 imczPmsE0
参考までに…

某過去スレでの「このスレで性描写はどこまでOKか」談義を一部転載

292 :名前が無い@ただの名無しのようだ :05/03/15 22:37:10 ID:y3Re5NPn
性描写を飛ばして次シーンへワープ
やっちゃったことだけを前後の文章で匂わせる>15禁

性描写あり・性器の名称はぼかす>18禁

バリバリの性描写ありで放送禁止用語垂れ流し>21禁

…だそうです。
ここは全年齢板なのでせいぜい15禁(=朝チュン程度)まで。
◆JbyYzEg8Is さんのssはOKだと思いますよ。

116:名前が無い@ただの名無しのようだ
06/02/17 22:26:17 9kzpoxotO
突然お邪魔します。
いつもは別のところで書いているのですが(こちらも読ませていただいてます)
ククゼシ要素が強くなりすぎてしまったのでこちらに投下させていただきたいのです。

以上の事情から、ククゼシ以外に主姫要素も含んでいます。
ご注意ください。

117:手綱 ◆JSHQKXZ7pE
06/02/17 22:27:57 9kzpoxotO
外は嫌味なまでにいい天気。
「ゼシカ、出ていらっしゃい。今日の主役がそれでは皆困ってしまいますよ」
閉ざした扉の向こうからお母さんの声が聞こえる。でもそんなこと知らないわ。だってもう、
行かないって決めたんだもの。
「ゼシカお嬢様、どうかお部屋に入れてくださいまし。お仕度させてくださいまし」
メイドたちの声もするけど、知らんふり。行かないんだから仕度する必要なんてないんですも
の。
がっちり閉ざした扉に私の決意の強さを分かってくれたのか、漸く静かになってくれた。けど
今度は外の方の物音が気になりだす。誰かこの村に着いたのかも。あの声はポルクとマルクか
しら?え?
「ゼシカお姉ちゃんが出てこない」
ですって?嫌だわ、そんなこと大きな声で言わないでよ。
玄関が開く音がする。階段を昇ってくる足音は二つ。軽やかで華奢なものとちょっと重い、しっ
かりしたもの。お母さんと何か話し合っているみたい。でも部屋からは一歩だって動かないわ。
「ゼシカ、あなたにお客様よ。出てこなくてもいいから、ご挨拶はなさい」
お母さんが静かに、でもきっぱりと言う。…仕方ないわ、お客様なら。自分の口から事情を話
して帰っていただかないと。
そう考えて閂を上げ─連れ出されそうになったらすぐ呪文を唱えて逃げる心積もりをして─扉
を開けた。
「ゼシカ、久しぶりだね」
「ゼシカさん、こんにちは。まあ、綺麗なドレス!」
エイトとミーティア姫様だった。二人ともにこにこしつつも有無を言わせず部屋に入ってくる。
「二人とも久しぶりね…ってどうしてここに?」
唖然としている私に二人は顔を見合わせ、エイトが口を開いた。
「あれ?だってそういう予定だったんじゃないの?」
「ええ。約束の物、持ってきたのよ」
隣でミーティア姫様がにっこりする。ああ、そう言えばそうだったっけ。
「トロデーンに伝わる装身具のセットよ。『何か借りた物』の」
「ああ、そうよね、そうだったわよね。どうもありがとう。…でももういいの」
持ってきてくれたことは嬉しかったんだけど、でももうそれは必要ない。私は二人の前を離れ、
部屋の奥の鏡台の前へ移動した。

118:手綱 ◆JSHQKXZ7pE
06/02/17 22:29:22 9kzpoxotO
「え?何で?」
エイトがとぼけた声を出す。ああもう、ニブいんだから!準備の済んでいないこの様子を見れ
ば分かるでしょう!
「もう行かないって決めたの」
「え。だってみんな集まって集まっているよ。義父上は代父だっていうんでやけに張り切って
いるし。ほら、ヤンガスなんてばっちり礼装しているんだよ」
「…」
ぷい、とそっぽを向く。何でそんな子供を宥めるようなこと言うのよ。それにヤンガスの礼装
なんてエイトの結婚式の時に見ているわ。
「ゼシカさん」
と、急に横で黙ってやり取りを聞いていた姫様が話し掛けてきた。
「行きたくないのならここでおしゃべりでもしませんか?」
予想外の言葉に私もだけどエイトも眼を剥いた。
「ミーティア」
「エイトは先に行っていて。女同士の会話なんですもの」
「…うん、分かった」
姫様のきっぱりとした態度にエイトは渋々頷いて部屋を出て行く。が、その後姫様が扉に鍵を
かけたのに気付いた。
「え?」
「さっ、これでゆっくり話せるわ」
にこにこしながら言うんだけど、何だか怖いわ。
「ゆっくり?だってもうお客様も揃っていて、式が始まるんでしょ?」
「あら、主役の一人がいないのでは式は始められないわ」
あれ、連れ出しに来たんじゃないの?
「女の方のお仕度は時間が掛かるものなんですもの。皆様もそれは分かっていてよ。だって一
生に一度のことなんですもの」
「一生に一度、ね…」
その言葉に深く溜息を吐いた。
「そのつもりだったんだけどね…」
「あら、そうでしたの?てっきりまだ心を決めかねているのでは、と思っていましたのに」
何て言うか…似たもの夫婦よね、エイトとミーティア姫様って。きょとんとした顔がそっくり
だわ。

119:手綱 ◆JSHQKXZ7pE
06/02/17 22:30:49 9kzpoxotO
「私も決心していたし、あいつもそうだったと思うのよ。少なくとも早くこの村に馴染むため、
ってことで式の大分前にここに来た当初は」
首を傾げるばかりで姫様は何も言わない。仕方がないから何となく場つなぎ程度にぽつぽつと
話し出す。
「でも…」
「でも?」
何だか話しているうちに怒りが戻ってきたわ。
「あいつったら村の女の人を片っ端から口説いているのよ。お年寄りから子供まで。昨日なん
て宿屋のおばちゃんに『あなたの向日葵のような笑顔を見ると一日頑張ろうという気持ちにな
れる』なんて言っていたの!」
あ、もう駄目。腹の底から怒りがふつふつと煮えたぎってきたわ。
「それにお母様だって!『お二人も子供をお産みになられたとは思えない程若々しくていらっ
しゃる』とか口説いているし!それってどこのメロドラマよ、そんな泥沼真っ平だわ!」
私の剣幕に驚いて何も言えずにいたミーティア姫様だったけど、急に吹き出した。
「何よ、姫様。笑い事じゃないわ」
「ご、ごめんなさい。あ、あまりにゼシカさんがヤキモチ焼きだから…」
ぷるぷると身を震わせて笑いを堪えている。そんなに笑うことじゃないわ、それにヤキモチ焼
きって。
「そんなんじゃないわ。分かってはいたけど、そんな女ったらしとは一生を誓えないわよ。だ
から」
「だから式に出ない、ってことなのね」
漸く笑いを収めて言った言葉に深く頷いた。
「お客様には申し訳ないんだけど、この式はなかったことに…」
「あら、それは駄目よ」
にこやかに、でもきっぱりと遮られる。
「自分の気持ちに嘘吐いては駄目」
「う、嘘じゃないわ」
「うふふ、ではどうしてドレスを着ているの?」
びしっと突っ込まれ、返す言葉に詰まる。
「これは、その」
しどろもどろの私にそれ以上の追求はなく、話題が変わった。

120:手綱 ◆JSHQKXZ7pE
06/02/17 22:32:26 9kzpoxotO
「ゼシカさん…リーザス村っていいところね」
「え?あ、そ、そうね」
突然のことに我ながら間抜けな相槌を打つ。何が言いたいのかしら。まあいい村だと言われる
と嬉しいけど。自分の故郷なんだし。
「世界中を旅して、色んな街や村を見てきたけれど、ここは本当に穏やかないい村だと思うわ」
私は黙って頷いた。旅が終わってこの村に帰ってきた時、どんなに嬉しかったか、ほっとした
か、今も覚えている。家に帰るって素敵なことだった。
なんてことを思っていたから、次の言葉は唐突に聞こえた。
「だからこそ、一生懸命なのではないかしら」
「え?」
「この静かな村に馴染もうとしていたのではないかしら、あの方なりに」
と、姫様が私の眼を覗き込んでくる。
「だ、だって、だからって何で片っ端から口説かなきゃならないの。別にそんなことしなくたっ
てこの村の人たちはみんないい人よ。ちゃんと受け入れてくれるわ」
必死に反論を試みる。が、
「そうね…この村で生まれて育っていらしたゼシカさんはそう思うかもしれない…」
と軽く流されてしまった。その上、
「ね、ゼシカさん。エイトの子供の頃の話って聞いたことあるかしら?」
また話を変えられた。
「えっと…愛想のない、痩せこけた子供だった、って話?」
「そう。城に来た当初はそうだったの。愛想がないだけじゃなくて、感情も表に出せなかった
の。だから中々馴染めなくて、疑われたり疎まれたこともあったって言っていたわ」
そんなこともあったのね。今のエイトからは全く想像できないけど。
「あの頃、もうちょっと愛嬌のある子供だったら、ってエイトは言うの。もう少し楽に城の生
活に溶け込めたんじゃないか、って」
「…それと同じことをしているってこと?」
何だか話の筋が見えてきたわ。
「ええ」
「だからって何で美辞麗句の大安売りになるの。それも女の人にばかり」
「あら、女の人の噂話の威力って強いのよ。それに一度嫌われてしまったら挽回するのは大変
だわ」
「そうなのかしら…」

121:手綱 ◆JSHQKXZ7pE
06/02/17 22:34:26 9kzpoxotO
正直、そういう噂話って好きじゃなかったからよく分からない。でもそういうものなのかしら。
「それに女の人に人気のある方だって分かっていらしたでしょ?」
「まあ、それはそうなんだけど…」
肩を竦める私に、内緒話でもするようにミーティア姫様が語りかけてくる。
「あのね、お城ではエイトはとっても人気があるの」
「そうなの?」
それはそうかもしれない。だってあの城を救った英雄だもんね。
「エイトは皆に優しいのよ。時々メイドさんたちから贈り物を貰ったりしているの」
「ええっ、そんなことされて姫様は平気なの?!」
あの物固そうなエイトもそうだなんて。ああもう誰も信じられないわ!
「うふふ、平気、って言ったら嘘になるのかしら」
平気じゃないのならどうしてそんなに穏やかに微笑んでいられるの。私だったらちやほやされ
て鼻の下伸ばしているあいつを見たら即メラゾーマ、だと確信しているわ。
「平気ではないわ。心がちょっと波立つ感じ」
そう言って自分の胸に手を当てる。
「でも、優しくすることと愛することの間には大きな隔たりがあるわ。ゼシカさんは村の皆様
がお好きでしょう?」
優し気な問いかけに私は素直に頷いた。
「ええ。…そうね、皆大好きよ」
「ではその方々とあの方とは同じようにお好きなのかしら?」
一瞬息が詰まる。同じ?そうかしら?同じ言葉で括ってはいるけど。でも。
「…そうね」
自分の中に答えはあった。なぜあいつのことになるとむきになって怒ってしまうのか。
「そうだわ。違う、全然違うわ。他の人だったらこんなに腹が立ったりしない。だって…」
好きだから。それは言葉にできなかったけど、伝わったのだろう。私の眼を見返して深く頷い
た。
「それにね」
ちょっと悪戯っぽい笑みを浮かべて姫様が言う。
「人気があるって悪いことじゃないわ。それだけ好かれているってことですもの。いいことだ
と思いません?」
「うふふ、それもそうね」

122:手綱 ◆JSHQKXZ7pE
06/02/17 22:36:15 9kzpoxotO
「その分しっかり見張っておけばいいの。あのね、エイトは気を遣って贈り物を貰ったことは
話してくれないのよ。でもそのことはちゃんと知っているわ」
「ええっ、そうなの?!」
あのほんわかした雰囲気のミーティア姫様とは思えないような言葉。
「だってそうでしょう?変な方向に行ってしまったら困りますもの。人気者でいられるように、
でも決して手綱は離さない」
澄ました顔の姫様につい笑いが零れる。そっか、じゃ、今は姫様が手綱を握っているのね。
「エイトは多分このことを知らないわ。それにこういうことは男の方には知らせない方がいい
ように思うの」
「だから女同士、って言ったのね」
漸く納得した。そういうことだったのね。
「ええ。それにこれって結構楽しいのよ。人気のある男の方程楽しいのではないかしら。私は
エイト一人でもう充分ですけど」
これって惚気?どこか得意気に言われて何だかちょっと悔しい。
「素敵な方なのでしょう?」
「…ええ」
頷いた時、ふと対抗心に火が着いた。
「姫様のエイトより、ちょっと上かしら」
「まあ、うふふ」
「うふふ」
二人で顔を見合わせ、どちらともなく笑い出す。
「…さあ、お仕度しなくては」
           ※          ※          ※


123:手綱 ◆JSHQKXZ7pE
06/02/18 00:20:19 56o3VhNKO
外に出ると眩い光が目を射す。
「本当にいい天気」
教会まで姫様が一緒に行ってくれるという。お母様は一足先に出ているらしい。二人で並んで
歩いて行くと、だんだん晴れがましい気持ちになってきた。
「おーい」
向こうでエイトが手を振っている。その隣にはトロデ王様。
「行ってらっしゃい、ゼシカさん。一人で行く道より二人で行く方が数倍楽しいわ」
ちょっと足を竦ませた私に囁いてくれる。
「そうそう、この日の為にあの方も相応しい礼装を整えてきたのよ、錬金釜を使って。見てあ
げてね」
「えっ」
何だか嫌な予感。
「まさかダンシングメイルにファントムマスクじゃないでしょうね。そんな格好していたりし
たら逃げるわよ」
「うふふ、さあ、それは後のお楽しみよ」
…今更気付いたんだけど、姫様って人が悪いわ。
「先に入らせていただきますわね。楽しんでいらして、ゼシカさん。一生にたった一度きりの
ことなんですもの」
もう教会の扉の前まで来ていた。待っていたエイトとミーティア姫様は私に手を振ると先に中
へ入って行く。
「覚悟はよいかの?」
冗談めかして問いかけるトロデ王様に私は晴れやかに笑ってみせる。
「ええ、もちろんよ」
そう、扉の向こうには新しい世界が開けている。私とあの人、二人で行く世界が。
行きましょう、二人で。喜びも、悲しみも分け合うために。しっかりと手綱を握って、ね。
                      (終)


代父:婚礼、洗礼の時に父親代わりになる人。日本なら烏帽子親みたいなもの。


124:名前が無い@ただの名無しのようだ
06/02/18 00:22:08 56o3VhNKO
変なところで切れてしまってすみません。
これで終わりです。では巣に戻ります。お邪魔しました。

125:名前が無い@ただの名無しのようだ
06/02/18 13:36:51 jeyg/gSx0
?

126:名前が無い@ただの名無しのようだ
06/02/18 13:53:07 amtHCZLu0
>>117>>123
いいなぁ・・・ゼシカがすんごい女の子ってかんじがする。
ダンシングメイルにファントムマスクワロスww

127:名前が無い@ただの名無しのようだ
06/02/18 22:16:28 rEMM8vc70
ククゼシというより姫様の印象がすごい強かったけど面白かったw
姫様GJ!天然っぽく見せかけて実はしたたかな女って
世界最強の女だと私は思う。
柔和な笑顔の下の芯の強さがほの見えて
さすがは時期女王ですね。
(何となくハプスブルグ家のマリア・テレジアを思い出した)

JSHさん乙です!&GJです!

128:名前が無い@ただの名無しのようだ
06/02/18 22:21:35 KePDd/Ie0
悪魔姫や・・‥(´Д`|||)

のびたの結婚前夜思い出しますた。GJ!!

129:名前が無い@ただの名無しのようだ
06/02/18 22:29:11 vFQDLl210
向うのスレのお話もいつも読ませてもらってます。
負担にならないのであれば、これからこっちにも書いてくださいな。

130:124
06/02/19 17:23:55 gRz4ndggO
感想どうもありがとうございました。

構成の都合上ククールは名前すら出て来ないのに分かっていただけてありがたいです。
(ダンシングメイル~の台詞はその為に入れたものです。)

それにしてもゼシカの口調って難しいですね。
こちらで書いていらっしゃる皆さんを尊敬します。

131:名前が無い@ただの名無しのようだ
06/02/21 15:53:23 zEkboR3j0
ククールがフィギュアスケーターだったら。

132:名前が無い@ただの名無しのようだ
06/02/21 16:43:24 mc2YpWR20
魅惑のまなざしを放ちながら四回転トゥループを決め、会場の女性ファンを釘付けにw
ゼシカはスーパーG(アルペン)をがしがし滑っている感じ

133:名前が無い@ただの名無しのようだ
06/02/21 21:42:58 GIpvY+5i0
間違っても開会前に変なラップを披露しないでね


134:名前が無い@ただの名無しのようだ
06/02/22 07:30:33 s8Gzi8PIO
かう

135:名前が無い@ただの名無しのようだ
06/02/23 14:40:57 k++TAjfBO
ペアで滑ってほしい妄想。

136:名前が無い@ただの名無しのようだ
06/02/23 15:36:09 wGgYlV+i0
ゼシカは神秘のビスチェで是非。
危ないビスチェだと規定違反になるぞw
ククールはデフォ服かなあ。鎧系だとリフトした後危ないし。

137:名前が無い@ただの名無しのようだ
06/02/24 23:18:39 BuX8Zi+V0
オンリー行く人ー

138:名前が無い@ただの名無しのようだ
06/02/26 00:19:17 3tsblwMR0
ロンリーか……。

139:名前が無い@ただの名無しのようだ
06/02/26 02:40:14 c5jdkW3wO
グローリーだ

140:名前が無い@ただの名無しのようだ
06/02/26 09:53:15 cn81iWX00
>136
誰か絵板に描いてよ

141:名前が無い@ただの名無しのようだ
06/02/26 22:21:36 7oDDAwlu0
つぎいってみよ~!

142:名前が無い@ただの名無しのようだ
06/02/28 01:08:14 W34LO3Fm0
この二人はお互い相手を他人にどう説明するんだろう?

143:名前が無い@ただの名無しのようだ
06/02/28 07:23:59 mdFbFKf90
>>142
意味がよく分からない。馴れ初め?相手の性格?

144:名前が無い@ただの名無しのようだ
06/02/28 19:04:06 p/j185tX0
この二人の場合、初めの方と最後の方の互いの評価は全然違うだろうから、どの段階でのことかも重要だよね。

さて、去年の9月に投下した話の続き(しかもまた長いの)を投下させていただきます。

145:『祝福の瞳』1/16 ◆JbyYzEg8Is
06/02/28 19:05:36 p/j185tX0
「ゼシカはこのアルバート家の大切な跡取りです。その結婚相手には、この家を一緒に守っていけるしっかりした方を望むのは当然のこと。何度いらしても無駄です、お引き取りください」
ゼシカとの付き合いの許可を求めて、こうしてアルバート家に訪れるようになってから三カ月になる。
オレを嫌ってるアローザさんの神経を逆なでしないように、リーザス村には住まずにベルガラックのギャリング邸に住み込んで用心棒のマネごとをしてる。
ゼシカにはずっと寂しい思いをさせてたから、三日と開けずに会いに来るようにしてるけど、アローザさんはなかなか態度を緩めてはくれない。

「ごめんね、頭の固いお母さんで。本当にわからずやなんだから」
そして、こんな風に憤慨してるゼシカの頭を冷やすために、ポルトリンクとの間にある海辺を一緒に歩くのも、もう何十回目になるか。
「二言めには『アルバート家、アルバート家』って。お母さんは私自身よりも、アルバート家の方が大事なのよ。跡取りとしての私しか必要じゃないんだわ。もうたくさんよ」
初めから覚悟してたこととはいえ、オレが原因でゼシカをこんなふうに苦しめてることは、結構辛い。
「そんなことないさ。ゼシカ自身を大事に思ってるに決まってるだろ。考えすぎだ」
「だったら、少しは私の意志を尊重してくれたっていいじゃない。ククールは頭に来ないの? こんな風に追い返されるの37回目なのよ?」
「ゼシカ、そんなの数えてんのか。だったら30回目あたりで言ってくれりゃあ良かったのに。そしたら記念ディナーにでも、お誘いしたのにな」
「何バカなこと言ってんのよ。私は少しは怒りなさいって言ってるの。これだけ足しげく通ってるんだから、少しは話を聞いてくれたっていいじゃない。いつも家訓がどうのってうるさいくせに、こんな失礼な事ってないわよ」
ゼシカがいつもこうやって怒ってるから、オレまで怒ると収拾つかなくなりそうで、却って頭が冷える・・・なんて言ったら、ますます怒るんだろうな。
「失礼だと思ったことはないんだよ。追い返されるにしても、とりあえず会ってはくれるし。ゼシカの意志だって、それなりに尊重されてると思うぜ? その証拠に今だってこうして二人きりでいられるだろ? 会うこと自体、邪魔されてるわけじゃないんだからな」


146:『祝福の瞳』2/16 ◆JbyYzEg8Is
06/02/28 19:06:29 p/j185tX0
これはゼシカの頭にますます血が昇るだろうから言わないけど、オレにはどうしても貴族や金持ちへの偏見があって、『財産目当て』とか『手切れ金いくら欲しい』とかの類いの言葉を一度くらいは浴びせられるんじゃないかと覚悟してた。
でもアローザさんはただ『気に入らないから認めない』としか言わない。
はっきりしてて、気持ちいいくらいだ。そういう所はゼシカとそっくりだと思う。似た者同士だから、ぶつかっちまってケンカになるんだろうな、この母娘は。
「私が誰と会おうと、お母さんに止める権利なんてないわよ。これ以上わからずやでいるつもりなら、いつでも家を出てやるわ」
「だから、それはダメだって。オレは何だかんだ言っても、母親が心配で家に戻っちまうようなゼシカが好きなんだから、無理すんなよ」
「無理してんのは、そっちじゃない。どうしてそうやって我慢するの?」
そう言われても、オレは無理や我慢をしてるつもりはないんだよな。
駆け落ちみたいな形で連れ出したりしたら、ゼシカはもう家には戻れなくなる。
オレにはもう親はいない。生まれた家だって残ってない。
だからこそ、それをゼシカから奪うようなマネだけは絶対にしたくないんだ。
それにリーザス村にとっても、ゼシカは大事な存在だ。村の中を歩いてる時でも、行き交う人たちは皆が笑顔でゼシカに挨拶していく。
ついでにオレにも『あんたも懲りないね』とか『頑張れよ』とか『しっかりやれ』とか声をかけてくれる。おまけに『うまくいかないからって浮気するなよ』なんて、よけいなお世話だと思うことまで言ってくれるヤツもいる。
それを思うと、どうして自分がリーザス村で暮らすなんて無理だと思い込んだのかと、笑えてくる。
ドニの町でもベルガラックでも、リーザス村でだって、付き合ってみたら住んでる人間なんて、どこでもたいして変わらない。修道院みたいな特殊なところでさえ暮らせてたのに、リーザス村では無理だなんて、そんなことバカなことあるわけないのにな。
でも・・・。
どうしてなんだろう。こうして真っすぐにオレを見てくれるゼシカが好きなはずなのに。
時々・・・本当に時々なんだけど、その瞳から目をそらしたくなってしまうのは。
そうしなきゃならないような後ろめたいことなんて、もう何一つないはずなのに。


147:『祝福の瞳』3/16 ◆JbyYzEg8Is
06/02/28 19:07:27 p/j185tX0
リーザス村に戻ると、今日も見回りに励んでるポルクとマルクが走ってきた。
「ククール兄ちゃん、今日もまたダメだったのか?」
「おう、どうやらこれで37回目らしい。そうだな、これが50回目になったら、記念にお前らもベルガラックに遊びに連れてってやるよ。カジノは十年早いけど、にぎやかな街だからそれなりに楽しいぞ。それともオークニスで雪遊びの方がいいか?」
「・・・ククール兄ちゃん、そうやって平気なふりしなくていいんだぞ。少なくともオイラたちはゼシカ姉ちゃんとククール兄ちゃんの味方だからさ」
「うん。無理することないと思う」
「バーカ。お前らみたいなガキに心配してもらわなきゃならないほど落ちぶれちゃいねえよ。それより今日は時間があるから、稽古つけてやるよ。抜きな」
二人とも毎日、村中走り回ってて足腰は鍛えられてるし、サーベルトに基礎は教わってたおかげで筋はいいから、こうして剣を教えてやるのは結構楽しい。
それにしても、こいつらに『ククール兄ちゃん』て呼ばれると、自分でもおかしくなるくらい胸がときめくんだよな。
親がまだ生きてた頃、遊び相手がいなかったオレは弟が欲しいと思ってたことを思い出す。でもそう言うと母さんは困ったような顔をしてたっけ。
あの頃の何も知らなかったオレには、その表情の意味なんてわからなかった。ちょっと悪いことしたと思う。そりゃあ困るよな、『兄ならいる』なんて言うわけにもいかなかっただろうしな。

陽が落ちかかり暗くなるギリギリ前に、ゼシカを屋敷まで送っていく。アルバート家は夜になると家人でも出入り禁止になるから、その辺りは気をつけないと面倒なことになる。
ゼシカが家の中に入るのを見届け、ベルガラックに戻ろうとルーラの呪文を唱えようとした時、目の端に何かおかしな光が映った。
東の方角、リーザス像の塔がある方だ。
気のせいだろうとは思う。たぶん木が揺れた時の光の加減だ。この村の中から、あの塔を見ることは出来ない。距離がありすぎるし、木が邪魔にもなってる。
でも何だ? 何かが起こる前のような、この胸騒ぎは。こういう感覚になる時は、たいていロクなことにならない。面倒に巻き込まれる前兆だ。
・・・違う方向からなら、絶対無視するんだがな。世話になったリーザス像様の様子を見にいかないってわけにはいかないよな。


148:『祝福の瞳』4/16 ◆JbyYzEg8Is
06/02/28 19:08:22 p/j185tX0
この塔には何度も昇ってるし、出てくる魔物も雑魚ばかりだけど、賊が潜んでないかと全部のフロアを確認しながらだと、それなりに時間はかかる。最上階のリーザス像まで着く頃にはすっかり夜も更けていた。
とりあえずどこにも異常はなかった。あの極悪宝漁りコンビ、エイトとヤンガスの通った跡に、めぼしい宝なんて残ってるはずないし、リーザス像の瞳に埋め込められてたクラン・スピネルも、今はもう無い。像本体を盗んでいく根性のある盗賊もいないだろう。
気の迷いだってわかってたはずなのに、とんだむだ足だ。オレらしくもない。
・・・やっぱりゼシカたちが言ってたように、少しはまいってんだろうか。
アローザさんに嫌われてるのは、初めからわかってた。そのことでゼシカを板挟みにしてしまうことも、予想はできてた。何もかも覚悟した上で、ゼシカと一緒にリーザス村で生きていくと決めたはずだった。
でも一つだけ、全く予測できなかったことがあった。
オレの死んだクソ親父が昔、未亡人になりたてのアローザさんをしつこく口説いて怒らせてたってことだ。その親父の面影を強く残してるってことが、オレを嫌う理由の一つにもなっている。
もちろんオレ自身の悪い評判と相俟ってのことではあるけど、あれだけはどうしても少しキツくなる。
オレを通して、もうこの世にはいない親父を憎む目。あの目がどうしても思い出させる。
十年以上もの間、ずっと向けられていた瞳。
最後まで向き合えないままに別れてしまい、今どうしているのかもわからない、あいつのことを・・・。

塔を出ようと踵を返した時、ここに来たのはこれに呼ばれてたんだってことがわかった。
塔の上から流れ落ちてくる水が、窓枠のようなものを形作って、階段の横に見覚えのあるものを浮かび上がらせていた。
月影の窓。願いの丘とトロデーン城で見たのと同じものだ。
・・・開けるしかねぇんだろうな。今までの経験で、こういう現象には逆らっても無駄だってことは学習済みだ。少なくともイシュマウリは敵じゃないことはわかってるしな。
そう思って扉に手を触れようとした瞬間、向こう側から目を開けていられないような眩い光が溢れ出す。そしてようやく光が収まり目を開けると、初めからそこにいたかのように、月影のハープを手にしたイシュマウリがすました顔して立っていた。


149:『祝福の瞳』5/16 ◆JbyYzEg8Is
06/02/28 19:09:22 p/j185tX0
いろんな事態を想定して、どんな場面に出くわしてもなるべく動揺を見せないようにと努めてきたが、世の中は本当に予想もつかないことに満ちている。この入り口が向こうから開くなんて、アリなのかよ。
「・・・久しぶり。その節はいろいろ世話になったな。船は有効に使わせてもらったよ」
イシュマウリが何も言ってこないもんだから間がもたなくて、とりあえず挨拶しておく。
「でも、何でまたオレの前に現れたりしたんだ? 願いを叶えてくれるのは一度限りなんだろ? 二度でも特例だろうに、三度目なんてのは反則なんじゃねえの? 第一、それ以前にオレには叶えてほしい願い事なんてないぜ」
イシュマウリはハープをつま弾き始める。
「確かに、この月影の窓が人の子の願いを叶える為に開くのは、生涯にただ一度きり。それを二度開き、願いを叶えたのは全てこの時のため。月の世界より願いを運び、この私の手で扉を開くため。古の時代よりこの地を見守りし美しい像。どうかその願いを聞き届けておくれ」
ハープが奏でる曲が次第に大きくなっていく。ラリホーとメダパニを一度にかけられたように意識が遠のき、頭の働きが鈍って上下の区別もつかなくなる。
ああ、絶対こうなるとは思ってたよ。面倒に巻き込まれてロクなことにならないってな。わかってたのに油断した。
せめてイシュマウリに『お前の演奏、モグラ以下』と一言くらい悪態吐いてやりたかったが、そんな猶予は与えてもらえず、ハープの音が一際大きくなったのを感じた直後、完全に目の前が真っ暗になった。

あー、気持ちわりぃ。
頭いてぇし、耳鳴りするし、吐き気もする。口の中がジョリジョリいってるし、波音らしきものも聞こえるから、海岸ってとこだな。世界がグルグル回ってる気がして、目を開ける気にならない。
イシュマウリのヤロウ、有無を言わさずやってくれるもんだぜ。
あいつの言葉を要約すると、こういうことか。
『一回だけなら願いをタダで叶えてやるけど、二回目からは有料。その時の分の取り立てに来た』と。
いいさ、それは。タダより高いもんは無い。世の中はギブアンドテイク。アスカンタの王に恩を売れたことも、船が手に入ったことも、無駄じゃなかった。返せというなら借りは返す。ただそれだけのことだ。
だけど何をすればいいかを教えてもらうぐらいは、当然の権利だと思うんだがな。


150:『祝福の瞳』6/16 ◆JbyYzEg8Is
06/02/28 19:10:14 p/j185tX0
地面が揺れるような爆音が響き、慌てて飛び起きる。いざ起き上がってみると、頭痛も吐き気も耳鳴りも無くなってた。
イシュマウリに文句つけてる場合じゃなかった。ちょっと呑気に生きてると、すぐに緊張感がなくなる。我ながら困ったもんだな。
爆音がした方に目を向けると、月明かりの中、数十匹の魔物と、岩を背にそれを一人で迎えうってる人影が目に入った。
再び爆音。襲われてる人間の方が、イオナズンを放った音だ。加勢しようにも、迂闊に近づけばオレまでふっとばされそうだ。
だけどこの最高位の爆発呪文でも、魔物たちの数は全く減ってない。それどころかその中の何匹かが、反撃のイオナズンを放った。その呪文は光のカベに反射し、呪文を唱えた相手に跳ね返される。マホカンタの効果だ。
こんな高度な呪文の応酬の中でオレの出る幕があるのかどうか怪しいが、見ぬフリするわけにもいかない。とりあえず自分にマホカンタをかけておく。
魔法は無効だと知った魔物たちが、武器を振り上げるのが見えた。ここから一気に詰めるのは、無理な距離だ。
「バギクロス!」
風の呪文の中では最高位の呪文だが、これだけの数の魔物を一度に切り裂くのは無理だ。
でも新手の存在が牽制にはなったようで、魔物は再び少し遠巻きになる。そのスキにオレは襲われてた人間の隣に駆け寄った。
「大丈夫か? オレは回復呪文なら大抵使える。必要があるなら言ってくれ」
「あ、ありがとう。助かるわ」
その声を聞いて思わず敵から目をそらし、声の主の顔を見てしまう。
女!? 男装してるが間違いなく、うら若き乙女。それもかなりの美女だ。
だけど驚いてる場合でもない。魔物の種族を確認すると、アークデーモンやデスプリースト、リザードファッツなんていう、力も体力も有り余ってるようなヤツばかりだ。ほとんど無傷なヤツも結構いる。
防具と言えるものも身につけず、レイピア一本でやり合うにはキツい相手だが、レディのピンチとなると、やる気は五割増しくらいにはなる。
「バイキルト!」
隣の美女が筋力増強の呪文をオレに唱えてくれる。だけどマホカンタがかかった状態だから当然のごとく、その呪文は術者本人に跳ね返った。
「あいたた、いたたたた!」
攻撃魔法が跳ね返ったわけでもないのに、その女性はいきなり腹をおさえて苦しみだした。


151:『祝福の瞳』7/16 ◆JbyYzEg8Is
06/02/28 19:10:57 p/j185tX0
だけど今は治してやってる余裕はない。魔物たちが距離を詰めだし、襲いかかるタイミングを見計らってる。
ここは大技使って、最短時間で仕留めるしかない。
意識を集中して剣先に魔力を送り込み、地面に突き立てた。
魔法の力を呼び水に、雷が地面を這い上がり、突き立てた剣に到達する。沸き上がった地獄の雷、ジゴスパークを解放した。
さすがに、この顔触れを一発では仕留められない。間髪入れずに、もう一発放つ。それでようやく、残ってた魔物もあらかた倒すことができた。
だけど一匹残しちまった。この輪郭としぶとさはボストロールか。
頭上にこんぼうが振り上げられる。剣を地面に突き立てたままのこの状態じゃあ、とどめはさせない。死なないように防御するしかない。
だが、その必要はなかった。その次の瞬間、ボストロールの首は胴体とキレイにお別れしたからだ。
ついさっきまで苦しそうにうずくまっていた女性が、晴れやかな顔で剣を鞘に収めた。伝説の剣、人間世界最強の剣とも言われてるメタルキングの剣だった。
「危ないところをありがとう。今の技すごいわね。初めて見たわ、あんなの」
「いや、こちらこそ。おかげで無傷で済んだ。それより、どこかケガしてたんじゃないのか?」
「ああ、違うのよ。バイキルトのせいで、お腹の子がビックリしちゃったみたい。あなたも人が悪いわね。マホカンタかけてあるならあるって言ってよ」
思いっきり背中を叩かれた。思わずムセそうになる。信じられねぇバカ力。ボストロールの首を一撃で切り落とした剣の腕といい、女にしとくのがもったいない。
・・・それよりお腹の子って・・・妊婦!? 思わず腹の辺りをマジマジと見てしまう。
「まだ五カ月だから、そんなに目立たないわよ。でもさっきは本当に死ぬかと思ったわ。あ、私のことはリズって呼んで」
死ぬなんて、少しも思ってなかったとしか思えない調子で、高らかに笑ってる。
ゼシカのことも逞しいとは思ってたけど、この女性は更に上を行ってるな。
ゼシカ並の魔法に、オレより強いかもしれない剣技。大体、あれだけ大量の魔物が一度に現れるのを見たのは初めてだった。この女性を狙ってのことだとしたら、ただごとじゃない。
でも、オレの心をより大きく占めていたのは別のことだった。
「オレはククールだ。・・・あんた、一度どこかで会ったことなかったか?」


152:『祝福の瞳』8/16 ◆JbyYzEg8Is
06/02/28 19:11:46 p/j185tX0
夜中だけど月明かりがやけに明るいせいで、彼女の姿がはっきりと見てとれる。流れるような稲穂色の髪と春の若葉のような明るい碧の瞳。どうも見覚えがある気がする。こんな美人に会ったことがあるなら忘れるはずがないんだけど、どうしても思い出せない。
「やだ、それって口説き文句?」
言われてみて、ちょっと恥ずかしくなる。確かにベタな口説き文句に聞こえなくもない。
「ないわよ、会ったことなんて。こんな絶世の美男子に、一度でも会ったことがあるなら忘れたりするわけないじゃない」
もう一発、バカ力で叩かれた。やっぱり声にも聞き覚えがあるような気がするんだけどな。

当面の魔物は全部倒したとはいえ、こんな時間に妊婦を一人で放り出すわけにもいかないんで、家まで送っていくことにした。
切り立った崖を左手、海岸線を右手に見ながら、道らしきもののない草の上を歩く。この辺りにはリズとその旦那以外の人間は誰も住んでないから、道なんてものは無いらしい。当然店屋もないから、全てを自給自足で賄ってる。
こんな時間に外をうろついてたのは、まんげつ草を詰むためだそうだ。まんげつ草は普段は雑草と見分けがつかないが、満月の夜にだけ花を咲かせるから、自生してるのを集めるには、こういう夜に探す方が効率がいいからだ。
何でも彼女の遠いご先祖とやらが、魔物の恨みを買うようなことをして、そのせいで魔物に狙われることも少なくないから、今夜のようなことは慣れっこなんだと、笑い話にならない話を笑いながら口にする。
「今のうちに少しでも多くああいう魔物を倒しておけば、それだけ私の子供たちを狙う魔物の数は減るでしょう? 出来ることなら、この子が生まれる前に全滅させたいくらいよ」
魔物の恨みを買うってことは、ご先祖とやらのしたことはむしろ善行なんだろうけど、オレだったらきっと、とばっちりくらわせやがってって恨むだろうな。

開けた草原に出たところで、進路を右に取る。
何だろう。辺りの風景に見覚えはないのに、道も目印もないこの場所で曲がることが自然に感じる。
今日はいろいろと、おかしいなことばかりだ。
やたらとマルチェロのことを思い出したり、ゼシカたちがやけに心配してきたり、知らないはずの人物や場所に覚えがあったり。
イシュマウリに問答無用で飛ばされたってのが、何よりも極めつけだけどな。


153:『祝福の瞳』9/16 ◆JbyYzEg8Is
06/02/28 19:12:32 p/j185tX0
リズに案内されたのは、子供が生まれたら狭いんじゃないかと思うような、簡単な造りの小さな家だった。
そのすぐそばには、大量の木材や石材が家を何十軒も建てられそうなほど山積みになっていて、男が一人、地道に土台らしきものをを積み上げている。
「ただいま、あなた!」
結構な大声で呼びかけても、リズの旦那は気づきもしない。いるんだよな、こういうヤツ。何かにのめり込むと、何も見えない聞こえないってタイプ。
「もう、マリウスったら」
リズは足元の土を拾い上げ、器用に泥団子を造って、旦那の頭に投げ付けた。見事に命中、ナイスコントロール。って、いいのか? これ。
「やあ、おかえり、リズ。そちらの方は?」
旦那の方も動じずにこっちに歩いてくる。この二人の間では普通のことなんだろう。
「ナンパされちゃったの。というのは冗談で、魔物と戦ってる時に助けてもらったの。夫のマリウスよ。それで、こちらはククールさん」
おい、変な冗談やめてくれよ。一瞬、旦那の発する空気が怖くなったぞ。こういう、一見おとなしくて人の良さそうな顔したヤツほど、情け容赦なかったりするんだからな。
「そうだったんですか。妻が大変お世話になりました。ありがとうございます」
魔物に襲われたって方はスルーかよ。まあ、こんなところで二人だけで暮らしてる辺り、その辺はお互いに納得済みなんだろうな。夫婦の間に、よけいな口出しはしないさ。
「ちょっと待ってて、ククール。あなたに渡したいものがあるの」
そう言ってリズは家の中に入っていく。渡したいものって何だ? マリウスも訳知り顔でその姿を見送っている。まあ、貰えるものはとりあえず貰っとくけどさ。
「乱雑にしててすみません。これでも建築家の端くれでして、ここに大きな塔を建てようと思ってるんですよ。そしてリズの彫った像をその最上階に飾って、いろんな人が見に来てくれるような場所にしたいと思ってるんです。彼女は見事な腕の彫刻家なんですよ」

物事っていうのは、わからない時はいくら考えてもわからないが、逆に何げない一言で全てのことがしっくりはまるように出来てるもんだ。
強力な魔法と剣、彫刻家。そして魔物の恨みを買うほどのことをした先祖を持つ女性。このフレーズから導き出される答えは一つだ。


154:『祝福の瞳』10/16 ◆JbyYzEg8Is
06/02/28 19:14:07 p/j185tX0
「お待たせ。いきなりこんなもの渡されても困るだろうけど、何も言わずに受け取ってくれない?」
戻ってきたリズが布包みを差し出してくるが、今はそれどころじゃない。
「リズ、あんたリーザス・・・リーザス=クランバートルだったのか・・・」
身体が覚えていた。ポルトリンクとの間の海岸線から、リーザス像の塔へと続く道。何度もゼシカと二人で歩いた、その距離感を。
マリウスが建てた塔の最上階に、リズが彫った像が飾られている。年に一度の聖なる日に、リーザス村の皆が昇るのを楽しみにしている場所。
今立っているのはオレがいた時代から、遥か昔の同じ場所。
「あら、もうクランバートルじゃなくて、アルバートよ。リーザス=アルバート。間違えてもらっちゃ困るわ」
リーザス嬢は人差し指を立てて横に振る。
「やっぱりこれを渡す相手は、あなたで間違いないみたいね。あのね、私と同じように魔物の恨みを買ったご先祖を持った人の中に、予言の力を持った人がいるの。
ちょっと悩んでることがあって、その人に見てもらったら『満月の夜に出会う、風の魔法の使い手』にこれを渡せば、全てうまくいくって」
リーザス嬢が手にしていた布包みを解く。そこには強い魔法の力を宿した血のような色の二つの宝石。
クランバートル家に代々受け継がれてたという、クラン・スピネルだ。

そう、その宝石をオレが受け取るのは間違いじゃない。ゼシカをラプソーンの杖の呪いから解放するための結界の材料に、どうしてもなくてはならないものだった。
でも、だからこそ、今のオレが受け取るわけにはいかない。世界に二つしかないこの宝石は、リーザス像に埋め込まれた状態で塔に収まってなきゃいけなかったんだ。
「だから、人助けと思って持っていって」
リズに手を取られ、クラン・スピネルを握らされそうになって、慌てちまう。
「ダメなんだ。今オレがこれを持っていっちまったら、ゼシカがっ・・・」
ここでゼシカの名前なんて出してどうすんだ。動揺しすぎて、うまい言葉が出てこない。
・・・でも、何だかこのクラン・スピネルは、オレの記憶の中にあるのと比べて、随分デカい気がする。倍くらいはあるような・・・。それに形も違う。リーザス像に埋め込まれてたのは片方だけが尖ってて、もう片方は平らだったはず。でもこれは、両側とも鋭く尖っている。


155:『祝福の瞳』11/16 ◆JbyYzEg8Is
06/02/28 19:15:03 p/j185tX0
「・・・ゼシカ・・・。そうそう、リズ、言わなきゃいけない一言を忘れてるよ」
それまで傍観を決め込んでたマリウスが口を開いた。
「こう言えば全部わかるはずだって言われたじゃないか。『ゼシカをよろしく頼む』って」
それはまるで魔法のようだった。マリウスのその言葉と同時に、二つのクラン・スピネルの中心に亀裂が入り、鋭い刃で切断されたように綺麗に半分に別れる。リズの手に二つ。そしてオレの手にも二つ。そう、リーザス像に収まっていたのは、確かにこの形だった。
「あらら、すごいわね、言葉の魔力ってやつかしら」
こうなっても、リズは全く動じない。本当に肝が座ってる。
「そうだった、すっかり忘れてたわ。最近ちょっと熟睡できなかったもんだから、ついうっかり。この子を身ごもってから、時々変な夢見るのよ。誰かが泣いてるんだけど、顔は見えないの。ただ泣き声が聞こえてくるだけ。『私のせいで瞳が無くなっちゃった』って。
何のことかサッパリわかんないんだけど、どうしても気になっちゃって、予言者の友人に相談したってわけ」
・・・瞳が無くなったって、リーザス像のことか?
「そういえば、女の子の声だったわね。・・・そのコがゼシカなの?」
バカだな、あいつ。そんなこと気に病んでたのかよ。
オレはもう、クラン・スピネルを握り締めて頷くしかない。
「・・・お言葉に甘えて、こっちはありがたく貰ってくよ。そっちはあんた達が預かっててくれ、いつか必ず貰いに来るから」
遠くから、月影のハープの音が聞こえた気がした。
「その時はさ、できればキレイなドレスとか着て、ちょっとでいいからネコかぶってくれるとありがたいな。もちろん、そのままのキミの方がステキだけど、その頃のオレにとっては、場の雰囲気っていうか、イメージっていうのは結構重要なんだよ」
「・・・何かよくわからないけど、検討しておくわ。それに今のセリフは、また会えるって意味だと受け取っていいのよね?」
これはちょっと返事に困る。次に会う時はきっと、彼女は生ある人間ではないから。


156:『祝福の瞳』12/16 ◆JbyYzEg8Is
06/02/28 19:16:20 p/j185tX0
「きっとずっと先のことになると思う。そうだな、マリウスがこの塔を完成させて、そこにリズの最高傑作の像が置かれるようになって。その後くらいになるかな」
「それは困ったな。この塔が完成したら、今度はちゃんとした家を建てようと思ってるんだよ。子供が十人できても大丈夫なような大きな家をね。
そんなに遠くには行かないつもりだけど、ここに訪ねてもらってもボクたちはいないかもしれない。どこかに印でもつけておこうか・・・」
マリウスは真剣に考え込んでる。人の良さそうな顔して、本当に人がいいらしい。
「そうだ! キミは風の呪文を使うんだから、塔のてっぺんに風車をつけておこう。次にここに来た時は、魔法でそれを回してくれればいい。それが見えたらすぐにここへ駆けつけるから」
ハープの音が少し大きくなった気がする。もう時間切れってことか。元の世界に戻りたい気持ちに変わりはないけど、妙に名残惜しい気はする。
あんまり余計なことは言わない方がいいんだろうけど、これだけは言っておいてもバチは当たらないだろう。
「リズ、いつになるかはオレにもわからないけど、あんたの子孫が魔物に狙われずに済む日は必ず来る。そんなことがあったことさえ忘れられて、誰も彼もが呑気に生きてるような未来が待ってる。だから、あんたはそのまま、自分の信じた道を進んでいってくれ」
空間が歪むような感覚。目眩と耳鳴りが一気に襲ってきた。
「もちろん、いつだって自分の信じた道を進むわよ。ククールこそ、忘れないで。ゼシカのことは、よろしく頼むわよ。今度また、あのコが泣いてる夢なんか見させたら、テンション溜めてメラゾーマだからね」
意識が遠のいていく。このまま目の前からいきなり消えたりしたら、オレは幽霊扱いにでもなるんだろうか。でも二人とも、案外ケロッとしてそうだな。
オレともあろうものが、こんな美女を見忘れるなんて、ありえなかったけど仕方がない。リーザス嬢がこんなはっちゃけたレディだったなんて、誰が思う? でも不思議と納得はいく。なんてったって、あのゼシカのご先祖だもんな。


157:『祝福の瞳』13/16 ◆JbyYzEg8Is
06/02/28 19:17:05 p/j185tX0
「ククール! ねえ、しっかりしてよ。ククールってば!」
目を開けると、ゼシカが泣きそうな顔でオレのことを覗き込んでいた。
「ゼシカ・・・どうして、こんなとこに?」
何とか上体を起こすが、頭痛と吐き気と耳鳴りがする。それなのに妙にフワフワしてて、これが自分の身体だって実感がしない。
「それはこっちのセリフよ。ポルクたちが教えに来てくれたのよ。ククールが普通じゃない様子でこの塔の方に行くのを見たって。それで心配になって来てみたら、こうやって倒れてるんだもの。死んじゃったのかと思ったじゃないの!」
最後の方は涙声になってしがみついてきた。そういえばサーベルトは、ここでドルマゲスに殺されたんだったっけ。ちょっと刺激が強すぎたか。
それにしても、やっぱりゼシカは抱き心地いいなぁ。極上の柔らかさと弾力に、一気に現実感が戻ってくる。でも、さっきまでのことが夢じゃないことは、手の中にあるものが証明してくれている。
「心配かけてゴメン。ほら、ちゃんとお詫びの品もあるから、元気出せよ」
「・・・お詫びの品?」
ゼシカの手の平に、二つのクラン・スピネルを乗せる。二つの宝石と同じ色の瞳が、大きく見開かれた。
「これ・・・クラン・スピネル!? どうして? だってこれはもう・・・」
「その件は後でゆっくり説明するとして・・・。そのことよりも、オレの知らないところで、一人で気に病んで泣いてたっていう、このお嬢様をどうしてやろうかと思ってんだけどな。何で言ってくれなかったんだよ」
長い間ほったらかしにしてたのはオレの方だってことは、この際棚上げだ。
「えっ、だって、そんなずっと気にしてたってわけじゃないし・・・。ただ、みんな毎年聖なる日を楽しみにしてるのに、リーザス像の瞳が無かったら、やっぱりガッカリするんじゃないかと思うと・・・」
「そのことは、もう村中みんな納得してんだろ? ガッカリなんてするわけないだろ、バカ」
「バカって何よ。この像は、村が出来る前からずっとあったものなのよ? その瞳が私のために無くなったんだから、気にするのが当たり前じゃないの」


158:『祝福の瞳』14/16 ◆JbyYzEg8Is
06/02/28 19:18:25 p/j185tX0
ヤバイ、泣かしちまった。リズに泣かすなって言われたばっかりなのに、メラゾーマくらうな、これは。
「あのな、家宝だか三大宝石だか知らないけど、結局はこんなもん、ただの石ころなんだよ。ゼシカ自身に代えられるもんじゃない。このクラン・スピネルは、ゼシカが泣いてるのが辛いって、リーザス嬢が渡してくれたものなんだ。
お前、百年以上前のご先祖からまで愛されてんだからさ、そのことだけは忘れるなよ」
そしてオレも忘れない。その大切なゼシカを『よろしく頼む』と言ってもらえたことを。何にも持ってないオレでも、ゼシカのためにしてやれることはあるんだってことをな。

ゼシカが落ち着いてから、二人でリーザス像にクラン・スピネルをはめ込んだ。
元の姿に戻っただけのはずなのに、初めて見た時よりも像が優しい顔をしているような気がする。
「ありがとう、ククール。もう一度、この姿を見られるなんて思ってなかった。本当に嬉しい。夢みたい」
クラン・スピネルのような瞳が、真っすぐにオレを見つめてくる。まるで魔力を持っているように、心の中の深いところまで入り込んでくる瞳。
本当は自分でもわかってた。この瞳から目を逸らしたくなるのは、奥底に隠して見ないフリしてた本心が、全部さらけ出されてしまいそうになるからだってことは。
今までずっと、オレの勝手な都合でゼシカを振り回してきた。もうこれ以上、ゼシカに寂しい思いはさせたくない。だけど・・・。
この気持ちから目を背けたままじゃあ、いつまでもゼシカの視線から逃げ続けてしまう。
「ごめんゼシカ。今度こそ幸せにするって・・・ゼシカだけ見て、そばで守ってくって約束しなきゃいけないはずなのに。オレ、マルチェロを・・・兄貴を捜したい。居場所の心当たりなんてないけど、どうしても、もう一度あいつに会いたいんだ」
そこからやり直さないと、オレはきっとこの先、どこかで前に進めなくなる。
「会ってどうしたいわけじゃない。だけど、オレは決めたはずだったんだ。憎しみだろうが何だろうが、真っ正面から受け止めるって。それなのにオレはゴルドで、あいつの目を見て話せなかった。最後の最後で、背を向けて逃げたんだ。
一度でいい。ちゃんとあいつと向き合って、目を見て話したい」



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