05/10/14 00:08:41 xePae7Cx
「それではご子息、いっそのこと、これを機に父上を追い抜かしてしまってはどうです?
お帰りになったお父上がさぞ驚かれることでしょう」
その提案は、カインの幼心に火をつけたようだった。
「そうだ! 今のうちなんだ!」
言葉遣いに気をつけるのも忘れ、興奮した様子で槍を振り回しながらカインは駆け出す。
その様子をとても愛おしく思いながら、副長は淋しげなため息を漏らした。
「フクチョウ、お願いします! 稽古を付けてください!」
「もちろん喜んで。ただし、夕食を食べ終わってからですよ」
にわかに夕日が沈みだし、城下を歩く二人の先に真っ赤な影を引いていた。
「しばしよろしいか? ひとつ気になったことがあるのだが…」
相も変わらず煮え切らない会議の最中、一人が唐突に口を開いた。
「いったい誰が飛竜の世話をされているのか?」
同席していた一同ははっと驚き、顔を見合わせた。
飛竜は恐ろしく誇り高く、そしてまた忠実な生き物である。主人以外の一切の者を受け入れず、
誰も近づけようとしない。であるから、飛竜の世話は当然その主君にしかできない役目である。
そして、子を産み主人に先立たれ、役目を果たした飛竜は食することもせず、ついにはそのまま
息絶えてしまう。本来ならば長命な飛竜が、その気高さゆえに自ら死を選ぶのだ。
一般にあまり知られていない事実だが、恐ろしいことにバロンにおける飛竜の死因の九分九厘は
「餓死」である。固い鱗に覆われた強靭な肉体は魔物の鋭い爪も通さず、疫病も彼らを蝕むことは
出来ない。飛竜を傷つけられるのは、彼ら自身の内に光る、「誇り」と言う刃だけなのである。
加うるに、若き王竜にはまだ子がいなかった。王の血縁が絶たれては取り返しがつかない。
飛竜の身を案じた団員達はすぐに会議を中止し、すぐに聖堂に向かった。ところが、台座に王の
姿はなかった。厩番に尋ねてみても飛竜はどこかに飛び去っていったきり戻ってこないと言う。
そう聞いてとくに焦る様子もなく、騎士達は聖堂を後にした。忠義深い飛竜が、しかもその王が、
わけもなくバロンを遠く離れるようなことはあり得ない。となれば自ずとその行方も絞られる。
副長はよく知っている道を部下を連れて、城外のハイウィンド家に向かった。