05/10/22 15:31:06 GVuVVWFh
3.
さて、いよいよその日がやってきました。
エイトは二人分のお弁当を作るために早起きしました。冷めても美味しいもの、姫が普段食べ
慣れているものに近い内容にしようと色々考えています。
まず大蒜と玉葱を細かく刻み、オリーブ油で香りが立つまで炒めてベーコンの切れ端を加えま
す。さらに賽の目に切った茄子やパプリカ、トマトを炒め、水気が無くなったら茹でたペンネ
を入れて摺り下ろしたチーズで和えました。型に入れてとき卵と牛乳を流し入れ、石釜に入れ
じっくり焼きます。
続いてエイトは昨日分けてもらったパイ生地を取り出しました。伸ばして四角く切り分け、林
檎を乗せて砂糖と肉桂を振り掛けてこれも石釜に入れます。
漸く二つとも焼き上がり、ほかほかと美味しそうな湯気を立てているオムレツとパイを見てい
ると、パン種をこしらえているおばさんが肩越しに覗き込んできました。
「上手くできたねえ」
「はい!」
おばさんに褒められエイトは嬉しくなりました。
「あんたはチーズを使う料理だと本当に上手に作るねえ。そういう場所で育ったのかもしれな
いねえ」
「…」
おばさんは何の気無しに言ったのですが、エイトは笑顔のまま固まってしまいました。
そうだったのかな…全然覚えていないけど、そういう場所だったのかな…故郷が分かったら帰
されちゃうのかな…嫌だな、だって全然覚えてないんだもの…でも父さんや母さんがいるかも…
どんな人なのかな、会いたいな…
「ああ、すまなかったねえ、考えさせちまって。じゃあお祭り楽しんでおいで」
「…はい」
おばさんはぽんと肩を叩いて行ってしまいました。エイトは小さく溜息を吐いた後、「しゃん
としよう」と顔を上げます。と、戸口からミーティア姫の頭がちょっぴり覘いて中を窺ってい
るのが見えました。
「今行くよ。外出てて」
と小声で言うと、「分かった」とこっくりと頭が動き、引っ込みました。
エイトは急いでオムレツを切り分け、器に入れました。パイも同じ大きさの器に入れて二つを
重ね、布巾で包んで牛乳の入った瓶と袋に入れます。そして着替えの入った袋も一緒に抱えて
姫の後を追ったのでした。あまり待たせては悪いと思ったので。