05/10/06 21:36:46 CSuhLvnR
8.Agnus Dei
月日は流れた。
塔から落ちたエイトとミーティアの行方は依然不明のままである。あのまま海中に没したとし
て、遺体を引き上げることは難しい問題だった。サザンビークなどは何としても行方を掴もう
と潜水夫を雇おうとしたが、皆場所を聞くなり拒絶する。どんな手馴れであっても逆巻く潮に
飲み込まれ岩に叩き付けられて命すら危ういからであった。
並の場所ならばいつかは遺体が岸に打ち上げられることもあるものを、ここはそれもない。と
言うのは落ち込んだ岩によって海底は複雑な地形を成し、沈んだ物は岩に引っ掛かって二度と
浮き上がることはなかったからである。
エイトは移動呪文を使うことができたことから、波に飲まれる直前にどこかへ逃げた可能性も
考えられていた。しかし、世界中のどの街、どの村にも二人のいた形跡はない。各地の有力者
が匿っていることもあり得たが、それにしても気配すらないのである。
トロデーンはすっぱりと捜索を諦め、ミーティアを幽閉していた塔を灯台へと作り替えた。元
よりミーティアは王位継承権を失っており、何の問題もない。先々代の王妹が嫁いだというど
こだかの公爵家当主が新たな王位継承者となって決着していた。
問題なのはサザンビークの方だった。身分を明らかにして裁かれたため、国民の誰もがエイト
が現王の兄の遺児であることを知っている。今はいい、クラビウスは国を富ませ善政を布いて
国民の信頼も篤く、変わることは全く望まれていない。だが次の世代はどうなのか。
さすがのチャゴスもそこには気付いたらしい。エイトが逃亡し、ミーティア姫を奪還した揚句
生死不明という事態に狼狽え、周囲の人々を手当り次第捜索に派遣した。けれども皆、手掛か
りすら掴めずに帰ってくる。
業を煮やしたチャゴスにある夜、マルチェロが囁いた。
「何としても対抗する者はなく、ただ一人の王位継承者であることを明らかにしませんと。そ
う、何としても」
「う、うむ」
チャゴスの目が不安に歪む。そこをマルチェロは一押ししようとする。
「ですが王子の身分では制約が多く、思うように捜索もできません。もし殿下が…」