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靖国神社参拝
2011年8月15日 | 作成者 下村博文
昨年から8月15日は「下村博文さんと靖国神社正式参拝する会」をはじめている。
私にとって3・11は「早く戦後レジュームから脱却しろ」という天からのお告げだったと受けとめている。その戦後レジュームの1つが東京裁判史観であり、靖国問題は今だに呪縛となっている。
しかしこの問題は本当はすでに決着していることだ。1953年つまり昭和28年8月の国で「戦争犯罪による受刑者の赦免に関する決議」が全会一致で採決された。
これを受けて政府は関係各国の同意を得て、死刑を免れA級戦犯とBC級戦犯を釈放した。そして刑死または獄死した戦犯の遺族にも年金が支給されるようになった。
厚生省も靖国神社にこれまで戦犯名簿を祭神名簿として送り合祀された。つまり昭和28年でABC級戦犯は消滅した。
ところが1985年になってから、中国からA級戦犯を合祀している靖国神社に時の総理が参拝することについて抗議があった。それで参拝をやめてしまった。
つまり靖国問題は国内法では決着済みのことなのに、1985年以降の中国・韓国との外交問題に過ぎないということだ。
小泉総理はそれ以降、現職総理として唯一参拝した人だ。しかしその小泉総理も「心ならずも戦地で亡くなった英霊」と表現していた。私はそれが心のどこかで引っかかっていたが、3・11でそうではないのではと得心した。
福島第一原発の事故の時、決死の覚悟で放水活動に向かった消防士のもとへ「日本の救世主になってください」とメールを送った奥さん。南三陸町で津波が来る瞬間まで「避難してください」と防災無線を担当していた25才の女性。
彼らは「心ならずの」の行動だったのか。そうではないだろう。本当に公に尽くす無私の行動だろう。
英霊たちもやはり、天皇陛下のため、国のために散っていった。それは「心ならず」ではなく無私の心、つまり愛国の情だろう。
靖国に参拝した小泉総理でさえ、やはり戦後レジュームの中で洗脳されていたのではないか。私は3・11を経てそれを考えた。
やはり東日本大震災は「このままでは日本は滅びる。日本人よ目を覚ませ!」という天からの警告であったのではないか。