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月刊「現代」11月号に、元テレビ朝日政治部長・末延吉正が "わが友・安倍晋三の「苦悩の350日」" なるトンデモ記事を書いている。
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(月刊「現代」 2007年11月号掲載 末延吉正 "わが友・安倍晋三の「苦悩の350日」" より)
私の亡くなった父は山口で家業の建設業を営む傍ら、青年団運動に携わっていた。
A級戦犯容疑者として巣鴨拘置所に収監されていた安部の祖父である岸信介が出所したのは、そんな青年団運動を熱心にやっていた折りだった。
「自主憲法制定」を掲げて日本再建連盟を設立した岸は、地元・山口に帰るたびに啓蒙運動を展開し、家が近所だった私の父も、その教えを受けた一人だ。
だから私も子供の頃から、岸と面識があった。夏休みに東京から山口にやってくる晋三兄弟の存在も知っていた。
上京して、高校・大学を出ると、私はテレビ朝日に勤めた。
それまでも同郷で、かつ父親が知己である関係で岸信介や安倍晋太郎とも会っていたが、放送記者の仕事が始まると接する機会は増えた。
同い年の安倍を知ってはいたし、安倍が父・晋太郎の秘書になって、さらに会う機会は増えたが、その頃はそれほど親しくなることはなかった。
むしろ、互いに「生意気な若造」くらいに思っていたのだと思う。
安倍が政治家として化けたと感じたのは、小泉政権の官房副長官として北朝鮮を訪問した02年9月のことだ。
私もテレビ朝日の取材デスクとして、急遽、同行取材することになった。訪朝前後、私は安倍にインタビューした。
私の目の前にいる男に、少し早口で短気そうなお坊ちゃんの面影はなかった。
(中略)
総理大臣就任直後に安倍が末延に語った言葉
「若い頃、恋愛や勉強ではいろいろ悩むことが多かったけれど、政治家として決断する時は頭が冴えて判断を迷うことがないんだよ。
もちろん、決断を下すときにおそれを感じることはあるけど、政治家の仕事が向いてるんじゃないかと思うんだ」