民団新聞「在日韓国人が戦後に行った酒密造、税務署や警察との武力衝突は犯罪ではなく生活闘争だった」 [328447178]at POVERTY
民団新聞「在日韓国人が戦後に行った酒密造、税務署や警察との武力衝突は犯罪ではなく生活闘争だった」 [328447178] - 暇つぶし2ch1:番組の途中ですがアフィサイトへの\(^o^)/です
14/08/15 13:34:33.05 3FQTlJQG0.net BE:328447178-2BP(1000)
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命をつないだドブロク(濁酒)造り…李杏理(一橋大学大学院言語社会研究科博士課程)

 69年前の今日、8・15をむかえた同胞は、日本の地でも「ウリヌン ヘバンテッター!(私たちは解放された)」と村々で叫び合った。
土地を奪われ、徴用や徴兵に従うしかなかった苦しみからようやく解かれたのだ。
しかし、それはまた、日本での働き場を失うことをも意味した。
そこで、くず拾いや物品の買出し・売り出し、濁酒(=マッコルリ)づくりをして食いつなぐことになる。

 同胞たちからは濁酒の記憶がよく現れ、断片的には語り継がれている。
また、敗戦直後は日本各地で連日のように濁酒をめぐる事件があり、新聞記事になっている。

 報道では、おそろしい「密造」事件として語られ、同胞が犯罪集団であるかのようなイメージをつくっている。
そこでは先に述べたような、朝鮮人が失業状態に置かれており、生活の困窮をしのぐためになされた面が抜け落ちているのだ。

 日本にいた同胞の8割は帰国を希望していたが、すでに土地と生活基盤を失い、政治も落ち着く気配がないために、
帰りたくとも帰れなかった。よって、なんとか日本で生きる道を探ったのだ。

 とくに、1947年におきた神奈川県川崎市における濁酒取締りと税務署員の死亡後に、同胞への摘発がすすめられていく。
この日、仕事を終えた税務署員が、帰り道で数名に囲まれて「税務署員か」と問いつめられた。
「そうだ」と答えると暴行を受け、それが致命傷となって3日後に死亡した。

 大蔵省当局はこの事件を、「不逞の報復」として危険視した(「酒類密造摘発に関する態勢確定の件」)。
その後、強制送還をも視野に入れて、在日同胞を対象とした「密造」の取締りが開始された。

 横須賀(神奈川県)では同胞女性約30人が警察署に押しかけ、「警察に生活権をおびやかされた」と、
署長に会わせなければ野宿でもするとすわりこんだ。
大阪では子どもたちがトラックの前に寝転んで検挙隊の進行を阻止し、女性のヘアピンさえも武器にしてタイヤをパンクさせたのだ。
 つまり一部の活動家や男性だけではなく、性別や年齢や学歴をも超えた同胞が主体となったのが「濁酒闘争」である。
URLリンク(www.mindan.org)


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