08/09/12 17:41:35 fEaOOCLw
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この社は船方村の鎮守として“十二天の森”“十二天社”と
呼ばれていた。
その昔、この地の荘園領主・豊島清光にはなかなか子供に恵
まれず、熊野権現での祈願の末に一人の娘を授かる。成人して
嫁がせたものの、心ない仕打ちを受けた娘は荒川に身を投げ、
十二人の侍女も娘を追って身を沈めた。
十二天とは、この十二人の侍女をさすと同時に帝釈天をはじ
めとする神につながるという。密教と深く結びついた熊野信仰
は、非業を遂げた人々を鎮魂するために、船方村の十二天社と
して祀られている。