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日本国憲法が七十三年前の十一月三日に公布されたことを記念した祝日「文化の日」を「明治の日」に変えようとする動きが、自民党内で本格化し始めた。文化の日になる前は、明治天皇の誕生日に当たる祝日だったためだ。戦中・戦前に戻るかのような改称には、有識者からも疑問の声が出ている。
保守系市民団体「明治の日推進協議会」(会長・塚本三郎元民社党委員長)は三十日、国会内で集会を開き、自民党議員でつくる「明治の日を実現するための議員連盟」(古屋圭司会長)に、改称に賛同する百万人超の署名を手渡した。古屋氏は、改称のための国民の祝日法改正案について「超党派をつくって国会提出を目指し頑張っていきたい」とあいさつした。
十一月三日は戦後まもなくまで「明治節」という祝日だった。日本国憲法が一九四六年十一月三日に公布されたことを踏まえ、四八年七月に議員立法で成立した祝日法で文化の日に衣替えした。
当時の国会審議では、明治節を祝日として残すべきだと意見も根強かった。一方で「明治維新よりもっと大きな革新をやらなければならないので、憲法記念日に」との発言も出ていた。
結局、憲法記念日は施行日の五月三日とし、公布日は「戦争放棄を宣言した重大な日」と意義づけて「文化の日」となった。作家でもある参院文化委員会の山本有三委員長は「日本国民にとって忘れ難く、国際的にも文化的意義を持つ重要な日。そこで文化の日と名付けた」と説明している。
当時の祝日制定の背景について、古関彰一和光学園理事長(憲政史)は「明治憲法下の祭日は紀元節(二月十一日)や新嘗祭(十一月二十三日)など天皇と関係があった。連合国軍総司令部(GHQ)が見直しを求めたが、国民の意識は戦前のままだった」と指摘。改称には「憲法が定める国民主権の意味を考えるべきだ。今の時代に『明治の日』などつくれば、世界の笑いものになるのではないか」と懸念を示した。 (大杉はるか)
東京新聞
2019年10月31日 朝刊
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