ハルヒ「ちょっとキョン!あたしのプリン食べたでしょ!?」at NEWS4VIP
ハルヒ「ちょっとキョン!あたしのプリン食べたでしょ!?」 - 暇つぶし2ch97:@株主 ★
08/05/24 19:49:25.32 UyAzAyPu0
キョン「長門、スキって10回言ってごらん」

長門「すきすきすき………すき」

キョン「俺もだ」

長門「……////」

98:@株主 ★
08/05/24 19:49:27.83 UyAzAyPu0
キョン「長門、スキって10回言ってごらん」

長門「すきすきすき………すき」

キョン「俺もだ」

長門「……////」

99:@株主 ★
08/05/24 19:49:33.06 UyAzAyPu0
キョン「長門、スキって10回言ってごらん」

長門「すきすきすき………すき」

キョン「俺もだ」

長門「……////」

100:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします。
08/05/24 19:51:44.96 znKDGZqJO
「なぁ、ハルヒ?」
「なぁに?お茶いる?」
「あーん。」
かぁっと顔が熱くなる。…バカキョン、人がいる前でそんなの…。
「ほら、あーん。」
し…仕方ないわね。
ぱく
「…ハルヒの料理は最高だな」
もぐもぐ ごくん「…私もそう思うわ!」
「あははは。…また今度、作ってくれよ。」
「ふふん、気が向いたらね?…ほら、あーん。」



食べ終わったら、なんか眠くなっちゃったわ。
今朝もお弁当作るのに早起きしちゃったし…。ふぁぁ…。
「ハルヒ、やっぱり眠いんだろ?」
「…ちょっとね。」
「…弁当作るのに、早起きしてくれてたとか?」
「…まぁね。」

キョンはシートの上に寝転がって、ぽんぽんと腕を叩いた。
「…ここ、空いてるぜ。特等席、今なら無料お試し期間中。」
「…素敵じゃない、早速使わせてもらおうかしら?」
てぃっ!
「うごっ…!腹じゃ…ない…っ…。」
「私に腕枕しようなんて100年早いわよ!…ま、でも…」
ちゅっ

「…今、ちょっと…感動してるから…素直になってあげるわ…。」

101:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします。
08/05/24 20:00:37.99 SkeTMj9TO
あっまーい!!

102:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします。
08/05/24 20:13:27.30 yHMc1T1sO
糖分多め

103:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします。
08/05/24 20:31:47.65 30C10/Hz0
糖分過多

104:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします。
08/05/24 20:39:52.70 0CfNzCtZ0
デレハルヒかわいい

105:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします。
08/05/24 21:00:02.28 znKDGZqJO
おばあちゃんがスイカくれたわ。
…まだ旬には早いはずなのに、不思議だわ。

それにしても大きいわね…お母さんもお父さんもスイカ嫌いだから、私一人じゃ食べ切れないわ。
…そうだわ。
ピッピッ トゥルル プッ
「なんだ?こんな時間に。」
「もう夕飯食べたわよね?」
「…?ああ、もちろん。11時だし、食べてないほうが変だぞ。」
「デザート食べにこない?」
「今からか!?」
「いいじゃない、どうせ明日休みだし、泊まっていきなさいよ。」
「………。」
…?…ハッ!
「ち、違うわよ!?やましい気持ちなんてないわ!親がいない、なんてシチュエーションもないんだから!」
「あ、ああ、そうか、そうだよな。…ふぅ。…んじゃ、断る理由もないし…行くわ。30分はかかるからな。じゃ。」
…今、ため息…ついたわよね。…残念だったのかしら?

………コロン、つけとこかな…髪も…あげとこ…。
あ…先週買った服…着てみよ…。
えっと…えっと…

ピンポーン


早っ!

106:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします。
08/05/24 21:06:42.77 znKDGZqJO
「うぃーす。」
「い、いらっしゃい。」
「…随分気合い入った服装してるな。」
「…うるさいわね…。」
「親御さん方は?」
「もう寝てるわ。」
「…あらら…ちゃんと挨拶しとかないとまずいだろうに…しかもチャイム鳴らしちゃったし…迷惑だな俺…。」
「気にしないで、一回寝付いたら雷が鳴っても起きないんだから。何やろうと朝まで起きないわ。」
「…それって…」
ハッ…
「だ、だからって変なことしたら死刑なんだから!」
「わぁってるよ…んじゃ、おじゃまします。」

自分で靴揃えて…礼儀正しいわね、好感持てるわ。
「さっき聞き忘れたけど…デザートってなんだ?」
「スイカよ。」
「…まだ5月だぞ?」
「…私もなんでか聞きたいくらいよ。」
「…食べたい、とか思ったりした?」
「…ほんの少し。」
「…やっぱり。ブツブツでも、それだけでか…?ブツブツ」
何がやっぱりなのかしら。
…ほんとは、『キョンと一緒に』ってのを強く願ったんだけど、恥ずかしいから内緒にしとくわ。

107:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします。
08/05/24 21:11:08.24 HcyxwfnXO
長門「金ちゃんの子供を生むんだ」

108:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします。
08/05/24 21:16:30.77 znKDGZqJO
スイカをふたつにばっくり切って、片方にはラップをかけて冷蔵庫に入れる。
皿に置いて、スプーンをふたつ持って居間へ。
キョンは勝手にDVDつけてDEATH NOTE見てる。
「俺、後編見そこねてたからすげーうれし…でかっ!でかいなスイカ!…しかも半玉そのままか?」
「二人でひとつをスプーンでほじりながら食べるのがいいのよ。」
シャクシャクシャク
「藤原竜也ってかっこいいわよね」
「…だな。あースイカうまい。」
「…妬いてる?」
「べーつーにー。」
シャクシャクシャク
…かわいいんだから。
「キョンもかっこいいわよ」
「お世辞はいらないぜ。」
「お世辞だと思う?」
じっと目を見つめてやる。世話の焼ける男なんだから!
「…ちょっとだけ」
「信用しなさいよ…もぅ。」
シャクッ
ちょっと大きめにスイカを取る。それを半分だけかじって、もう半分をキョンに差し出す。
「…証拠、のつもり。」
「…隠滅するならいまだぞ?」
なんて言いながら、すぐにキョンは食べちゃった。そんな暇与えないのに、悪態だけはちゃんとつくのね。
「信用した」
「あっそ。ほら、DEATH NOTE観なさいよ。」

109:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします。
08/05/24 21:26:17.83 znKDGZqJO
ぐっ
肩、掴まれた。なんか押されてる…。
「な、なに?」
…返事してくれない。
…やだ、なんか…真剣な顔してる。
…力が入らなくなってきた……ソファに、押し倒されちゃった…。
「ハルヒ…」
ちゅ…ちゅ…
…いつもは、ほっぺか、たまに一瞬口にするだけだったキス。
初めてのディープキスは…スイカの味だったわ。

「ハルヒ…」
さっきからそれしか言わない…ってなんか、手の位置、おかしくない…?
い、いやっ…どこ…触ってんのよ…。…あん…。
新品のワンピース…シワになっちゃうじゃない…。

110:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします。
08/05/24 21:29:21.03 znKDGZqJO
「…なぁ、ハルヒ…。」
「…ん。」
「お前の親、雷が鳴っても起きないんだよな?」
そうよ…って、まさか!

「お…お邪魔してます。」

いやぁあああああ!最悪!最低!
もうだめ!生きていけない!

「………。」
トントントン
「…あれ?」
キョンの変な声を聞いて起き上がり、ドアのほうをみる。…誰もいない。
「…誰だった?」
「多分、親父さん。虚ろな目してて、すぐどっか行っちゃった。」
うぅ…よりによってお父さんか…。
…虚ろな目、ね。娘の成長にいたたまれなくなったのかしら。

「…ス…スイカ、食べようか」
「そ、そうね!」
シャクシャクシャク

喜んで、お父さん。
あなたのおかげで私は今夜も純潔です。ふーんだ。

111:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします。
08/05/24 21:37:43.06 znKDGZqJO
結局、キョンはDEATH NOTEを見終わると帰っちゃった。
あのバカキョン、私が欠伸して涙出したら泣いたと勘違いしてハンカチ貸してくれたわ。
…もう1時過ぎてるじゃない。早く寝よう…。


翌朝、リビングに行くのが嫌だった。
けど、行かないわけにもいかないから…結局行ったわよ。
お父さんがいないのを切望しながら。すぐに神様に向けて石を投げ付けたくなったけどね。
「やぁハルヒ、おはよう。」
「…おはよう。」
「…パパなぁ、昨夜変な夢見たんだ。」
「…へぇ、どんな?」
「知らない男の子がハルヒを抱きしめてるんだ。あまりにお互い幸せそうだったから、何も言わずにしておこう、と思ったらもうすぐに記憶が…。」
「へぇ…変な夢ね。」
「だろう?…ま、そんな男の子ができたらパパにすぐ言ってくれ、歓迎しようじゃないか。」
「…そうね、できたらね。」
…よ、よかったわ、寝ぼけて夢だと思ってるみたいね!

昼、お母さんが掃除してる。
「ねぇ、ハルヒ?」
「んー?」
「これ、多分男の子のハンカチなんだろうけど…お友達の?」
「あっ…。」




112:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします。
08/05/24 21:44:34.12 znKDGZqJO
携帯はアレか、NGで見えないのか。
どんなに書いてもだめなのか。

113:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします。
08/05/24 21:48:30.56 30C10/Hz0
そんな事無いぜ。
良いよ良いよー。

114:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします。
08/05/24 22:10:21.95 30C10/Hz0
ほしゅ

115:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします。
08/05/24 22:30:24.03 znKDGZqJO
「ねぇ、キョン」
「んー?」
「…前、私のおっぱい揉んだじゃない…?」
「………………………ああ。」
「どうだった?」
「どうって………気持ちよかった。」
「…ふーん」
キョンは椅子に座ってるんだけどね…ちょっと好奇心かきたてられちゃったわ。
キョンに向かいあうように膝の上に座る。裸だったら座位ってやつよ?
「…なんだよ。」
「もっかい、気持ち良くなりたくない?」
「…!!!」

「上手にできたら、ご褒美あげちゃうわ。」

116:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします。
08/05/24 22:30:28.31 nFkyd4Lb0
>>112
乙!デレハルヒかわいいよ
てかみんな読んで甘いとか感想くれてるじゃん!


117:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします。
08/05/24 22:51:37.95 30C10/Hz0
ほしゅ

118:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします。
08/05/24 22:58:16.57 0CfNzCtZ0
変にツンデレよりこっちのほうがいいかもしれない

119:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします。
08/05/24 23:06:13.09 SkeTMj9TO


120: ◆FUYSNYFbfg
08/05/24 23:09:08.47 fWDpCoAP0
こんばんはです
いきなりですが、hURLリンク(www25.atwiki.jp)
の続き投下します
24レス拝借

※オリキャラ注意です

121:ひまわり狂想曲1/24※オリキャラ注意  ◆FUYSNYFbfg
08/05/24 23:11:09.78 fWDpCoAP0
 心臓破りの階段を上り、先刻の本殿の前。
 幾重にも重なる葉によって月や星の神秘的な光は遮られ、あたしたちを照らす唯一の光源は、手に持っている
懐中電灯のみ。人工的でロマンの欠片もない、ただ照らすだけの無機質な光。もし懐中電灯がなければ、五十セン
チ手前すら見えないでしょう。漆黒の闇。それ以上にピッタリな言葉が見当たりません。
 静寂が支配する世界。太陽が昇っていた頃には五月蝿かった蝉の鳴き声はピタリと止んでいます。夜にはギー
ギーと鳴くはずの、コオロギやバッタといった類の虫の声も聞こえてきません。なにか只ならぬ物を察して、ど
こかに隠れてしまったんでしょうか。
 風もまったく吹いておらず、草木のさざめきは皆無。昼に来た時以上に元の世界とは違うのだと感じます。異
常な状態であることは明らかなのです。
 一筋の光の先には、あたしが超えなければいけない存在が暗闇の中にぼんやりと浮かび、その彼女は悠々と微
笑んでいます。
 背筋に冷や汗がタラーっと滲み出て、腰の辺りまで流れます。その汗は恐怖から来るものなのでしょう。科学
では証明できない、頭でも体でも理解できない異質なもの。恐怖はあたしは包み込みます。暖めるのではなく、
冷やすために。いつ昏倒しても可笑しくありません。
 が、奇妙なことに、心の奥底がふつふつと煮立っている感覚もあります。それもやっぱり恐怖から来ているの
です。人間はどうしようもない相手を前にすると、どうしようもないほどバカになってしまうのです。今のあた
しみたいに。だって、何とでもなると信じ切っているから。
 端から結果なんて分かっている。それが望ましくないものだって。精一杯頑張っても何も変わらないんだと。
無駄にしか終わらない。労力や時間の無駄使い。でも、そんなこと関係ない。損得で考えられるほど、あたしは
腐ってなんかいない。後悔したくないんですよ。今は良くても、絶対後悔するから。自分の心に正直なった方が、
逃げるよりも数百万倍マシだって。
 いいじゃないですか。がむしゃらに突っ切るのも。 
「こんばんは。―とでも言うところでしょうか」
 澄んだ声が響き渡りました。
 余裕綽々と挨拶をする巫女―ミサトさん。彼女は呼び出すまでもなく、あたしが到着した時には本殿の前に
じっと立っていました。あたしが来ることは予想済みだったようです。
 ミサトさんはあたしの意図を見抜いているのでしょう。間違いありません。しかしそれでもなお、素知らぬふ
りをしているのは、きっと彼女があたしのことを過小評価しているから。その気になれば、直ぐにでもあたしを
消すことができると確信しているから。この狸女め。

122:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします。
08/05/24 23:12:36.13 30C10/Hz0
しえn

123:ひまわり狂想曲2/24※オリキャラ注意  ◆FUYSNYFbfg
08/05/24 23:13:10.49 fWDpCoAP0
 そうは問屋が卸さないのです。
 ミサトさんがどんなに強かろうが―たとえTFEIだとしても―あたしは精一杯戦ってやるのです、戦っ
て、戦って、そして、必ず九曜さんを助け出すのです。命に代えてでも。
 だって、そう決めたから。
「こんばんは、ミサトさん。とても静かな夜ですね。こうも静かだと、なにか起こりそうな気がしませんか?」
 あたしもありったけの虚勢を張り、足が震えていることを悟られないようにして、ミサトさんと同様に余裕を
装った態度で返します。
「そうですね。なにか起こりそうですね。なにか」
 ミサトさんは柔和な笑みを崩さぬまま、奥歯に物が挟まったような言い方をします。それはあたしに対して、
挑戦的であるようにも思えます。
 ミサトさんの態度にカチン、ときたあたしは懐中電灯の光を彼女の顔に向け、
「単刀直入に訊きます。九曜さんはどこですか? 彼女は無事なのですか? もし、そうでなければ……」
 あたしはまるで容疑者を尋問する刑事さんみたいにミサトさんを尋問しました。なんか、かっこいいのです。
……って、ふざけている場合じゃありませんね。
 ミサトさんは眩しさに目を背けることもなく、
「九曜さん? ああ、あなたのお友達のことですね。彼女なら……どうでしょうかね。無事なはずですよ」
 ミサトさんは嘯いたように答え、一歩前に出ました。じゃりっと乾いた砂の音がします。彼女の真意を汲み取
ることは難しいようです。
「無事なはず? 人をバカにしているのですか。あなたは全てを把握しているはずです。化けの皮を剥いで差し
上げましょうか? 正直に洗いざらい吐いたほうが身のためですよ」
 あたしもミサトさんに負けじと一歩前に出ました。双方の睨み合いが続きます。じゃりっ。
「身のため? くっ、はは、あはははっ! はんっ、そちらのほうこそ、わたしをバカにしていますよね。いっ
たいあなたに何ができるというのですか。怖気づいて逃げ出した、ただの臆病者に!」
 突如豹変し、狂気に満ちた甲高い笑い声を上げるミサトさん。目尻がつりあがり、綺麗な顔が台無しになって
います。ついに化けの皮が剥がれてきたようですね。じゃりっ。
「臆病者……。確かにそれは否定できませんね。でも敢えて言い訳するなら、いきなりのことにちょっとびっく
りしただけなのです。それだけです。で、答える気にはなりましたか? 九曜さんはどこです?」
 あたしは覚悟とともに、ミサトさんを見据えます。じゃりっ。

124:ひまわり狂想曲3/24※オリキャラ注意  ◆FUYSNYFbfg
08/05/24 23:15:10.87 fWDpCoAP0
「さあて、どこでしょうね。教えて欲しいですか? 教えて欲しいですよねぇ。えーっと、彼女は……やっぱり
止めましょう。ここで言っても面白くありませんから」
 なんて嫌味なやつなのでしょうか。こんな性格の歪んだ人、初めて見ました。こんちくしょう。じゃりっ。
「言わない、というわけですね。それなら仕方ないです。こちらには時間がありません。お気の毒ですが、力尽
くでも九曜さんの居場所を吐いてもらいますよ。覚悟してください」
 じゃりっ。 
「あら? あなたにそんなことができるのですか? 無力に等しいあなたが。冗談は涼子ちゃんですよ」
 じゃりっ。
「涼子? あたしは京子です。というか、漢字にも、話にも水を差さないでください。ふん、その余裕がいつま
で続きますかね。あたしの超本気をご覧あそばせなのです!」
 じゃりっ。
「あはっ! だから何をするというのですか。無力だけでなく丸腰のあなたに! つくづくバカな人ですね。わ
たしを倒すつもりなら、武器の一つや二つを所持してくるべきでしょう? 先の争いにより、あなたはわたしの
正体に気付いているはずですから」
 じゃりっ。
「ええ、気付いてますよ。だから、丸腰なのです。あなた、TFEIの前にはどんな兵器も詮無いことは理解し
ています。たとえ核爆弾であろうと。それに、あたしはそれらの武器の使用法もよく知りませんから。無知は自
分を殺しますからね」
 じゃりっ。
「そこまで分かっていて何故です? わたしに殺されたいのですか? それとも、なにか奇策でも弄するおつも
りで?」
 じゃりっ。
「ご名答です。あたしには『あの世界』があるのです。逆に問います。ミサトさんもあたしの正体に気付いてま
すよね? さあ、助けを請うなら今の内ですよ。九曜さんはどこですか。これが最終通告なのです。さあ!」
 じゃりっ。遂にあたしとミサトさんの距離は手を伸ばせば届くほどになりました。彼女から滲み出ている得体
の知れないオーラが蛇のように足元から上半身へと絡みつき、這い上がってきます。それのせいか、今すぐにも
逃げ出したい衝動に駆られるのです。気を抜いてしまえば、絞め殺されそうです。あたしはそれを紛らわすため
に、弱々しくも、ミサトさんを睨み続けます。

125:ひまわり狂想曲4/24※オリキャラ注意  ◆FUYSNYFbfg
08/05/24 23:17:10.97 fWDpCoAP0
 ……ダメ。弱気になっちゃダメなのです。ううっ、負けられない!
「ふふっ。残念ですが、わたしの口から九曜さんについてのことは一切口外しません。どうしてもと言うなら、
あなたのお望み通り、力尽くで口を割ってください。これがわたしの意思です」
 ミサトさんは直截言いました。もう交渉をする必要性はなくなったようです。
 この様な展開は想定の範囲内です。むしろ、こうなることを望んでいたのかもしれません。ここまできたら、
仕方ありません。……あたし、やります!
「……ミサトさん。先に謝っておきます。ごめんなさい。あたしはあなたを倒して―」
 あたしは言葉を発しながら、ミサトさんの手を取りました。そのまま、目を閉じ、精神をコンセントレーション
させました。『あの世界』を強くイメージします。もう迷いはありません。いえ、迷わない!
 佐々木さん佐々木さん佐々木さん佐々木さん佐々木さん――
 数瞬の後、目を開けると、そこは漆黒の世界ではなく、セピア色の世界。 
 閉鎖空間。現実の世界とはずれた位置に存在する異空間。佐々木さんが作り出した世界。次元断層の隙間。そ
して、あたしの力、ESPガールとしての本領を思う存分に発揮できる場所。
 光源らしきものは見当たらないのに、この世界はぼんやりと明るく、懐中電灯は必要ありません。それに、あ
たしとミサトさん―強引に引き込んだ―以外の生気はまったく感じられません。周りの木々からも大地を動
かす生命エネルギーは伝わってこないのです。ここではどんなに暴れても現実世界には影響しません。タイマン
を張るにはもってこいです。
 あたしはもう逃げられません。あとはやるかやられるかの一騎打ち。TFEI相手の勝算は無いと言っても過
言ではないのです。それでもやらなきゃ。あたしは、九曜さんを助けるって決めたんだから。
 ……佐々木さん。常に発生していることをいいことに、勝手にあなたの世界に入ってしまって申し訳ありません。
でも、あたしにはこれしかなかったのです。九曜さんを助けるためには。きっと、許してくれますよね?
 あたしはミサトさんの手を離すと、五歩下がり、体勢を整えました。視線はミサトさんに向けたままで。
 ミサトさんはこのような状況ですら、少しも動揺したような素振りは見せません。彼女もあたしに対抗するよ
うに、視線を突き刺してくるだけです。
 大きく深呼吸をし、気持ちを集中します。

126:ひまわり狂想曲5/24※オリキャラ注意  ◆FUYSNYFbfg
08/05/24 23:19:11.58 fWDpCoAP0
 ……感じる。あたしの体の奥深く、心よりもさらに先に進んだ所に存在する『あたし』が眠る場所。どくんど
くん、とゆっくりと鼓動していたものが次第にリズムを上げ、どくどくどく、とあたしの全てを刺激する。その
刺激によって活性化されていくあたしの力。差し詰め、サイキックパワーといったところでしょうか。
 四肢の先へと力が巡ると、終いには、その力は体内に収まり切らなくなり、体外へと滲み出ていくように放出
されていく。放出された力はただ適当に流れていくのではなく、少しずつだけど、あたしの周りに纏わり付いて
いき、体をすっぽり覆うほどの光の球体を紡ぎあげていく。熱い。体が熱い……。
 これがあたしの力。佐々木さんに与えられた力。閉鎖空間でしか使えない超能力。実際に使ったのは、今が初
めてです。すごい……。力がとめどなく溢れ出してきている。これなら……。
 自然とあたしの体はふわりと、宙に浮いていました。試しに、脳内で球体が飛びまわるイメージを思い描きま
す。するとどうでしょうか。球体はイメージと寸分の違いない動きをするのです。上昇も降下も、方向転換も思
いのままにできます。
 バチッバチッと、球体の表面で小さな雷が何回も起き、その度にあたしの髪の毛が逆立ちます。あたしは心身
を通じて、この異能な力を実感しているのです。
「あたしはあなたを倒して、九曜さんを助けます!」
 ビシッと人差し指を突き出し、あたしはミサトさんに宣戦布告しました。それを受け、彼女も宙へと浮き上がっ
てきます。
 ミサトさんはあたしと違い、光る球体を纏っていません。例の『情報操作』というやつでしょう。高速で呪文
を詠唱しているのが見て取れます。
 あたしたちは宙に浮き上がり、何層にも重なった葉を突き破って、山の上空にて対峙しました。眼下にはまる
で停電しているかのように、生活感のない家屋がぽつぽつと広がります。
 現実の世界とは違い、『この世界』の夜空には大きな満月が一つあるだけ。輝くでもない、ただそこに存在し
ているだけの月。煌びやかな星は一つも見当たりません。
 どちらが合図するでもなく、ミサトさんは光のような速さ―本当に光になっていたのかもしれません―で
突進してきました。どうやら始まったようです。
 刹那、森林に木霊する非日常な爆発音。
 九曜さん。あたしは絶対にあなたの居場所を聞き出し、助けに行きます。それまでは大丈夫ですよね? 九曜
さんは強い人ですから、あたしが迎えに行くのを待っていてくれるはずなのです。

127:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします。
08/05/24 23:20:16.94 30C10/Hz0
しえn

128:ひまわり狂想曲6/24※オリキャラ注意  ◆FUYSNYFbfg
08/05/24 23:21:12.12 fWDpCoAP0
「素敵ね」
 あたしに衝突する直前、ミサトさんは初めて出会った時のような優しい微笑みで言った、ような気がしました。
これが彼女の真の姿では、と妄想が脳裏によぎったのです。

       ○

「ふふ。あなた、まともにその能力を行使したことないんでしょう? そんな付け焼刃の力でわたしには勝てま
せんよ」
「でしょうね。おそらく、あたしはあなたに勝てないでしょう。でも……」
 あたしは一時急浮上すると、くるっととんぼ返りをし、上方からの勢いをつけてミサトさん目掛けて体当たり
をかまします。景色が高速で流れ、ビュービューと風の音が耳をつんざきます。
「でも! だからと言って、やすやすと負けを認めたりはしないのです!」
 ガンッ、とあたしとミサトさんはゼロ距離で火花を散らし、鎬を削ります。ぶつかり合う度に、空気が揺るが
され、森林がさざめき立ち、生気のともってない葉が自分の意思とは関係なく、そよそよと震えます。
 あたしは少し目を眇めました。
 これほど激しい攻防の中、ミサトさんは一ミリも眉根にしわを寄せることがありません。苦悶の「く」すら感
じさせないのです。それどころか、その美しい顔にはうっすらと冷笑が浮かんでいます。
 ミサトさんはまだ自分の力の半分、いや、それ以下も出していないはずです。彼女にしてみれば、この戦いは、
お遊戯程度のことなのでしょう。
 それとは対照的に、あたしは既に死力以上のものを尽くしています。身体的にも精神的にも限界が近づき、満
身創痍と言うにふさわしい状態です。
 上記の「おそらく」は取り消すべきなんでしょうね。「絶対」へと。
 それほどまでにあたしとミサトさんには力の差があります。それは頑張ればなんとかなる、というもんじゃあ
りません。どうしたって、ひっくり返らないのです。仮に、漫画やアニメでお約束の、ピンチにパワーアップが
あったとしても、それは焼け石に水。あげくの果て、軽く捻り潰されることには変わりありません。
 あたしの心は今にもくじけてしまいそうなほど、脆弱な状態でした。

129:ひまわり狂想曲7/24※オリキャラ注意  ◆FUYSNYFbfg
08/05/24 23:23:11.94 fWDpCoAP0
 いくら自分の気持ちを偽ろうとも、ミサトさんに対しての恐怖は消えません。できるのは、虚勢を張ることだ
け。
 虚勢と言う名のメッキ。メッキを幾重に塗り重ねても、金には成りえない。 
 そもそも、戦うこと自体が間違いなのです。
 悔しいですが、ミサトさんの言っていることを覆すことはできません。彼女の言っていることは全て事実なん
ですから。
 なら、なんのためにあたしは戦う? 
 ―頑張ったけど無理だったわそうね気にしない気にしない戦っただけでも凄いよ―
 と、言われたいのですか? そりゃ、結果が良くないものだとしても、誰もあたしを責めることはしないでしょ
うね。むしろ、褒めてくれる人も少なからずいるはずです。だって、勝てないと分かりきっている相手にも、怯
むことなく勇敢に立ち向かって行ったのですから。しょうがないよ、で済むのです。
 よく見かける安っぽくて、醜い、ただの英雄譚です。
 オリンピックは参加することに意義がある、と言われています。オリンピックに出場した選手のことを蔑む人
はいますか。いないと思います。ある選手の成績が芳しくないものだとしても、それは仕方のないこと。世界の
トップレベルが集まり、競い合うんですから、そのレベル自体がいかに高いと言うことは明瞭です。その高いレ
ベルの争いに名を連ねることができたのは、名誉なこと。国を挙げて称揚してもらえます。 
 それを踏まえると、あたしの場合はミサトさんに立ち向かうことに意義があるのです。
 語弊を招く言い方かもしれません。でも、たとえそれが生じたとしても、言いたいことの筋の方向性はちゃん
と伝わるはずです。
 あたしは独りよがりの英雄譚を謳いたいだけ、だと。
「あら、もう終わりですか? 先程までの威勢はどこ吹く風やら」
 ミサトさんの猛攻は止まることを知りません。
「きゃっ!」
 不利だった大勢も、それまで以上に不利になり、あたしはなすがままに嬲られ続けられます。勝ち目は無い。
まさに、絶体絶命のピンチ。
 ……ははっ。もうすぐ、あたしの秘められた力が覚醒するのですよ。きっと、あたしの体が金色に輝き始め、
一気に形成を逆転できるほどの力が溢れ出してくるのですー。
 自嘲気味に、心の中でそう呟きました。何度も言うようですが、そんな都合のいいことが起こるはずがありま
せん。

130:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします。
08/05/24 23:24:50.13 30C10/Hz0
しえn

131:ひまわり狂想曲8/24※オリキャラ注意  ◆FUYSNYFbfg
08/05/24 23:25:14.14 fWDpCoAP0
 たぶん、あたしの心のどこかに負けを確信している部分があるのでしょう。
「つまんないです。もっと楽しめるものだと思っていたんですけどね」
 ミサトさんは右腕をぐぐっと引き、力を蓄えると、一気に右の掌を前に突き出してきました。それはさながら
弾丸のようなもの。へたなピストルよりは貫通力がありそうです。
 これを食らったら間違いなく、お陀仏なのです―、

「っ!?」

 弾丸の勢いは失われました。
「……だから言ってるじゃないですか。そんな理由なんて、くそくらえだと……」
 あたしは低い声で言いました。
 あたしを包み込む光の球体を貫いたミサトさんの右の掌。それはあたしの胸の五センチ手前で、固まっていま
す。胸がコンパクトで助かった気がします。あの可愛らしい未来人さんなら間違いなく血の噴水ですね。
「あ、あなた……。いったい……?」
 初めて、ミサトさんの余裕に満ちた仮面にひびが入りました。誰の目から見ても、焦りの色が窺えます。TF
EIにそれほどまでの衝撃を与えるとは、あたしもまだまだ捨てたもんじゃないです。
「……何を驚いているのですか? この程度の突き。見切るのは造作も無いことです。だって、いくら速かろう
が、軌道は一直線。あなたの目線を追えば、どこを狙っているのか一目瞭然なのです」
 そうは言っていても、やっぱり運が良かったんだと思います。掌の速度はピストル以上なんですから。あたし
の動体視力では完全に見切ることは不可能です。
 たまたまなんです。両手で胸をガードしようとして、飛んできたミサトさんの腕を掴んでしまったのは。正直、
自分でもびっくりです。あたしの膂力でミサトさんの突きを止めることができるとは。
 しかし、今はそんなこと気にしてられません。 
「理由なんて関係ない……。あなたと戦うことが間違いなんてどうでもいい……。結果が敗北しかなくても、か
まわない……」
 これはミサトさんではなく、自分に向けられた戒めの言葉。誰に聞かせるでもない、自分に言い聞かせるため
の独り言。

132:ひまわり狂想曲9/24※オリキャラ注意  ◆FUYSNYFbfg
08/05/24 23:27:15.11 fWDpCoAP0
「あたしは決めたんです。九曜さんを助けるって。ただそれだけ。なのに……今更、怖気づきやがって。ああ、
うっとうしい。あたしのバカ野郎。臆病者。英雄嘆なんてどうでもいいっ。なんでなんで……。んん……! も
うっ!」
 あたしはキッと、ミサトさんを睨み、
「ふざけるな――っ!!」
 あたしは腹の底から大声を張り上げました。空気がビリビリと振動します。
「この期に及んで尻込みするな! 女々しいんですよ、あたしは! 女に二言はない! 女は度胸! やると言っ
たら、最後までやれ―!」
 あたしはミサトさんの右腕を両手で掴みながら、体を捻ります。そのまま、背負い投げの体勢に入り、彼女を
遥か地上へと叩きつけました。
 鈍い音とともに、葉が散り、地上には砂埃が舞いました。

 情けなかったんです。
 九曜さんが傷付いていく姿を見ていて、助けられなかった自分が。
 一度、九曜さんを「助ける」と決心したはずなのに、畢竟、ビビッてしまう自分が。
 メッキを塗りたくっても、金には変われない、紛い物の光しか放つことができない自分が。
 その情けなさが、さらにあたしを情けなく感じさせました。まさに、ミゼラブルスパイラルです。あたしは果
て無き闇へと、ずぶずぶ引きずり込まれていきました。
 ―ですが、人間落ちるところまで落ちると、案外強くなるものです。
 真に心の強い者は、地獄を見た人です。つまり、落ちるところまで落ちた人。ずっと、ぬるま湯に浸かってい
た人は、心が脆弱です。あたしみたいな。
 心の強い人は地獄の底から這い上がってきます。不退転の心を持つ人しか、数々の苦しみを乗り越えられず、
戻ってこれないのです。そして、奇跡的にも、あたしは戻ってこれたました。
「九曜さんを助ける」という弛まぬ意志のおかげで。
 これは自惚れでしょうし、ある意味では、開き直りといったものです。
 それでも構わないのです。あたしは再び、ミサトさんへの闘争心を取り戻せたのだから。

133:ひまわり狂想曲10/24※オリキャラ注意  ◆FUYSNYFbfg
08/05/24 23:29:15.88 fWDpCoAP0
 ……舌の根の乾かぬうちに言うのもなんですが、あたしの本音は、心が強い弱いと言った、詭弁はどうでもい
いのです。
 重要なのは結果だけ。それまでの過程は頓着しません。今までの理屈はただの方便にしかすぎず、正直、あた
しが納得できたらいいだけの話です。
 ぶっちゃけ、「なんとなく」って感じですね。あたしの不甲斐なさが自分で自分の心を燻り続けて、仕舞いに
は爆発したというだけ。「なんとなく」はとても便利な言葉です。 
 そう、理由はいらない。九曜さんを助けるのには。

 ミサトさんに反撃のチャンスは与えません。
 あたしは右手に自分の体から溢れ出る力を集中させます。掌の中心に小さな球体が現れ、それはあらゆる方向
から中心に向かって流れ渦巻くエネルギーを吸収してどんどん大きくなっていきます。
 エネルギー体がピンポン球、テニスボールを経て、バレーボールほどの大きさになった時、あたしはミサトさん
目掛けて、力の限り腕を振り、投げつけます。
「はあああああっ!」
 球体は逸れることなく、ミサトさんに向かって、真っ直ぐと飛んでいきます。静電気を纏い、轟音を唸らしな
がら。そして、
「……やっと、本気になりましたね」
 放った光球はしっかりと命中しました。が、それでダメージを与えることができたと言うわけではありません。
元より、そんな簡単に、攻撃が効くとは思っていませんでしたけどね。
 森林にぽっかりと穴が開きました。そこの穴で渦巻いていた砂塵が晴れ、中心に佇む一人の女性を視認するこ
とができます。
「待っていた甲斐がありました。これでやっと、心置きなく戦えます」
 ミサトさんの右手には、あたしが放った光球がぶるぶると震えながらも、がしっと押さえつけられています。
彼女の華奢な腕は、光球の振動に負けることなく不動を保っています。
 ミサトさんはにこっと微笑み、右手を握りました。光球は風船が破裂した時みたいな、パンッと乾いた音を立
てて消滅します。相当な握激です。

134:ひまわり狂想曲11/24※オリキャラ注意  ◆FUYSNYFbfg
08/05/24 23:31:16.57 fWDpCoAP0
「ふん。あたしの攻撃なんか避ける必要も無い、ということですか。舐めた真似をしてくれますね」
 あたしは文字通り、上空からミサトさんを見下ろしながら言います。くどいようですが、あたしにはもう迷い
はありません。信じてくださいよ。ほんとのほんとなんですから。
「あら? それは、仕方なくですよ? あなたのあまりの攻撃の早さに、わたしの反応速度が付いていかなかっ
ただけです。なかなかの戦闘センスをお持ちですね」
 ミサトさんはそう言いながら、再び、あたしと同じ高さの位置まで浮遊してきました。当てこすりのつもりで
しょうか。
 ミサトさんは一見すると穏やかな表情に見えます。しかし、よくよく見てみると、その双眸の奥からは、今に
も真っ黒焦げにされてしまいそうなほどの闘志の炎が、メラメラと燃えていることが確認できます。
「お褒めに預かり光栄なのです。なら、お礼にその戦闘センスとやらを篤と見せてあげます。絶対に、後悔させ
てやるのです」
 あたしは敵愾心を爆発さえ、ミサトさんを射抜きます。
「それは楽しみです。是非、間近で見せてもらいたいですね。つまらなさ過ぎて、後悔するのは御免ですよ?」
「さあ。それは、あなた次第なのです」
「そうですよね。あなた次第ですよね」
 口火を切ったのはどっちか分かりません。ただ、気付くと戦っていたと言うのでしょうか。
 ミサトさんは恐ろしいほどに強くなっていました。あたしの見当は間違っていなかったようです。正直、彼女
の前に立つのが嫌になるくらいです。腕の一振りで何本もの大木を薙ぎ倒し、空を軽く蹴るだけで山一つを飛び
越えるのです。化け物としか言いようがありません。今すぐにでも、逃げ出したい気分です。
 ―数分前の橘京子でしたらね。
 今の橘京子は違います。逃げる? 頭がプリンになっているのですか。そのようなふざけた行動を起こすつも
りは毛頭ありませんね。
 不思議と、あたしは虚心坦懐の気分でした。余計なことは一切考えず、ただ九曜さんのためだけに身体を動か
す。あたしの心を邪魔するものは無い。心はどこまでも真白でした。
 それに呼応するように、あたしの運動能力は有り得ないほどに飛躍しました。五感が研ぎ澄まされ、動体視力
まで上昇したのでしょうか。ミサトさんの攻撃が手に取るように分かります。もちろん、筋力は言うまでもあり
ません。それに、ジェットコースター並みにぐるぐる回っても、酔ったりはしないのです。スーパーマン状態、
いえ、あたしは真のスーパーウーマンになったのです。

135:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします。
08/05/24 23:32:17.57 30C10/Hz0
しえn

136:ひまわり狂想曲12/24※オリキャラ注意  ◆FUYSNYFbfg
08/05/24 23:33:16.95 fWDpCoAP0
「こ、れでっ!」
 あたしは諸手にエネルギー球を練り上げ、同時に放ちました。二つの球は交差し合い、飛んで行きます。
「ふふ、甘いです」
 ミサトさんが右腕を前に伸ばすと、二つの球は彼女に命中する僅か数メートル手前で爆発しました。黒煙が宙
をたゆたいます。
 あたしの攻撃は全くと言っていいほど、ミサトさんには当たりませんでした。毎回毎回、ギリギリのところで
かわされてしまうのです。まるで、第三の目、第四の目というように、彼女の身体には無数の目が存在している
のではないかと疑ってしまいます。
 どれくらいの間、戦っていたでしょうか。
 不意に、くらっと目眩がしました。その拍子にあたしはバランスを崩してしまい、ミサトさんの攻撃を見切る
ことができず、彼女の重たい拳をもろに受けてしまいました。
「う……、ぐっ」
 不幸中の幸いか、光の球体越しだったので、致命傷は避けられました。もし、あたしを覆うものが無ければ、
間違いなく大きな風穴が開いていたはずです。
 拳の衝撃は球体を通して、あたしに伝わりました。脳天への衝撃が一番強く感じたからか、視界が何重にもぼ
やけ、骨が軋むように震えます。
「お疲れのようですね」
 ミサトさんは息一つ乱さず、余裕を持って言います。何故、大きく隙が生じたあたしに追撃などはしないので
しょうか。絶好のチャンスですのにね。
「つ、疲れてなんかいないのです! まだまだこれ……」
 再び、あたしに目眩が襲い掛かりました。さらに今度はそれだけでなく、重力が大きくなったと錯覚するぐら
いに、全身が重く感じます。腕を動かそうとしても、それはピクリともしません。まるで、自分の物ではないよ
うに。あたしは指一本動かすことができず、宙にふわふわと浮いていました。
「―疲労困憊ですか」
 ミサトさんは抑揚無く言います。
「慣れない力を無理に行使したからです。肉体的にも精神的にも負担が掛かり過ぎたんですよ。あなたのその力。
訓練をしていない方だと、三分もまともに行使できないそうです。そう考えると、あなたはよく頑張った方じゃ
ないですか? 優秀ですね」

137:ひまわり狂想曲13/24※オリキャラ注意  ◆FUYSNYFbfg
08/05/24 23:35:18.55 fWDpCoAP0
「ま……だ、で……」
 あたしは声も満足には出せないほどでした。意識が遠のき、ふと気が緩めば、すぐにブラックアウトしてしま
うでしょう。そうならないように、あたしは気力のみで踏ん張りました。
「無理はしないほうがよろしいですよ。命の炎が燃え尽きてしまいますから。それとも、負荷に耐え切れず心の
器が破壊され、何の感情も持たない人形になってしまうか。考えただけでも恐ろしいですね。さて、今一度訊き
ます。あなたはどうするおつもりですか?」
 ミサトさんの真っ直ぐな目線。いったい、彼女は何を考えているのでしょうね。
 あたしもそれに負けじと、根性を振り絞り、
「や、やるに……決まってるでしょ。だっ、だって……」
 ―だって、九曜さんが待っているから。
 あたしはもう逃げない。絶対の絶対に。
 刹那の静寂。そして、
「……分かりました。死を選ぶというわけですね。真に悲壮な御方ですね」
 ミサトさんは小さく嘆息し、
「―あなたの意思。わたしの意思。二つの意思が交じり合い、行き着く果てに。螺旋の光が紡ぎ出し、互いに
互いが導かれし地で争わんことを―」
 ミサトさんは薄い桃色の唇を高速で動かしました。美しいソプラノで奏でられる歌にも聞こえます。
 その歌が歌われていくとほぼ同時進行で、彼女の両腕が眩い光に包まれていきます。光の腕はぐんぐんと伸び
て行き、遂に、その長さはミサトさんの身長を遥かに超えるほどになりました。
「―大日輪、輝くは荘厳の蒼穹。小日輪、咲くは灼熱の大地。天をも裂く絆の刃は、風になり、やがて我らに
牙を剥くだろう。想えよ、さらば巡り会えん。光の詩の終点にて―」
 ミサトさんの暖かな微笑み。そして、彼女は両腕を突出してきました。
 目の前に迫る光の双槍。あたしは避けることも、受け止めることもできないでしょう。
 まったく、この邪祈願女め。最後にとんでもない大技を繰り出しやがって。こんなのが来るのが分かっていた
なら、もっと力配分を計算して戦っていたのに。今更、ifの話をしてもしょうがないですけど。
 でも、きっとこれが最後。なんとなく分かります。もう力の残りを考慮する必要は無い。こうなったら、最後
の一滴まで力を搾り出して、全力全開全身全霊の真っ向勝負をしてやるのです!

138:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします。
08/05/24 23:36:49.69 30C10/Hz0
しえn

139:ひまわり狂想曲14/24※オリキャラ注意  ◆FUYSNYFbfg
08/05/24 23:37:19.78 fWDpCoAP0
「――!!」
 あたしはミサトさん目掛けて、力の限り以上の勢いで突進しました。
 眩い光に包まれる世界。
 その中にぽつんと、小さな黒い点が見えました。それは確かに存在していたのです。
『あなただけを見つめている』
 誰の声だったのでしょうか。それはどんな音よりも透き通っていました。

       ○

 簾から漏れた旭日が瞼をやんわりと刺激しています。あたしは当初、睡眠欲を最優先させていて、それを無視
しようと決めていましたが、光のあまりのむず痒さにより、あっさりとその薄弱なる意志を放棄しました。
 いけませんね、これじゃ。初志貫徹の心は大事です。おばあちゃんがそう言っていました。というか、ぐーす
か寝ている場合じゃないんです。
「ふぁ~あ……。朝、ですね」
 大きな欠伸とともに、あたしは体を起こしました。首をこきこきと鳴らします。もう起きないと、おじいちゃん
に怒られちゃうかもしれません。あたしの所から簾を見ると、小さな隙間から太陽が見え隠れし、キラキラと輝
いています。
「あなただけを見つめている……」
 あたしはそう呟きました。最後に聞こえた、心にしっかりと焼き付いている言葉。
 こう言われたら、結びつくものは一つしかありません。考える必要も無い。あたしだって、女の子なんですか
ら。
 もふもふの布団から抜け出すと、あたしは汗で臭くなった寝巻きから、見るも着るも涼しい洋服に着替えまし
た。少し寝坊したかな。急いで支度しないと。
 既に、朝食の準備は整っていました。が、今それを食べるわけにはいきません。あたしにはどうしても行かな
ければいけない所があるのです。考えてみると、昨晩は何も食べてないんですよね。流石に、二食抜くのはきつ
いです。育ち盛りの乙女には、特に。

140:ひまわり狂想曲15/24※オリキャラ注意  ◆FUYSNYFbfg
08/05/24 23:39:25.79 fWDpCoAP0
 あたしの腕には痣どころか、擦り傷一つありません。いやはや、なんとも不思議なことなのです。あと一歩で
死ぬ、と言うところまで追い詰められたのに。筋肉痛といった類もなく、あたしの体は絶好調なのです。
 夢、と勘違いしてしまいそうです。でも、夢ではありません。
 昨日に続いて、今日も快晴。夏はまだまだ続くのです。お百姓さんには少し気の毒ですけどね。

       ○

「すみません。遅くなりました。……助けに来ましたよ」
「―……遅い―」
「いやぁ、面目ないです。あたしがもっと強ければよかったんですけどね」
「――待っていた……」
「はい。待たせちゃいました」
 ひまわり畑を貫くようにして作られた小さな畦道。青空にはでっかくギラギラと太陽。周りには無数のひまわ
り。それらが小さな太陽に見えることもあります。
 あたしと向かい合うようにして立つ一人の少女。彼女が着ているのは白いワンピース。彼女の肌が白すぎるせ
いか、離れてしまうと、彼女が素っ裸だと見間違うかもしれません。
 その白さと見事なコントラストを為す、黒。彼女の緑の黒髪はとても羨ましいです。ただし、夏以外で。彼女
の黒髪に惚れる殿方もこの世にはたくさんいるのでしょうね。
 ぴょこんと跳ねた、二本の髪束。あたしが彼女に引導を渡したツインテール。その名に泥を塗ることようなこ
とはなく、立派なツインテーラーです。……まあ、彼女のはツーサイドアップですけどね。
「九曜さ……ん゛、ひぐっ、く……」
 あれ? なんでだろ……。泣くつもりなんて無かったのに。突然、涙は滂沱と流れ出してきて、あたしの頬を
伝い、地面にささやかな潤いを与えます。
 やっぱり平常心を保とうとしても無駄だった。結構、頑張ってたんだけどな。

141:ひまわり狂想曲16/24※オリキャラ注意  ◆FUYSNYFbfg
08/05/24 23:41:26.03 fWDpCoAP0
 怖かった。ミサトさんと戦って、しかも死と隣り合わせで、いつ殺されちゃうか、ずっとびくびくしてて。ほ
んとに、ほんとに怖かった。なにより、既に九曜さんがいなくなっていたらと想像しまうのが、怖かったし、そ
ういう想像してしまう自分自身が、どんどん嫌になった。もしかしたら、徒労に終わるんじゃないかって、何度
も何度も考えた。あたしは闇から闇へと流され、いつ消えてしまうのかな、と。怖かった。
 一番怖かったのは、九曜さんがあたしを嫌いになってしまうこと。こんな、こんな卑しいあたしなんて、すっ
ぱりと見捨ててしまうんだって。こんなエゴなあたしのことは、仲間だなんて思ってないんじゃないかって。あ
たしが手を差し伸べても、叩かれるんだって思った。 
 でも、九曜さんはそんなことしませんでした。
「うぇ、ぐ、くよ……さ、ん……?」
 あたしの腰に回される、冷やっとした白く細い腕。夏だからか、それとも、また違う意味なのか。その腕の感
触はとても気持ちよく、安心を与えてくれます。
「―あなたは……優しい―」
 あたしと体躯の大きさなんてほとんど変わらないのに、その声はとても雄大なものに感じます。世界で一番信
用できる声かもしれません。
「や、やざじい? そ、ひっく、そんなこと……ないのれす。あたしは、甘いのです……」
 優しさと甘さは違います。
「―優しい」
 噎び泣くあたしをあやすように、九曜さんはその言葉を言い続けます。炎天下の中、抱き合う二人の少女。傍
から見れば、それこそ暑さで頭がいかれたと思うかもしれません。あたしが第三者なら、そう思うに違いありま
せんから。
 九曜さんの腕の中は心安らぐものでした。
 はじめ、あたしは周防九曜のことを利害が一致している『仲間』だと認識していました。それは双方にとって、
有益な未来を目指すための関係。表面上では友好的に、しかし内面では何か不利益を被りそうであればさっさと
手を切ってしまうような脆い関係。商売の世界ではよくあるものですね。
 ―今はどうだ? とか、愚問はしないでくださいよ。
 九曜さんは損得抜きに付き合えるあたしの、あたしの大事な『仲間』なのです。誰がどう言おうと関係ありま
せん。異論は認めない。

142:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします。
08/05/24 23:41:55.08 30C10/Hz0
しえn

143:ひまわり狂想曲17/24※オリキャラ注意  ◆FUYSNYFbfg
08/05/24 23:43:28.53 fWDpCoAP0
 なんか不思議ですよね。たった一日で世界が大きくがらりと変わった気がします。
 子供は夏休みに甚だしく成長します。夏休み前と後では、まるで別人のようになっているのです。その変化の
起爆剤となった物は分かりません。数が多すぎて把握しきれないのです。子供の数だけ起爆剤があります。ほろ
苦い経験でもしたのでしょうか。
 夏が終わると、子供は大人以上に大人っぽくなります。でも、本当は子供のまんま。分かっているつもりで、
実際は何も分かっていないのです。一つの世界を見ただけで、全ての世界を理解したと思い込んでしまう。よく
あることです。そうやって、大人ぶっていき、次第にはちゃんとした大人になっていくのです。なんか矛盾して
ますよね。
 もちろん、身体的にも成長するし、肌が小麦色になったりと、目に見える変化もあるのです。夏休みは成長、
変化の時期と言うことができます。
 あたしも少しは成長できたのでしょうか。
「……ふう。もう大丈夫なのです。だいぶ落ち着きました」
 最後に大きく鼻をすすり、言いました。また顔がぐしゃぐしゃになってしまいましたね。 
 きっと、成長しているはずです。立派に。 
 九曜さんは腰にあたしの腰に回していた腕をほどき、
「―胸。地蔵に……行く―」
 と、何の前触れも無く、あたしの顔を見上げながら言いました。彼女の真っ黒な目に吸い込まれそうになりま
す。
 ……というか、またですか。感動の再会が……。九曜さんのことがちょっと嫌いになりそうな気がしないよう
なでもないような。そんなに巨乳になりたいのなら、あたしが揉みしだいてあげましょうか。 
 九曜さんが言っているのは、おそらく神社にある、撫でた箇所が良くなると言われている地蔵、そして、あた
しのトラウマレーダーがびんびんな所にある地蔵。
「あ、あのですね……。神の力に頼らず、現代の科学に頼ってみたらどうですか? あたしは豊乳グッズたくさん
持ってま……せんでした。はは、残念です。あれば、譲ろうと思ってたんですけど。効果無いやつとか」
 少し危なかったですね。上手く誤魔化せたでしょうか。『機関』の裏金を使ったことがばれてしまう所でした。
 よくよく考えると、九曜さん自身でできることでしょうに。……ちっ。
「―あなたは……何を言っているの? ―心を」
「何をって……。心ですか? 心、心、胸、心……」

144:ひまわり狂想曲18/24※オリキャラ注意  ◆FUYSNYFbfg
08/05/24 23:45:29.26 fWDpCoAP0
 あたしは呪文のように心と胸を呟き続けました。どうやら双方の間に食い違いが発生しているようです。
「あっ。まさか……。九曜さん、あなた」
 答えは意外と簡単に見つけることができました。外のことではなく内のことでしたか。んん……。お姉さん、
先走ってしまったじゃないですか。
「心、を良くしたいってことですよね? もう、分かりにくすぎます」  
 肯定の返事の変わりに、九曜さんはこくんと頷きました。どうやら正解だったようです。
 なんか色々敵わない人です。あたしは恥ずかしすぎて、穴があったら迷わず飛び込みたい気分です。
 九曜さんはずっとあたしのことを仲間と思っていてくれたのでしょうか。やっぱり、九曜さんのことは大好き
なのです。
「じゃあ、行きましょうか。例の神社に。もう巫女さんには襲われない、はず、だといいな」
 あたしは九曜さんに手を差し出しました。九曜さんはその手を柔らかな力で握ってきました。
 よかった……。ほんとによかった。

 ぐぅ―。
 唐突に、凄まじい音がしました。虫がサンバでも踊り始めたのでしょうか。音源は認めたくありませんが、
あたしのお腹です。空腹に耐え切れなかったようです。乙女に有るまじきことですね。
「……あの、九曜さん。まず腹ごしらえでもしませんか? 朝ごはんまだですよね? ぜひ一緒に」
 あたしは九曜さんの返事を待たず、祖父母の家へと踵を返しました。自然と速足になって行きます。無意識
の内に、急いでしまっているようです。
 九曜さんはしっかりとあたしの後ろを付いて来てくれます。彼女もお腹が減っているのしょうか。
 今だけは蝉の喧騒も心地よく感じることができます。燦々と輝く太陽も、どこまでも澄み渡る蒼天も、足の
裏を焦がす熱も、生温い風も、みんな大好きです。 
 二人で歩いたひまわり畑。
 あたしはそのひまわりのように、いつまでも、いつまでも、
『あなただけを見つめている』

145:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします。
08/05/24 23:47:07.20 30C10/Hz0
しえn

146:ひまわり狂想曲 解19/24  ◆FUYSNYFbfg
08/05/24 23:47:30.37 fWDpCoAP0
 とあるマンションの一室にて。
 夏休みも終わりに近づき、夜になると肌寒く感じる日頃。幾多の学生は夏季課題と名づけられた魔物に血と汗
と涙を流しながらも勇猛果敢に立ち向かっていることであろう。もしそうでない学生は、数週間後さらなる地獄
を見ること間違いない。
 しかし、この場には勇猛果敢に立ち向かう必要が無ければ、さらなる地獄を見る必要も無い、全学生の敵と捉
えられても文句は言えない二人の少女がいた。
 二人が居る部屋には飾り気の一つもない。ある物は、窓にかかった地味なカーテンと、急須と二つの湯飲みが
置かれた机のみである。
 このような空間で、長門有希は生活していた。
 現在、長門はちょこんと正座して、対面に座る少女―喜緑江美里の話に耳を傾けていた。話というよりも報
告というべきだろうか。内容は喜緑自らが赴いた地での調査報告。天蓋領域に関する物であった。
「―これで報告を終わります。何か不具合や質問でもございますか?」
 喜緑は流暢に、だが何の感情も込めずに調査の内容の顛末を話し終えた。読み上げ機能を持つ機械よりは聞き
取りやすかったことだろう。
「一つだけ」
 長門は真っ直ぐと喜緑を捉えたまま言った。
「はい。何でしょうか?」
「橘京子について」
「橘さん、ですか? 彼女について何か? 今回の橘さんは本当に役に立ってくれましたね。おかげで、有益で
確実な結果が得られました」
 喜緑の表情にゆるみが生じた。おそらく、彼女はもう堅苦しい雰囲気は不要と判断したのだろう。既に報告は
終えている。あとは、長門との会話を楽しむだけだ、と。 
 長門本人に会話を楽しもうとする気持ちがあるのかは分からないが。
「何故、あなたは橘京子と戦闘に及んだ? 今回の目的は周防九曜の戦闘能力の調査のはず。橘京子ではない。
あなたの意図が理解できない」
 長門は訥々と言った。長門は怒っているわけではなかった。ただ、言葉の通り、喜緑の行動理由の不明さに訝
しんでいるだけであった。

147:ひまわり狂想曲 解20/24  ◆FUYSNYFbfg
08/05/24 23:49:30.21 fWDpCoAP0
「そのことですか。場の流れというのでしょうか。悪役を演じるのなら最後まで悪役に徹しよう、と思ったので
すよ」
「演技。あなたにその必要性があったのか。もし、橘京子が絶命していれば、間違いなく事態は悪いほうに傾い
ていた」
「そんなこと百も承知です。だから、手加減はしてましたよ。あっ、そういえば。橘さん、面白いんですよ。わ
たしの突きを止めた瞬間、もの凄く強くなられましてね。寸止めの突きを自分で止めたと勘違いなさったんです。
それからの彼女は―」
 喜緑はその先を話すのを止めた。何故なら、長門が鋭い視線で喜緑を睨んでいたからである。関係ない話はす
るな、と言わんばかりに。喜緑はコホンと控えめに咳払いをし、
「わたしが橘さんと戦闘をする必要性は皆無でした。それは自分でも重々承知していますよ。それが危険なこと
であるということもです。ですが、あそこで戦わずに逃げるというのもどうかと思ったんです」
 喜緑は滔々と話した。
「予め言っておきますが、わたしは人間の感情をあまり理解できません。つまりこれから話すことは妄言です。
―もし、わたしが橘さんとは戦わず、姿を晦ましたらどうなっていたでしょうか。きっと彼女はすごく後悔し
ていたはずです。意気込んで戦地に乗り込んだものの、標的は居なくて肩透かし。……では、ないですね。九曜
さんを助けることができなかった彼女自身に対して、臍を噛むはずです。最初から助けに入っていればよかった、
と」
 喜緑は湯飲みを口まで運び、一口飲んだ。
「すみません。―そして、神社に来なければよかった。家でおとなしくしとけばよかった、と橘さんは過去へ
と後悔の旅を延々と続けることになるのです。わたしは橘さんにそうして欲しくなかったんです。だって、そも
そもの始まりはわたし達じゃないですか。そのせいで橘さんが沈み込むなんて。わたしは彼女にチャンスをあげ
たかったのですよ」
「最初から周防九曜は橘京子の元へ返す予定だった。あなたは意地が悪い」
「そうですね。確かに、わたしは意地が悪いのかもしれません。でも、それも演技の一つですから。仕方ありま
せん。演技は慣れっこです。わたしが演技をしないのは、長門さんと二人きりの時だけですよ」
 喜緑は再び、湯飲みを口にする。
 長門はその喜緑のようすをじっと見ていた。長門の湯飲みは冷めてしまったのか、湯気は出ていない。

148:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします。
08/05/24 23:49:49.97 30C10/Hz0
しえn

149:ひまわり狂想曲 解21/24  ◆FUYSNYFbfg
08/05/24 23:51:31.55 fWDpCoAP0
「全ては長門さんのおかげです。あなたが九曜さんに接触し、『橘京子を殺す』と吹き込まなければ、この調査
は始まっていませんでしたからね。本当にご苦労様です」
「わたしはそれしかしていない。他はあなたが全て遂行した」
「まあ、そう言わないでください。それにしても驚きましたね。九曜さんがあれほど橘さんのことを大事に思っ
ていたとは。長門さんから話を聞いた直後には、橘さんの所に出発していましたから。いつの間に、あんなに仲
良くなられたんでしょうか。―同じことをされたら、長門さんもやっぱり助けに行きますか?」
「涼宮ハルヒを守るのはわたしの義務。当然、守りに行く」
「もちろんですよ。でも、本当に涼宮さんだけですか? 例えば、」
「訂正する。SOS団を守るのはわたしの義務。誰であろうと助けに行く」
「……まっ、それでいいでしょう。間違ってはいませんからね。その時は、わたしも微力ながら援助させていた
だきます」
 長門は何か含みを持った喜緑の微笑をねめた。
 対する、喜緑はそんな長門の視線をまったく意に介さず、お茶菓子を求め、流しにある水屋の下の引き出しを
漁りに行った。
 ガサゴソと音がする。
「それにしても、橘さんはわたしが喜緑江美里だって気付きませんでしたね。喫茶店でもお会いしたのに。気付
かれたら気付かれたで困りますけど。髪を黒に染めて、前髪を下ろしただけですよ? わたしってそんな特徴あ
りませんか?」
 先ほどの内容と打って変わった、軽い話題。どうやら喜緑の愚痴らしい。戻ってきた彼女の手にはカレーの缶
詰が握られている。菓子類は無かったようだ。手ぶらで帰るのもどうかと思ったんだろう。
「髪を黒に染めた時点で、あなたは喜緑江美里でなくなった」
 長門はきっぱりと言い放った。
 カン、と甲高い音が室内に響く。カレーの缶詰が勢いよく机に置かれたのだ。犯人は言わずもがな、喜緑であ
る。一瞬で空気が張り詰めた。
「そこまで言われたくありませんね。ネーミングセンスゼロのあなたに。なんですか『ミサト』って。少しは捻っ
てくださいよ」

150:ひまわり狂想曲 解22/24  ◆FUYSNYFbfg
08/05/24 23:53:31.81 fWDpCoAP0
「『ミサト』は江美里の『美里』から取った。十分捻られている。それに、あなたは一度納得したはず。何故今
更、文句を言う」
「本音を言えば、もっと可愛らしい名前が良かったんですけどね。どうせ偽名なら、もっと派手にしたいじゃな
いですか」
「ならば、具体的にどういう名前が良かったのか教えて欲しい。言って」
「それはですね―」

 あまりにも不毛なため、閑話休題である。
  
 室内に鼻腔を擽るスパイシーな香りが立ち込めている。たとえその原因がレトルトであったとしても、空腹を
刺激し唾液の分泌を促す、カレー特有の作用が失われることはない。
 白米の量は軽くどんぶり三杯分は超えているであると思われる。その頂点から溢れんばかりにカレーが掛けら
れている。レトルトカレーなので、牛肉はおろか、まともな具は入っていない。いたってシンプルである。
「いただきます」「……いただきます」
 僅かにタイミングがずれたが、長門と喜緑にとって、普通の夕餉の時間が始まった。
「長門さん」
 喜緑が言った。
 返事が無い。長門はカレーに食べることに集中していて聞こえないのか。それとも敢えて聞こえないふりをし
ているのか。その真相は長門自身しか知らない。
「長門さん。……もういいです。口を動かしながらでもいいですから、わたしの話を聞いてください」
 長門は目を一瞬、喜緑の方に向け、再びカレーの山に目線を落とした。
「今回の調査の結果についてですが、予想通り周防九曜の能力はわたしたち、インターフェースと同等、及びそ
れ以上と判明しました。詳しいことはさらに調査しないと分かりませんが。事実、わたしは九曜さんに本気で消
滅させられそうになりました。九曜さんに『橘京子』というスキが存在しなければ、間違いなくわたしは……」
 喜緑はスプーンいっぱいのカレーを口に運んだ。それを嚥下し、

151:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします。
08/05/24 23:54:40.04 8c+D5evx0


152:ひまわり狂想曲 解23/24  ◆FUYSNYFbfg
08/05/24 23:55:32.69 fWDpCoAP0
「この場にはいませんね。長門さんとカレーを食べることができなくなってたんですよ。はぁ……。涼宮さんの
観察も含め、少々面倒くさいなりことになりそうです」
 カチン、と金属と磁器の触れ合う音がした。
「わひゃひひゃひふぁ―」
「口の中の物を飲み込んでからどうぞ。それと、口の周りも拭いてください」
 長門は喜緑に言われことを、小さな頷きとともに行った。彼女の大皿は既に空である。
「わたしたちは負けない。わたしたちと彼らでは団結力が違う。その差は歴然」
「少し前、でしたらね。今回の一件で橘さんと九曜さんの絆はいっそう磐石なものになりました。はっきり言っ
て、わたしはこの調査に疑問を持っています。何故、わざわざ相手を刺激するようなことをしなければならなかっ
たのでしょうか。損得の天秤が釣り合いません。明らかに、危険値が大きすぎます」
「それを知るのは情報統合思念体のみ。わたしたちはただ指令に従うことしかできない。全ては考えあってのこ
と。いつか分かる」
「いつか、ですか……。その時は刻々と近づいて来てます。運命の分岐点を誤らないようにしないといけません
ね」
「それを調整するのがわたしたちの使命の一つ」
 長門と喜緑は押し黙った。それぞれに熟考するとこがあるのだろう。室内はよりいっそう静かになった。
 情報統合思念体と天蓋領域。決して相容れぬ二つの存在。
 橘京子と周防九曜の絆はさらに深くなった。超能力者と宇宙人の結託。利害の関係が一致して、ともに協力し
て行動をしてくるのだろう。やっかいなことになるのは避けられない。
 長門もそう考えている。しかし、彼女にはそれよりも、「ある考え」が思考の大部分を占めていたのだった。

153:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします。
08/05/24 23:56:02.30 30C10/Hz0
しえn

154:ひまわり狂想曲 解24/24  ◆FUYSNYFbfg
08/05/24 23:57:33.09 fWDpCoAP0
 超能力者と宇宙人の絆。
 自分も彼女らのように、立場を超えての深い絆を築くことができるのだろうか。涼宮ハルヒと、朝比奈みく
ると、古泉一樹と、そして『彼』と。人間と人間として。
 長門は橘京子と周防九曜を少し羨ましく思った。

       ○  

「……喜緑江美里。もう一つ訊きたいことがあった」
 長門が沈黙を破った。
「はい、なんでしょうか?」
「その麦藁帽子は何? 屋内で帽子を被る必要はない」
 麦藁帽子には大きなひまわりの造花が付いていた。
 喜緑は何故かずっと被っていた麦藁帽子を取り、長門に見えやすいよう持ちに替えた。
「これ、ですか? これは勇敢で、優しい女戦士の忘れ物です。とても良い帽子ですよね」
「窃盗は犯罪」
「せ、って、今度会ったときにお返しするつもりですよ」
「そんなことをすれば、あなたが『ミサト』だとばれる。それでは都合が悪い」
「ちゃんと考えてます。心配には及びません」
 その後も、聞くに堪えない、しょうも無い揚げ足取りが続いた。
 二人の乙女による口論は夜が明けるまで続いた、らしい。

       〆

155:ひまわり狂想曲  ◆FUYSNYFbfg
08/05/24 23:59:13.07 fWDpCoAP0
これでひまわり狂想曲完結です。
当初の構想から方向性がぐにゃーんってなってしまいました
連載は疲れますね

支援感謝!

156:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします。
08/05/24 23:59:43.12 30C10/Hz0
GJ!そして乙!

157:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします。
08/05/25 00:08:06.08 /eYjtvba0
保守

158:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします。
08/05/25 00:30:20.16 Ypnt4nUd0
保守

159:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします。
08/05/25 00:50:47.31 ysxxECr1O
保守

160:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします。
08/05/25 00:55:49.79 kDnCxOzH0
>>155
GJ!

161:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします。
08/05/25 01:04:18.25 kDnCxOzH0
保守がてら投下します。
「マスターの約束」

162:マスターの約束
08/05/25 01:05:34.03 kDnCxOzH0
カランコロン。
今日も今日とて始まりを告げるメロディーが鳴りました。
迎え入れた客人は四名。
四人組、などと言うと涼宮さんからは累積で二枚目のイエローカードをもらう事になり、退場の危険性すら伴いますので、当然そんな事は口にいたしません。
いつもの「いらっしゃい」と言う声が、しかし今日は二つ重なります。
涼宮さんの大きな目が、見開かれました。当社比で言うとおよそ百二十パーセントほどに。
その目線の先には、クエスチョンマークを浮かべて当然の様に立ちはだかる長門さん。
店内に長門さんが居るのは別に驚愕するような事でもなんでもないのですが。
今日はその格好が問題でした。 
「ちょっと、マスター! これってどういう事よ?!」
そう叫びたくなるのも、わかります。
私も、涼宮さんの立場だったらそう叫んでいたでしょう。
すみません、ご挨拶が遅れてしまいました。
こんにちわ、私。喫茶店ドリームのマスターでございます。

163:マスターの約束
08/05/25 01:06:15.34 kDnCxOzH0
◇ ◇ マスターの約束 ◇ ◇
 
 
「それと……」
あの日、長門さんの口から発せられた言葉。
いやいや、こうして見ると実際に私があの時耳にした言葉で本当に合っているのだと改めて実感しました。
タンスで何年か眠りこけていた、嫁が若い頃に着ていたウェイトレスの制服。
寸法が合っていて良かったですね。
黒の単色で背中にファスナーがついている膝下丈のワンピース姿の長門さんを、私はしげしげと見つめました。
しげしげ、と言いますが。実際にはジロジロに近いものだったのでしょう。
嫁から思いっきりグーで小突かれました。
「ほら、有希ちゃんが困ってるでしょ?」
おかしいですね……、私には困っている様には見えないのに。
当の長門さんは首を傾げるでもなく抗議の言葉を上げるでもなく、ただただ私たちのやり取りを見ていました。
嫁には長門さんの些細な表情の変化がわかるというらしいです、やはりそこは何か女同士通じ合うものがあるのでしょうか。
あの涼宮さんとすぐに打ち解けてしまうような嫁なので、さもありなんです。
「さて、長門さん」
それでは、実習と参りましょうか。
今度は、私にもわかるくらい大きく、長門さんは頷きました。

164:マスターの約束
08/05/25 01:07:35.87 kDnCxOzH0
「それと……、私をここで働かせて欲しい」
それが長門さんからの嘆願でした。
あまり深くは踏み込んではいけない様子でしたので、あえて理由までは聞きませんでした。
断る理由も無かったですしね。
ちょうど私も一線を退いてもいいかな、なんていう事を思ったり思わなかったりしていましたし。
長門さんなら大歓迎ですよ、と。
二つ返事で了承しました。
そんな私が甘かったのでしょうか。
 
 
「長門さん」
「なに」
「う~ん……、やはり接客業ですからね。こう、なんと言いますか、もっとハキハキといいますか、明るさといいますか」
「メニューは全て暗記している、オーダーも聞けている、問題は無い」
「た、たしかに。そうなのですが、ね」
「?」
「え、ええとですね……」
「調理の方は、少し待って欲しい。練習が必要」
「そ、そうですね。あ、長門さん」
「?」
「それはカツサンドですよ、これがハムサンド」
「……協力、感謝する」

165:マスターの約束
08/05/25 01:10:40.86 kDnCxOzH0
実習─最近じゃOJTなんていう略語があるそうですが─を始めてからというもの、ずっとこんな調子です。
どこか一本筋を違えているようなやり取りの繰り返し。
でも、きっと長門さんに悪気は無いのです。
だから私は語気を荒げるなどと言う無粋な真似は一度も致しませんでした。
なにより長門さんの目が、真剣だったからです。
そんな真剣な目を、私は知っています。
そんなこんなで、実習の日々が始まりました─ 
「─というワケです」
「なあんだ、そういう事だったのね」
二杯目のコーヒーを一気飲みして、涼宮さんはテレビでお馴染みのどこかの名探偵のような衣装を身に纏いながら納得した様子でした。
何時の間に着替えられたのでしょう? お決まりのあの言葉を言われそうで少しばかりハラハラドキドキしてしまいます。
キョンくんが、すみません、という目線を送ってきます。
やはり私と同じ穴のムシロといいますか、類は友を呼ぶと言いますか、キョン君がとても他人とは思えない私でございました。
いやいや、構いませんよ。
それでは、ごゆっくり。
様々なBGMが交じり合って溶け合う、喫茶店ドリーム。 
 
 
月が闇に溶けて閉店の時がやってまいりました、OPENのプレートをひっくり返してCLOSEDにします。
箒をもってきて少し掃除をして、皿洗いを終えて、自分の為にコーヒーを淹れる。
ちょっとした至福の時間です。
今日は久しぶりに、自分と、もう一人の為に、ですがね。
長門さんは無糖を好むようなので、私もそれに倣いました。
それが私流の礼儀というものです、この歳になると変な拘りの一つや二つや三つ……。
いやいや、歳は取りたくないものですな。
繊細に、ふれると壊れそうな細い指でカップを持ち上げて、音も無くコーヒーが昇華されていきます。
きっと、それが長門さんのメロディーなのでしょう。

166:マスターの約束
08/05/25 01:11:46.30 kDnCxOzH0
「長門さん」
だから、聴いてみたくなったのでしょうね。
「なに」
「長門さんの夢は、何でしょうか?」
長門さんのメロディーを、もっと。
「……夢?」
「えぇ、そうです。夢です」
「夢……」
 
少しばかりの、間。
  
「人に、なること」
 
その後に訪れたコーヒーを淹れるのに充分だというくらいの、間。
 
「マスターは?」
その声でやっと我に返った私でした。
私ですか?
長門さんはコクリと頷きます。
なるほど、注意深く見ると長門さんの表情の変化というものが私にもわかりそうな気がします。
実習中は、ずっと。
目が輝いて、楽しそう。
これで合っていますか? 訊ねる事は、しませんでしたが。
「マスターの、夢は?」
夢、という言葉に、胸が擽られる様な思いになります。
ニコリと笑って、古いアルバムを開くようにゆっくりと口を開きました。

167:マスターの約束
08/05/25 01:13:06.95 kDnCxOzH0
「私がキョンくんや涼宮さん、長門さん達くらいの頃の話ですけれどね─」
 
長門さんは、爛々と目を輝かせて心底楽しそうに私の話に聞き入っていました。
だから、なのでしょうか。
私の昔話を話し終えた後に、私は長門さんにこう言ったのです、
「時間が、解決してくれますよ」
何を解決するのかは、聞いていない事にしました。
このアルバイトが、長門さんにとってプラスになるなら。
大いに協力しましょう。
きっと、私に娘がいたなら。
私は惜しみなくそうしたでしょう。 
 
あくる日。
 
「いらっしゃい」
「マスターっ! 長門いませんか?!」
藪から棒に、キョンくんは私に尋ねました。
その様子が少しばかり、いや、尋常ではないくらいに慌てていたので、せめて私が落ち着いて対応しようと思いました。
「長門さんですか?」
「えぇ、長門です」
「長門さんなら先ほど、どこかへ走っていかれましたけれど?」
事実ですよ、嘘は言っていません。
嫁曰く、私の嘘は簡単に見抜けてしまうらしいので。
「なっ……!」
キョンくんは慌てて出て行こうとしました。

168:マスターの約束
08/05/25 01:14:47.93 kDnCxOzH0
何か思うところがあるのでしょうか?
私はそれを制止して。とりあえずカウンターを指差しました。
焦っても仕方ない事もありますよ、と。
急がば回れと言うでしょう?
  
「まあまあ。ちょっと、年寄りの小話でも聞いていきませんか? 何、そんなに時間は取らせませんよ」
「はぁ……」
そんな場合じゃない! と怒鳴るかと思っていましたけれど。
思ったよりも大人なのですね、キョンくんは。
  
いつものでいいですよね。私はニッコリと笑いました。 
「私がキョンくんや涼宮さん、長門さん達くらいの頃の話ですけれどね」
思い出すだけで、くすぐったくなるような記憶の一ページ。
確実に存在した日々、今はそんな微かな記憶でさえ貴重だったと胸を張って言えます。
「アルバイト先の喫茶店でね─」
  
とある日、そこにやってきた、つんけんした女の子。
スケバンって言うんでしょうか。あ、言い方が古いですよね。
その女の子が、それはもう大変な女の子でしてね。
コーヒーを持って行くだけでうるさいだの黙れだの言ったかと思ったら、次の日にとんでもない位に落ち込んでてね。
構って欲しい! と、顔に書いておきながら、私が話しかけるとつっぱねるのですよ。
何だこいつは! と、思いましたね。
喜怒哀楽が激しいというか、単純と言うか。
私などは、年頃の女の子は難しいものだ、俺はコーヒーしか挽けないが、見習いのお前はせいぜいしっかりと'気を挽く'んだな、などと当時のオーナーからからかわれていましたが。
それだけならまだいいものを、その女の子はいっつも何かしらの問題を抱えて持ってくるんですよ。
それにいつの間にか私は巻き込まれましてね? 休みの時間の間は良いのですが、こっちは仕事中だっていうのに、そんなの関係ないでしょ! の一言ですよ、それはもう色々と大変だったのです。
それでも、きっと私はその時間が楽しかったのでしょうね。
今思えば、なんでもないありふれた時間だったのですがね。

169:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします。
08/05/25 01:14:57.51 2Fn6vI7J0


170:マスターの約束
08/05/25 01:15:37.86 kDnCxOzH0
ある日、僕とその女の子は約束したんです。
今度会ったら、結婚しようという、いわば婚約です。
思えばバカな約束でした。
「明日会うじゃないか」
と、私が笑うと。
「その時はその時よ」
などと言って笑うのです、まるで、そう、ひまわりみたいにね。
でも、次の日。女の子は店にやってきませんでした。
次の日も、また次の日も。その次の日も。
彼女が転校したらしいという話を私が聞いたのは、それから一ヶ月後の事でした。
だから、彼女はあんな事を言ったのでしょう。
気がついたのは、その時でした。 
 
 
「……それで、その後は、どうなったんですか?」
「後ですか?」
キョンくんはコクリと頷いて私の話を促しました。
 
 
当時携帯電話なんて便利な代物も無くて、連絡先も、家がどこにあるのかすらわかりませんでしたからね。
学校も違いましたし。
それっきり、ですよ。
今と違って、世界はずっと狭かった。
自分の足で動ける範囲のことだけが、世界でしたしね。
私ができる事と言えば、待つ事くらいだと思って。ずっとここでアルバイトしてようかと思っていた、まさに矢先の事です。
店が潰れちゃったんです。

171:マスターの約束
08/05/25 01:16:36.01 kDnCxOzH0
「え?」
「はは、鳩が豆鉄砲くらった様な顔してますよ」
コーヒーを一杯。
ブラックですけれど、どうですか?
「もう、茶化すのは辞めてくださいよ」
彼は言いながら飲んで、苦さで顔を顰めました。
 
 
それで、私は呆然としましたよ。
そのあと一ヶ月くらいは何をしていたのかあまりよく思い出せません。
ぼけーっと、ただ、学校へ行って帰るだけの日々を送っていたんだと思います。
それだけでも、良かったんでしょうがね。
普通に高校を卒業して、普通に可も不可も無い様な大学へ行って、普通に企業に就職して、普通に誰かと結婚して、普通に死んで、普通に墓に入る。
そんな人生も、良いかなと思った事もありましたけれど。
でも、どうしても女の子との約束の事が頭から離れなかった。
だから、店が無いなら自分で作ればいい。そこで彼女を待ち続ければいい、って。思っちゃったんですよね。
若さっていうのは、本当に恐い。
その後はもう、思い立ったが吉日の勢いで高校を辞めて、仕事を始めました。
「働かざるもの食うべからず」なんていう言葉がありますが。
逆に言えば働いているものには等しく食べる権利があるという事です。
飲食業者が口に出す言葉として、これほど可笑しい事はないと思いますがね。
その言葉を合言葉に、なんとか頑張りましたよ。
なんとか資金の目処が立ったのは、それから随分時間が経った後ですがね。

172:マスターの約束
08/05/25 01:17:25.27 kDnCxOzH0
銀行から融資の話を受けて、借金をしながら、ですがね。
なんとか今こうして一つの店がもてる様になりました。
実はここの場所、私が昔アルバイトをしていた店をそのままの形で引き受けることができたんです。
都合良く引き取り手が見つからない状態が長く続いていたみたいでね?
店をやるならここしかない! 即決でしたよ。
それからはもう、開業したと思ったらトラブル続きでしてね。
なかなか店は軌道に乗らない、難しい商売だと思いましたよ。
こう見えて借金取りに三回は取り立てられましてね、はは、あの時は恐かったですな。
それでも、なんとか続けることができました。
店もだんだんと落ち着いてきた。
そんな時です。
ひょっこりと。まるで、その時の写真を切り取ったままの様な姿で、あの女の子がやってきたんです。
彼女は何も言わずにコーヒーを注文しましてね。
姿は僕の印象と同じだったんですが、仕草や雰囲気が随分大人になっていました。
人違いかと思って声を掛けなかったくらいですよ。
 
 
「声掛けなかったんですか? どうして?」
「随分時間も経っていましたしね、時間というのは恐い、時間は人を変える。時間は記憶を掻き消す」
「……」
「それに、そんな昔の約束の事なんてどうせ忘れているだろうと思ったのですよ」
「……」

173:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします。
08/05/25 01:17:47.02 ysxxECr1O
支援

174:マスターの約束
08/05/25 01:18:21.84 kDnCxOzH0
彼女はコーヒーを飲み干すと、ご馳走様とだけ言って帰ろうとしたのです。
私は慌てました。
いや、ちょっと待ってくれと。
ここで声を掛けねば一生涯後悔し続ける事になるだろうと。
私を突き動かしたものは、遠い日の約束と、ちょっぴりの勇気でした。
その時もこう、グーで小突かれましてね。
「気がつくのが遅い」
とね。
向こうは最初から気がついていて、私の様子を見ていたようです。
思えばその時から尻に敷かれる事は確定していた様なものですな。
 
 
 
「長門さんとの間に、何があったのか存じませんが」
はっ、と。
キョンくんは顔を上げました。
いやいや、本当に私は何も知らないのですよ?
「謝るのなら早いほうがいいです、ひょっとしたらこの先何年も会えないかもしれない。時間は、恐いものです」
カランコロンという鐘の音がした方向に指を刺します。
キョンくんが振り向いた先に居たのは、ウエイトレス姿の長門さん。
買い物袋を提げているのは、私がおつかいを頼んだから、なのですがね。
「長門。すまなかった……、俺っ」
「気がつくのが遅い」
キョンくんは長門さんに思いっきりグーで小突かれていました。
二人が和解できた様子で、私はほっと胸を撫で下ろしました。

175:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします。
08/05/25 01:18:31.79 ouDRdwFL0
支援

176:マスターの約束
08/05/25 01:19:13.42 kDnCxOzH0
「キョンくん」
「何ですか?」
「私は、ああは言いましたが、時間は恐いだけでは、ないのですよ」
私は二階から降りてきた嫁を差しながらニコリと笑いました。 
敵わないといった表情のキョンくん。
はは、これでも歳の数だけ生きてきましたからね。  
 
 
さて、二人の間に何があったのか。
余計な詮索かとは思いますがそこは人間。
聞いておかない手はないでしょう。
 
 
「わたしのコーヒープリンを彼が食べた、買ってきてくれるという約束の期限になっても、コーヒープリンは届かなかった」
 
 
吉本新喜劇よろしく、私がずっこけたのは言うまでもありませんでした。
いやいや、二人ともまだまだ色気よりも食気、ですか。  
 
  
さて、喫茶店ドリーム。 
明日はどんなお客様がお見えになるのでしょうか。
夢を膨らませながら、お待ちしております。
「いらっしゃい」という、魔法の一言でお迎えしますよ。
  
 おわり。

177:マスターの約束
08/05/25 01:21:19.20 kDnCxOzH0
以上です。
本スレ復活のどさくさにまぎれて続編とか書いちゃいましたorz

援護射撃ありがとうございました!

178:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします。
08/05/25 01:23:07.16 ouDRdwFL0
>>177
乙!今回もなかなか良かったです。
マスターのセリフ的に考えてハルキョンものだと思ってたけど違ったのね。


179:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします。
08/05/25 01:28:59.93 kDnCxOzH0
>>178
ありがとうございます!
どうしても長門に振り回されるマスターとキョンを描きたくて……。
そうおもって書いたらこうなっちゃいましたorz

180:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします。
08/05/25 01:32:40.51 zdf6DjvXO
そろそろねようかな。保守

181:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします。
08/05/25 01:40:47.72 ysxxECr1O
やはり女性は強いなw
GJ!

182:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします。
08/05/25 02:05:58.58 tuCWPT7+0
保守

183:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします。
08/05/25 02:37:36.98 UkMTTjP5O
保守

184:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします。
08/05/25 03:02:24.58 aG6UyerR0
保守

185: ◆mj1HydLja6
08/05/25 03:06:38.81 aG6UyerR0
すみません、いまから投下するので、5レスお借りします。
題名は「偽りの世界で 第一章 非日常は突然に」
です。

186:非日常は突然に ◆mj1HydLja6
08/05/25 03:07:56.57 aG6UyerR0
ここはいったいどこだろう。数人の同い年の男女に取り囲まれて下校する最中、右手には黒い筒を持っている。この筒には見覚えがある。確か卒業証書が入っている筒だ。
そうだ、思い出した。今日は卒業式の日だ。そして、周囲にいるのはクラスメートの面々だ。だが、その顔は黒い影になってよく見えない。
通いなれた通学路。途中にある公園では幼い子供達がはしゃぎ、その様子を母親と思しき女性が見守っていた。遊具も、子供達も、母親達も、そして周囲にいるクラスメートも、すべてが黄昏色に染まっている。
真っ赤に染まったその風景がとても幻想的で、まるで夢の中にいるみたいだ。懐かしさすら感じさせるその風景は、時間の感覚さえも狂わせ、既視感にも似た感覚に陥る。
周囲にいる少年少女がこれから進む進路に期待と不安を膨らませてわいわいとしゃべっている光景を見て、ふと何か大切なことを忘れてしまっているような不安に襲われた。
そう、確か朝起きた時、今日こそあることを実行しようと決意をして家を出たはずなのだが、それが何かを思い出すことができない。いったい何をしようと決意したのだろうか。それはとても大切なことだったはずなのだが……
しかし、矛盾に思えるかもしれないが、俺はもう既に知っていた。その決意が実行に移されることがないということを。
やがて、ひとりまたひとりと集団の輪の中からクラスメートが離れてゆき、気がつけばショートカットの女子と俺だけが取り残されたように家路を共にしていた。
そうだ、思い出した。今日、彼女に伝えなければならないことがあったのだ。どうして忘れていたのだろう。こんな大事なことを。人生を左右しかねないほど重大な決断だったはずなのに。
しかし、そこまで思い出した後も、俺の中の不安は解消されたわけではなかった。なぜなら、伝えるべき内容が思い出せなかったからだ。
彼女の顔を覗き見ると、彼女も、期待と不安の入り混じったような表情で、俺が言葉をかけるその時を待っているようだった。だが、俺の中には伝えるべき言葉が見つからない。
前を向くと、視界の端に自宅が既に見えている。後、数十メートル歩けば、彼女と別れなければならないのだ。
伝えなければならない言葉が見つからず気が焦る一方で、伝えることができないという確信にも似た予感が、頭の中でせめぎあっていた。
そして、伝える言葉が見つからないまま自宅の前まで来てしまう。ショートカットの女子は、残念そうにちょっとだけ微笑んだ後、そのまま手を振って彼女の家路へと帰ってゆく。
彼女をこのまま帰らせてしまっていいのか? 今日は卒業式、もう二度と会えなくなるかもしれないのに。さあ、早く伝えるんだ。でも、いったい何を?
頭の中をぐるぐるとさまざまな思いが駆け巡る。ふと顔を上げると、離れていく彼女の後姿がとても寂しげで、言葉では表せない感情が胸にこみ上げてくるのが分かった。
俺は、咄嗟に彼女に駆け寄ると、立ち去ろうとする彼女の肩を掴む。彼女は少し驚いたような表情で振り返り、期待の眼差しで俺をじっと見つめた。
伝えるべき魔法の言葉。
思い出せなかったはずのその言葉を、なぜかこのとき俺は知っていた。その言葉を声にしよう口を開いたその瞬間、
「キョンくん」
背後から俺を呼ぶ声が聞こえた。
「キョンくん、朝だよ。起きないと遅刻するよ」
目を開けると、ぼんやりと見慣れた天井と白い蛍光灯が見えて、俺はようやくそれが夢であることに気がついた。


~第一章 非日常は突然に~


三月上旬、まだ肌寒く感じられる風が桜の花びらを舞い散らし、だんだんと暖かくなる日差しが春の訪れを告げる。周囲には同じ北高の制服を着た男女が普段と同じように登校していた。

187:非日常は突然に ◆mj1HydLja6
08/05/25 03:08:58.98 aG6UyerR0
何気ない日常の風景。
数日後に訪れる卒業式の日に、思い出のたくさん詰まった学び舎との別れを告げることを少しだけ名残惜しく思いながら、それでもその先に訪れる大学生活に期待と不安を抱き、北高へと続く坂道を登っていた。
SOS団のメンバーは、みんな同じ大学へと進学を決めていた。その大学は、俺にとっては高嶺の花のような一流校に思えたが、ハルヒの実力からすれば物足りない程度の大学だった。
それでも、みんなが同じ大学に入学できたことは、もしかすると宇宙的、未来的、超能力的な力が介在していたのかもしれない。まあ、こうなることは随分前から予想していたことだが……
『大学に入学した後もハルヒに振り回される日々が続くのか』といった半ば諦めにも似た感情と、振り回されることをどこかで期待している感情が心の中で交錯する。
思い返せば、俺の高校三年間はハルヒに振り回される毎日だった。そのせいかハルヒのいない日常というものを、想像できなくなっている自分がいることに気づく。
だから、ハルヒが珍しく体調を崩して休んでしまったような日には、どこか日常の一部が欠けてしまったような物足りなさを感じたこともあった。それほどまでにハルヒに毒されていることに気づき、愕然としたものだ。
だが、それも含めて、いまの自分の置かれた状況に不満はない。だから、大学に入学した後も、同じような生活が続いて欲しいと思っていたし、そうなるものだと思い込んでいた。
教室に入り、後ろの席を見ると、席の主はまだ登校してきていないようだった。
「珍しいこともあるものだな」
たいして疑問にも思わず席に着くと、斜め前の席の谷口が恨めしそうな表情でいつもの愚痴を口にし始めた。
「キョン~、なんでだよ~、俺は四月から予備校通いだというのに、どうして俺と同じぐらいの成績の悪かったお前が春から大学生になれるんだ。強いコネでもあったのか、それとも実弾でもばら撒いたのか」
通常ではない力が介在した可能性は認めよう。だが、それはあくまで可能性に過ぎない。お前と俺では最後の追い込みの努力の仕方が違っただろう。お前は早々に諦めていたじゃないか。
「それは仕方がないよ。だって谷口はかなり早い時期から進学は諦めていたじゃないか。それに比べてキョンは最後の最後まで諦めなかったんだから」
言いたかったことを国木田が代弁してくれたようだ。ちなみにこの男は谷口が諦めるよりも早く推薦で合格を勝ち取り、早々に受験戦争から離脱して高みの見物を決め込んでいた。
「ちっ、推薦で合格した奴なんかに説教されたくねえよ」
その気持ちはちょっとだけ理解できるぞ谷口。俺も合格が決まるまではそう思ったものだ。だがな谷口、推薦は日々の努力が実を結んだ結果なんだからお前にそれを非難する資格はないと思うぞ。
色々と谷口に言いたいことはあったが、口にするのは止めておいた。一歩間違えれば、自分が今の谷口の立場になっていた可能性もあるからだ。
「くそう、どいつもこいつも俺をバカにしやがって! 見てろ、必ず来年は合格してやるからな! 予備校でかわいい女と知り合いになれても、お前らには紹介してやらないからな」
谷口……そんな考え方じゃ、来年も駄目なんじゃないか。
そんなやりとりをしていると、岡部がいつものように教室へと入ってきた。ハルヒは休みなのか。今日も後ろの席を気にしながら椅子に座る。こんな癖がついてしまったのもハルヒのせいだ。
そんなことを考えながらも、変わらぬ日常が続くと信じていた期待は、岡部が開口一番に告げた言葉により、脆くも打ち砕かれることとなった。
教壇に立った岡部は、教室を見回してみんなが席に座ったことを確認してから、おもむろに口を開いた。
「もしかしたら知っている者もいるかもしれないが、涼宮が留学のため、昨日を最後にみんなとお別れをすることとなった。急なことなのでみんなにお別れの挨拶もできな――――」
「なんだって!!」
思わず立ち上がって叫んでしまった。岡部の告げた内容はそれほどに予想外のものだったからだ。教室にいる全員の視線が集中する。
「あ、いや」
コホンとひとつ咳払いをして、俺は静かに席に座った。

188:非日常は突然に ◆mj1HydLja6
08/05/25 03:09:59.61 aG6UyerR0
クスクスと笑う声や、「もしかしてキョン何も知らされてなったのか、あれだけ傍にいたのに」といったヒソヒソ話が教室のどこからともなく聞こえてくる。だが、そんな声は耳に入らないくらい俺は戸惑っていた。
どういうことだ。そんな話はまったく聞いてないぞ。朝倉じゃあるまいし、この時期に外国に行くなんて。これは宇宙的、未来的、超能力的な力が介在しているに違いない。となれば、すぐにでも長門か古泉に相談せねばなるまい。
すぐにこの後とるべき行動を考えることができたのは、この三年間で俺の危機対応能力が向上したせいなのかもしれない。
岡部の言葉を聞いた後は、すべてのことに上の空で黒板の上にある時計を見つめ、ホームルームが終わるのをと今か今かと待ちわびていた。


あまりにも予想外の出来事に、ホームルームで何をしたのかほとんど覚えていない。そもそも大学合格は既に決まっているのだから、高校に毎日来なくてもいい気がするくらいなのだが、SOS団は年中無休で活動中なのだから仕方がない。
休み時間のチャイムが鳴るや否や、教室を飛び出して古泉のいる9組へと向かった。ホームルームの最中に何度かメールは送ったのだが、一向に返事がないので直接会いに行くほかない。
一応、九組に行く途中で長門の教室を見回したが、案の定長門の姿は見当たらない。おそらく文芸部室にいるだろう。ここからはちょっと遠いため、まずは古泉に相談してみよう。
廊下を小走りに駆け抜けている最中に、ふと二年前の冬にもハルヒが消失した事件があったことを思い出した。あの時は確か九組自体が北高から消失していたっけ。
八組の向こうにある九組が視界に入り、少しだけ胸を撫で下ろした。早速、教室の中に入り古泉の姿を探すが、古泉の姿はどこにも見当たらない。
「すみません、古泉がどこに行ったか知りませんか」
すぐそこにいたポニーテールの女子に尋ねると、少しだけ首をかしげた後、隣にいた眼鏡っ娘に話を振る。
「そういえば、今日は古泉くんの姿を見てないわね。ねえ、古泉くんって今日休んでたっけ?」
「え、さあ、知らない。でも、古泉くんもう大学合格してるんでしょ。だったら無理に来なくてもいいんじゃない。他にも来てない子たくさんいるし……」
「ほら、彼、例のSOS団の……、古泉くんは休みたくても、涼宮さんが許してくれないのよ」
「あ、そっか。でも、今日は朝から見てないわよ。休みなんじゃないかしら。いまごろは涼宮さんとデートでもしてるんじゃない」
「それはないわよ。涼宮さんの彼氏は彼なんだから。古泉くんはフリーって聞いてるわ」
「え、そうなの。だったらわたしが彼女に立候補しとけばよかったなあ」
「あんたじゃ無理よ。せいぜい親しい友人止まりが関の山だわ」
その場にいた数人の女子が話題を膨らませ、だんだんと話が逸れてきたので、早々に九組から立ち去ることにした。
今のところ周囲に常識を逸脱した現象は生じていないが、何度も非常識な経験をした本能が重大な危機であることを訴えかけてくる。

189:非日常は突然に ◆mj1HydLja6
08/05/25 03:11:09.45 aG6UyerR0
休み時間の終わりを告げるチャイムが鳴ったため、いったん教室に戻り、さっきのホームルームと同じように時計と睨めっこしながら、早く休み時間になれと心の中で念じていた。
ふと、視線を前方の席に向けると、谷口がニヤニヤとした顔でこちらを見ていた。
「天罰だ! 俺を見捨てて大学に進学なんかするからだ」
谷口の心の声が聞こえてくるような気がした。谷口のニヤニヤ顔がとても小憎たらしく感じてイラつきを覚えていると、国木田が俺と谷口の様子に気づき、谷口の背中をつついてたしなめる。
谷口は疎ましそうに国木田を一瞥した後、拗ねたような表情をして前を向いた。
くそう、谷口の奴め! こっちはお前とじゃれあっている暇などないのに。
俺は谷口から目をそらし、時計をにらみながら、秒針がゆっくりと動いていくのを凝視していた。


ようやく休み時間になったので、俺は早足で廊下を駆け抜け、文芸部室のある旧館へと向かった。教室を出るとき、谷口が俺に声をかけようとしていたがあえて無視した。
胸にこみ上げてくる不安を抑え冷静になれと自分に言い聞かせながら、文芸部室の扉の前まで来て深呼吸をした後、おもむろに扉を開ける。
だが、そこには見慣れたショートカットの少女の姿はなく、ただ雑然と長机と椅子が並べられているだけであった。
この状況を目の当たりにして、非常識な経験をしたことがない頃であれば、偶然長門と古泉の休みが重なったと信じることができただろうか。あいにく、いまの俺の脳みそはそこまでお気楽な思考回路をしていなかったらしい。
確信した。俺の知らないところで何か常識外の現象が起きているに違いない。
だがこれは、いよいよもって危機的状況だ。前回ハルヒがいなくなったときは長門がいてくれたが、今回は誰一人ヒントをくれるものがいない。途方にくれかけた俺は藁をもつかむ気持ちで最後の砦である朝比奈さんの下宿先へと足を向けた。
まだ、学校は終わっていなかったが、そんなことを心配する余裕はなかった。だいたい授業のほとんどは自主学習の時間に当てられているし、大学合格が決まっているのだからこれ以上勉強する必要がないからな。
もし、下宿先の朝比奈さんまでもが消えていたらジ・エンドである。まったくヒントのない問題すら分からない難問を解けと言われているのに等しい状況に陥ることになる。
下駄箱に上履きを放り込み『もし朝比奈さんがいなかったら』といった不安に押しつぶされそうになりながら校門付近まで来ると、そこには見慣れた黒い車が止まっていた。
後部のドアが開き、妙齢の女性が下りてきて俺のほうに一礼をする。
「森さん……」
「唐突な状況の変化に戸惑っていらっしゃるご様子で」
落ち着き払った様子でそう言い放った森さんの様子を見て、ほんの少しだけ安堵した。森さんの落ち着いた様子から、予想に反して重大な事態には至っていないのではないかと思ったからだ。
「森さん! いったい何があったのですか? ハルヒがいきなり留学するだなんて……」
「疑問に思うことはたくさんあろうかと思いますが、まずはお乗りください。お話は車の中で」
森さんは片手を車の方向へと差し出して、車に乗るように促した。森さんを一瞥してから車に乗り込むと、運転席には新川さんが座っていた。

190:非日常は突然に ◆mj1HydLja6
08/05/25 03:11:59.05 aG6UyerR0
朝比奈さんが誘拐されたときの状況が頭をよぎる。あの時も確かこの布陣だった気がする。バタンとドアが閉まる音がして、車はゆっくりと動き出した。
「さて、涼宮さんのことですが……」
じっと森さんの目を見つめると、少しだけ口ごもった様子を見せた後、彼女は普段の様子で淡々と語りだした。
「実は、わたくしどもはどうやら涼宮さんに関して重大な思い違いをしていたようなのです。そして長門有希、朝比奈みくる、古泉一樹の属するそれぞれの勢力による話し合いの結果、わたくしどもはひとつの結論に到達しました。
それはわたくしどもも十分納得できる結論であり、情報統合思念体や未来人の勢力も賛同したのですが、古泉はその結論に納得がいかず、わたくしどものもとから飛び出してしまったのです」
いきなり突拍子もない話を聞かされ、俺は目を白黒にして戸惑うしかなかった。そもそも、森さんの言っていることが今回の件にどう関係しているかすらよくわからない。
「森さん! 言ってる事がよくわかりません。ハルヒは無事なんですか? 古泉はいったいどうなったのですか? その結論とはいったい何なのですか?」
立て続けに質問をぶつけると、森さんは一瞬だけ暗い表情をしてうつむいた後、顔を上げてじっと俺の目を見つめて言った。
「いまは、わたくしどもの導き出した結論をお伝えすることはできません。ですが、いつか必ずお伝えすると約束いたします。古泉に関してなのですが、いまわたくしどもも探している最中です。近日中に保護できると思っております。
後、涼宮さんの件なのですが、あなたがあの方にお会いになれば、涼宮さんの面影を見ることになるでしょう。そのときは、きっとあなた様も納得されると信じています」
森さんの説明を再び聞いても、やはり状況がよくわからなかった。むしろ何かを誤魔化そうとしているような感じさえ受けた。それを問い詰めようと口を開こうとした時、運転席から新川さんが口を挟んできた。
「不審に思われていることは重々承知してますが、これで納得してください。森は古泉が小さな子供の時から、あいつのことを知っているのです。わたしもそうです。我々にとって古泉は家族も同然なのです。
だから、古泉やその大切な友人であるあなたが困るようなことをするつもりはございません。今日はただ一言『安心してください』ということをお伝えしたいがために、あなた様の前に参上したのでございます。
今は説明を十分にはできませんが、どうぞお察しください。決してあなたや古泉にとって悪いようには致しませんから」
そう言い放った新川さんの声には無言の圧力のようなものがこもっており、これ以上何かを問いただすことができなかった。しばらく車内に沈黙が流れた後、車は俺の自宅の前で停車した。
「何もご心配なさらず普段どおりお過ごしください。そのうち、あの方があなた様の前に現れて、すべてをご説明されるはずですから」
無言のまま車のドアを開けて、自宅の前へと降り立つと、バタンとドアの閉まる音が背後でして、車は何事もなかったかのようにそのまま滑るように走り去っていった。
ふと、森さんの言葉を思い返して、あるキーワードが心に引っかかった。
『あの方』
ハッとなって、車の走り去った方向を振り向くが、そのときにはもう車の姿は見えなくなっていた。

191:非日常は突然に ◆mj1HydLja6
08/05/25 03:15:36.25 aG6UyerR0
以上です。
一応、4章まで続く予定なので、最後まで読んでいただけると嬉しいです。
では、失礼します。

192:涼宮ハルヒの短冊
08/05/25 03:41:01.40 GD8KPnZ00
投下します
22日木曜日のプリンに投下した続きです。
前回は保管庫にあります。URLリンク(vipharuhi.s293.xrea.com)
本作は退屈の「笹の葉」の続編?のような作品なので
「笹の葉」を思い出しながら読んでいただければ幸いです。

193:涼宮ハルヒの短冊
08/05/25 03:41:56.16 GD8KPnZ00
「キョン君、急いで”私”と3年前に行ってね。」
朝比奈さん(大)はそう言うと部屋を出て行った。
俺は考える。ハルヒに地球を逆回転するというアホな発想を諦めさせる方法を。
しかしなぜ3年前の七夕なんだ?昨日に戻って笹の葉に短冊をつけることを断念させればよかったんじゃないのか?しかし、未来の俺は3年前に行って問題を解決しているのだから解決法がないわけではないようだが、どうすればいいか皆目検討もつかん。
俺は弁当を食べながら、部室のパソコンで意味もなく七夕について調べながら考えた。
織姫と彦星はベガとアルタイルのことで、距離は地球から25光年と16光年。ってんなことどうでもいいか。

おれが有効な解決策を示せずにいると古泉と長門が入ってきた。
「先ほどの会話を聞かせていただきました。
この問題の解決にはあなたが3年前に行き何かをしなければいけないようです。その何かが現状ではわからないということですね。」
頼んでもいないのに演説をはじめやがった。

194:涼宮ハルヒの短冊
08/05/25 03:42:53.04 GD8KPnZ00
「まず、短冊に地球の自転のことを書かないように仕向けるということが考えられます。しかしこれは困難でしょう。なぜなら、3年前の凉宮さん本人が、三年後の自分が「地球の自転を逆にしてほしい」というお願いを短冊に書くことを知らないからです。
察するに凉宮さんに短冊に書いた願い事は叶わないと思わせることができればよいのではないでしょうか?」
「それこそ無理だろ。」
「そうでしょうか。凉宮さんは常識人です。理路整然と説明すればわかると思いますが。」

「長門。何かいい方法はないのか」
「わからない。ただし、涼宮ハルヒとの接触は23時以降は避けるべき。」
そして、少しの間があり
「これ。」
そういうと2枚の短冊を差し出した。
その短冊はほとんどが余白で隅に1つには「織姫宛」、もう一方には「彦星宛」と書いてある。
なんの説明もなしに渡されても困るんだが。
長門はすでにハードカバーに目を落としていた。
やれやれ


195:涼宮ハルヒの短冊
08/05/25 03:43:36.52 GD8KPnZ00
俺も解決策を見いだせない。ここはみんなで知恵を出し合うに限る。俺は、昨日の出来事を古泉にすべて話す。
「なるほど。どうして3年前なのか、わかりました。」
古泉はにやにやとした顔で
「要するにあなたは、3年前の涼宮さんに絶対的に信頼されているというわけですね。なら話が早い。」
古泉は饒舌になる。
「こういうのはどうでしょう。
七夕の日に短冊に願い事を書いても織姫、彦星からは小さすぎて見えず無意味だ。
と涼宮さんに言えば短冊に書いた願い事は叶わないと考えるのでは。」
「まじめに考えろ。」
「僕は真剣だったんですが」

そこに朝比奈さん(小)が入ってきた。
「キョン君今すぐ3年前に遡航してください。」
「いやそれが解決法がまだわからないんですが」
「えっとその?とにかく今すぐじゃないとだめなんです。」
なぜ、急ぐ必要があるのだろう、とは言わなかった。朝比奈さんはこう見えても未来人である。今すぐ行く方がいいというならばそうなのだろう。
「わかりました。行きましょう。」
そして、俺は朝比奈さんと時間遡航した。

196:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします。
08/05/25 03:44:43.44 kDnCxOzH0
sien

197:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします。
08/05/25 03:44:53.16 ysxxECr1O
支援

198:涼宮ハルヒの短冊
08/05/25 03:48:45.83 GD8KPnZ00
気づくとそことは夕方の北高だった。制服を着ているのでばれることはないが、一応部外者なので高校の外に出る。
俺と朝比奈さんは行くあてもないので例の公園に向かい、作戦会議を開くこととなった。

「これから何をしましょう。なんかヒントとかは聞いてないんですか」
「いえ、何をするかはキョン君が知っているって聞きましたけど」
「一旦帰って、作戦を立ててからもう一度この時間にくるのはだめなんですか」
「それはできません。」
いったい俺にどうしろというのだ。

まあ文句を言っても始まらない。まじめに解決策を考えよう。
まず、いつハルヒを待ち伏せるかを考えよう。
東中で絵を描き終えた後のハルヒを待ち伏せ、東中と離れた場所で声をかけるか。

いや待て。長門はなんと言った。
「涼宮ハルヒとの接触は23時以降は避けるべき。」
なぜ?
いや理由など考えないでおこう。長門が言うからには間違いない。
とにかく俺は23時までにすべてのミッションを終えなければならないということになる。

199:涼宮ハルヒの短冊
08/05/25 03:49:34.18 GD8KPnZ00
俺が昨日この時間に来たのは確か9時ごろだ。朝比奈さんがそういっていた。遡航してから朝比奈さん(大)と出会い、東中に行くまでに1時間。ハルヒの指示で絵を描いたのも1時間ぐらいはかかっているはずだ。
ということは俺が絵を描き終え、ハルヒと別れたのは11時前後。
確実に11時までに終わらせるにはハルヒが絵を描く前に接触する方が安全だ。

しかし俺はハルヒの家がどこにあるのか知らない。よってハルヒに会うためには東中で待ち伏せるしかない。
いや待て。昨日の俺はもう一人の自分には会っていない。ということは俺は昨日の俺と接触することは避けるべきだ。東中の正門付近で待ち伏せるともう一人の俺に会う可能性がある。危険だ。
どうしたらハルヒに会えるんだ。説得する前に会うこともできんのか。完全にお
手上げである。
そのとき、俺の視界にそいつが入ってきた。ハルヒが公園の前の道路を歩いてい
た。幻覚ではないかと自分を疑うほどのタイミングのよさだ。
俺はとっさに朝比奈さんの手を引きハルヒの後をつけた。

200:涼宮ハルヒの短冊
08/05/25 03:51:46.79 GD8KPnZ00
ハルヒを尾行しながら考える。どうやってハルヒを説得するか。いい案が全く思い浮かばん。俺に発想力や創造力を求めるのが間違っているのさ。いくら考えても埒があかず時間を浪費するだけなので古泉案を採用することにしよう。仕方ない。

ハルヒは見慣れた道を登っていく。
まさかとは思ったが、そのまさかだった。北高が見えてきたのだ。
あいつ、北高になんのようだ。当然ハルヒは当時中学生で北高とは縁もゆかりもないはずである。そんな俺の予想を見事に裏切りハルヒは正門を通りすぎ、北高の裏にある山に入っていく。
そういうことか。昨日ハルヒが同じことをしていたことを思い出す。ハルヒは笹の葉のついた竹を盗みにきたのだ。3年経っても成長していないハルヒであった。
竹を折ろうとするハルヒに声をかけ、、

いや、まて、ダメだ。東中でハルヒと会ったとき俺は初対面だった。ここで声をかけるとつじつまが合わなくなってしまう。

誰か代役を立てる必要がある。一旦元の時間に戻って作戦を立て直すか。
しかし、それだと朝比奈さんが俺を急がせた理由がない。朝比奈さんが時間遡航を急がせたことから考えて、おそらくこの場で解決するのが正解だろう。
となると、代役は朝比奈さんしかいない。朝比奈さんに任せるのはかなり不安だが、それ以外に方法はない。やむを得ん。

201:涼宮ハルヒの短冊
08/05/25 03:56:20.55 GD8KPnZ00
俺は朝比奈さんに作戦を告げる。
朝比奈さんは困惑していたが、腹をくくったようだった。
朝比奈さんがハルヒに近寄る。
「あの。何してるのかな。」
朝比奈さんは優しく微笑んだ。
「誰?」
世界中の人々を和ます笑みを、あろうことかハルヒは不審者を見る目で睨み返している。
朝比奈さんは困惑し答えに困っている。
「私はそのここの高校の生徒よ。」
若干かみ合っていないような気もするが。
「で何の用?」
「わ、私も竹をもらいにきたの。部室に飾ろうと思って」
「ふうん、変わっているわね。」
おまえが言うな。
「あなたも竹を持って帰れるつもりなの?短冊にはなんて書くつもり?」と朝比奈さん。
「なんでそんなこと教えなきゃいけないのよ。」
朝比奈さんは一瞬躊躇して
「私が願い事を書くとしたら『信頼される人になりたい』かな」
「どうして?」
「私の周りにはいろんな人がいて、いろんな事件がおこる。でも、私はみんなの役に立てないの。だから、、、、
私ったら何言ってるのかしら。変なこと言ってごめんね。」

202:涼宮ハルヒの短冊
08/05/25 03:57:35.10 GD8KPnZ00
「短冊にお願いする?そんなことだから信頼される人間になれないのよ。願望は他人にすがっちゃだめよ。自分で切り開くものよ。
私は世界一面白い人生を送ろうと思っているの。でもそれは祈ったり、待っていてもやってこないわ。行動を起こさないと夢は実現しないから。
私は短冊にお願いを書いたりしないわ。『わたしはここにいる』そう書くつもり。織姫と彦星に私の存在を伝えるの。
あんたも、信頼される人になるために努力しなさい。きっと報われるから。」
朝比奈さんはハルヒの話を熱心に聞いていた。どっちが年上かわからんな。
「ありがとう。なんか元気が出てきた。」
朝比奈さんはにっこり笑った。
朝比奈さん?目的を覚えていますよね?俺は不安になる。
「じゃあね。がんばりなさいよ」
ハルヒは帰ろうとする。
「待ってください。」
朝比奈さんは真剣な顔で言う。
「ねえ、知ってる?短冊に願い事を書いても願いはかなわないの。織姫と彦星はとても遠くにいて、短冊は小さいからなかなか見つけてもらえないの。」
みごとにかみ合っていないな
ハルヒは不審そうな顔をする。
「あんた、本当に変わってるわね。もしそうだとしても、大きな短冊を作ればいいじゃない。」
「えーと、その」
朝比奈さんは何一つ反論できなかった。
「まあ、いいわ。あんたのおかげでいいこと思いついたわ。」
ハルヒはニヤっと笑う。
「これ、あげるわ。」
ハルヒは竹を差し出した。朝比奈さんはわけがわからにまま竹を受け取っていた。

203:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします。
08/05/25 03:58:31.77 OZKWP99D0
支援!

204:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします。
08/05/25 03:58:46.03 OZKWP99D0
連続支援!!

205:涼宮ハルヒの短冊
08/05/25 03:59:25.27 GD8KPnZ00
朝比奈さんはハルヒが見えなくなってから、竹藪に隠れる俺のもとに駆け寄った。
「あれでよかったんでしょうか」
「おそらく、大丈夫だと思いますよ。」
朝比奈さんは安堵の表情を浮かべた。

ハルヒの思いついた「いいこと」とは何か。だいたい察しが付く。あいつは短冊の代わりに中学校の校庭に絵を描くつもりだ。
まさか、ハルヒに校庭落書き事件を思いつかせるきっかけを作ったのが俺たちだとは予想もしなかった。
問題は解決した。さあ、帰ろう。

ん、なにかおかしいような。
ハルヒは朝比奈さんとの会話で校庭に落書きすることを思いつく。
校庭に落書きするときジョンスミスと出会う。
このことがきっかけとなり北高に入学しSOS団を立ち上げ、部室に竹を飾る。

おかしい。もし朝比奈さんとの会話がなければハルヒはSOS団に入ることもないし、地球の自転が逆転することもない。
逆に朝比奈さんとの会話によって校庭落書き事件が起こりSOS団ができて地球の自転が逆転することになった。
つまり、朝比奈さんの会話によって間接的だが、地球の自転を逆転させる原因を作ったことになる。

これではダメだ。
ハルヒは完全に見失っている。もうどこにいるかわからない。
どうする?俺たちに残された方法は1つしかない。

東中で絵を描き終えたハルヒを待ち伏せるしかない。
長門の示したデットライン11時までに絵を書き終えてくれるのを願おう。
俺と朝比奈さんは東中に向かった。


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