09/01/17 16:27:43 X1IgrceT0
台湾に戻ったインチェがコーチのことをボロカス言ってますよ
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林英傑は言葉が通じなかった環境での苦労もあった。
来日初登板で5回持たずにKOされて敗戦投手になると、投手コーチはフォームの問題を指摘。
二度目の先発登板の前日、投手コーチは彼をブルペンに入れてフォームを調整させた。
80球を投げたとき、林英傑は不審に思った。「ボクは明日の先発じゃないの?」
しかし彼は日本語が話せなかったので投手コーチに思ったことを伝えることができず、ただ投げ続けるしかなかった。
結局この日、ブルペンでは193球を投げた。もう彼は明日の先発であることなど忘れていた。
翌日、先発した彼は4回まで投げたところで左腕に違和感を感じたが、力を奮って8回まで無失点に抑えた。降板したとき「左腕が腫れ上がって猪の足のようだった」と彼は形容した。
にも関わらず、信じられないことにリリーフ投手が逆転され初勝利は逃げていった。これが彼が日本で最も勝利に近づいた試合だった。
これ以来、彼の肩肘は故障と回復を繰り返し、そのうえ3年間、投手コーチはフォームの修正を絶えず要求した。「二軍、ケガ、リハビリ」これが彼の日本での記憶の大半を占める。
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