08/11/27 01:20:34 nSsezpnm0
(俺が逃げたと分かったら……)
藤原はどうなるだろう。後は気づかれぬよう出て行くだけという段になった
ところで、なぜか急に気になった。最年少の小宮山ほどではないにせよ、
彼は自分のことを信じている。
―お前は俺を裏切らんよな?
昨夜、藤原に問われた一言が思い出される。あの時、深く考えず肯定したという
事実が、今は妙に重く心にのしかかってきた。黙って去るという行為は、藤原に
とって裏切り以外の何物でもないだろう。
(そうなったら、あいつは―)
現時点で一軍の人間と外国人をことごとく信じない藤原だが、逆に二軍の
選手は無条件に信じるようだ。しかし、その二軍の選手で同級生でもある
自分が裏切ったとなれば、藤原が信じる人間のカテゴリーは確実に狭くなる
だろう。結果、彼が敵とみなす―殺そうとする―人間が増えることになる。
―信じてる人間に裏切られたあの人はどうなってしまうんだろうって。
小宮山が口にした懸念は、具体的にはそういうことだ。
(そんなこと言ってる場合やないやろ?)
他人のことまで構っている場合ではない。一番大事なのは、己の命だ。記憶の
中の小宮山に向かって返しているつもりで実は自分自身に言い聞かせて
いた。根拠がなんであれ、藤原は自分を信じている。自分が去れば、藤原の
犠牲となる選手が増える可能性はあっても減ることはないだろう。果たして
このまま逃げてしまっていいものだろうか。
(何を今さら……)
だが、自分は一度生じた迷いを一蹴できるほど思い切りのいい人間ではない。
「くそっ……」
すっかり用意の整った荷物に両手をかけたまま、中谷は動けなかった。
【残り28人】