09/03/29 22:12:53 Wyf1yPPb0
「そろそろ行きませんか」
声をかけるが、矢野からのいらえはない。嘆息し、鳥谷は付け加えた。
「いつまでもここにいたって、仕方がないでしょう」
彼が飛び降りる姿があまりにも鮮明に残っている。
崖の方に視線をやると、今にも銃を構えたまま彼が背中から崖下に落ちる様が再現されそうで、
早くこの場を立ち去りたかった。
覚えているその姿は、どこか誇らしげですらあった。
「矢野さん……」
やはり聞いていないように動かない矢野の横顔を盗み見る。
「残念……でしたね。復讐出来なくて」
おかしな言い方だが、ほっとしたというのが正直なところだ。
今岡が自ら命を絶ったことで、彼が人殺しにならなくて済んだことに、心の底から安堵して
いる自分がいる。
「いいんや……」
「え?」
ようやく返ってきた声は、小さ過ぎて、ともすれば聞き逃してしまいそうだった。
「俺の目的は、あいつやないから……」
握り締められた拳が芝を掴む。
「…………」
「矢野さん……?」
タオルを外し、無言のままその拳を睨みつける矢野を見つめた。その表情の頑なさに、
暗い不安が胸の内を浸食する。
彼の内包する闇の深さを、鳥谷はまだ推し量れずにいた。
【残り27人】