09/03/29 22:07:04 Wyf1yPPb0
>>76
172.今岡誠の選ぶ道
(D-9、D-5、I-5、H-9、F-4―全部で五カ所)
告げられた記号を口の中で必死に復唱する。
前を行く逃亡者を追いかけるのに必死な矢野は、放送など耳に入っていないかも
しれない。
自分が覚えておかなければという使命感に、鳥谷は全力で走りながら全島放送に
耳を傾けていた。
耳を叩く風に邪魔される不快感に舌打ちし、鳥谷敬は脇目もふらずに走り続ける
背番号39の背中を追いかけた。
全力で走り、休みもなく駆け、そして息を切らす。
ああ生きているのだと思う。
生きているからこんなに心臓が脈打つ。
今岡誠にとって、それは生きていることへの感慨ではなく、ただ単なる確認と
認識だった。
生きているとは、心臓が脈打ち、脳が活動し、全身に血液が流動する状態のことだ。
駆け続けたその先に道がないことを悟り、今岡はゆっくりと速度を落とした。
急に止まることは心臓に負担をかける。クールダウンもかねて緩やかになった坂を
ゆっくりと登ると、その先に広がる青い空が迎えてきた。
なぜ逃げ出したりなどしたのだろう。
自分の行動の理由を、今岡はあまりよく理解しないでいた。
ただ怖かったのだ。
運命をちらつかせる彼の足跡が。
(桧山さん―)
死の間際に発した「彼」の遺言の一言一言を、今岡は正確に覚えていた。
鳥谷を見た瞬間、全てを悟った顔で笑った桧山の顔を思い出した。
(これは呪縛か?)
言霊という名の呪縛。
形のないそれは、ただ記憶しているというだけで人を惑わす。