09/06/28 00:00:51 1b15waaF0
十二日 木曜
問。日記には原則として夢のことを書かぬことにしていると云った人があった。吾々の日常生
活も本質的には夜の夢と変りはないとすれば、では何が夢でないと云うのか?
答。貴下がいま急に、寂しい、へんぴな山里へ去らねばならないことになる。みんなと別れ、
世間から忘れられた者として日々を送らねばならない境遇を迎える。当座は、なんという情けない
身の上だろうと思い、夜の眼も合わない。けれども日数は経って、或る朝貴下は思いがけなく空
の青さに目をとめる。その夜ひょっくり興趣ある星の配列に気がつく。なにか新しい価値を発
見した気がすることであろう。吾々とは何時何処にあろうと、多分未来において頷かれ得る或る
深遠な計画下に置かれているのだと感知される瞬間がある。この事実に気がついたなら、そこに
はそこなりの幸福が見出されるということが云える。故に、貴下が更に逆境と不運を招き、たと
いそれが死であったとしても、貴下の心さえ潔らかでありさえすればなお十分に愉しい事には相
違ない。何故なら、この消息のみが不朽の道であって、他の一切の夢である事を貴下は既に知っ
ているであろうからだ。