07/10/20 20:22:01 CFE2DAsd0
>>349
パズラーにおける謎の論理的解明手続きの詭弁性は、アクチュアリティを犠牲にする世界設定を前提とする。
アーティフィシャルに形式体系化されたスタフィックな世界設定、
それを様式美と割り切るか否かは議論が分かれるところであろうが、
冨樫はここでクロニクルな事象経過とゲーデル的自己完結性を踏襲すると見せかけた上で解体し、
ロジックを反自然主義的世界描写に前景化するという(誤解を恐れずに言えば)SF的手法をアクション(=物語のディテクション性)
に導入することで、形式主義的ゲーム空間の自己破壊に至る閉塞性に、ある種の救済を提示しているのである。
こうした試みこそ、常に現実の虚構性を追及し「超虚構性」という想像力による美を提唱した天才・冨樫義博ならではの先見性と言えはしまいか?