07/06/27 01:20:19
>>727を訳してみるテスト(ry
(てけと書き下し)
兄弟(けいてい)共に行遊し、車を驅りて西城に出ず
野田は廣く開闢し、川渠(せんきょ)は互いに相い經る
黍稷(しょしょく)何ぞ鬱鬱たる、流波激して悲聲あり
菱茨(りょうき)は緑水を覆い、芙蓉丹榮を發す
柳は垂れて重蔭を緑にし、我に向ひて池邊を生ず
渚に乘じ長州を望めば、羣鳥讙譁(かんか)して鳴く
萍藻泛濫して浮かび、澹澹として風に隨き傾く
憂いを忘れ共に容與し、此の千秋の情を暢ぶ
(てけと訳)
「兄弟でいっしょに遊びにでて、車を走らせて城の西に来ました。
野や田はひろびろと開けはじまり、川やほりわりが絡みあって流れています。
モチキビとウルシキビがこんもりと茂り、流れは激しく波だって悲しい声をあげます。
ヒシとカヤがあおあおとした水辺に覆いかかり、ハスの花は赤くあざやかに咲いています。
柳がしだれて豊かな深い陰をつくり、池の岸辺で私をさしまねきます。
(砂の)渚に立って長い中州をながめれば、鳥の群れがかまびすしく鳴いています。
浮き草があふれるほど多く浮かびただよい、ゆったりと風にゆられて動きます。
憂いを忘れて、この千年もはるかにのびのびした風情にいっしょにゆったりしましょう」
玄武陂というのは、曹操が対呉戦線の準備のために、208年にギョウに作った
水軍の水練訓練用の人工湖なので、この詩は少なくともそれ以降の作ですよね。
せっかく湖まで作ったのに、赤壁(ry
しかし、曹丕と一緒に池にいった兄弟は誰でしょうねー。仲良しで良いことれすね。
ギョウの西というのは、典論自叙にも
「与族兄子丹猟于鄴西、終日手獲麞鹿九、雉兎三十
(親戚の子丹兄ちゃんとギョウの西まで猟に行って、一日で自分達でノロジカ九頭と兎と雉三十羽をとったよ)」
と書いてあるので、なんか土地が豊かないい眺めのところだったんでしょうねー。
弁当と、おやつにブドウでも持っていって食いたいです。