07/03/10 02:46:27
#あざな
孫権の弟、孫翊のふるい名は儼なのですが、これは孫権が王さまになったので
それを補佐するんだよーという意味の翊にあらためたのでは……と思うですー。
あざなの叔弼さんも、翊に呼応した字(たすけるよ!)ですおね。
魏元帝、曹奐のふるい名は璜で、なぜあらためたのかは自分は知らないのですが、
あざなは景明さんで、こちらも新しい名の奐(ひろくあきらかだよ!)と呼応しているのですおねー。
蜀の韋曜・あざなは公嗣のふるい名は昭ですが、これは新旧どちらの名も似たような意味だし、
そもそもあざなと名があんまり関係ないような……(関係あるのかもですが)。
陸遜のあざなの伯言さんだけ、ふるい名の議と呼応しているので、やっぱりふしぎですー。
遜はへりくだった意味なので、陸康さんちを陸績にかわって治めるようになったときに、
年齢が上だから家を采配してるだけで家長じゃないよ! とあらためたとか、孫権につかえてから
もう各方面にへりくだってへりくだっての連続だったので。・゚・(ノД`)・゚・。、なんかそのへんで
名もあらためたのかなーとか思ったのですが……でもあざなは変えてないってことは、
生きているあいだはずっと議に呼応した伯言というあざなを使ってたのでせうから、
没後に名を変えたのかも……? なんかやっぱりふしぎですー。
甘寧の寧は、浙江省の海岸にある水上交易都市の寧波と関係あるようなないような……とか思ったですw。
あざなの興覇さんは、「水賊のおやぶんだよ!」みたいでおもしろいですが、何か典故があるのかなw。
呂蒙なんかは、あざなは子明さん(あかるいよ!)なので、蒙(くらいよ!)と正反対の意味なのですねー。
>>69さんのとおり、周瑜・あざなは公瑾さんも、諸葛瑾・あざなは子瑜さんも、
典故は同じ春秋左伝宣公十五年の↓瑾瑜なのですおねw。
どんな美しい宝石にもキズはあるんだよーという話なので、周瑜様といえど虫歯や水虫ぐらいあったかも
しれませんし、諸葛瑾のようにすばらしい才能をもった人でも、顔がちょっとロバうわ何をあqwせdrfg