三国時代の文学スレッド3at WARHIS
三国時代の文学スレッド3 - 暇つぶし2ch511:無名武将@お腹せっぷく
07/04/02 18:37:36
博物館やなんかで見られる銅鏡って
大体顔くらいの大きさ(2~30センチ)の丸いのだよね。
投げるにもお手頃

台所のステンレスくらいには映ったんだろうか

512:無名武将@お腹せっぷく
07/04/02 19:56:51
>>511
昔ミュージアムショップで買った銅鏡だとこんぐらい映る。
URLリンク(www.uploda.org)
ちょっと黄色っぽいけど顔見るには支障ない。

513:無名武将@お腹せっぷく
07/04/02 21:02:41
>>511
NHKの歴史番組にも銅鏡が出てたな。重たくて飛べないと思うけど
投げたくなる形だったw

514:無名武将@お腹せっぷく
07/04/03 18:32:56
>>512
結構よく映るもんだな!
しかしこれをぶん投げたら

ごわゎわゎわゎん

と鳴りそうだ

515:無名武将@お腹せっぷく
07/04/04 14:14:43
へぇー…
銅鏡って結構きれいに映るんだ

516:無名武将@お腹せっぷく
07/04/04 16:27:00
画像流れちゃってた…
再うpきぼんぬ

517:無名武将@お腹せっぷく
07/04/04 21:21:55
>>516
再うpしますた。
URLリンク(winplus.or.tp)

518:無名武将@お腹せっぷく
07/04/04 21:43:04
最近このスレを発見してまとめサイトを見るに
陸機の「二本足の猿」を見てびっくりな陸雲宛の手紙の断片があるくだり
「二本足の猿」というのは人間のように「二足歩行」してる猿を発見してびっくり
って事が言いたかったんでしょうか?
それとも前脚を欠いた猿。。とか?って別にびっくりしないか
猿も常には四本足で歩行するんだけど
当たり前に二本足でも歩行できるから別段びっくりするような事ではないと思うんだけど。。

519:無名武将@お腹せっぷく
07/04/05 02:24:53
>>517
ぐっじょぶ

520:無名武将@お腹せっぷく
07/04/06 00:15:34
>>517
(*゚▽゚)b グッジョブ! にぶ~く映るのかと思ってた。見てびっくり。

<燕歌行>二首 其二   
別日何易会日難 別るる日は何ぞ易く会う日は難し
山川悠遠路漫漫 山川悠か遠く路は漫漫たり
鬱陶思君未敢言 鬱陶(むねふさ)がり君を思いて未だ敢えて言わず
寄声浮雲往不歎 声を寄せるも浮雲往きて還らず
涕零雨面毀容顔 涕(なみだ)零(こぼ)れ面に雨(なが)れ容顔を毀つ
誰能懐憂独不歎 誰が能(よ)く憂を懐(いだ)き独(ひと)り歎かざる
展詩清歌聊自寛 詩を展べ清歌し聊(いささ)か自ら寛(ゆる)うす
楽往哀来摧肺肝 楽しみ往き哀しみ来りて肺肝を摧(くだ)く
耿耿伏枕不能眠 耿耿(こうこう)と枕に伏し眠ること能わず
披衣出戸歩東西 衣を披(かず)き戸を出でて東西に歩む
仰看星月観雲間 星月を仰ぎ看(み)て雲間を観(み)る
飛?晨鳴声可憐 飛?(ひそう)晨(あした)に鳴く声憐む可し
留連顧懐不能存 留連して顧み懐(おも)いて存ること能わず

『玉臺新詠』九  『初學記』十五

521:無名武将@お腹せっぷく
07/04/06 00:16:06
[ 口語風味 ]
  
別れる時は極めて簡単だが、会うことは難しい。
山川は遥か遠く、路は果てしなく広い。
君を思い出せば胸塞がる想いだが、口に出しては言えない。
この気持ちを浮雲に託そうと思うが、雲は往ったまま帰ってはこない。
哀しくて涙こぼれ、零れ落ちる涙は表情を変えていく。
この憂いを抱いて誰がよく歎かずにいられよう。
詩を作り歌を唄って気を紛らそうとしても、
楽しみは過ぎ去り哀しみがやって来て、痛いくらい切ない思いがする。
横になっても眠る事が出来ず、衣を羽織って外に出て東西へ歩き回る。
星や月を頂く雲間を見上げると、飛び立つ?(まなづる)の夜明けに
啼く声が悲しく聞こえる。こんな切ない想いを抱える身には、
生き永らえても意味が無いとさえ思う。

522:無名武将@お腹せっぷく
07/04/06 00:51:22
なんかカナシス(´・ω・`)

523:無名武将@お腹せっぷく
07/04/06 01:22:17
>>517
これだけきれいに映るとなるとごまかしきかないなw
曹操の容姿コンプレックスの理由がわかった気がするよ
思ってたよりみんな美意識高そう

524:無名武将@お腹せっぷく
07/04/06 01:27:52
>>523
美意識というより、儒教が蔓延している時代だからな。
惇のような隻眼(というか体の一部がかけている人)は差別されてた時代。

525:無名武将@お腹せっぷく
07/04/06 02:59:12
身体髪膚 これを父母に受く 
敢えて毀傷せざるは考の始めなり

孝経 曾子

526:無名武将@お腹せっぷく
07/04/06 03:17:33
しかし、孔子の高弟である子路(曾子にとっては兄弟子)は、
内乱の中で勇武のものにふさわしい死をとげ、その身を切り刻まれたわけで、
「毀傷せざる」どころの話ではない。
孔子自身も、志士仁人たるものは一身を捨ててでも仁を成し遂げることがある、と説いた。
後の経学儒教では、どうも曾子の言葉だけが重視されたらしいね。

527:無名武将@お腹せっぷく
07/04/06 07:27:25
曹操もブサイクとかじゃなくて
背がちんまいのに悩んでたんだよ!

528:無名武将@お腹せっぷく
07/04/06 07:47:22
普段の軽い言動もあいまって、いわゆる貫禄がなかったんだろうね。

529:無名武将@お腹せっぷく
07/04/06 10:34:05
スレ違い大変失礼しますが、ダメもとでお聞きしたい。

どなたか「扶風県郷士史」についてご存知の方はいらっしゃるまいか?

530:無名武将@お腹せっぷく
07/04/06 10:36:49
間違えた 郷土史 ですたorz

531:無名武将@お腹せっぷく
07/04/06 13:37:08
後漢三国掲示板とかいう所で話題になっているやつか

ググって見たらURLリンク(www.wanfangdata.com.cn)

[5]谭绍裘纂:(光绪)《扶风县乡土志》
と出てくるので、清朝末期の地方志っぽいな
京大とかの漢籍を集中して集めている大学の図書館あたりじゃないと
所蔵しとらんと思う


532:無名武将@お腹せっぷく
07/04/06 20:52:27
はあー…やっぱ一般人には閲覧不可能そうですね。
本文を読んでみたかったのだが、ぐぐっても出てこなかったもんで…

レス㌧ですた。

533:無名武将@お腹せっぷく
07/04/06 21:13:21
>>532
NACSIS Webcat
URLリンク(webcat.nii.ac.jp)
で検索したら、陝西省扶風縣郷土志 / (清)譚紹裘撰 というのが出てきました。
所蔵機関のリストもでるよ。

URLリンク(kensaku.libnet.kulib.kyoto-u.ac.jp)

534:無名武将@お腹せっぷく
07/04/06 23:03:38
皇 南 礼 義 人 天 扶 雪
天 八 重 高 間 下 植 中
上 男 方 便 何 久 綱 松
帝 児 知 覚 独 無 常 柏
眼 終 死 生 伯 龔 在 愈
分 不 甚 堪 夷 勝 此 青
明 屈 軽 捨 清 潔 行 青

535:無名武将@お腹せっぷく
07/04/06 23:15:35
謝枋得っすね。

536:無名武将@お腹せっぷく
07/04/07 12:12:36
>>520
其の二とあったんで、其の一は?と思ったが
まとめサイトを見ると曹丕の燕歌行其の一はすでにあったんだな
去年の九月の書き込みだから、まだ初代スレの頃の話題だな

ついでに僭越ながら誤字と?になっている部分を訂正させてもらうと
寄声浮雲往不歎→寄声浮雲往不還
飛?晨鳴声可憐→飛鶬晨鳴声可憐

537:無名武将@お腹せっぷく
07/04/07 14:34:27
                               __ 
                             ,,ィ `   '``' 、
                           ,. _     ,ィ''         :ヽ
                        ,i,.:' i    .:'           .::`
                     /  !゙ _、/ _;;-=ェ;、        .::i!
                   , '′,/ ,r;;.,i  `tiゝ.::   ,,    .:::::i
                , '":` ,/  ,iY'i    '" .' ::/゙ '''ミ::,  .:::::|
               r′.:  ;'-ーヽi′,'.   i ',," ::/ 'kヮ、 ゜::::::::i
               i  ::. /  :'゙ヽィ    ゙ `ヾi   `'  .:::::::/ もはや自治新党転覆しかない
               |    ゙  ノ i  ''-=ミヽ.       .:/
               l      // 、  ヽミ`、ゞ   :::::::::ソ-
                j      i;;;|  ヽ_   ″   .::::::/ノタl゙
            ,,,,,,、ノ     .ノ;;;i   ヽ,,_ ,゙、::::::::::ノ.イ"
        ,i;;;;;;;;;;;;;;;;;/     ,,i;;;;;;;;|ヽ   .:::::::::::::::: ̄ソ;;;;;`ヽ
       .,,i;;;;;;;;;;;;;;;;;;[     ,/;;;;;;;;;;;;;i ヽ ,,   .::/;";;;;;;;;;;;;;;;;`ヽ,
       ,l;;;;;;;;;;;;;;;;;;;;;;ヽ    i;;;;;;;;;;;;;;;;;;ヽ,,___, '';;;;;;;;;;;;;;;;;;;;;;;;;;;;;;;;;;;;\
      .,i;;;;;;;;;;;;;;;;;;;;;;;;;;;;;\  ノ;;;;;;;;;;;;;;;;;;;;;;;;;;;;;;;;;;;;;;;;;;;;;;;;;;;;;;;;;;;;;;;;;;;;;;;;;;;;;;;;;;ヽ

538:無名武将@お腹せっぷく
07/04/08 22:04:03
ほっしゅ

539:無名武将@お腹せっぷく
07/04/08 22:27:46
>>533
遅れましたが重ねて㌧です

540:1(ry
07/04/09 01:14:52
うお、年度がかわったらびみょうに忙しくなったorz
とりあえず保守しますー(`;ω;´)ゝ

>扶風県郷士史
馬岱スレででてた、馬岱のあざなが伯瞻とかいてあるという本でせうかー。いいなー。
北京の東岳廟に岱瞻門ってあるし、うはwwwww夢がひろがりんぐwwwwwwな説ですw

541:無名武将@お腹せっぷく
07/04/09 01:27:08
>>540
個人的にそっちを採用!と思うんだよなー<伯瞻

542:無名武将@お腹せっぷく
07/04/09 03:28:44
地方志だとそれ以前に作られた地方志を下敷きに増補を重ねていくという
編纂のされかたをすることが多いはずなので、
地方志を所蔵する図書館を利用できる人がいれば
それ以前に作られた扶風県や西安府の地方志を遡って
探して確認してみるのもいいかもね

543:無名武将@お腹せっぷく
07/04/09 10:25:53
馬岱スレ落ちたよ

544:無名武将@お腹せっぷく
07/04/09 21:57:34
世知辛いですなぁ…

545:無名武将@お腹せっぷく
07/04/11 21:43:06
保守

546:無名武将@お腹せっぷく
07/04/12 04:54:48
張勃 呉録地理志
浙江経富陽県前過、江中有沙漲。呉武烈帝為郡吏赴府、郷人餞之、会於沙上。
父老曰、「此沙狭而長、君其為長沙太守乎」
後果如父老之言、因於長沙起兵、為呉始祖、遂名此沙為孫洲。

浙江 富陽県を経て前み過ぎたるに、江中に沙漲有り。呉武烈帝 郡吏と為り
府に赴かんとし、郷人これを餞せんとして、沙上に会す。
父老曰く、「此の沙 狭くして長し、君 其れ長沙太守と為らんか」
後に果して父老の言の如し、因って長沙において起兵し、呉の始祖と為り、
遂に此の沙を名づけて孫洲と為す。

浙江が富陽県を通過して更に流れていくと、川の中に砂が水面よりも堆積している
場所がある。呉の武烈帝(孫堅)が郡の役人となって郡府に赴くことになり、
孫堅の同郷の人々が餞別を行おうと、この中洲に集まった折、父老が言うには
「この(中洲の)砂地は狭くて長い、君はおそらく長沙太守になるだろう」と。
その後、果たして父老の言うとおりになり、そこで(孫堅は)長沙で起兵し、
呉の始祖となり、それによってこの中洲を『孫洲』と呼ぶようになったのである。

547:546
07/04/12 04:57:19
特にこれを投下した意図は無いけど
保守代わりの小ネタということで

548:無名武将@お腹せっぷく
07/04/12 11:01:17
乙!この時期は忙しいねえ・・・

549:546
07/04/13 04:16:58
文学とは全然関係ない保守ネタ
明一統志 巻六十二 荊州府 祠廟
魏武帝廟
在宜都県西南三十里清江南岸。昔有漁人、見朽木逆流、頗類人形、上有曹字、因立廟。

魏武帝廟
宜都県の西南三十里 清江の南岸に在り。昔 漁人有りて、朽木の逆流するを見るに、
頗る人形に類し、上に曹の字有り、因って廟を立つ。

宜都県(湖北省宜都市)の西南三十里、清江(長江の支流)の南岸に在る。
昔、ある漁師が腐った木が(清江を)逆流しているのを目にしたが、
あたかも人間のような形をしており、上に「曹」という文字があった。
そこで(魏武帝)廟を建てた。

こんな所に魏武帝廟とは何のゆかりが、と思ったら
建てられた理由バカスw
明代の地理書の話なので今もあるかどうかはシラネ

550:無名武将@お腹せっぷく
07/04/13 23:23:47
武帝に限る意味もないよなw
文帝とか明帝じゃダメだったんだろうか。
やっぱネ申だからか?

551:無名武将@お腹せっぷく
07/04/14 04:27:06
>>550
きっと木の高さがネ申と同じだっ(ry

関係ないけどTVで「喰いタン2」を目にすると何故か
グルメ皇帝を思い出してしまうので困る。

552:無名武将@お腹せっぷく
07/04/14 10:11:48
なるほど
ちっさい木だったんだね(・∀・)w

553:無名武将@お腹せっぷく
07/04/14 22:48:47
雑談・質問スレから誘導されてきました
曹丕が悪友から麻薬をもらってきたら、司馬懿にそれを捨てられた
という逸話があると聞いたのですが
ご存知の方はいらっしゃいませんか?

554:無名武将@お腹せっぷく
07/04/15 01:09:15
>>553
その逸話は初耳だ…俺も気になるな。

555:無名武将@お腹せっぷく
07/04/15 01:42:10
俺も聞いたことないな
麻薬を憎んでいた司馬懿…そりゃ何晏も殺されるわw

556:無名武将@お腹せっぷく
07/04/15 03:20:26
とりあえず、太平広記の人名索引で曹丕と司馬懿が登場するエピソードを
それぞれ検索してみたが
太平広記にはそういう話は収録されてないっぽい

見落としがあったらスマソ

557:無名武将@お腹せっぷく
07/04/15 06:28:15
一応age!

当時も麻薬ってご法度じゃなかったんだろうか?
その頃の麻薬ってどんなものだったんだろう

558:無名武将@お腹せっぷく
07/04/15 07:13:05
>>557
何晏ちゃんが堂々と流行らせていたから定着していたんじゃないかな。
それに曹丕に麻薬をあげた悪友も誰なのか気になる…
真っ先に呉質が浮かんだけど違うような気がする。

559:無名武将@お腹せっぷく
07/04/15 07:19:25
>>557
ちなみに当時の麻薬のことは文学スレのまとめサイトにあるよ。
URLリンク(www.geocities.jp)

560:無名武将@お腹せっぷく
07/04/15 07:40:58
>>558
自分は夏侯楙が真っ先に浮かんだ。
………根拠はないけど。

561:無名武将@お腹せっぷく
07/04/15 08:20:42
小説か何かのネタな気がするんだけど

562:無名武将@お腹せっぷく
07/04/15 12:44:17
>>553
どこで知ったのか、もう少し細かい内容が分かればいいのだが…

563:無名武将@お腹せっぷく
07/04/15 13:53:51
数字板で出てた質問だね。
最初にその話した奴、同人の小説とか鵜呑みにしたんじゃないのかと思った。

564:無名武将@お腹せっぷく
07/04/15 16:35:36
そんな話をこっちに持ってこないで欲しいズラ

565:無名武将@お腹せっぷく
07/04/15 19:18:37
うーん…結局、逸話でなく作り話だったということなのか?

566:無名武将@お腹せっぷく
07/04/15 19:55:15
だと思うよ。
てかどこかの同人小説で見た気がするわけで・・

567:無名武将@お腹せっぷく
07/04/15 20:05:35
曹否は現実主義者なんでそんなモン興味も示さないし
仲達に取り上げらせるという行動をとるはずもなし

568:無名武将@お腹せっぷく
07/04/15 20:10:36
174 名前: 風と木の名無しさん [sage] 投稿日: 2007/04/10(火) 23:44:03 ID:NvGV3xSR0
>>172
悪友から麻薬を勧められて持って帰ってきたら速攻で司馬懿に捨てられた逸話をどこかで見た


元はこれだな・・・・・
この174の勘違いだったのか、それとも捏造なのか。


勘違いor捏造といや、wikiの張春華の項目、
自殺未遂のきっかけになった司馬懿の暴言
(「老太婆面目可憎,怎麼還勞駕?出來?!」)の意味が、従来に聞いてた内容とかなり違ってたな。
なんなんだ「召使を殺した女が云々」って。

訂正されたみたいだが、ああいうのはホント勘弁してほしい。


569:無名武将@お腹せっぷく
07/04/15 20:25:07
wikiの三国関連の記事はとんでもネタが多いな
演義と正史ごっちゃになってたり個人サイトの考察をぱくったり
しかもそれを信じてる人がいてビビる

570:無名武将@お腹せっぷく
07/04/15 20:39:22
数字板の話持ってくるのはやめてくれ
虫唾が走る

571:無名武将@お腹せっぷく
07/04/15 20:41:16
>>568
なにそれどこのスレ?

572:無名武将@お腹せっぷく
07/04/15 21:02:14
何で数学板で曹丕の話が出るんよw

573:無名武将@お腹せっぷく
07/04/15 21:07:49
腐女子に曹丕好きが多いからだろ

574:無名武将@お腹せっぷく
07/04/15 21:08:32
>>572
数学じゃなくて数字だよ

575:無名武将@お腹せっぷく
07/04/15 22:13:28
見たことの無い曹丕のエピソードにwktkしたのに作り話だったのか…ガッカリ

576:無名武将@お腹せっぷく
07/04/15 22:48:16
俺も数学だと思ってたw

文学はご覧の通り大変盛んだったが
この時代の中国に所謂数学者ってのはいたのだろうか。

577:無名武将@お腹せっぷく
07/04/15 23:15:07
URLリンク(www23.tok2.com)
こんなのとか。
天体の運行を計算するのに数学が発展してたんだろうな。

578:無名武将@お腹せっぷく
07/04/15 23:50:47
>>577
そういや、当時の中国では天文観測で毎年のカレンダーを作っていたらしいな。

579:無名武将@お腹せっぷく
07/04/16 00:03:13
星を見るのって指揮官としては嗜み程度のことだよな
曹洪はかなり算術得意そうw

580:無名武将@お腹せっぷく
07/04/16 05:32:36
>>579
単位に「銭」とか「金」とかがつかないと計算能力が発揮されない予感

581:無名武将@お腹せっぷく
07/04/16 06:40:38
>>580
確かにwwww
曹洪は金が絡むと発揮するタイプだなw

582:無名武将@お腹せっぷく
07/04/16 16:16:54
前スレで『詩品』(鐘嶸)の曹丕評があったので他の人のも。
ちなみに、曹植は上品、曹丕は中品、曹操は下品に分類してある。

●魏陳思王植(上品)
其源出於国風。
骨気奇高、詞采華茂、情兼雅怨、体被文質、粲溢今古、卓爾不群。
嗟乎、陳思之於文章也、譬人倫之有周、孔、鱗羽之有龍鳳、音楽之有琴笙、女工之有黼黻。
俾爾懷鉛吮墨者、抱篇章而景慕、映余暉以自燭。故孔氏之門如用詩、則公幹升堂、思王入室、景陽、潘、陸、自可坐於廊廡之間矣。

●魏武帝魏明帝(下品)
曹公古直、甚有悲涼之句。叡不如丕、亦称三祖。

583:無名武将@お腹せっぷく
07/04/16 16:18:06
『詩品』続き。建安七子編+α。

●魏文学劉楨(上品)
其源出於古詩。
仗気愛奇、動多振絶。真骨凌霜、高風跨俗。但気過其文、雕潤恨少。
然自陳思已下、楨称独歩。

●魏侍中王粲(上品)
其源出於李陵。
発愀愴之詞、文秀而質羸。在曹、劉間、別構一体。方陳思不足、比魏文有余。

●魏白馬王彪魏文学徐幹(下品)
白馬与陳思答贈、偉長与公幹往復、雖曰「以莛叩鐘」、亦能閑雅矣。

※白馬王彪=曹彪(曹丕・曹植の異母弟)

他に何晏や二陸なんかも載ってるけどとりあえず。

584:無名武将@お腹せっぷく
07/04/16 16:44:50
確かに曹操は下品だな 別の意味でw

585:無名武将@お腹せっぷく
07/04/16 20:38:17
曹丕と弟たちだけでサッカーの試合ができるもんな…。

586:無名武将@お腹せっぷく
07/04/16 20:47:24
下品じゃないよ上品な小さいおじさんだよ

587:無名武将@お腹せっぷく
07/04/16 21:09:44
>>585
想像して吹いたww合計25人だしなw

588:無名武将@お腹せっぷく
07/04/16 21:16:30
『詩品』だと、下品は「かひん」て読むのかな。やっぱり「げひん」なんかな。仏教だと「げぼん」と読むけど。

589:無名武将@お腹せっぷく
07/04/16 21:58:08
ぎゃぼー と読みます

590:無名武将@お腹せっぷく
07/04/16 23:04:51
>>589
むきゃーっ ほんとですかー。

591:無名武将@お腹せっぷく
07/04/17 02:18:38
いまいち自分には詩の評価とか格調とか難しいことはわからんが、
詩品の評価を総合すると

曹植>(王粲?)>劉楨>>陸機>(上品と中品の壁)>曹丕>(中品と下品の壁)>
曹操・曹叡・曹彪・徐幹

こんな感じか
意外に劉楨が高評価なんだな

592:無名武将@お腹せっぷく
07/04/17 06:18:47
>>585
余った曹昴は審判ですか。

>>591
やっぱり曹植が一位なのね。

593:無名武将@お腹せっぷく
07/04/17 18:58:11
唐の時代に陸遜の子孫で、詩人の「陸チョウ」という人物がいるらしいですが
誰かご存知の方いらしたら詳細教えてくださいませんか?

594:無名武将@お腹せっぷく
07/04/18 05:44:43
スレとは直接関係ないんだけど
今2ちゃんで流行ってるTシャツメーカー
URLリンク(maker.usoko.net)

試しに文学スレおなじみの曹操、曹丕、曹植、何晏、ニ陸を入れてみたんだけどかなりウケたw
郭嘉、魯粛、荀彧やらの主だった連中も入れてみたんだが絶妙なシャツができたよwww

595:無名武将@お腹せっぷく
07/04/18 06:07:19
>>594
曹操のガリバートンネルひでぇwww

596:無名武将@お腹せっぷく
07/04/19 02:14:12
ガリバートンネルwww
魯粛の悪玉菌とか徐庶の不倫相手との思い出
極めつけは曹丕のI am GAY、しかもエンジェルw

597:無名武将@お腹せっぷく
07/04/19 03:52:47
>>594
曹丕のただならぬ想いってのが気になるぅぅぅwww
何気に曹彰や曹叡もスゴイことになっているww

598:まとめサイト ◆XoQX5vgfQU
07/04/19 17:00:21
URLリンク(www.geocities.jp)
ここまでUP

599:無名武将@お腹せっぷく
07/04/19 18:09:29
>>598
いつもご苦労様です。
最近うpされた燕歌行 其二が曹丕の詩だと今知りました…orz

600:無名武将@お腹せっぷく
07/04/20 11:47:01
詩聖:曹植⇒杜甫
書聖:鍾繇⇒王義之

文化的にも政治的にも見るべき点の無い時代と言われる割に、
後代の発展の雛型は漢末魏初に存在したように思う。

601:無名武将@お腹せっぷく
07/04/22 00:48:07
>>594
今更ながらワロスwwww

602:無名武将@お腹せっぷく
07/04/22 01:47:00
異苑巻三
晋中朝武庫内、封閉甚密、忽有雉雊。時人咸謂為怪。
張司空云、「此必蛇之所化耳」
即使捜庫中、雉側果得蛇蛻。

晋の中朝の武庫内、封閉すること甚だ密なり、忽ち雉の雊(な)く有り。
時人咸(みな)謂いて怪と為す。
張司空云わく、「此必ず蛇の化する所なるのみ」
即(ただ)ちに庫中を捜さしむるに、雉の側に果して蛇の蛻(ぬけがら)を得たり。

晋の朝廷内の武器庫は、非常に厳格に閉ざされていたのだが、
にわかに雉の鳴き声がして、当時の人々は皆、怪異だと思った。
(博学で有名な)司空の張華が言うには、「これは必ず蛇が変わった物に違いない」
すぐさま武器庫の中を捜索させると、雉の側には果たして蛇の抜け殻があった。

603:無名武将@お腹せっぷく
07/04/22 01:48:32
この話を読んで真っ先に思い浮かんだのが
>>121の猿の話
監徒というのがよくわからんが(もしかしたら監獄のようなもの?)
建始殿というからには洛陽の宮中の話だろうと思う

>>518のように二足歩行の猿のどこが怪物?よいう意見もあるが
それなりに厳重な警備が敷かれているはずの首都洛陽の宮中の建始殿や武器庫等を
自由に闊歩する猿(一匹か複数かわからんが)がいたら
「怪物」と呼んでも不思議じゃないんじゃね、とオモタ
むしろ晋の首都の警備が(ry

604:無名武将@お腹せっぷく
07/04/22 14:28:29
(((( ;゚Д゚)))


どうでもいいが張華が一瞬でも張春華に見えたorz

605:無名武将@お腹せっぷく
07/04/23 21:55:14
猿ってのは野性では4足歩行で、よく訓練しないと立って歩かないらしいね。
洛陽じゃ猿の見世物でもあったのか、何で宮中(しかも諸房中にってw)にいたんだとか、
色々とツッコミが入る話だなwww

606:無名武将@お腹せっぷく
07/04/24 02:33:23
武器庫絡みでもう一つ

異苑巻二
晋恵帝元康五年、武庫火、焼漢高祖斬白蛇剣・孔子履・王莽頭等三物。
中書監張茂先懼難作、列兵陳衛、咸見此剣穿屋飛去、莫知所向。

晋 恵帝の元康五年、武庫火(や)き、漢の高祖の白蛇を斬りし剣・
孔子の履(くつ)・王莽頭の等の三物を焼く。
中書監張茂先 難の作(おこ)るを懼れ、兵を列ねて陳衛したるに、
咸(みな)此の剣の屋を穿ちて飛去するを見、向う所を知る莫し。

晋の恵帝の元康五年(295年)に、武器庫が火事になり、
漢の高祖が白蛇を斬った剣・孔子の履いた靴・王莽の首等の三つの財宝を焼失した。
中書監の張茂先(張華)は、(この機に乗じて)反乱が起こるのを懼れて、
軍隊を展開して陣を敷いて警備にあたったが、みな漢の高祖の剣が屋根を貫通して
いずことも無く飛び去っていったのを目撃した。

607:無名武将@お腹せっぷく
07/04/24 02:34:37
武器庫の火災でこの3つの財宝が失われたことは、晋書の五行志にも見える。
晋書自体、志怪小説のような怪しげな記事を載せることもあるので
史実かどうかは確定しがたいが、恵帝紀にも元康五年(閏)十月に武器庫の火災が有り
12月に武器庫を新たに作ったとの記事があるので、武器庫の火災自体は
史実と見てよさそう。

もし3つの財宝も史実なら、歴代の魏の皇帝は王莽の首と対面したことがあるに
違いないなwww
陸機が猿と出会った武器庫は焼失前と再建後と、どっちの可能性も有りそう

なんにせよ晋の都の武器庫は、蛇が雉になったり、猿が出没したり、剣が飛び去ったり
王莽の首があったり、いろいろといわくつきの場所だなw

608:無名武将@お腹せっぷく
07/04/25 12:48:48
火災かぁ…



この時代って白兵戦しかやりようないんだっけ

609:無名武将@お腹せっぷく
07/04/25 17:22:56
王莽頭ってなんだよw ちょん切った首をミイラみたいに干したんかな。
どっかの原住民に、干し首ってのがあったような記憶があるが。

610:無名武将@お腹せっぷく
07/04/25 19:45:07
確か王莽のしゃれこうべが残ってたんだっけ?

611:無名武将@お腹せっぷく
07/04/27 02:12:08
とりあえず保守


612:無名武将@お腹せっぷく
07/04/27 11:11:56
なんかホラーな話に
((((゜д゜;))))

613:無名武将@お腹せっぷく
07/04/28 06:57:24
王莽の首って財宝だったんだ……

614:無名武将@お腹せっぷく
07/04/28 20:23:26
>>536
大変遅ればせながらご指摘ありがとうございます
>>599
作者名入れ忘れです…orz 粗忽者なもので申し訳なく


 <呉趨行>   陸士衡

楚妃且勿歎 齊娥且莫謳  楚妃且(しばら)く嘆ずる勿れ 齊娥且く謳(うた)ふ莫れ
四座竝清聽 聽我歌呉趨  四座よ竝びに清聽し 我が呉趨を歌ふを聽け
呉趨自有始 請従昌門起  呉趨自ら始め有れば 請ふ昌門従り起(はじ)めん
昌門何蛾蛾 飛閣跨通波  昌門何ぞ蛾蛾たる 飛閣通波を跨(わた)る
重欒游承極 回軒啓曲阿  重欒(ちょうらん)游(うか)べる極(はり)を承(う)け 回軒曲がれる阿(のきば)に啓(ひら)く
藹藹慶雲被 冷冷祥風過  藹藹(あいあい)として慶雲は被(おほ)ひ 冷冷として祥風は過ぐ
山澤多蔵育 土風清且嘉  山澤には蔵育多く 土風清らかにして且つ嘉し
泰伯導仁風 仲雍揚其波  泰伯は仁風を導き 仲雍其の波を揚ぐ
穆穆延陵子 灼灼光諸華  穆穆たり延陵子 灼灼として諸華に光(かがや)く
王迹?陽九 帝功興四遐  王迹は陽九に?(やぶ)れ 帝功は四遐(しか)に興る
大皇自富春 矯手頓世羅  大皇富春自(よ)りし 手を矯(あ)げて世羅を頓(ととの)ふ
邦彦應運興 粲若春林葩  邦彦運に應じて興り 粲として春林の葩(はな)の若し
屬城咸有士 呉邑最爲多  屬城には咸(みな)士有るも 呉邑最も多しと爲す
八族未足侈 四姓實名家  八族未だ侈(おご)るに足らず 四姓實に名家たり
文徳熙淳懿 武功侔山河  文徳は淳懿を熙(ひろ)め 武功は山河に侔(ひと)し
禮讓何濟濟 流化自滂沱  禮讓何ぞ濟濟(せいせい)たる 流化自ら滂沱たり
淑美難窮紀 商?爲此歌  淑美紀(しる)すに窮(つく)し難く 商?(しょうかく)して此の歌を爲(つく)る

※昌→門+昌  冷→?+令


615:無名武将@お腹せっぷく
07/04/28 20:58:09
修正しました…orz orz

<呉趨行>   陸士衡

楚妃且勿歎 齊娥且莫謳  楚妃且(しばら)く嘆ずる勿れ 齊娥且く謳(うた)ふ莫れ
四座竝清聽 聽我歌呉趨  四座よ竝びに清聽し 我が呉趨を歌ふを聽け
呉趨自有始 請従閶門起  呉趨自ら始め有れば 請ふ閶門従り起(はじ)めん
閶門何蛾蛾 飛閣跨通波  閶門何ぞ蛾蛾たる 飛閣通波を跨(わた)る
重欒游承極 回軒啓曲阿  重欒(ちょうらん)游(うか)べる極(はり)を承(う)け 回軒曲がれる阿(のきば)に啓(ひら)く
藹藹慶雲被 泠泠祥風過  藹藹(あいあい)として慶雲は被(おほ)ひ 泠泠として祥風は過ぐ
山澤多蔵育 土風清且嘉  山澤には蔵育多く 土風清らかにして且つ嘉し
泰伯導仁風 仲雍揚其波  泰伯は仁風を導き 仲雍其の波を揚ぐ
穆穆延陵子 灼灼光諸華  穆穆たり延陵子 灼灼として諸華に光(かがや)く
王迹隤陽九 帝功興四遐  王迹は陽九に隤(やぶ)れ 帝功は四遐(しか)に興る
大皇自富春 矯手頓世羅  大皇富春自(よ)りし 手を矯(あ)げて世羅を頓(ととの)ふ
邦彦應運興 粲若春林葩  邦彦運に應じて興り 粲として春林の葩(はな)の若し
屬城咸有士 呉邑最爲多  屬城には咸(みな)士有るも 呉邑最も多しと爲す
八族未足侈 四姓實名家  八族未だ侈(おご)るに足らず 四姓實に名家たり
文徳熙淳懿 武功侔山河  文徳は淳懿を熙(ひろ)め 武功は山河に侔(ひと)し
禮讓何濟濟 流化自滂沱  禮讓何ぞ濟濟(せいせい)たる 流化自ら滂沱たり
淑美難窮紀 商搉爲此歌  淑美紀(しる)すに窮(つく)し難く 商搉(しょうかく)して此の歌を爲(つく)る


616:無名武将@お腹せっぷく
07/04/28 21:19:44
乙です
訳きぼん

617:無名武将@お腹せっぷく
07/04/29 14:42:13
<呉趨行> 書き下しっぽいもの
  
楚の樊妃を讃えた<楚妃歎>はしばらく歌わないでほしい
齊の后を吟ずる<齊娥謳>はしばらく歌わないでほしい  
みなさんどうかしっかりと我が歌う<呉趨行>をお聴き下さい  
呉趨には最初に歌うべきものがある まずは閶門から始めよう  
呉王闔閭の建てた門は何と高くそびえ立っているのだろう
高殿は海に通う波の上を渡っているかのようだ
柱の上の曲木は浮かぶ梁を支え 長窓は家屋の角に開いている  
雲はめでたくたなびき天を被い 風もめでたく涼しげに吹きぬけていく
山や澤には芽生え育って行くものが多く
土地の風習は清らかで善いものである
泰伯は仁徳の風化を導き 仲雍はその志を受け継いだ  
威儀多い延陵の季札は 国中にその名を光り輝かせた
漢が陽九の厄災に潰えると 帝王の大業は四方に興る    
賢士は時運に応じて立ち上がった 春の林に粲然と輝く花のように  
縣城にはみな有士がいたが 呉邑が最も多いと思う  
八族未だ奢るに足らず 四姓は実に名家である  
文徳は広く行き渡り 武功は山河の如く永遠である  
礼儀によって遜ることが盛んになり
水が溢れ流れるように徳が行き渡る
呉の優れているところを全て言い尽くすのは至難の業なので
大略を計りこの歌を作った次第である


618:無名武将@お腹せっぷく
07/04/29 16:23:02
三国志で過大過小評価されている武将 七人目
スレリンク(gamehis板)

619:無名武将@お腹せっぷく
07/05/01 09:34:54
むぅ…

620:無名武将@お腹せっぷく
07/05/01 21:14:41
URLリンク(hk.chiculture.net)
後漢から魏にかけての文学に関するサイト(中国語)

621:無名武将@お腹せっぷく
07/05/03 03:54:41
この手のスレはなるべく残っていて欲しいけど
話題のない時はとことんない場合もなきにしもあらず
やっぱり落ち条件の緩い方がいいよな……

622:無名武将@お腹せっぷく
07/05/03 06:29:41
きっと皆、連休で遊んでいるんだよ…たぶん。

623:無名武将@お腹せっぷく
07/05/04 00:43:54
そうか、連休だから




文化史跡を巡ったり
美味しい物を食べたり
バカンスで出かけた先でアヤシイクスリを掴まされたり
してるんだな

624:無名武将@お腹せっぷく
07/05/04 16:39:27
中国の偽ネズミーランドに行ってる奴はおらんか

625:無名武将@お腹せっぷく
07/05/05 00:46:36
西安時代村みたいのできたら面白いんだけどね。
時代村で君も関羽と握手!みたいな。
殷周革命ゾーン、春秋戦国ゾーン、楚漢戦争ゾーン、三国志ゾーン…みたいな感じで
各ゾーンも三国志だったら赤壁ライドから始まりシ水関とか官渡とかだんだん増設され
ていくとか。
やらんかなあ、やらんだろうなあ…。

626:無名武将@お腹せっぷく
07/05/05 01:07:18
三国志城に作ってもらえよ

つか今日のローカルニュースで三国志城のコスプレ大会のこと流しててワロタw

627:無名武将@お腹せっぷく
07/05/05 23:41:09
楽しそうだなぁ

628:無名武将@お腹せっぷく
07/05/06 00:54:21
>>625
是非とも行ってみたいw
普段は頭の中で想像するしかない時代背景を肉眼で見て見たいものだ。

629:無名武将@お腹せっぷく
07/05/06 02:46:06
それは三国志城より燕趙園の方がたぶん実現に近いな…。

630:無名武将@お腹せっぷく
07/05/06 13:17:31
↓これ書いたのここの住人だなw

60 :無名武将@お腹せっぷく :2007/05/05(土) 00:17:22
去年、仕事で許都に行った時、宮殿で紹介されたボスが甘党だった。
彼は何でもうんざりするくらい詔勅を出すのよ、とか。
だから、田舎から持ってきた果物をプレゼントした。  
子桓(実名)、田舎の果物だ。あげるよ。  
うまそうな匂いだな。ありがとう。←皮を剥く。シャクッ  梨だな。シャクッ モグモグ ふーん。
それで、聞きたいことがあるんだが、この蜀錦の衣服素材の、

ふ  ふ、  フォ━(━(━(-( ( (゚ロ゚;) ) )-)━)━) ━ !!!!!
えー何コレ?マジうまくね?いやすげーわ!!シャクッシャクッシャクッ
どこで採れるの?真定?イエローリバーマーケット?
ない?知らない?シャクッシャクッシャクッ  うっわーいいわこれ!シャクッシャクッシャクッ
おおぉぉ!甘い!甘い!シャクッシャクッシャクッ
あーダメ!あーダメ!父上!信じられない!シャクッシャクッシャクッ  
(ここらへんで宮殿の人間が異常を察して集まってくる)
不可!不可!絶対あげないよ(誰もくれと言ってない)シャクッシャクッシャクッ…アハァーーー!  
すばらしい。君の部屋にある梨を全部売ってくれないか?
それは真定から持ってきたんだから、もうないよ。

( ゜д゜ ) ←本当にこんな顔した
田舎に帰ってからも早馬で梨頼まれた。箱単位で。


631:無名武将@お腹せっぷく
07/05/06 14:14:42
真定梨ボスこと子桓(実名)に箱詰めでブツを送った。許都の役所に申請出すのめんどくさかった。
彼から感謝の書簡が来たのでかいつまんで訳す。

 君から真定梨を送ったという知らせを受け取ってから、
 私は宮殿の玄関に座り、道ゆく人々を眺めながら、
 毎日、まるで少年のように早馬が来るのを待った。
 (寒すぎたので翌日から部屋の中へ移動したけど。)
 やがてついに運命の日、一人の男が大きな荷物を抱えてやってきた。
 私は聖餐を受け取るにふさわしい態度で、彼を丁寧に迎えて、握手をし、
 暖めた酒の杯をサービスした。
 そして「ありがとう!良い一日を!」と挨拶を交わして別れた。
 私は記念すべき瞬間に備えて葡萄酒を用意した。
 準備を整えて、わくわくしながら、うやうやしく箱を開けてみれば、
 それは妻が注文した蜀錦生地のセットだった。
 両腕を振り回して窓から飛び降りないようにするのに大変な努力を要した。
 君の荷物はその次の日に届いた。

許都にも神木と言われる梨の木があると聞いたよ。という質問に対して:

 そう、その梨の木は知ってるよ。だがあれを食べるくらいならサトウキビでもかじっていた方が経済的だ。

許都でも冀州系商店で真定梨を売ってるらしい、という情報について:

 すばらしい知らせをありがとう!
 もううるさい役人が君の手を煩わせることのないようにしたい。
 しかし、私が探索行に出かけるには、
 妻から馬車を使う許しが下りるかどうかが問題だ。
 何しろ、今から、彼女が寝所に来たら夫が榻で錦にくるまって
 飲んだくれて眠っていた件について説明しなければならないので。

何やってんだよアンタ…(汗)

632:無名武将@お腹せっぷく
07/05/06 14:28:24
> 両腕を振り回して窓から飛び降りないようにするのに大変な努力を要した。


バロスwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwww

633:無名武将@お腹せっぷく
07/05/06 17:40:14
>>630->>631
ワロタwwwwww殆どこのスレで出てた話題じゃないかwwww
曹丕のことを語っているの誰なんだろう…w

634:無名武将@お腹せっぷく
07/05/06 17:59:43
まさにアメリカンブログおやじ

635:1(ry
07/05/07 13:52:28
>>630-631
テラバロスwwwwwwww

蘇軾先生が周瑜ファンが嵩じて赤壁の周瑜の洞窟というのに探検に行ったと東坡志林にでているんですが、
先月、それが工事で半分埋まってしまったらしいとその近所に住んでいる友人から連絡がorz

636:無名武将@お腹せっぷく
07/05/07 22:09:36
おい中国人!
史跡をもうちょっと大事にしてやってくれよう…

637:無名武将@お腹せっぷく
07/05/08 02:06:24
>>630は俺だ。パクリすまんかった
だが反省はしていない

638:無名武将@お腹せっぷく
07/05/08 02:18:06
>>637
いやいや、GJだよww
どのスレにカキコしたのか気になるがw

639:無名武将@お腹せっぷく
07/05/08 22:16:35
>>638

スレリンク(warhis板)l50

漢王朝末期の様相を呈しているよ

640:無名武将@お腹せっぷく
07/05/09 01:14:58
>>637
GJ。あれ絶対このスレの住人だと思ってたけど。

雑談ついでに、先日流行のお取り寄せってやつで手搾りの葡萄100%のジュースと
(味が濃いのに甘すぎなくてサッパリしてる)
トルファン産の干し葡萄(マスカット色なのだ)を使ったレーズンサンドを食べた。
ちょっと高いけどものすごく美味かった。プチプチ皇帝気分。

鍾会と荀勗に葡萄賦があるから王朝末期には葡萄はたわわに実ってたのかね。

641:無名武将@お腹せっぷく
07/05/09 02:05:13
うまいものを入手すると、「曹丕に食わしてやりてーwwww」と思ってしまうな
今なら初鰹

642:無名武将@お腹せっぷく
07/05/09 05:35:49
>>641
分かる分かるwww
現在、流行っているフルーツを食わせたらどんな反応をするのか知りたいw


曹丕といえば、最近買った中国歴史関係の本の中にある当時の調理方法を
紹介する本文の中に「三世長者にして被服を知り、五世長者にして飲食を知る」
という詔勅を残していることが書かれていたけど訳文のみだったので
百文を知りたいけどうp出来る人がいたらお願いします…

643:無名武将@お腹せっぷく
07/05/09 09:48:38
>>642
その詔勅はもしかすると、
『通俗編』に載っているものでしょうか。
「魏武令曰、三世長者知被服。五世長者知飲食。實此語所由來。」
(『通俗編』巻之二十七 飲食)
白文は多分これで合っているかと。
毎日のように覗かせて貰ってますが、書き込みは初めてです。
住人の皆様、いつも乙であります。

644:無名武将@お腹せっぷく
07/05/09 17:31:38
漢魏六朝百三家集にもあったよ~ん。書というわりには短いけど、百三家集ではこれで全文だた。

與羣臣論被服書
三世長者知被服五世長者知飲食此言被服飲食難曉也夫珍玩必中國夏則?總??其白如雪冬則羅綺?衣疊鮮文未聞衣布服葛也

何となく訓読
羣臣と被服を論ずる書
三世の長者は被服を知り、五世の長者は飲食を知る。此れ被服飲食の曉(さと)り難きを言うなり。
夫れ珍玩必中國。夏は則ち?總??。其の白きこと雪の如し。
冬は則ち羅綺?衣。鮮文を疊(かさ)ぬ。未だ布を衣(き)葛を服すを聞かざるなり。

何となく訳
三世の長者は被服を知っており、五世の長者は飲食を知っている(と言う)。
此れは、被服飲食に通暁することの難しさを行っているのだ。夫れ珍玩必中國。(わかりません)
夏には?總??(色々な絹布)を用いる。その白さは雪のようである。冬には羅綺?衣を用いる。
鮮やかな模様を重ねる。布葛のような粗末な生地を着用するとは聞いたことがない。

博雅の君臣の批正をマツ

645:無名武将@お腹せっぷく
07/05/09 17:33:22
>>644
×博雅の君臣
○博雅の君子
スンマセンw

646:無名武将@お腹せっぷく
07/05/09 17:41:07
連投すいません。白文の文字化け修正、 ()内が一字です。

與羣臣論被服書
三世長者知被服五世長者知飲食此言被服飲食難曉也夫珍玩必中國夏則(糸兼)總(糸肖)(糸惠)其白如雪冬則羅綺(穀の禾の部分が系)衣疊鮮文未聞衣布服葛也

647:642
07/05/10 00:35:22
>>643-644
おおー、㌧です!
調理方法の紹介ページに書かれていたので食べ物絡みとは曹丕らしいなーwと思っていたのですが
当時の衣服についても分かりやすく語っていますね。
最後の「粗末な生地を着用するとは聞いたことがない。」というのが
ブランド品しか腕を通さない曹丕ならばでの詔勅になってますね。

648:無名武将@お腹せっぷく
07/05/10 00:40:18
こんにちは。
荀彧を語るスレの者です。
スレ内で曹操の詩の話題が出まして、
こちらの住人の方々ならご存じかと考えて伺いました。


> 仕合せの少なかったわが過去よ
> 生まれてこのかた、微線で頼るものもなく
> 優しい母のいつくしみも、厳しい父の教えもなかった

> 孤立無援、どん底のわが脳裡に、消えては浮かぶ父の姿
> 一郡の太守になりたいというちっぽけな望みすら、いつかなえられる ことか

> 貧窮と困難にあまんじつつも、いやせぬ傷心は涙の雨となる
> 泣き叫び、悲嘆すれば、活路が見出せるとでも言うのか
> 天よ、父が死んだ瑯邪の山を打ち崩せ


善哉行 という詩の前半部分らしいのですが、
実際にこのような詩はあるのでしょうか。
もしご存じでしたらお教えいただけますと幸いです。

649:無名武将@お腹せっぷく
07/05/10 00:59:48
>>648
善哉行、というと三首ありますが
前半部分とのことなので、これかな? と思います。

善哉行 其二

自惜身薄祜 夙贱罹孤苦
既无三徙教 不闻过庭语
其穷如抽裂 自以思所怙
虽怀一介志 是时其能与
守穷者贫贱 惋叹泪如雨
泣涕于悲夫 乞活安能睹
我愿于天穷 琅邪倾侧左
虽欲竭忠诚 欣公归其楚

快人由为叹 抱情不得叙
显行天教人 谁知莫不绪

我愿何时随 此叹亦难处
今我将何照于光曜 释衔不如雨

いかんせん訳が出来ないので、
合っているのかどうかがよく解りません。
詳しい方お願いします…

650:無名武将@お腹せっぷく
07/05/10 01:07:27
連続投稿すみません。
レイアウトが妙でした……訂正を。

善哉行 其二

自惜身薄祜 夙贱罹孤苦
既无三徙教 不闻过庭语
其穷如抽裂 自以思所怙
虽怀一介志 是时其能与
守穷者贫贱 惋叹泪如雨
泣涕于悲夫 乞活安能睹
我愿于天穷 琅邪倾侧左
虽欲竭忠诚 欣公归其楚
快人由为叹 抱情不得叙
显行天教人 谁知莫不绪
我愿何时随 此叹亦难处
今我将何照于光曜 释衔不如雨


ちなみにこの『善哉行』、
同じ題で曹丕も詩を詠んでいたような…
また後で探してみます。

651:無名武将@お腹せっぷく
07/05/10 11:32:25
横から失礼。文字化けしてるので、リンク貼ります。
URLリンク(www.epochtimes.com)
三徙教というのは孟母三遷で、過庭語というのは孔子が庭に立っているとき
息子の伯魚が通りかかって、詩と礼を学べといった論語の話を踏まえてます。
だから、「優しい母のいつくしみも、厳しい父の教えもなかった」と訳したんでしょうね。

652:無名武将@お腹せっぷく
07/05/10 20:34:24
ということはこれは曹操の実体験ではなくて、
架空のことなのかな?

653:無名武将@お腹せっぷく
07/05/10 21:41:51
貧窮と困難…ってトコとか、曹操個人の体験としてはピンとこないしな。
でも曹操軍閥のことであればばっちりハマる。

ある程度実体験を下敷きにしつつ詩的に誇張してる感じではないかと思う。

本当に親の愛情を受けて育たなかったというより、愛情を与えてくれる両親を失った
絶望感とか寂しさとか、孝行をしたいときには親はなしみたいな感覚とかの誇張とか。

654:無名武将@お腹せっぷく
07/05/12 03:34:00
保守あげ

655:無名武将@お腹せっぷく
07/05/14 14:55:42
いろいろ興味深いな

656:無名武将@お腹せっぷく
07/05/16 01:05:31
外出先だけど保守

657:無名武将@お腹せっぷく
07/05/18 15:32:51
最近は落ちる判定が甘くなったのかな
一応ほっしゅ

658:無名武将@お腹せっぷく
07/05/18 22:05:09
人形劇三国志見てたら、曹丕の服の柄に葡萄があって笑ったw

659:無名武将@お腹せっぷく
07/05/18 22:33:47
やっぱりあれ、葡萄かね?
だとしたら芸が細かいなー

660:無名武将@お腹せっぷく
07/05/19 08:32:06
>>658
製作者の川本喜八郎氏が曹丕の手紙を見ていたぐらいだから
それぞれの人物の特徴を調べて葡萄好きと知ったのかな。
是非見たい……というか当時の服の柄に葡萄柄ってあったのかなw

661:無名武将@お腹せっぷく
07/05/21 02:37:11
保守!

662:無名武将@お腹せっぷく
07/05/21 17:27:53
葡萄柄…あったんじゃないかなぁ??
『葡萄』=蔓を伸ばして繁茂し、房に多くの実と種をつけることから
【子孫繁栄】【多子】を象徴する吉祥…とされてたみたいだから
縁起いいし!ρ(>∀<)



663:無名武将@お腹せっぷく
07/05/21 20:13:22
へえ~葡萄にはそういう意味があったのか

664:無名武将@お腹せっぷく
07/05/21 23:27:04
人形劇のは、葡萄柄ってほどでもない。全体的に見れば花柄(牡丹系?)で、
肩のところに葡萄が一房あるっぽい、だったと思う
もう死んじゃったから確かめられんけど

写真集には出てるんかな?

665:無名武将@お腹せっぷく
07/05/23 02:26:06
保守がてらに小ネタ。
「初志貫徹」の初志の語は曹植の文章が出典。 

666:無名武将@お腹せっぷく
07/05/23 08:20:21
そうなの!?
好きなイディオムだけになんかうれすぃwww

667:無名武将@お腹せっぷく
07/05/23 08:36:59
芸文類聚の巻五十四に原文があったよ。

又黄初六年令曰.身輕於鴻毛.而謗重於泰山.賴蒙帝主天地之仁.違百寮之典議.赦三千之首戻.反我舊居.襲我初服.
雲雨之施.焉有量哉.孤以何功.而納斯?.富而不吝.寵至不驕者.則周公其人也.
孤小人爾.深更以榮為戚.何者.將恐簡易之尤.出於細微.脱爾之愆.一朝復露也.
故欲修吾往業.守吾【初志】.欲使皇帝恩在摩天.使孤心常存入地.將以全陛下厚德.究孤犬馬之年.此難能也.
然固欲行?之難.詩曰.德?如毛.鮮克舉之.此之謂.

668:無名武将@お腹せっぷく
07/05/23 18:46:05
>>665
初志貫徹をググったらこんなのが出たw
URLリンク(www3.airnet.ne.jp)

669:無名武将@お腹せっぷく
07/05/23 22:12:28
>>668
wwwたまらんにゃwww( ´∀`)

670:無名武将@お腹せっぷく
07/05/24 00:28:48
>>624
物凄く小さな遊園地だよ。場所もかなりあれだし、
今度のマスコミの宣伝がなければ地元の人さえ行かないところ。
まあ、だから禁じ手を使ったか。

671:無名武将@お腹せっぷく
07/05/24 08:26:29
>>667
原文Thxです!!(・∀・)**
お心づかいに感謝・感激・雨・霰゚・*:.。.!!

672:無名武将@お腹せっぷく
07/05/25 01:21:33
李白の「蜀道難」既出でなければどなたかお願いできますまいか
自分うpしようと思ったけど力尽きました…



673:無名武将@お腹せっぷく
07/05/26 10:56:11
李白 蜀道難《唐詩参百首七十九》

噫吁戲、危乎高哉!
蜀道之難難於上青天、
蠶叢及魚鳧、開國何茫然!
爾來四萬八千歳、不與秦塞通人煙。
西當太白有鳥道、可以橫絶峨嵋嶺。
地崩山摧壯士死、然後天梯石棧方鉤連。
上有六龍回日之高標、下有衝波逆折之迴川。
黄鶴之飛尚不得過、猿猱欲度愁攀援。
青泥何盤盤、百歩九折縈巖巒。
捫參歴井仰脅息、以手撫膺坐長歎。
問君西遊何時還?、畏途巉巖不可攀。
但見悲鳥號古木、雄飛雌從繞林間。
又聞子規啼、夜月愁空山。
蜀道之難難於上青天、使人聽此凋朱顏。
連峰去天不盈尺、枯松倒掛倚絶壁。
飛湍瀑流爭喧豗、(石+氷)崖轉石萬壑雷。
其險也如此!
嗟爾遠道之人、胡為呼來哉?。
劍閣崢(山+榮)而崔嵬、
一夫當關、萬夫莫開。
所守或匪親、化為狼與豺。
朝避猛虎、夕避長蛇、
磨牙吮血、殺人如麻。
錦城雖云樂、不如早還家。
蜀道之難難於上青天、側身西望長咨嗟!

>>乙!!訳は誰か詳しいお方!まかせたぞo(*・∀・)つ☆

674:無名武将@お腹せっぷく
07/05/28 20:29:24
流れぶっ滾りで失礼しますお。

関公、千里馬を飛ばし、家来の周倉、刀を握って千里を飛ばす。
関公は不憫に思って千里馬を与えようとしたが、見つからない。
日に九百里進む馬を高く買い求め、これを周倉に与えた。

お供の周倉、日に百里、二日で二百里遅れてしまった。
公を見失っては大変、しかし授かった馬を捨てるにも忍びない。
そこで周倉は馬の四つ足を括り、刀の柄に引っ掛け肩に担ぎ、
飛ぶように走って行った。
                (平凡社 歴代笑話選より『笑府』の一部)

675:無名武将@お腹せっぷく
07/05/28 20:43:17
>>674
面白い。落語のネタになりそう。

676:無名武将@お腹せっぷく
07/05/28 20:47:04
しかし周倉は足裏から毛を抜かれると
関羽に追いつけなくなってしまう

677:無名武将@お腹せっぷく
07/05/28 20:58:41
前スレで出てきた張飛(と楊貴妃)の話と同じ出典。
笑府は明代に書かれたもので、演義の流行ぶりが窺えます。
関羽まわりの逸話は探したらもっと見つかるのかもw

678:無名武将@お腹せっぷく
07/05/28 23:56:27
すいません
中国の方で「曹操」という曲を歌っている方がいるのですが、
自分では和文にできませんでした。
知恵をお貸しください。


曹操
作詞:林秋離 作曲:林俊傑

不是英雄 不讀三國
若是英雄 怎麼能不懂寂寞
獨自走下長板坡 月光太溫柔
曹操不囉唆 一心要拿荊州
用陰謀陽謀 明說暗奪淡薄
東漢末年分三國 烽火連天不休
兒女情長 被亂世左右 誰來煮酒
爾虞我詐是三國 說不清對與錯
紛紛擾擾 千百年以後 一切又從頭


679:無名武将@お腹せっぷく
07/05/29 00:02:13
3行目  月光太[嗢のさんずい]柔
5行目  明[ごんべんに上が「八」下に「兄」]暗奪淡薄
8行目  [ごんべんに上が「八」下に「兄」]不清對與錯

です。申し訳ありません。

680:無名武将@お腹せっぷく
07/05/29 06:23:05
>>678

『曹操』、前に自分で訳したことがあるので載せてみます。
中国語全くダメで、英訳してあるサイトを見て訳したので
間違ってるかもしれませんが……


『曹操』

三国志を読まずして、どうして英雄になれようか?
英雄であるならば、どうして孤独を分からずにいられようか?

ひとりで長板坂を駆け降りる 月の光は暖かすぎる
曹操は冗長なことは言っていられず 一心に荊州を欲しがる
陰謀・計略を使って 暗奪を明言し 淡々と向かう

後漢末、中国は三つの国に分かれる
戦火が空に向かい終わりもなく燃え上がる
愛を離さないでいる術もなく 
誰が温かい酒を持ってきてくれようか?
お互いにだまし合う、それが三国志
善し悪しを言うことはできない
乱れきった乱世の千年後 すべてはまた新たにはじまる



681:無名武将@お腹せっぷく
07/05/29 11:58:12
>>673
大変遅ればせながらうp㌧です!

682:無名武将@お腹せっぷく
07/05/29 21:32:58
678です。

>>680さん、訳ありがとうございました!
カラオケでみかけてずっと気になっていたのでモヤモヤが晴れました。
本当に感謝です!


683:無名武将@お腹せっぷく
07/05/29 21:39:21
>>682
『681』殿は李白の件をいってるんじゃないの??
ちがってたらスマソ。。。

684:無名武将@お腹せっぷく
07/05/29 21:50:29
683です…。勘違いヤロウはこの私めでした…(。A 。 )
>>682様、大変なご無礼を・・申し訳ありませんでした。
酔っ払いはもうねます。。。orzorzorz
ほんとにごめんなさい

685:無名武将@お腹せっぷく
07/05/29 23:14:15
歯磨けよ

686:無名武将@お腹せっぷく
07/05/31 00:52:03
兎に角保守。

今月のお買い物。明治書院の新書漢文大系『文選 文章編』
全集からの抜粋版なので書き下しと訳と簡単な解説しかないけど新書サイズ
なので携帯に便利なので購入。

このスレ的には「出師表」「在元城与魏太子牋」(呉質)「与呉質書」(曹丕)
「与呉季重書」(曹植)「為袁紹檄予州」(陳琳)等が入ってます。

花田清輝の『随筆三国志』講談社文芸文庫で復刊。曹丕論と左思論が秀逸。
以前から持っているのがかなりヨロヨロなので購入しました。


687:無名武将@お腹せっぷく
07/05/31 01:12:01
へー
花田清輝、そんな評論書いてたのか
花田好きなので是非買ってみる。楽しみ

688:無名武将@お腹せっぷく
07/05/31 02:46:40
>>686
おおー、情報トンです!本屋へ行ってみます!

689:無名武将@お腹せっぷく
07/05/31 05:08:20
NHKの漢詩紀行、今日は陳琳の『馬に飲かう長城の窟(飲馬長城窟行)』でした。
この番組は曹植とか劉邦とかやってくれるから見逃せないんだよな~

690:無名武将@お腹せっぷく
07/06/03 23:47:55
ミニ情報
PR誌(出版社が無料で作っている情報雑誌)創文社の『創文』5月号に
曹植論「仮構の力─曹植の文学への問い」(大上正美)掲載。




691:無名武将@お腹せっぷく
07/06/06 05:13:50
まだ読んでないけど随筆三国志買ったよー!ついでに保守あげ

692:1(ry
07/06/08 16:42:42
あとちょっとしばらく書き込めないので保守ー

693:無名武将@お腹せっぷく
07/06/09 14:28:55
おお、1さんお久しぶりです。生きていたんですね…

694:無名武将@お腹せっぷく
07/06/09 23:17:36
>>693
パンダ交流史でググると1さんry(カミングアウト済)
三国時代では無いが興味深い…

695:無名武将@お腹せっぷく
07/06/10 01:16:51
そういえば中国古典にでてくる獏(貘)は
パンダのことだという説があったっけ

696:無名武将@お腹せっぷく
07/06/12 21:11:54
苦寒行パンダ説わろす…w

697:無名武将@お腹せっぷく
07/06/12 22:34:02
他の歴史板での愚痴を漏らすスレ
スレリンク(nanminhis板)

698:無名武将@お腹せっぷく
07/06/12 22:58:59
>>696
羆=パンダという解釈はパチ臭いな(w

699:無名武将@お腹せっぷく
07/06/13 02:20:29
保守がてら、パンダ談義でも

《爾雅》釋獣
獏、白豹。
《郭璞注》
似熊小頭痺脚、黒白駁、能舐食銅鐵及竹骨、骨節強直、中實少髄、皮辟濕。
或曰、豹白色者。別名貘。
《邢昞疏》
《字林》云、似熊而白黄、出蜀郡。一曰、白豹。

《説文解字》
貘、似熊而黄黒色。出蜀中。
《段玉栽注》
即諸書所謂食鐵之獣也。見《爾雅》《上林賦・蜀都賦注》《後漢書》。
《爾雅》謂之白豹、《山海經》謂之猛豹。
今四川川東有此獣。薪采攜鐵飯甑入山、毎爲所噛。其歯則奸民用爲偽佛齒。

科学的・生物学的な動物の観察分類など無かった時代の文献なので、
複数の動物のイメージが混ざり合ったり、想像が想像を呼んでたりしそうだが、
少なくとも、獏のモデルとなった動物の一つがパンダであった可能性は高そう。

笹を食う→竹の幹なんかもバリバリ食う→硬い金属や骨も(ry
見たいな感じに勘違いされていったのじゃないだろうか

700:無名武将@お腹せっぷく
07/06/13 04:14:52
>>699
トンです。
やっぱり当時でもあの白黒柄は珍しかったんだろうか。
今のように可愛さにハァハァするような考えじゃなかったのかなw

701:無名武将@お腹せっぷく
07/06/13 07:43:45
曹操なら「あの大きなどうぶつはかわいいのう」とか言い出しそうだけどなw

702:無名武将@お腹せっぷく
07/06/13 07:50:02
漢中にパンダを連れてきたのが劉備の勝因。

703:無名武将@お腹せっぷく
07/06/13 11:03:15
>>701
生け捕りにするのだ!決して殺したり傷つけたりしてはならん!
とか言い出してみんなをパニックのどん底に突き落とすわけですね。

704:無名武将@お腹せっぷく
07/06/14 12:53:35
パンダ保護センターって四川省の臥龍市にあるしな

705:無名武将@お腹せっぷく
07/06/14 15:39:19
>>694
パンダ何処だか見つからない・・・
避難所に貼ってほしす・・。

706:無名武将@お腹せっぷく
07/06/14 18:27:37
昨日の朝の漢詩紀行曹操キタ(゚∀゚)

707:1(ry
07/06/15 00:58:13
>>699
すげえwパンダ鉄たべることになってたのかー……
なんかに呉でタケノコを馳走になった漢の人が国に帰って、
自分でもあれを食おうと竹をかじってみて苦労する話があったから、
竹を常食する動物なんて怪獣みたいに思えたんだろうか……

>>705
自分のでよければ、一応避難所に貼ってみます。orz

708:無名武将@お腹せっぷく
07/06/15 03:24:14
前スレ>>1000
なんという兄妹喧嘩…

709:708
07/06/15 03:25:32
あああああ!!!!
誤爆った!!!すみません…忘れてくださいorz

710:無名武将@お腹せっぷく
07/06/17 02:49:20
保守

711:無名武将@お腹せっぷく
07/06/17 06:13:32
>>709
誤爆を見ると、どんなスレに書き込みたかったのか、ちょっと気になるw

『三国志曼荼羅』(井波律子著 岩波現代文庫)という本を買ってみた。
面白いかな?どうかな?ちょっと期待。

712:無名武将@お腹せっぷく
07/06/19 00:45:45
>>711
もしかしてその人って世説新語か何かの本
書いてなかったかなとかうろ覚えで言ってみる

713:無名武将@お腹せっぷく
07/06/19 01:22:29
井波さんは「物語三国志」を読んで
あまりの孫策大好きさに驚いたことがある。

というか、当時そういう脇役(?)プッシュの本が少なく
呉が好きだったから、驚いだし嬉しかったし、変な気持ちになった

714:708
07/06/19 19:33:48
>>711
今頃なんですが…某カードゲームスレで兄妹喧嘩をしているのは
曹丕と曹節です……

715:無名武将@お腹せっぷく
07/06/21 08:45:10
今朝の漢詩紀行、曹丕だったそうです・・・
見逃しちまったぁぁぁ!!!!ヽ(`Д´)ノウワァァァン

716:無名武将@お腹せっぷく
07/06/21 11:35:34
うっそーん
おれ曹丕ファンなのに、悔しいっ

717:無名武将@お腹せっぷく
07/06/21 13:16:34
建安七子の誰かなら絶対見たい

718:無名武将@お腹せっぷく
07/06/21 15:01:00
漢詩紀行はすでに放送されたものを繰り返し放送しているようだ
残念ながら建安七子はないね

漢詩 三国志の時代(日本語朗読:中村吉右衛門)

  酒に対して まさに歌うべし(曹操) / 蘇子客と舟を浮かべ赤壁の下に遊ぶ(蘇東坡・杜牧) /
  客子は常に人を畏る(曹丕) / 高樹に悲風多く海水はその波を揚ぐ(曹植) /
  流転して 常のところなし(曹植) / 武帝の宮中人去り尽くす(劉庭・岑參) /
  波は空城を打って 寂寞としてかえる(劉禹錫) / 日暮いささか為す 梁甫吟(杜甫) /
  丞相の祠堂 何れの処にか尋ねん(杜甫) /白帝城高くして 暮砧急なり(杜甫)

719:無名武将@お腹せっぷく
07/06/21 15:03:12
ちなみに明日は曹植だって
忘れないように録画しとかないと・・・

720:無名武将@お腹せっぷく
07/06/21 16:20:02
なぬぅ!?明日は曹ちんとな!?今度こそは見逃さんっっ!!

>719 情報㌧!!

721:無名武将@お腹せっぷく
07/06/21 21:26:00
曹丕が兄弟で車に乗って旅に出た、みたいな詩もやっていたはず>漢詩紀行

722:無名武将@お腹せっぷく
07/06/21 21:33:00
>>721
うぅわぁ~それすんげぇ見たい。。。(*´д`*)

723:無名武将@お腹せっぷく
07/06/21 21:33:26
>>711
>『三国志曼荼羅』
俺も読んだ

曹操は女より(優秀な)男が好きだった

の結論に激しくワロタww

724:無名武将@お腹せっぷく
07/06/21 22:10:05
>>718
ググってみたがDVDにもなっているんだね。
値段が高いが…むむむ……

725:無名武将@お腹せっぷく
07/06/21 23:24:10
玄武陂の詩のマターリ度は異常

726:無名武将@お腹せっぷく
07/06/22 04:24:36
>>721
それって確か、「於玄武陂作」とかいう詩…だったかな?

727:無名武将@お腹せっぷく
07/06/22 04:35:55
文学スレッドのログには無いようなので白文をうpしてみます。
訳は誰かお願いします……


「於玄武陂作」 曹子桓

兄弟共行遊
驅車出西城
野田廣開闢
川渠互相經
黍稷何鬱鬱
流波激悲聲
菱茨覆緑水
芙蓉發丹榮
柳垂重蔭緑
向我池邊生
乘渚望長州
羣鳥讙譁鳴
萍藻泛濫浮
澹澹隨風傾
忘憂共容與
暢此千秋情


しかし、一緒に旅をしたという兄弟って一体誰でしょうね?
曹植だったら浪漫があっていいですね。

728:無名武将@お腹せっぷく
07/06/22 04:43:22
>726-727 正にそれでした。
漢詩紀行は、表題作と一緒にもう一作も朗読されるのです。
今日明日の曹植もまず確実にそうでしょうね

729:無名武将@お腹せっぷく
07/06/23 11:53:07
高樹に悲風多く海水はその波を揚ぐ(曹植),は「七歩詩」と放送されてる。
この番組は、中国の風景が見られるので楽しみにしている。


730:1(ry
07/06/27 01:20:19
>>727を訳してみるテスト(ry
(てけと書き下し)
兄弟(けいてい)共に行遊し、車を驅りて西城に出ず
野田は廣く開闢し、川渠(せんきょ)は互いに相い經る
黍稷(しょしょく)何ぞ鬱鬱たる、流波激して悲聲あり
菱茨(りょうき)は緑水を覆い、芙蓉丹榮を發す
柳は垂れて重蔭を緑にし、我に向ひて池邊を生ず
渚に乘じ長州を望めば、羣鳥讙譁(かんか)して鳴く
萍藻泛濫して浮かび、澹澹として風に隨き傾く
憂いを忘れ共に容與し、此の千秋の情を暢ぶ

(てけと訳)
「兄弟でいっしょに遊びにでて、車を走らせて城の西に来ました。
野や田はひろびろと開けはじまり、川やほりわりが絡みあって流れています。
モチキビとウルシキビがこんもりと茂り、流れは激しく波だって悲しい声をあげます。
ヒシとカヤがあおあおとした水辺に覆いかかり、ハスの花は赤くあざやかに咲いています。
柳がしだれて豊かな深い陰をつくり、池の岸辺で私をさしまねきます。
(砂の)渚に立って長い中州をながめれば、鳥の群れがかまびすしく鳴いています。
浮き草があふれるほど多く浮かびただよい、ゆったりと風にゆられて動きます。
憂いを忘れて、この千年もはるかにのびのびした風情にいっしょにゆったりしましょう」

 玄武陂というのは、曹操が対呉戦線の準備のために、208年にギョウに作った
水軍の水練訓練用の人工湖なので、この詩は少なくともそれ以降の作ですよね。
せっかく湖まで作ったのに、赤壁(ry
 しかし、曹丕と一緒に池にいった兄弟は誰でしょうねー。仲良しで良いことれすね。
ギョウの西というのは、典論自叙にも
「与族兄子丹猟于鄴西、終日手獲麞鹿九、雉兎三十
(親戚の子丹兄ちゃんとギョウの西まで猟に行って、一日で自分達でノロジカ九頭と兎と雉三十羽をとったよ)」
と書いてあるので、なんか土地が豊かないい眺めのところだったんでしょうねー。
弁当と、おやつにブドウでも持っていって食いたいです。

731:無名武将@お腹せっぷく
07/06/27 01:39:17
>>1氏復活おめ

菱茨(リョウシ)の茨はテキストによっては芡(ケン)の字になっていて
スイレン科の水草だそうです

そういえば同じく曹丕の「芙蓉池作」の詩の芙蓉池も
ギョウの西にあったんだっけ

732:無名武将@お腹せっぷく
07/06/27 07:00:27
>>730
おお~1さん、訳乙です!
本当にまたーりとした詩ですね~曹丕は兄弟と仲が悪い印象が強いから
旅を共にした相手が余計に気になってしょうがないですw

733:無名武将@お腹せっぷく
07/06/27 19:04:24
幼い弟達の保護者として遠足に付き合ったんじゃないかと思ったが
子供達の世話に追われる状態で作るような詩じゃないなw

734:1(ry
07/06/28 02:44:11
>>731
Thxです、済みませんorz >>730は×菱茨(りょうき)→◎菱茨(りょうし) です。
ほんとだー、中華書局の三曹詩選だと、
「菱芡(qian):菱茭和”鶏;頭”。芡:睡蓮科水草、俗称鶏頭、或鶏頭米」
となっていて、鶏頭米というのは「オニバス(大きな蓮の仲間)の実」みたいですねー。
ぐぐってみたら、蘇州名産で甘いスープに入れて白玉みたいにして食べるらしいです。うまそう。

邯鄲市政府のサイトにギョウの古跡の説明とかがありますた。
URLリンク(www.hd.gov.cn)
いまの臨漳県の西南20kmのところにあるらしい。
写真で見るかぎりでは、わりと乾燥したところみたいですね。
 
邯鄲市の地理と気候
URLリンク(www.hd.gov.cn)

そいで、邯鄲市臨ショウ県の地図と航空写真↓ですが、
URLリンク(maps.google.co.jp)
この左下にあるのがギョウの古跡でせうねー。
URLリンク(maps.google.co.jp)
ちょっとずらしてみると、市政府の説明どおりに河のほとりに街があるので、このどれかが古跡なのかな?
西側の山から東にむかって流れてきた河によってできた、扇状地のような地形のところみたいですね。
URLリンク(maps.google.co.jp)
拡大してみると、お城とかがあるひらけた東側(昔は草原?)に対して、
河をさかのぼって山のほうにいく西側には池や水場みたいなものも多く見えますし、
山のふもとなので、動物とかもいっぱいいたんでしょうねー。
距離も数kmから20km程度でふもとまで行けそうなので、馬ならばすぐですね。
上にあるでかいダムみたいなのはまさか違うでしょうが、小さい池のどれかが玄武陂なんだろうかw。

735:1(ry
07/06/28 03:01:10
臨ショウ県政府のサイトにそのものの写真と説明があったww
「野田廣開闢 、川渠互相經、黍稷何鬱鬱」というのは
↓こういう風景らしいです。バロスww
URLリンク(www.lz.hd.gov.cn)

漳河と麦畑は↓こんな感じらしいです。こっちのほうが近いんじゃ……。
URLリンク(www.lz.hd.gov.cn)
ギョウ城遺址↓はこんな感じ。ウェブって便利だー。
URLリンク(www.lz.hd.gov.cn)

736:無名武将@お腹せっぷく
07/06/28 17:29:03
スレリンク(warhis板:4番)
三戦板復興プラン

3
三国志スレは立てない、立てさせない。
既存の三国志スレもできるだけ追い出し、戦国一色の板を目指す。
三国志には常に無双の影が付きまとい、それが糞スレ発生の温床となっているから一時的に完全除去する必要がある。
三国志を語りたい住民には一時的に中英板へ疎開してもらい、三戦板の情勢安定を待って戻ってもらう。


理解できましたか?
という事で板の糞化の元凶の三国志関連スレッドは中国英雄板に出て行ってください。
これも三戦板のためなんです。お願いします。

中国英雄板
URLリンク(hobby9.2ch.net)

737:無名武将@お腹せっぷく
07/06/28 22:13:42
>>734
>>735
本当にwebって便利ですねー。ちょっと旅をした気分になるw
やっぱりドライブ感覚で行ってきたってとこでしょうか。
当時はもっと綺麗で狩りだけでなく魚釣りも楽しめたんでしょうね。

738:無名武将@お腹せっぷく
07/06/29 05:04:56
杜甫って本当に三国志、っていうか諸葛亮が好きだったんだなー

739:無名武将@お腹せっぷく
07/06/29 10:11:01
>>738
今日の漢詩紀行の感想だとみた

740:無名武将@お腹せっぷく
07/06/29 13:30:40
孔明をうたった詩って杜甫の蜀相のほかにもあるのかな・・?
日本では土井晩翠のあれが有名ですけど

741:無名武将@お腹せっぷく
07/06/29 23:19:41
>>738
誤爆かと思ったw

742:無名武将@お腹せっぷく
07/06/30 01:00:13
産め

743:無名武将@お腹せっぷく
07/06/30 01:06:59
>>742
誤診だと願ったw

744:無名武将@お腹せっぷく
07/06/30 02:37:08
蜀相

丞(蜀)相祠堂何處尋、錦官城外柏森森
映堦碧草自春色、隔葉黄鸝空(多)好音
三顧頻繁(煩)天下計、兩朝開濟老臣心
出師未捷(用)身先死、長使英雄涙滿襟

とりあえずググってみた
URLリンク(www5a.biglobe.ne.jp)

745:無名武将@お腹せっぷく
07/07/02 12:31:43
良スレ

746:無名武将@お腹せっぷく
07/07/04 23:24:44
URLリンク(homepage2.nifty.com)

747:無名武将@お腹せっぷく
07/07/05 02:31:31
曹丕たんがお兄ちゃんのカタキって張繍を虐め殺したとすると
賈クを重用してる理由がわからんな

748:無名武将@お腹せっぷく
07/07/05 04:42:07
曹沖死んだとばっちりで殺された不疑たんカワイソス

749:無名武将@お腹せっぷく
07/07/05 23:51:17
>>747
カタキもなにもないと思う。結果曹操の後継者になれたわけだし。
単に気に入る・入らないの問題じゃねーの?

750:無名武将@お腹せっぷく
07/07/06 00:38:28
>>747
世渡り上手な賈クが曹丕を上手く手助けしたからでは?

751:無名武将@お腹せっぷく
07/07/06 08:05:08
>>747
賈クは部下のつとめとして張繍を補佐しただけと考えて、才に免じて放置したのかと思ってた。


ついでに張繍は曹丕に虐められて死んだんじゃなくて、病死だと思ってた。
勘違いしてたよ……orz

752:無名武将@お腹せっぷく
07/07/06 16:42:46
>>751
おいおい、煽りっぽい文章を真に受けていいのか?

753:無名武将@お腹せっぷく
07/07/06 18:34:42
張繍が自死した云々については正史に挿話があるな。
しかしどれぐらい信憑性があるものなんだろうか?
曹丕は他にも人との不和が記されてるから、そういう奴なんだろうなと思ってる人多そうだけど。

754:無名武将@お腹せっぷく
07/07/06 23:36:06
張繍伝見ると「烏丸討伐の途中で逝去」ってなっていて死因はのってないけど、
注釈の方には

張繍が降伏後にしょっちゅう頼みごとをしてくるのに曹丕がムカついて
「兄ちゃん殺したくせに、なんで平気な顔して俺んとこ来れるんだよ!」って言ったら
ビビッタ張繍が自殺した。

ってな話がのってました。
賈クは単に曹丕がムカつくような事をしなかったってだけじゃないかな?


755:無名武将@お腹せっぷく
07/07/06 23:58:08
賈詡は曹丕が曹操の太子になるのに力を貸したから。

756:1/4
07/07/07 05:30:46
>>746
なんの意図があるのかわからんが、原文うpしとこう

テキストは六臣註文選。
( )内は李善注文選との文字の異同
{ }内は五臣注文選との文字の異同
(×)はその前の文字が李善注文選では存在しないことを示す

爲曹洪與魏文帝書
陳孔璋*

十一月五日、洪白。前初破賊、情侈(奓)意奢、説事頗過其實。得九月二十日書、
讀之喜笑、把玩無猒、亦欲令陳琳作報。琳頃多事、不能得爲。念欲遠以爲歡(懽)、
故自竭老夫之思。辭多不可一二(一)、粗舉大綱、以當談笑。

*…善曰、陳琳集曰、琳爲曹洪與魏文帝牋。
     文帝集序曰、上平定漢中、族父都護還書與余、盛稱彼方土地形勢、
            觀其辭如陳琳所敘爲也。

757:2/4
07/07/07 05:41:20
漢中地形、實有險固、四嶽三塗、皆不及也。彼有精甲數萬、臨高守要、一夫(人)揮戟、
萬人(夫)不得進。而我軍過之、若駭鯨之決細網、奔兕之觸魯縞、未足以喩其易。
雖云王者之師、有征無戰、不義而彊(強)、古人{今}常有。故唐虞之世、蠻夷猾夏、
周宣之盛、亦讎大邦、詩書歎載、言其難也。斯皆憑阻恃遠、故使其然。是以察茲地勢、
謂爲中才處之、殆難倉卒。來命陳彼妖惑之罪、序(叙)王師曠蕩之德、豈不信然。*
是夏殷所以喪,苗扈所以斃、我之所以克、彼之所以敗也。不然、商周何以不敵哉。
昔鬼方聾昧、崇虎{虐}讒凶、殷辛暴虐、三者皆下科也。然高宗有三年之征、
文王有退修(脩)之軍、盟津有再駕之役、然後殪戎勝殷、有此武功焉(×)。
未(焉)有星流景集、飈奮(奪)霆擊、長驅山河、朝至暮捷、若今者也{焉}。
由此觀之、彼固不逮下愚、則中才之守、不然明矣。

*…善曰、文帝答洪書曰、今魯抱凶邪之心、肆蠱蜮之政、天兵神拊、師徒無暴、
      樵牧不臨。
(蠱蜮の蜮の字は、正確には「惑」の心を虫に変えた字。意味も発音も
「蜮」の字と同じ。胡克家の文選考異は「惑」の誤字とする)

758:3/4
07/07/07 05:48:09
在中才則謂不然、而來示乃以爲彼之惡稔、雖有孫田墨氂、猶無所救、竊又疑焉。*
何者、古之用兵、敵國雖亂、尚有賢人、則不伐也。是故三仁未去、武王還師、
宮奇在虞、晉不加戎、季梁{良}猶在、彊(強)楚挫謀、曁至衆賢奔絀、三國爲墟。
明其無道有人、猶可救也。
且夫墨子之守、縈帶爲垣、高不可登、折箸爲械、堅不可入。
若乃距陽平、據石門、攄八陣之列、騁奔牛之權、焉肯土崩魚爛哉。
設令守無巧拙、皆可攀附、則公輸已陵宋城、樂毅已拔即墨矣。
墨翟之術何稱、田單之智何貴、老夫不敏、未之前聞。

*…善曰、文帝答曹洪書曰、今魯罪兼苗桀、惡稔厲莽、縦使宋翟妙機械之巧、
     田單騁奔牛之誑、孫呉勒八陣之變、猶無益也。

759:4/4
07/07/07 05:53:53
蓋聞過高唐者、效(効)王豹之謳、游(遊)睢渙者、學藻繢之綵。間自入益部、
仰司馬楊王之(×)遺風、有子勝斐然之志。故頗奮文辭、異於他日。怪乃輕其家丘、
謂爲倩人、是何言歟。夫綠驥垂耳於坰(林)牧(埛)、鴻雀戢翼於汙池、
褻之者固以爲園囿之凡鳥、外廏之下乘也。及其(×)整蘭筋、揮勁翮、陵厲清浮、
顧眄(盼)千里、豈可謂其借翰於晨風、假足於六駮哉。恐猶未信丘言、必大噱也。
洪白。*

*…善曰、此雖假孔子名而實以空爲戯也。或無丘言二字。

760:無名武将@お腹せっぷく
07/07/07 06:13:24
>756
ちょっと補足。
引用の李善注の「如陳琳所敘爲也。」の「如」の字は、「知」の字誤りだと
胡克家の文選考異にある。

中国語サイトからコピペして修正しただけで、読み込んで無いが
漢中を支配する張魯を破った喜びのなかで書かれた手紙らしく、
作品名に文帝の名があるが、まだ曹丕が帝位につく前の作品。

件のサイトでは、本文中にしつこく代筆では無く、
曹洪本人の自作であると主張していることをネタにしているが、
なんとなく、陳琳も曹洪も曹丕もわかったうえでのお遊びという感じがしないでもない
根拠は無いけど

個人的には、この手紙と李善注に引用された曹丕から曹洪への手紙から伺える
曹丕の「張魯m9(^Д^)プギャー」のし具合が笑えた

761:無名武将@お腹せっぷく
07/07/08 00:04:58
手紙と言えば、孫権が焼くよう指示した陸遜への手紙にはどんな罵りが記されていたのか知りたいなあ。
惜しいな孫権、文才を後世に知らしめる機会だったのに

762:無名武将@お腹せっぷく
07/07/10 02:32:56
たまには日文の話もしてみよう。

『太平記』巻第20「義貞夢想事 附・諸葛孔明事」は、
新田義貞が大蛇に変身して斯波高経を撃退する夢を見る物語。
大蛇と化して地に伏せた義貞を「臥竜」になぞらえ、
陣没した諸葛亮の非運に重ね合わせて凶夢であるとしている。
この物語は蜀漢びいきの立場で劉備の仁・諸葛亮の智を賞賛しているが、
曹操・劉備存命中に五丈原の役が起こるなど
史実とも『平話』『演義』などとも相違する点がある。

江戸時代の洒落本・夢中楽介の『通人三国師』は、
劉備が吉原で料亭を営むところに借金を抱えた孔明が転がり込み、
さらに仲達が押し掛けるが孔明の計略で撃退される、という筋立て。
すでに三国志のパロディ化が行われていた事が判る。

三国志プロパーではないが、万葉集に載った山上億良の「沈痾自哀文」に
華陀が出てくるし、枕草子や徒然草は文選を称賛している。
三国志に取材した川柳・狂歌の類も探せば結構あるはず。

763:無名武将@お腹せっぷく
07/07/10 02:37:43
おもしれーなー
ここみたいに三国オタというか、ネタにして楽しむ層が
そんなに昔からいるんだな。
世界一三国志が好きなのは、ひょっとすると日本人かもしれないな…w

764:無名武将@お腹せっぷく
07/07/10 13:44:50
>>760
その曹丕から曹洪への手紙も気になるw

765:1(ry
07/07/10 22:37:52
そういえば、「知らざあ言って聞かせやしょう」の弁天小僧とかの
歌舞伎の義賊白浪五人男は、韓暹楊奉の白波賊から来てるらしいですw。

766:無名武将@お腹せっぷく
07/07/11 20:33:50
楊奉は美青年だったのかw

767:無名武将@お腹せっぷく
07/07/12 02:15:02
>>760
>わかった上でのお遊び。
そんな感じするね。あれだけ何か浮いているというか雰囲気が違う感じ。

兎に角曹洪のネタの多さは一族中突出していることだけは確かだ。

768:無名武将@お腹せっぷく
07/07/13 02:50:57
>>760
曹洪と曹丕は金のトラブルを起こしているので仲悪いイメージがあったけど
そういうお遊びもする余裕があったのね


最新レス表示
レスジャンプ
類似スレ一覧
スレッドの検索
話題のニュース
おまかせリスト
オプション
しおりを挟む
スレッドに書込
スレッドの一覧
暇つぶし2ch