三国時代の文学スレッド3at WARHIS
三国時代の文学スレッド3 - 暇つぶし2ch49:1(ry
07/03/08 02:39:33
嵆康は黄初四年(223)-景元二年(262)、正始年間の文人で、曹叡たんが病没して
曹芳が即位した239年にはまだ16歳で、司馬師が曹芳を廃位したのは254年で31歳、
39歳で呂安に連座して処刑されているですー。それで、彼は竹林の七賢のひとりで、
奥さんも曹家の人で、思いっきり曹家シンパだったので、この詩にでてくる公子というのは
曹家の皇帝ではないだれかだと思うのですー。誰だろう?w とにかく、曹家のみなさんは、
太祖曹操・高祖曹丕・烈祖曹叡と詩文をよくしたからなのか知らないのですが、
とても文人を大切にする政策をとってくれたのですおね。だから、嵆康みたいな
ヘンクツの隠者めいた人とも、公子みずから遊びにいったりして仲よくしてくれたのですねw。
彼は地位は高かったのですが、清談ばっかしてる人で、哲学を論ずるかたわらで、
謎のくすりをつくってのんだり、鍛冶屋さんのまねごとをしたり、琴をひいたりお酒をのんだりと、
なんつうかリベラル派というかヒッピーというか、J=J.ルソーみたいな人ですおね。
なんか18世期のフランスのごとく、そういう一周したデカダンスがおされとしてはやっていたらしいw。

そういうわけで、この作はクーデター前によまれたもので、友人というのは同じヒッピー仲間の
竹林の七賢の誰かじゃないかな……とか思うのですが、建安から黄初のころの詩文とくらべると、
なんとゴージャスでセレブなおされ文化人の薫りがプンプンではないでせうかw。
孔融の文章を「体気高妙、有過人者。然不能持論、理不勝詞、以至乎雑以嘲戯」と評した曹丕が
これをみたら、ひっくり返るんじゃまいかと思うぐらいですw。
二十世紀前半に苦境のなかでブルースをうたったミュージシャンの人が、
それをルーツとしたロックンロールでくるくる踊る70年代のヒッピーのみなさんをみたら、
おどろいてひっくり返るであろうようなものでせうか……w
「興命公子、携手同車」のところは、おもいっきし曹植たんの↓妾薄命二首其一になぞらえていますね。
URLリンク(www.geocities.jp)
自分はどうしても、嵆康さんとか阮籍さんとかの詩はおされセレブ文化人風にみえますw。


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