07/03/07 01:11:52
まとめさんいつも乙であります(`・ω・´)ゝ
>>18-
#答兄機(陸雲)
これがいつごろの作なのか、上海古籍出版の文選と文津出版社の陸清河集には
かいてないようなので、自分はよくわかりませんですたorz
「南津有絶済、北渚無可梁」というのは、あきらかに長江流域を去って
黄河のほうへいく兄をさしていると思うので、陸機が洛陽にいって
陸雲は呉にとどまる(そいで陸機が黄耳に手紙をたのむ?)という場面だとおもうのですが……orz
もしそうなのだとしたら、陸雲も晋につかえ、ツマヨウジの手紙をかいたりするのはこのあとですおね。
URLリンク(www.geocities.jp)
↑前スレにうpしたところなのですが、世説新語なので本当かどうかよくしらないのですが、
洛陽ではいそがしくて離れて文通していることも多かったのでせうが、
こうして一緒の寮にすんでいたりできたこともあったみたいで、よかったです(*´Д`)
司馬穎のときに兄弟で呉にかえっていれば……うあーんばかばか。・゚・(ノД`)・゚・。
陸雲はこの作で「南津有絶済、北渚無可梁」として、亡国への愛情をうたっていますが、
しかしあるいは呉をすててでも兄についていきたい、という心情をうかがわせるところが、
陸雲らしいなーと(自分は)思うのですー。すごく兄ちゃんが好きだったんだろうな。・゚・(ノД`)・゚・。
>>25,>>28,>>32
URLリンク(p.pita.st) ←わかりづらくてすまんですが、牛車とかはたぶん
こういうふうになっていると思うのですー。自分も「軌は軛のあやまり」「牽牛=ヒコボシ」とするよりも、
「軌」も「牽牛」ももじどおり「わだち」「車をひく牛」として(牽牛は参商と表現だけをかけことばにして)、
「車(陸機)とわだちの跡(陸雲)がべつべつにされる」「車をひく牛が車につながれていない」としたほうが、
とおりがいいかと思ったのですが、よくわからんです……orz。
>>21
平復帖か、ふっ、まかせたまえ。といえればいいのですが、むりぽですorzw
でもぜし読みたいのでうpきぼんですー(0゜・∀・)wktk