07/03/16 01:39:40
>>264
#王粲の公讌詩
Thxです!! 公讌シリーズキタ Y⌒Y⌒Y⌒Y⌒Y⌒Y⌒(。A。)!!
このスレの1スレ目のはじまりも曹植たんの公讌だったのですが、夏の華やかな夜に、粋と贅をこらした
ギョウの宮庭で、みんななかよく酒宴に興じる公讌シリーズが、自分はとてもたいへんに超大好きですw。
URLリンク(www.geocities.jp) ←七哀詩其一でも似たようなことを
かいたような気がするのですがorz、王粲さんは動詞のつかいかたがかっこいいですおね(゚∀゚)。
前半12句の、躍動感あふれる動詞をひとつの句ごとに軸にして、そこに豊かで華やかな詩景がまとわる構成は、
よむひとをワクワクさせて期待感をもりあげてゆき、いやおうなしにギョウの宮殿や景色のすばらしさ、
むせかえるような夏の夜の空気、そのなかのビアガーデン的なw酒宴のたのしさを感じさせますおね。
そしてその暑く濃密な酒宴の詩景のなかで、「常聞詩人語……」にはじまる後半12句の、
王粲が寛大で典雅な主人たる曹氏にささげる朗々たる誦詠が、なんときわだって映えることでせうか!
(王粲さんは、顔はまず(ryにしてもw)
この酒宴は銅雀台でもよおされ、銅雀台ができたのは210年なので、この詩がよまれたのは
210年以降になりますおね。そうすると、曹操が208年の赤壁の戦いをまえにして詠んだとされる
「対酒当歌……周公吐哺、天下帰心」の短歌行はもう詠まれたあとなので、
王粲はさいごの「克符周公業,奕世不可追」は、もちろんそれをふまえて詠んだのですおね。
そして、このさいごのところを「奕世(えきせい)追う可(べ)からざらんことを」とよんで、
そして国号の魏を巍に暗喩させると、かなりイケイケな詩になりますおねーww。
つまり、>>265さんのように、曹操が周公のように天を補佐し、魏が天下治めちゃいなYO! とよめるですw。
>>265さんのとおり、あくまで酒宴の主催者ヨイショなのでせうがw、しかし赤壁の大敗から
数年もたたないのに……とおもうと、往時の曹操の勢いとはいったいどれほどのものであったかと思うですー。
>>267
この句は、曹植たんの『正会詩』の「珍膳雑沓、充溢圓方」とどっちが早いのでせうね。
いずれにしても、たいへんにうまそうでとてもよろこばしーい表現でありますおね(*´Д`)ハァハァ