三国時代の文学スレッド3at WARHIS
三国時代の文学スレッド3 - 暇つぶし2ch131:1(ry 魯迅先生3
07/03/12 01:29:15
>>129-130の適当日本語訳orz)
「……このようなことがいろいろあって曹叡の時代になると、
何晏という人があらわれたために、文章のうえに重大な変化がおこりました。
 何晏は名声がはなはだ大きく、地位もはなはだ高く、また老子と易経の研究がすきでした。
では彼個人はどのような人だったのでしょうか? 現在となってはその様子をしるのははなはだ難しく、
調べがたいことです。彼は曹氏の一派の人だったので、司馬氏は彼をはなはだきらって討ったので、
次代(晋)の記録では何晏についてろくなことが書いていないのです。このために伝説が多くうまれ、
ある人は何晏は瞼におしろいをはたいていたといい、またある人は彼はうまれつき色白だったので、
おしろいはしていなかったと言います。では何晏はおしろいをしていたのか、いなかったのか?
私には知るすべはございません。
 しかし、何晏について二つのことを我々は知ることができます。第一に、彼は空談(清談)が
好きだったので、空談の祖師といわれます。第二に、彼はまた薬をのむことが好きだったので、
薬をのむことの祖師といわれます。このほか、彼はまた論理的な会話が好きでした。
また、身体が丈夫ではなかったので、薬を服用せずにはいられなかったのです。
 彼がのんだ薬はふつうの薬ではなく、「五石散」の名で有名な薬でした。
 この五石散というものは一種の毒薬で、これは何晏がはじめてやりはじめたものです。
漢の時代には、人々はそれをのもうとはせず、何晏はあるいは薬方にすこし改変を加えたのかもしれませんが、
とにかく彼がやりはじめました。五石散の基本は、だいたい石鐘乳、石硫黄、白石英、紫石英、赤石脂の
五つの薬で、ほかにまたべつな種類の薬も入っています。ただ、現在はこまかいことを研究する必要は
ありませんし、私はみなさんもこの薬を飲みたくないとお考えであると思います。


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