07/03/12 01:24:20
>>101
#越の人ははだし
そうなのですー。韓非子の説林上第二十二に、↓こう出ているのですー。
(白文)
「魯人身善織屨、妻善織縞、而欲徙於越。或謂之曰、子必窮矣。魯人曰、何也。
曰、屨為履之也、而越人跣行、縞為冠之也、而越人被髪、以子之所長、游於不用之国、
欲使無窮、其可得乎。」
(適当書き下しorz)
「魯人に身(み)善く屨(くつ)を織り、妻は善く縞を織るに、越に徙(うつ)らんと欲す。
或るひとは之(これ)に謂いて曰く、子(し)は必ず窮(きゅう)せんと。魯人曰く、何ぞ也(や)。
曰く、屨は之を履く為なれど、越人は跣(はだし)で行き、縞は之を冠(かむ)る為なれど、
越人は髪を被(こうむ)るに、以って子の長ずる所の、用いざるの国に游ぶならば、
窮することを無からしめんと欲するも、其れ得る可く乎(かな)。」
(適当訳orz)
「魯の人でくつを織るのがうまく、奥さんは絹を織るのはうまい人がいて、
越の国にひっこそうと思いました。あるひとがこれに「あなたはかならず窮乏するでしょう」と
注意していいました。魯の人は「なぜですか?」といいました。あるひとは、
「くつはこれをはくためにありますが、越の人ははだしで歩いています。絹織物はこれを
冠にするためにありますが、越の人はあたまを髪でおおっているので(冠をかぶっていないので)、
あなたがたの特技が必要のない国へいらっしゃるならば、窮乏しないでいようと思っても、
そうはできないのですよ」といいました。」
これはおおむかしの話なので、三世紀には周瑜さんもはだしではなかったのでしょうがw。