07/03/08 02:53:10
ほしゅんいく
465:無名武将@お腹せっぷく
07/03/08 12:22:53
ジュンイクの妻が宦官唐衡の娘である件について
裴松之は唐衡の死期とジュンイクの年齢の関係を指摘してる
まあこれについては、幼児の時に婚約した、ということなのだろう
曹丕はわざわざ「ジュンイクの父が宦官の権勢を慕い婚姻したのだ」と言ってるが、その後父が大して出世してないので何とも言い難い
むしろ唐衡から縁組の圧力を受けたジュンイク父コンが、「皆成約済でまだ婚約もしてないのはまだ赤子(ジュンイク)ッスよ」とか言って実際の結婚まで時間を稼ぎ、
内心「結婚前に奴が失脚してくれないかな」とか思ってたんじゃないかとも感じる
466:無名武将@お腹せっぷく
07/03/09 02:02:25
ミ・д・ミ
467:無名武将@お腹せっぷく
07/03/09 11:03:14
そんな立場の嫁でも甲斐甲斐しく仕えていれば旦那に愛されるものよ。
468:無名武将@お腹せっぷく
07/03/09 12:28:52
>>467
そうだね
ジュンイクが実際に唐氏と結婚した頃は唐氏の時代ではないだろうし(ただし唐衡が蓄えたであろうから財力はかなりのものがあったかもしれない)、嫁唐氏との関係は想像するしかない
ジュンイクが赤ちゃん時代に婚約したことになるから嫁の方がかなり年上だった可能性もあるし、生まれたばかりの子同士での縁組だったかもしれない
唐氏の権勢と財力をバックにした高慢ちきな奴だったかもしれないし、斜陽の実家を意識し謙虚だったかもしれない
469:無名武将@お腹せっぷく
07/03/10 03:03:32
ミ・д・ミ
470:無名武将@お腹せっぷく
07/03/11 00:17:54
age
471:無名武将@お腹せっぷく
07/03/11 15:58:41
ジュンイクの家族について
父コンは最終官位が済南太守
その程度(といっても二千石は大したものだが)の人物だったのか、それ以上になる前に死んだのかは判別しがたい
(関係ないが済南太守になったのは曹操とどっちが先だろうか)
裴注に引く荀氏家伝によるとジュンイクには兄が四人いて、三人目が衍、四人目がシンとなる
早死にした者がいるにしても、この二人には成人後の事績があるので、ジュンイクが一家の長男でなかったのは間違いない
むしろ宦官の娘を押し付けられるような、一家内ではどうでもいいような存在だったかもしれない
472:無名武将@お腹せっぷく
07/03/11 16:17:06
つまりジュンイクは何もなかったら兄の後塵を拝するしかない立場だった
しかも、宦官の娘を妻にするという(清流派的には)損な役を押し付けられる程度の荀氏内の脇役、端役だったのである
更にジュンイクにとっては不幸なことに、官界では宦官の娘が出世の糸口にも為りうると期待しただろうに、彼が孝廉に挙げられ中央政界に出てみたら宦官は絶滅させられていたのである
郷里に戻る方がマシだと思っても当然かもしれない
473:無名武将@お腹せっぷく
07/03/11 22:09:03
出世の望みもないし白波だの諸侯だのが攻めてくるし長安に遷都する噂はあるし、自分の郷里に兵を出すなんて噂もあるし、といったあたりがジュンイクが官を捨てる理由だろう
混乱する朝廷の中で、活躍するには彼の地位は低すぎた
ここでジュンイクは考える
「董卓が豫州まで兵を出す前に一族や近所の連中を連れて脱出しよう
俺だって荀氏だし一族郎等連れてけば群雄みんな丁重に扱うだろう
どうせ朝廷にいたって出世はできないし、関東諸侯に付こう
鶏口牛後というやつだ」
かくして彼は穎川に戻り、一族を説得して冀州牧韓馥の元を目指すのだった
同郷の彼ならジュンイクを特に重んじることが分かっていたから、彼は喜んだに違いない
474:無名武将@お腹せっぷく
07/03/11 22:22:31
しかし韓馥は袁紹に牧位を奪われていた
袁紹はジュンイクを丁重に扱うが、ジュンイクはまた考える
「袁紹の元には兄貴がいるし、同郷の郭図なんかも幅を利かせてる
そこに入ったら俺はまた脇役人生まっしぐらだ
待てよ、本人の実力には定評があるし、宦官縁故という意味じゃ共通点あるし、曹操に付いたら家臣のトップになれるんじゃね?」
こうしてジュンイクは兄がいる袁紹の元を離れ、敢えて勢力のまだ弱い曹操を選ぶのだった
475:無名武将@お腹せっぷく
07/03/11 22:40:33
そもそも群雄としては駆け出しで弱体、また名士の参画もなかった曹操にしてみれば、ジュンイクが来たことは宣伝効果や豫州人脈の面で天の助けだったに違いない
彼が用意出来る最高の地位に就けるのも当然と言える
ただ最初の時点ではもしかすると曹操も彼の実力や忠誠よりは「隗より始めよ」に期待する気持ちでジュンイクにNo.2を与えたかもしれないが、陳宮が引き起こしたエン州内戦をテイイクらと共に耐え続けたことで、曹操の評価も一気に上がったのだろう
エン州での功績に報い、またその忠誠と能力を見込んで、曹操は皇帝を拉致してきた後に皇帝監視という大役をジュンイクに任せるのだった
476:無名武将@お腹せっぷく
07/03/12 02:55:45
>>475
後漢朝廷を構成する名士との折衝役としても期待してたんじゃないかね
477:無名武将@お腹せっぷく
07/03/12 12:41:40
>>476
それもあるだろうね
朝廷にショウヨウとかジュンイク関係者も少なくなかっただろうし
ただ、皇帝が逃げたり変な動きを見せたりしないようにするための監視という大役は、名士かどうかよりは曹操が全幅の信頼を置けるかどうかが一番の問題(勿論孝廉で挙げられる程度の名士でないといきなり尚書令には就けづらいだろうが)
憶測になるが例えば董昭は忠誠の点で、丁沖は実力の点で曹操の眼鏡に叶わなかったのではなかろうか
(夏侯惇は名士ではないため、テイイクはもう一つの要地エン州を守らなければならないために外れたのだろう)
曹操は皇帝に対する忠誠よりも自分に対する忠誠を優先する人物としてジュンイクを選んだのである
478:無名武将@お腹せっぷく
07/03/12 12:49:50
一つ確認しておきたいのは、
ジュンイクは曹操についた時から全国に名の轟く名士だったわけじゃなく、曹操の元で忠実かつ有能なNo.2を務め、曹操留守を守る尚書令をこなしたからこそ、豊富な人脈を持つ特級の名士になった、ということ
479:無名武将@お腹せっぷく
07/03/12 19:51:30
>>478
何でそんな事分かるの?
480:無名武将@お腹せっぷく
07/03/13 00:28:35
最初の頃はアウトロー気味の人材しか推挙できてなかったからじゃない?
それでも適材を持ってくるあたり流石だが。
481:無名武将@お腹せっぷく
07/03/13 12:39:02
戦略眼と人を見る目は実際優れてたと思うよ
482:無名武将@お腹せっぷく
07/03/13 13:54:40
それでも荀氏自体は名門だよね?
483:無名武将@お腹せっぷく
07/03/13 15:26:59
そりゃまバリバリ現役の三公いたしねぇ
484:無名武将@お腹せっぷく
07/03/13 20:22:53
荀氏はジュンイクの父と兄弟が八龍と称され、一族(ジュンユウの祖や荀爽など)が党錮になるなど、新興の清流派一族であったらしい
ところで俺が気になるのは、ジュンイクの父コンは党錮に連座したのかどうか、だ
例えそれが強制されたのだとしても、宦官と縁組したコン一家は党錮を免れたのではないだろうか?
それは多分清流派の中では評判を落とすことになっただろうが