【瑰姿】荀彧を語るスレ 弐【奇表】at WARHIS
【瑰姿】荀彧を語るスレ 弐【奇表】 - 暇つぶし2ch2:無名武将@お腹せっぷく
06/11/12 00:30:59
語り尽くし気味だったとはいえ前スレ落ちて残念だったよ
また生臭いジュンイクを語るか

3:無名武将@お腹せっぷく
06/11/12 00:56:28
秘本のジュンイクの死に様解釈が一番好きだ
ミステリ作者だからできる想像って感じだけど

4:無名武将@お腹せっぷく
06/11/13 03:24:01
なかなかあがんねーな

5:無名武将@お腹せっぷく
06/11/14 00:54:30
自治に責任をとらせろ

6:無名武将@お腹せっぷく
06/11/14 16:22:38
日本人と三戦自治を敵視する、ぷらっとじゃないんだから。

7:奇矯屋onぷらっと ◆O.K.H.I.T.
06/11/14 22:32:11
はぁ、オレかね。

8:無名武将@お腹せっぷく
06/11/17 08:14:42
うんこまんこちんこ

9:無名武将@お腹せっぷく
06/11/17 08:52:54
ジュンイクは尚書令から三公への昇進を何度も断っている。
政権の中枢にいて権力を握ることに執心していたのだ。

10:無名武将@お腹せっぷく
06/11/17 18:45:32
荀彧を見てると曹操の人材観がわかって面白い。
才能ある人材は自分と同等までのし上がるのを許すが、
その先へは決して上らせないという考え方が垣間見える。

11:無名武将@お腹せっぷく
06/11/18 00:23:25
部下を自分より偉くしないのはおかしいって事か?
なんか変じゃね?

12:無名武将@お腹せっぷく
06/11/18 09:34:19
おかしいと思う。
それは当たり前だろう。

部下を自分より上にって、
宰相の子之に騙されて王位を譲った燕カイ王みたいになれってことか?
殺されたぞ・・

13:無名武将@お腹せっぷく
06/11/18 14:56:22
そういう事が言いたかったんじゃない。
荀彧は郭嘉のように曹操子飼いの軍師じゃなく、
どちらかといえば曹操の政治的協力者だった。
曹操の本来意のままにできない協力者であっても
自分の思い通りに動かなければ殺すという姿勢が顕著に現れてると思っただけだ。

14:無名武将@お腹せっぷく
06/11/18 16:06:18
>>13
とりあえず君は日本語を勉強しよう

15:無名武将@お腹せっぷく
06/11/18 20:17:08
前スレの高度な考察も見る影も無いな

16:無名武将@お腹せっぷく
06/11/18 20:40:12
>>15
でも官渡の頃ジュンニクは伏皇后の密書のことがバレないかとドッキドキ☆←前スレ

17:無名武将@お腹せっぷく
06/11/19 00:49:04
>>16
懐かしいな俺のレスだ
いつ曹操に伏皇后の密書の件がバレて殺されないかと心配しつつ曹操に「官渡から撤退しちゃダメ」とか言ってたのかと思うと面白くてね
もしかして内心では袁紹に負けちゃえばいいのにとか思ってたのかね?

18:無名武将@お腹せっぷく
06/11/19 01:07:01
文若性格悪いなww

19:無名武将@お腹せっぷく
06/11/19 01:21:00
ジュンニクの完璧な計画

1:曹操おだてて袁紹と戦わせる
2:曹操が負ける
3:袁紹を率先して迎え入れる

「袁紹んとこに弟もいるし安泰」とか思ってたら…

20:無名武将@お腹せっぷく
06/11/19 02:33:02
>>19
だったら最初から袁紹に仕えたままでいるんじゃね?
わざわざ袁紹から曹操に寝返る必要ない気がするが。

21:無名武将@お腹せっぷく
06/11/19 03:17:29
それは間者の有効性を知らない者の意見だ。

22:無名武将@お腹せっぷく
06/11/22 14:31:33
だったら官渡で袁紹負けてなくね?
言われてるほどでないにしろ戦力差はあったんでしょ?
プラスそんな深部と内通できてたらもうちょっとあっさり勝てていたような

と袁紹贔屓が言ってみる

23:無名武将@お腹せっぷく
06/11/26 17:11:56
ジュンニクが積極的に袁紹に内通していたとまでは思わない
ただ、彼は曹操が破れても袁紹に鞍換えすればいいと思ってたのではないかということ
その際にはジュンニクは皇帝の身柄を手土産にすれば良いのだし

24:ちょうひ
06/11/26 17:16:29
無双5はいつ発売されるんですふぁ?


25:無名武将@お腹せっぷく
06/11/26 17:24:34
荀彧がすげーやな奴に思えてきたんだがw

26:無名武将@お腹せっぷく
06/11/26 17:37:05
>>25
いや、事実そうだよ。
劉備並に現在一般的なイメージが実像から歪められている人物の一人だろう。
三国志なんかを見る限りでは漢に殉じた清廉な忠臣にはとても思えない。敢えて言うなら王允の同類。
漢の皇帝に対してはカクなんかの方がずっと忠実。

27:無名武将@お腹せっぷく
06/11/26 17:39:03
じゃ最後の引き際は、後世に「荀文若は忠臣でした」と残るようにしたってことなんだろうか。

28:無名武将@お腹せっぷく
06/11/26 17:45:31
三国志より後に成立した後漢書では漢の忠臣扱いなので、晋以降に評価がねじれたことになる。
晋初にジュンニクの子が高い地位に就いているので、そこで父を賞揚するために「失脚した権臣」ではなく「権臣の横暴から漢を守ろうとした忠臣」という宣伝があり、裴松之たちもそれを信じたのだろう。

29:無名武将@お腹せっぷく
06/11/27 11:59:03
結局じゅんにくは何がやりたかったの?

30:無名武将@お腹せっぷく
06/11/27 12:25:02
ジュンイクは地位は高いが実権のない三公に祭り上げられるのを拒否して尚書令にいつづけるという権力志向の人間。
王允がやったように、ゆくゆくは曹操を除いて自分が取って代わろうと考えていたのではなかろうか。
九州制や魏公推戴に反対したのは、曹操の勢力基盤が強固なものになるのを恐れたのだろう。

31:無名武将@お腹せっぷく
06/11/27 15:30:52
荀彧は周恩来の役割をずっと果たしてきたわけだ。



32:無名武将@お腹せっぷく
06/11/27 15:40:49
ジュンイクが曹操助けたのは何で?

33:無名武将@お腹せっぷく
06/11/27 19:32:45
ジュンイク自身の野望という面が強い。
ジュンイクは数千人という一族郎党を率いて戦乱の故郷から逃げていた。
一度は同郷人韓馥の冀州に落ち着くつもりだったが、冀州を袁紹が奪うと冀州でなく曹操の元を選んだ。
袁氏が自らの挙主陰脩を殺したのを嫌ったなどとも言われるが、ジュンイクは曹操に自分のみならず一族ごと投じた。
一度は土地などを捨てたエグゾダスの果てである以上、数千の一族郎党は軍事力や労働力にすぐにも転化できる貴重な存在である。
曹操にとっても貴重だった筈で、ジュンイクが特に尊重されたのはその集団の棟梁だったからでもある。
ジュンイクは曹操に貴重なマンパワーを提供し、曹操はジュンイクを部下ではなく協力者・賓客として丁重に扱う。
曹操が未だ弱小であればこそ、曹操軍閥内では強い発言力を持てる。そういう計算があったのだろう。
同郷ではない上に曹操よりは強い勢力である袁紹についても埋没する可能性があったからな。

34:無名武将@お腹せっぷく
06/11/27 21:14:46
荀彧こぇぇぇぇぇ
てか、この解釈の荀彧ならかなり魅力あるなw
いろいろやりまくった挙げ句に、最後はやっぱり漢に殉じまーすって一生が
首尾一貫してない気がして、今まであんまり好きじゃなかったんだけど

35:無名武将@お腹せっぷく
06/11/27 22:30:18
>>34
俺は自分で前スレから述べてきているような腹黒いジュンイクが好き


ジュンイクの別伝によると、彼は死に臨んで自分が建言した策略等の文書を焼いてしまったという。
後世に遺せないようなえげつない策略、人に言えない事をかなりやってきたという自覚があったのだろう。
(ちなみに王允は自分の悪事が記されるのを恐れて蔡ヨウを殺している。ジュンイクの焼却処分に通じる点が無いでもない)

36:無名武将@お腹せっぷく
06/11/27 23:27:33
腹黒荀彧面白いなw
しかし現代に裴松之がいてこのスレ見たらすごい勢いでファビョりそうだww


37:無名武将@お腹せっぷく
06/11/28 12:22:03
ジュンイクについて少しでも印象悪い記事は「ジュンイクがそんなことするわけねーだろw」と言って切り捨てる裴松之クオリティ

38:無名武将@お腹せっぷく
06/11/28 20:55:37
裴松之といい司馬懿といい

普段あまり人を褒めない奴に褒められているというのがなんだか恐いと思うんだ荀彧は…

39:無名武将@お腹せっぷく
06/11/28 21:43:27
孫盛に較べればはるかに…

40:無名武将@お腹せっぷく
06/11/28 21:50:49
ジュンイクが推挙した人物
司馬懿
皇族を軟禁し権力を独占
鍾ヨウ
部下の魏諷が謀反
孫資
死にかけの曹叡に無理に詔を書かせた

関係深い人物
唐衡
義理の父。宦官で権力をほしいままにした
耿紀
許で隣に住んでいた。吉本の乱の首謀者の一人

41:無名武将@お腹せっぷく
06/11/28 23:10:20
個人的な見解だが、おそらく一般的に言われるような、漢への忠義は荀文若にはなかっただろう。
いろいろ言われているが、とりま影の支配者っぽい腹黒い荀文若が大好きです。

42:無名武将@お腹せっぷく
06/11/28 23:19:24
(操・∀・)<俺って利用されてたのかな

43:無名武将@お腹せっぷく
06/11/29 08:23:59
お互い様だろ

自分にとって利用価値がなくなったとき、王允は排除までは成功したがジュンニクは自分が先に排除された
それだけのこと

44:無名武将@お腹せっぷく
06/11/29 12:10:17
まぬけじゅんにく

45:無名武将@お腹せっぷく
06/11/29 17:10:59
ジュンイクあげ

46:無名武将@お腹せっぷく
06/12/01 08:43:13
ジュンニクは伏皇后の密書を受け取っていたという。
董承のように直接暗殺計画に関わったのかはともかく、知りながら曹操にチンコロしなかったのは曹操から見れば背信行為である。
一緒に処刑されなかったのは許の朝廷の動揺を抑えるためだろう。
(董卓も暗殺計画が発覚しても、裏で関わっていた疑いの強い王允には手を出していない)
袁氏を滅ぼし、強力な外敵が減ってくれば朝廷への気遣いの必要も次第になくなってくる。
そうなれば曹操にとって、自分の忠実な部下とは言えないのに皇帝の傍で詔を司るジュンニクは邪魔者でしかない。
逆にジュンニクは曹操の勢力が強まる程に自分の身は危険になってくる。
九州制や魏公推戴など、曹操の勢力基盤を強化する建議に反対するのも当然だろう。

47:無名武将@お腹せっぷく
06/12/01 22:18:38
なんでいちいち「ジュンニク」なんだろ
普通に荀彧って打ち込めばいいのに

キモすぎてまともにレスする気にもならん

48:無名武将@お腹せっぷく
06/12/01 22:43:05
携帯なのでイクの字を読むこともできなかとです

49:無名武将@お腹せっぷく
06/12/01 22:46:21
イクは書ける

50:無名武将@お腹せっぷく
06/12/01 22:50:36
じゅん…イクぅ~

51:無名武将@お腹せっぷく
06/12/02 10:11:47
じゅんにく じゅんにく

52:無名武将@お腹せっぷく
06/12/02 10:53:16
でも、荀彧からの人材の芋づる式ゲットは
もの凄いものあるよね

荀彧→郭嘉→劉曄→満チョウ→毛カイ
   →鍾ヨウ    →呂虔
   →程イク

これに早世した戯志才とか含まれるんだからネットワークとんでもねぇ

53:無名武将@お腹せっぷく
06/12/02 22:10:40
別のスレで見たんだが、ジュンイクが曹植派と見られるのは何故だろう
ジュンイク生前に彼が曹植を立てようとしたり特に親しくしたりといったことはなかったと思うのだが

54:無名武将@お腹せっぷく
06/12/03 10:34:28
ジュンイクは曹丕派では?

55:無名武将@お腹せっぷく
06/12/03 10:42:22
>>53
息子が曹植派だったからじゃないか?

56:無名武将@お腹せっぷく
06/12/03 20:28:39
>>54
ジュンイク伝だとそうとしか思えないよなあ

>>55
それくらいしかないよな
大体ジュンイク生前って曹植は列侯にもなってないし、後継者派閥が出来るような状況じゃないキガス

57:無名武将@お腹せっぷく
06/12/04 18:00:21
ジュンニク最高。

58:無名武将@お腹せっぷく
06/12/05 08:59:07
たしか曹植が荀彧の誄を書いていたはず…

それだけではなんともいえないけど

59:無名武将@お腹せっぷく
06/12/06 09:12:17
荀彧「にこにこ」

60:無名武将@お腹せっぷく
06/12/06 20:56:11
荀攸のスレはないのか?

61:無名武将@お腹せっぷく
06/12/06 21:00:01
>>60
過疎っとります
魏の名将・良将を語るスレ 其の八
スレリンク(warhis板)

62:無名武将@お腹せっぷく
06/12/06 23:25:09
>>58
確か重臣級で曹植が誄を書いてるのは荀彧に対してだけだと思ったな。
後は家族とか文人仲間。それゆえに曹植とは近いのではという意見をどこかで見た。

ただ周知の通り、荀ウンには姉妹が嫁いでるから、無縁というものではないしね。
パシリに荀コウを使ってたりしてるから一族ぐるみで割と親しかったのかも知れん。
曹操が弱小のときからに人だから曹丕曹植からすると顔見知り度は相当高いと思う。

63:無名武将@お腹せっぷく
06/12/09 00:44:15
荀郁あげ

64:無名武将@お腹せっぷく
06/12/09 06:42:39
荀イクが後継ぎ争いに巻き込まれて死んだ可能性も無きにしもあらずってわけだ。

65:無名武将@お腹せっぷく
06/12/09 07:14:26
荀彧への誄ってどこに載ってる?
曹植の全集とかで探したけど見つからなかった・・・

>64
なんかどんな可能性も「なきにしもあらず」レベルなんだよね。
1800年も前のことだから当然かもしれないけど

結局一番可能性が高いのは漢王朝への忠誠→魏公反対 なんだろうか

66:無名武将@お腹せっぷく
06/12/09 07:20:58
誄わからんね。文学スレで聞いてくる?

67:無名武将@お腹せっぷく
06/12/09 07:28:59
>>65
確かにその説が1番有力だ。しかし、個人的にだが、なんか引っ掛かるんだな。

68:無名武将@お腹せっぷく
06/12/09 12:08:47
今まで散々簒奪視野に入れたような献策してたくせに、
唐突に「漢王朝に忠誠」云々が引っかかる。
年取って保守的になったのか

69:無名武将@お腹せっぷく
06/12/09 20:19:25
>>68
裴松之注によると、彼の時代にはジュンイクが魏の簒奪を助けたと評する者が多かったようだ
実際、三国志を注抜きで読んだら漢の為に動いたようにはとても思えない
ジュンイクが漢に殉じたというのは裴松之の「解釈」がスタートで、演義がそれを踏襲したことで定着した虚像と言うしかない

70:無名武将@お腹せっぷく
06/12/09 21:07:46
でも息子だか孫は司馬氏に積極的に仕えてるんでしょ。
仕事に対する報酬を考えると、「全く仕事をしていない」か「仕事はしたが警戒されていた」かのどちらか。
後者であるならば「司馬氏が突出させるリスク>(強力な与党である)荀氏を起用するデメリット」である以上無理がある。
これは荀氏全体はともかく荀彧個人は曹操の政敵であったと見るべきだろう。
実際曹操一個人の行政処理能力は過大評価気味。政治家としての総合力はトップだろうけどさ。
荀彧が付かなければ単なる器用貧乏の軍団長程度で終わってたかもしれない、と俺は思う。

71:無名武将@お腹せっぷく
06/12/09 21:21:50
>>70
ごめん話の主旨をもうすこしかみくだいてほしい
前半何を言いたいのかよくわからない

72:無名武将@お腹せっぷく
06/12/09 22:14:15
荀勗は魏志の出来に不満だったらしいが、どこが不満だったんだろうな?

73:無名武将@お腹せっぷく
06/12/09 22:14:25
同じく意味わからん
司馬氏が突出させるリスク>(強力な与党である)荀氏を起用するデメリット
???


74:無名武将@お腹せっぷく
06/12/09 22:29:01
荀顗、荀勗らの司馬氏との接近を考えると、
荀彧が曹操と、若しくは荀惲と曹丕が何らかのトラブルがあったと考えるのが自然ではないか?

75:無名武将@お腹せっぷく
06/12/09 22:29:04
>>69
賛成。筆者の見解や政治の動向により、歴史書に記すべき真実が曲げられるのはよくあることだ。
といってもそれはまだ一つの可能性でしかない。
だが、荀文若が根からの「保守派」ではないことは確かだ。

76:無名武将@お腹せっぷく
06/12/09 23:09:01
>>74
俺の環境だと字が見えないんだけど荀イクって書いてあるの?
だとしたらそもそも司馬懿推挙したのって荀イクじゃなかったっけ?
記憶違い?

77:無名武将@お腹せっぷく
06/12/10 00:24:35
>>76
それであってる
荀イクが司馬懿を推挙したのは裴注の「荀彧別伝」に記されてるよ
ただ、晋書の宣帝紀だと推挙した人物が伏せられているので
司馬氏にとっては荀イクの推挙を受けて曹操に仕えたことはあまり
触れ回りたくないことだったのかもしれん

78:無名武将@お腹せっぷく
06/12/10 00:35:52
魏においてはジュンイクはタブーだったかもしれんね
本人は魏公推戴に反対、息子は文帝に嫌われていただからな

79:無名武将@お腹せっぷく
06/12/10 00:45:43
官渡戦時に実はこいつが袁紹と単独で秘密交渉してたら笑えるな。
正直な話、後漢朝さえ守れれば曹氏も袁氏も変わらん訳だし。
実際彼の政治信条は果たされなかった。

80:無名武将@お腹せっぷく
06/12/10 01:08:06
ここで話されるようなブラック荀イクを仮定におくなら
そもそも最終的には自分の傀儡にできる政権が望ましいわけで
漢朝も曹も袁も、最終的にはあんま関係ないような。

81:無名武将@お腹せっぷく
06/12/10 01:08:47
>>65
藝文類聚 第四十五巻

魏陳王曹植光祿大夫荀侯誄曰.
如冰之清. 如玉之絜.
法而不威. 和而不褻.
百寮士庶. 歔欷霑纓.
機女投杼. 農夫輟耕.
輪給輒而不轉. 馬悲鳴而倚衡.

82:無名武将@お腹せっぷく
06/12/10 01:48:25
>>80
傀儡にするのに漢朝ほど有効な存在はないだろう
一存で動かせる軍はおろか衣食住すら不自由するほど
皇帝自身の力は弱まっているのに
それなりの格好を整えてやれば後は尚書令として詔勅を好き勝手できるんだから
これほどおいしい傀儡はいない
曹氏や袁氏を傀儡にしようと思ったら、その子飼いの兵士たちを何とかしないといけないし
そもそも漢王朝ほどの権威が彼らにはない

83:無名武将@お腹せっぷく
06/12/10 10:52:58
>>82
うむ、だから彼にとって最善なのは曹操と袁紹が共倒れになること
曹操が官渡から退くのを叱った裏の理由はそれかもしれん
次善は勝者に従いつつも機を見てその勝者を排除すること

だが実際には曹操は荊州での大敗以降は天下統一よりも自分の勢力を固め簒奪して自分が皇帝になる方向を優先し始めた
そうなってしまったら排除どころではないから、正論を持ち出して魏公推戴に反対したのだろう
また、ジュンイクの隣人耿紀の起こした反乱は、あるいは元々はジュンイクが計画し耿紀を仲間としていたものなのかもしれない。これは憶測でしかないが

84:無名武将@お腹せっぷく
06/12/10 12:14:23
>>74
曹丕と荀ウンのトラブルは極めて個人的なものだとは思う。
荀ウンは夏侯尚と折り合い悪く、曹丕は夏侯尚と仲良し。
ただ、特に害されていたようなこともないから、曹丕にしては
そんなにキツイ当たりはしてないかと。

荀悦(朝廷派)・荀彧(グレーゾーン?)・荀攸(曹操側)が立て続けに物故し、
その後に有力な人物が出なかったのも一族の影響力としてはマイナスだったかなと思う。

この前読んだ『中国的思考』(講談社学術文庫1523 蜂屋邦夫)に王弼と荀粲の記述が
あった。えらく頭がよかったんだなと思ったよ。この二人は奇しくも早世したが生きてたら
何晏側に多少有利だったかもね。

85:無名武将@お腹せっぷく
06/12/10 12:43:06
>74
荀家は名前がJIS第二水準までにない奴大杉だよな
ジュンイクの子供なんかほとんど水準外じゃなかったか?

86:無名武将@お腹せっぷく
06/12/10 12:53:28
権力握りたいだけなら、別の曹操王朝の権力でもいいじゃん
荀彧死後の荀氏の立場も悪すぎて、そんなたいそうな事狙ってる割にへぼすぎるんだが

87:Remy Martin ◆JOKER/qwI.
06/12/10 13:27:13
>>86
だが、魏に仕えていたら尚書令として権力は握れなかったはず。
結果論になるが、魏の建国後には漢代の欠点がそれなりに見直されていて、
それまで尚書台に集中していた権限を分散させるために
少府に属していた中書謁者令を独立させて中書省としている。
その後の尚書台は名目的な存在になっていたから、
権力の温床とするならやはり曹魏ではなくて漢でなければいけなかったと思う。

88:無名武将@お腹せっぷく
06/12/10 15:23:42
>>87
中書謁者令て後漢に存在してたんだっけ?
前漢で一度廃止されたと思ってた


89:無名武将@お腹せっぷく
06/12/10 15:39:32
>>88
そう。漢の中書(謁者令)は前漢に廃止されて機能は尚書に統合されている
魏の中書は丞相参軍の流れを組み、魏国で秘書、禅譲後に中書と改名したもの
機能的には似たようなものではあったかもしれないけどね
劉放伝参照

90:Remy Martin ◆JOKER/qwI.
06/12/10 15:54:28
ああ、そうだったか。すまない。

91:無名武将@お腹せっぷく
06/12/10 17:49:35
URLリンク(www.tactics.ne.jp)

ヘ:::::::::;;: -‐''''""( )1
 ゙、::::::::-‐''""" ̄"'i
  :V;;||:::: '~ニ=ッ, r='|
  i!f !:::::      ゙、i
  i!ゝ!::::     ‐/リ
  i::/:、 :::、  /''ii'V
  ̄ハ:::::\ "''il|バ''
 ショカツリョウ
 諸葛亮 曰く 「荀彧おそるべし・・・」

92:無名武将@お腹せっぷく
06/12/10 18:53:52
ブラックな荀郁は事実なんすか?だとしたら、司馬懿並、若しくは司馬懿以上にブラックですね!
司馬懿同様にファンになりそう

93:無名武将@お腹せっぷく
06/12/10 19:00:23
>>92
永遠に決戦2でもやってろ

94:無名武将@お腹せっぷく
06/12/10 19:03:14
なにっ、ブラックジュンイクだとっ!

95:無名武将@お腹せっぷく
06/12/10 19:07:36
荀郁は後漢紀で使われてる由緒正しい表記だぞ

96:無名武将@お腹せっぷく
06/12/10 19:17:29
>>81
いちおう下しました。
スレリンク(warhis板:760番)

97:無名武将@お腹せっぷく
06/12/10 20:02:08
>>87
ブラック荀文若にとって制度が改革されるのは都合がよくなかったんだな。

98:無名武将@お腹せっぷく
06/12/10 20:49:57
じゅんにくのうぶげ

99:Remy Martin ◆JOKER/qwI.
06/12/10 22:41:04
魏書では荀彧、荀攸、賈詡が一つの伝に纏めてられているけど、これは何に起因するものなんだろうな。
参謀としての実績もあるだろうが、それだと他の有能な参謀(郭嘉、程昱など)と一緒に纏めても良かったように思える。

荀攸と賈詡の共通点といえば、曹操の子飼いとしてだけではなく漢室に対して
功績のあった重鎮であったということで、陳寿も彼らをそれぞれ張良、陳平に比して評している。

陳寿は荀彧にも衷心を見出していたということにはならないだろうか?

100:無名武将@お腹せっぷく
06/12/10 23:41:29
>>99
陳寿の考えは明記されていない以上「絶対にこれ!」と言うのは誰にも言えない
だから貴方の言うのが正しいかもしれない

ただ、評の張良・陳平というのは文脈上「魏にとっての張良・陳平」であって、漢に対しては別に考慮されていないと見てもよいのではないだろうか?
(ジュンイクの王佐も同じ。王=曹操であって漢ではない)
結局は荀攸は魏国、カクは魏王朝の重鎮になるわけだし

101:Remy Martin ◆JOKER/qwI.
06/12/10 23:54:49
まあなぁ。
自分としても、前スレから続いてる考察を見ても、
権力志向と考えるのが現実的ではあると思うんだけど、
一応可能性としての考えを提示してみた。

102:無名武将@お腹せっぷく
06/12/11 13:19:06
じゅんにくのおならくさいくさい

103:無名武将@お腹せっぷく
06/12/11 19:12:43
>>101
このスレで言うブラック文若を支持する俺としても、反論となりうる考えは寧ろ歓迎
そういったものを潰していく作業から新たな知見もあるだろう


しかしアレだね、後漢末期の二つの内乱はいずれもすぐジュンイクとつながるね
妄想の一つもしたくなるね

吉本の乱→首謀者の一人耿紀はジュンイクの隣人。付き合いもあり。(杜畿伝注)
魏諷の乱→魏諷の直属の上司ショウヨウとジュンイクの関係は言うまでもない

104:Remy Martin ◆JOKER/qwI.
06/12/11 19:16:57
>>103
いや、俺としてはその二つの乱は荀彧とは結び付けられないと思う。
吉本に迎合してた顔ぶれを見ても、魏諷に迎合してた顔ぶれを見ても、
魏の中枢にのし上がった家からあぶれた名士層と考えることができる。
だから、この二つの乱の大意は「没落した名士の敗者復活戦」というもので、
黙ってればいわゆる勝ち組になれた荀彧とは関係ないんじゃないのかな。

105:無名武将@お腹せっぷく
06/12/11 19:42:39
ねえ、質問があるんだけど。
仮に荀彧が曹操を排除して政権を握るとすれば、
軍権を持った奴を抱きこまなきゃいけないじゃん。
王允の董卓追い落としの時には呂布って絶好の駒があったけど、
一枚岩の曹操軍団で呂布のように荀彧と繋がりがあって、
なおかつ曹操に不満を持ち、軍を押さえられる実力者っていた?

呂布や張バクを撃退した荀彧なら曹操を本気で切るならそのぐらいの準備すると思うんだが。

106:無名武将@お腹せっぷく
06/12/11 19:47:09
官途で大勝利あげちゃった以降は
本格的な簒奪はあきらめたってのあるんでね?
あれだけ地盤かたまったら子飼いが黙ってないし
自分が実権握ると言うより、
絶対的な権力者がでるのを嫌ったって方向にシフトしたという妄想。

107:無名武将@お腹せっぷく
06/12/11 19:47:22
>>104
最初に断ったように無理のある妄想でしかないのは承知してる

ただジュンイクは黙ってたら勝ち組だったかもしれないが現実に黙ってなかったからね
従容と粛清を受け入れるか反乱などの強硬な手段を取るか曹操に媚を売るか、どれかしかなかったはず
誰より追い詰められている立場だったと思うよ、少なくとも魏公問題あたりからは
黙ってたら負け組一直線

108:隠れ麋竺オタ ◆AQI/vjrPPE
06/12/11 19:53:17
荀彧としては、曹操を切らずに漢朝を存続させようとしていたように思える。
漢の朝廷を安定な状態に保ち、さらに強大な軍権を持つという意味で
曹操陣営は荀彧の志向と全く重なる存在だったからね。
だから、自分が誰かを担いで新政権を立てるのではなく、
あくまで「漢朝を奉戴する曹操陣営」の中で清流豪族としての立ち回りをしたかったのではないかと。

曹操の魏公就任に反対するだけで、特に反駁する行動を取っていないのは
そういうところからくるものじゃないのかな?

109:隠れ麋竺オタ ◆AQI/vjrPPE
06/12/11 19:54:53
>反駁する行動
密書の存在を隠していたというのが反駁にあたるなら
上の書き込みは完全に正しいとは言い難いけど

110:無名武将@お腹せっぷく
06/12/11 22:10:49
>>105
それについては吉本の乱の計画がヒントだと思う

つまり許に駐屯する曹操の兵を奪い、天子を擁して劉備や孫権の力を借りて曹操に対抗するというところだろう
曹操の軍団は一枚岩でも青・徐・司・涼といった諸州は一枚岩とは言い切れない
それらの動揺を誘うことさえ出来れば軍団内の協力者がなくても目が全くないわけでもないのではないだろうか

曹操がジュンイクを殺したのはそんな乱の機先を制したのかも、なんて妄想

111:隠れ麋竺オタ ◆AQI/vjrPPE
06/12/11 22:30:58
>>110
なるほど、荀彧が仮に曹操から離反するならば、
事実それを目論んだ叛乱の計画があったことからもその計画が最も現実性が高いといえる。
(現に、名士のネットワークというのは陳羣と許靖のように勢力の枠を越えて構成されていたし)

そうなると、天子の顧問官という立場柄、吉本らよりも容易に劉協の奉戴が可能だったからといえるけれど
実際にそれを実行に移さなかったところを見ると、やはり推測にしかならないような気もする。
(ただし、とても面白い考え方だと思う)

仮に荀彧がこの計画を実行に移すとして、絶対不可欠な状況があるとしたら
それはどういうものなのか考えてみるのもいいかもしれない。

112:無名武将@お腹せっぷく
06/12/11 22:39:51
>>111
仰る通り、しつこいかもしれないが俺のは妄想なので、推測でしかないのは重々承知

ただ敢えて言わせて貰うなら、実行しなかったというよりは実行よりも曹操の粛清が早かったと評することも出来るんじゃないかな?
ジュンイクが耿紀のような曹操系官僚内の不満分子に声をかけている内に曹操が朝廷工作を済ませてジュンイクをガチで殺しにきてしまい、叛乱する隙も無かった、と
で、計画の骨子は密かに耿紀らに引き継がれた…


なんてね

113:隠れ麋竺オタ ◆AQI/vjrPPE
06/12/11 22:45:18
>>112
いや、理に合った考え方だし、自分はそんなこと思いつきもしなかったので
目から鱗が落ちたような印象も受けた。

荀彧がそれをやるとしたら、もはや曹氏政権に癒着している同胞(有力清流名士)と
対決することになるから、声を掛けるとしたら三輔あたりとなるのかなぁ。

114:奇矯屋onぷらっと ◆O.K.H.I.T.
06/12/11 22:53:47
潁川閥ってやつね。

115:隠れ麋竺オタ ◆AQI/vjrPPE
06/12/11 23:04:50
曹操に早期から迎合した彼らに対し、
三輔などそれまで隆盛していた名士層は没落していったからね。
曹操に対抗する派閥を形成するためには、彼らとの連携も選択肢の一つとして挙げられるだろう。

116:無名武将@お腹せっぷく
06/12/11 23:05:24
あと、>>108に戻るけど、ジュンイクが魏公推戴に反対したってのはただの反対じゃないと思うよ

尚書令のジュンイクは本気になれば上奏文を握り潰してしまうことができる(注によると自分の封爵のことだが実際に上奏を握り潰したことがある)
その上広い人脈があるから同調者も多くなる
ジュンイクが反対したということは彼が尚書令にいる間は曹操は魏公にはなれないということ
曹操が納得したのでなければ、これはジュンイクが魏公への道を政治的に力づくでおさえつけたわけで、これ以上ないくらい曹操に対する敵対行為になる
曹操が強引なまでにこれまた力づくでジュンイクを殺したのも当然と言える

117:隠れ麋竺オタ ◆AQI/vjrPPE
06/12/11 23:15:47
>>116
尚書令と(事実上の)国の指導者の利害が合致したときには合理的な共生が出来るが、
その二者の意見が対立したときの相互の敵対はやはり避けがたいことだしな。
(蜀の大将軍姜維と黄皓派の侍中守尚書令陳祗などはこの例にあたる)

荀彧の推挙した多士済々はほぼ全て魏公就任に反対せず重鎮になっているし、
いくら人材管理を司る尚書令の荀彧でも、孤立しては圧力をかけられたら死ぬしかなかったんだろうな。

118:無名武将@お腹せっぷく
06/12/11 23:21:23
>>115
いやね、よくよく考えると吉本の乱の首謀者耿紀も金イも丞相府つまり曹操お膝元にいたんだよね
金イなんて曹操直属監察官(司直)現職
彼らが三輔出身で不満分子だったのは確かなんだけど、少なくとも周りからは曹操べったりに見られても不思議じゃない経歴なんだよ
表向きはともかく、あの頃でも朝廷内外において曹操に対する不満は幅広い層で強かったように思われるんだよね
そのトップだったのが誰か、何でみんな曹操に不満や不信があったかというと…

119:Remy Martin ◆JOKER/qwI.
06/12/11 23:22:56
荀イクにたどり着くかもってことかな

120:無名武将@お腹せっぷく
06/12/11 23:27:01
>>117
キミキミ、追い込みの時期じゃないの?

121:無名武将@お腹せっぷく
06/12/11 23:27:11
>>119
イエス
もち推測でしかないけど

力づくの粛清は曹操から見れば一罰百戒、もう逆らう者もなく魏公に推戴されたわけだけど、力づくで反対を抑えたわけだから比較的近い立場の者さえも不満や不信を抱いても不自然じゃないよね

122:隠れ麋竺オタ ◆AQI/vjrPPE
06/12/11 23:30:43
>>120
ん、まぁちょっと今日来てみただけよ

123:無名武将@お腹せっぷく
06/12/12 13:49:34
潁川閥ってかなり強力だったように思うんだけど、それと対立するのはちょっとデメリットが大きすぎない?

124:無名武将@お腹せっぷく
06/12/12 14:00:40
穎川閥と荀イクの切り離し工作の1つが求賢令じゃないの?
結局曹叡辺りまで穎川閥はきっちり残って活躍してるわけだし

125:無名武将@お腹せっぷく
06/12/12 14:01:55
言葉が全然足りてなかったな
何が言いたいのかって言うと穎川閥との対立は曹魏はしないようにしていたってことで

126:無名武将@お腹せっぷく
06/12/12 18:58:00
>>125
あくまで俺説として

曹操のジュンイクに対する迅速かつ強引かつ冷酷な処置で他の穎川閥は恐れをなして服従を選んだ

曹操にとってもジュンイク仕置は彼等が反抗に転じる可能性のある危ない橋だったんじゃないかとは思うが、上手くいったんじゃないかな、と

127:Remy Martin ◆JOKER/qwI.
06/12/13 01:37:18
>>126
并州河東の賈充、并州太原の孫資、幽州涿郡の劉放・・・
と、後になって曹魏の皇族の力の削減に貢献した名士層はむしろ穎川以外に目立つよね。

印象に残るのが、曹髦が殺されたときに賈充の死刑を主張した陳泰が
穎川閥の巨頭・陳氏だったこと。

128:無名武将@お腹せっぷく
06/12/13 05:17:25
>>127
陳泰は荀イクの孫じゃないか

129:無名武将@お腹せっぷく
06/12/13 17:57:38
荀彧の娘が陳羣の嫁、

荀彧の息子の娘が陳羣の息子(陳泰)の嫁

だったような




130:Remy Martin ◆JOKER/qwI.
06/12/13 19:34:51
荀氏、陳氏はともに穎川閥の巨頭だし関係も密接
ただ、荀氏は魏の代には遠ざけられていたけど陳氏は重用され、言動からも皇室曹氏派であったと
だから>>126の説に賛同できる、とそう言ってたつもり

131:無名武将@お腹せっぷく
06/12/13 20:10:39
>>130
126だが賛同は嬉しいが、失礼ながら陳氏のことが高貴郷侯殺害についての陳泰のコメントなら、それは違くない?
もはやかつての曹操のような権力を握った司馬昭に助言している「司馬氏シンパ」としての発言じゃないか、あれ?
曹氏に対して忠誠心が篤いなら、司馬懿による皇族軟禁に異を唱え、司馬師による皇帝廃立に異を唱えてしかるべきじゃないだろうか
陳泰ってそれらに対しては何かしてたんだっけ?


むしろ穎川閥は曹操の暴力に屈した形なんだから、皇帝曹氏に対し不満を持つ状態ではないかと
(ジュンイクの子孫たちや陳泰、鍾会など、司馬氏時代に活躍した穎川閥は結構多いよね)

132:無名武将@お腹せっぷく
06/12/13 20:36:55
>>131
あんまりスポット当たらないけど徐庶も一応穎川出身だよね
諸葛亮が徐庶の地位の低さを(御史中丞なのに)嘆くエピソードがあって
寒門出身の徐庶がそこまで出世したんだから~とか考えてたんだが
出身地考えるとそこまで異例の出世じゃないのかもしれんな

133:無名武将@お腹せっぷく
06/12/13 20:42:45
ああ失礼した
高貴郷侯殺害後に陳泰がなかなか出てこなかったり、彼が哭いてしまいには吐血死したって件か
確かに彼は魏の皇帝に忠誠が篤かったんだな
それは俺の誤解だ
でも司馬孚みたいなもんで彼が例外な気もするなあ

134:隠れ麋竺オタ ◆AQI/vjrPPE
06/12/13 20:42:47
徐庶が劉備を見限って曹操に仕えたのは
劉備傘下の人士と曹操傘下の人士を比較した上で
どちらが自分にとって有利かを吟味したからだと考えてる。
実際、蜀は荊州閥が中枢を占めていたし、益州閥・徐州閥も存在した。
穎川出身の徐庶が一人いても、孔明との友誼という立場でしか政治的に大きな影響力を保てなかっただろうし。

135:無名武将@お腹せっぷく
06/12/13 21:09:02
徐庶は出身が穎川だというだけで実際は名士としても襄陽に身を置いていたんじゃないか?
徐庶が曹魏で穎川ではなく襄陽派閥として扱われていたからこそ
華々しい出世ができなかったと思うんだが。

136:無名武将@お腹せっぷく
06/12/13 21:19:51
>>135
華々しい出世ができないというがそれでも御史中丞(最高監察官)だぞ
孔明の言葉は少し徐庶を贔屓めに見た上での言葉だと思うが

137:無名武将@お腹せっぷく
06/12/13 21:53:40
>>136
贔屓めというか、それだけ魏人材の豊富さを痛感していたんだろう

138:無名武将@お腹せっぷく
06/12/13 22:41:42
実績がさほど史書に記されていないにも関わらず
御史中丞はなかなかの抜擢だと思う

139:無名武将@お腹せっぷく
06/12/13 23:00:01
荀彧の穎川閥での立場は実際どんなものだったんだろう。

キ州に行くときの話とか見てると、少なくとも最初のころはそんなにいいものじゃなかったような気もするんだけど・・・

あと当時の名士で、他に宦官と姻戚だったのっているのかな?




140:無名武将@お腹せっぷく
06/12/14 08:20:52
婚姻関係まで行かなくても宦官と親しくしたり
身内から宦官を出して権力に滑り込もうとする名士は結構いたんじゃないかな
袁紹の家も確か宦官輩出して三公にまで上ってるのがいたし
荀彧と同じ潁川閥巨頭である陳寔も
十常侍の張讓の父の葬儀に名士が誰も参列しない中、一人参列して第2党錮の禁で
お目こぼししてもらったエピソードがある

ただ、袁氏や陳寔はすでに名士ネットワークの中で自己の名声を得た後の行動だから
それほど影響はなかったかも知れないけど
そういう自身の名声を持たないときから宦官との婚姻というケチのついてしまった
荀彧は少し不利だったかもしれん

141:無名武将@お腹せっぷく
06/12/14 08:30:32
あくまで印象だが、官僚としても穎川郡内でも、大勢いる中の一人という感じではある

142:無名武将@お腹せっぷく
06/12/14 10:42:35
>>136
それいわば憎まれ役だし。地位は高いけど。

143:無名武将@お腹せっぷく
06/12/14 19:33:30
俺が穎川閥とか言ってるのは、単に「穎川出身」てだけじゃあない
穎川郡出身者同士の
・門生故吏関係
・縁戚関係
・経済的、政治的な利害関係
などにより結びついた派閥をそう呼んでいるつもり

荀氏や陳氏と違い単家であり、記録上も他の「穎川閥」との交流や癒着が見られない徐庶は、そういった派閥からは離れた存在だったんではないかな
つかハナっから仲間に入れてもらえなかったというか

144:無名武将@お腹せっぷく
06/12/14 21:09:59
ハナっから仲間に入れてもらえなかっただろうなあ

145:無名武将@お腹せっぷく
06/12/15 08:23:23
まあ、おそらくだがそんな状態で御史中丞になった徐庶は健闘したと言うべきなのかもしれんね

146:無名武将@お腹せっぷく
06/12/15 08:42:10
徐庶すごい。がんばったんだね

147:無名武将@お腹せっぷく
06/12/17 15:31:56
孟建(公威)は涼州刺史、征東将軍になっている
徐庶との差は生まれの差なんだろうか

148:無名武将@お腹せっぷく
06/12/17 15:57:47
>>147
容姿の差だと思う

149:無名武将@お腹せっぷく
06/12/17 20:27:11
徐庶は御史中丞になってからこれから出世しようかという時に突如死んでしまった
諸葛亮の同世代だし50代だろうから出世の坂を登り始めた瞬間の死だと思うよ

150:無名武将@お腹せっぷく
06/12/17 22:30:38
徐庶は中平末に仇討ちしてる
諸葛亮このとき九歳
徐庶はそんな事績から見て、若く見ても十代後半から二十代だろう
つまり徐庶の方が十歳から下手すりゃ二十歳くらい上じゃないかと
「その歳でやっと御史中丞かよ…」というのが諸葛亮の嘆きだろうな

151:無名武将@お腹せっぷく
06/12/17 22:52:24
やはり徐庶を劉備陣営から引き抜いたのは劉備の知略を押さえるためだけだったのか?
それから徐庶を引き抜く策を献上したのは誰だ?

152:無名武将@お腹せっぷく
06/12/18 00:22:14
劉備が長阪で惨敗をした時に曹操に母親を人質に取られたので自主的に投降したはず
演義では諸葛亮と入れ替わりだが、実際は一時的に二人とも劉備に仕えてた

153:無名武将@お腹せっぷく
06/12/18 01:07:48
諸葛亮の発言についてうがった見方をしてみゆ

諸葛亮は徐庶なら家柄や地盤に関係なく出世できると考えていた
これは曹操のいわゆる求賢令を高く評価していたということでもある
だから彼は徐庶が出世していないのを聞いて、「実力主義の魏には徐庶以上の奴らがゴロゴロいるのか!」と驚いた
だが実は単に門閥主義の壁に阻まれていただけでした
諸葛亮は求賢令を過大評価していたということだな

154:無名武将@お腹せっぷく
06/12/18 04:23:31
徐庶の知略って実際どの程度のものだったんだろう。正史にそういう描写ってあったっけ?
なんかこの辺りの人物は演義が混ざってよく分からなくなる

155:無名武将@お腹せっぷく
06/12/18 21:37:58
>>153
魏は、荀彧、李典、宇禁、楽進とかが豪族で兵力抱えていたかな

156:無名武将@お腹せっぷく
06/12/19 12:41:52
なんとなく、世間では求賢令が過大評価されてる気がしてならない
漫画でアレだが蒼天が代表例

157:無名武将@お腹せっぷく
06/12/20 11:41:49
じゅんにく

158:無名武将@お腹せっぷく
06/12/20 11:59:22
徐庶はたいした奴じゃないだろw
孔明自体過大評価で人を見る目がナイト

159:無名武将@お腹せっぷく
06/12/20 15:20:00
孔明が人選ミスったのって馬謖と李厳と姜維と他に誰がいる?
関羽もか?

160:無名武将@お腹せっぷく
06/12/20 19:00:26
正直諸葛亮は姜維を有能な人材だと評価しているが自分の後継者になるなんてこれっぽっちも思ってなかっただろうな

161:無名武将@お腹せっぷく
06/12/20 19:51:49
>>159
馬謖以外は諸葛亮の責任にはならんだろ
責任を問うにしても李厳や関羽は劉備、姜維は劉禅だろうに

162:無名武将@お腹せっぷく
06/12/20 20:13:56
>>161
劉備の遺言無視して李厳を後方補給にしか使わなかった諸葛亮が悪い。
後方補給は確かに大事な任務だが、適材適所という言葉を理解していない。

163:無名武将@お腹せっぷく
06/12/20 20:25:19
つうより李厳ってあまり北伐に興味がなかったんじゃないだろうか?
だから李厳は諸葛亮に軍権をわたし、諸葛亮は李厳にみかえりとして官職を与えたんだと思う。

164:無名武将@お腹せっぷく
06/12/20 20:44:30
李厳は過大評価されてるだけ

165:無名武将@お腹せっぷく
06/12/21 17:13:08
求賢令は、家柄や財力、醜聞や悪評などで人材が埋もれることのないようにしる、という令だが、
これは取りようによっては、「宦官の孫で乞食の子」「同姓不婚破り」「人妻略奪」などの悪評による影響を封じる意味合いも考えられるんじゃないか

曹操以外にも彼の下には官界や清流派的には脛に傷もつ奴は多いし(ジュンイクもそう)、曹操が自分の部下を朝廷や世間に受け入れさせるための方便という意味もあったのかねえ

166:無名武将@お腹せっぷく
06/12/21 19:43:27
>>165
荀郁が求賢令以前から求賢令をもっと強烈にしたような人事やってるわけだよね
求賢令の発布は荀郁と曹操の仲違いが始まってから出された物と見るか、二人の最後の蜜月と見るかは解釈の分かれるところだろうなぁ
俺は前者だと思ってる
そうすると荀郁との仲が破綻したので「俺だって人材集めちゃうぜ?お前はお払い箱」という曹操の意思表示が浮かび上がってくる気がする

167:無名武将@お腹せっぷく
06/12/21 21:59:11
>>166
それは曹操とジュンイクの関係が悪化する時期とその段階をどう捉えるかによるな

一度目の求賢令は赤壁の翌々年
少なくとも魏公推戴問題が起きる前じゃないかと思うんだよな
この求賢令の主眼がジュンイク外しだとしたら、魏公に反対した時にはジュンイクはもう四面楚歌だったことになるんじゃないかと思う

まあ、荊州侵攻以前から曹操はジュンイクを三公に祭り上げようとしたり、ジュンイクが伏皇后の密詔を隠していたことが曹操にバレるなど、既にかなり不穏な状態ではあったのかもしれんね

168:無名武将@お腹せっぷく
06/12/22 04:31:58
荀彧自殺説って聞いた事あるんだが、このスレとしてはこの説をどう受け取る?

169:無名武将@お腹せっぷく
06/12/22 04:52:23
>>168
説というか、あれは実質的に死ぬように強制された上での自殺でしょう

170:無名武将@お腹せっぷく
06/12/22 06:13:23
尚書令→光禄大夫 の人事とか見ても中央から遠ざけようとする意図は明確だけど、
なんか明確すぎて逆に違和感があるのは自分だけかな

こんなこと言ってたらきりがないとは思うが…色々あって、結局は病死だったんじゃないかと思う。

171:無名武将@お腹せっぷく
06/12/22 06:30:30
あー言い方間違えたな。
空の器の話を抜きにして自殺したっていう。

何よりも民衆助けなきゃ

曹操ならきっと何とかしてくれる

漢王朝を利用する事になるが致し方ない

曹操「そろそろ簒奪の季節」

荀彧「人臣が王位を云々するのかね」

曹操「空気嫁」

文若ショック!

苦悶のうちに病を発して死去 or 欝だ死のう


みたいな。
ブラック文若説からかけ離れたか。

172:無名武将@お腹せっぷく
06/12/22 07:40:48
>171
それは結構一般的な荀彧像だよね。このスレでは逆に珍しいw


なんというか、あの状況でわざわざ寿春に行ったのがすでに不思議。
死を望まれてると分かっていたのなら、理由をつけていかない
・・・のは無理にしても、行ってそこで死ぬ必要性はあったのだろうか。

なので、あの時点では両者の確執はまだ(少なくとも死ぬか殺すかレベルまでは)決定的なものでなく、互いに次の手は残していたけど、
結局病気で死んだためにそこで終わり、というのが自分の考えです。


でも「臨終の際にほとんどの書類を焼き捨てた」ってあるよね・・・
それだと行く前に自宅で焼いたって事になってそれは分かっていて行ったってことになって
ああもうわかんね







173:無名武将@お腹せっぷく
06/12/22 08:35:08
民衆救済と漢朝復興? 両方やってやんよ。
二兎追って二兎を得る。これこそ文若。

とりあえず袁紹でも利用してみるか。

あ、こいつ駄目だわ。曹操のがマシかな。

こいつ使えるわ。

てゆうか曹操強すぎね?

曹操暗殺のお知らせktkr
あん、曹操が兵糧不足? 帰ってくんな。今はこっち来んな。

あ、勝っちゃった。こいつ手ぇ付けらんねぇよ。

三公廃止しやがった! 自分で丞相か、おめでてーな。
こいつ気分わりぃわ。

赤壁で躓いてやんの。ざまぁ。

魏公とかマジ勘弁。氏ねよ。むしろ頃すか?

名誉職に祭り上げられたし。左遷されるし。もうぬるぽ。

済みませんでした曹操に手を貸した俺が全部悪いですほんと済みません。

鬱死。

こうですかわかりません><
てゆうか荀彧の解釈はホワイト文若かブラック文若かの二択なのか。
グレー文若の在り方が見えて来ない。

174:無名武将@お腹せっぷく
06/12/22 14:06:52
>>172
もはや死が待っているだけだとしても、曹操の軍を慰労するのは曹操じきじきに皇帝に要請した件だからね
その件自体を握りつぶす、病など理由付けて行かない、などは出来ないよ
曹操も皇帝も敵に回すことになる
また、あるいは反乱・暗殺計画などを練っていたとしても、機が熟していなかったのだろう
公然と反抗すれば自分以外(一族、子孫)まで巻き添えで死にかねない

だから本人は死ぬしかないとしても、せめて子孫だけでも安堵してもらうには曹操の筋書き通りに「陣中で病死」するしかなかったんだと思うよ

175:無名武将@お腹せっぷく
06/12/23 15:41:07
>>173
おおむねそんな流れなのかと俺も思う
ただ、民や天下国家のためという意識はあっても、漢王朝のためというのをそんなに意識していたかは微妙じゃないか
彼もまた漢はもはや命脈が尽きたと考える点では董昭などと変わらないのではと思う
魏公に反対したのは、曹操が強くなりすぎて自分たちが危うくなるのを抑えるためか、時期尚早と考えていたか、どちらかではないだろうか

176:無名武将@お腹せっぷく
06/12/23 18:09:25
このスレは板違い。
続きは中国英雄板でやれ。

177:無名武将@お腹せっぷく
06/12/23 19:54:33
ブラックな荀彧は魅力あるな。
このスレ読んでたら激しく興味出てきた

178:無名武将@お腹せっぷく
06/12/23 21:57:02
>>177
史実と事実は違うってやつだな

179:無名武将@お腹せっぷく
06/12/24 00:21:58
大体、ジュンイクが曹操にもっと従順でもう少し長く尚書令だったら、
伏皇后を連行するのに同行したのは華キンじゃなくジュンイクだったことになる
そしたら演義で伏皇后を強制連行する姦臣扱いされてたよ

ジュンイク=漢の忠臣はそう見えるだけ

180:無名武将@お腹せっぷく
06/12/24 10:17:11
>>179
「もっと従順で」っていうのは荀イクの性質そのものまで変えた仮定だろ
ちょっと乱暴な結論に見える

181:無名武将@お腹せっぷく
06/12/24 12:34:01
>>180
まー確かに実際のジュンイクは曹操に大人しく従うタマじゃないからな。

三公にしようとする曹操に頑強に抵抗するみたいな。
もっともあれは
「困ったなあジュンイクまで辞退するんじゃ三公該当者がいないや仕方ない丞相復活させて全部俺が兼任するか(棒)」
って曹操とジュンイクによる丞相制導入のための自作自演かもしれんが。

182:無名武将@お腹せっぷく
06/12/24 21:16:37
荀彧は前歯欠けてから間抜けなスタンスを取り続けたのは史実

183:無名武将@お腹せっぷく
06/12/24 23:06:49
後漢書にも伝があるジュンイク

184:無名武将@お腹せっぷく
06/12/25 09:33:35
>>173
最初袁紹に着いたのは単純に袁紹が冀州を乗っ取る前に荀郁が冀州に逃げ込んでいたからだろ
いきなり曹操に着くし官渡の時の妖しい挙動(踏みとどまれ、謀議は教えない)とか見るにつけ、
袁紹の所から送り込まれたお目付け役兼間諜だったんじゃないかと俺は思う
たまたま曹操が勝っちゃったからそのまま居残ってるけど

185:無名武将@お腹せっぷく
06/12/25 11:30:40
曹操は部下たちと袁紹の手紙を焼き捨てたという(光武帝のパクリ)が、その対象にはジュンイクも含まれてはいただろうな

186:無名武将@お腹せっぷく
06/12/25 15:04:07
日本人は宗教問題を軽く見る傾向があるとどっかで読んだが
儒教の信者ジュンイクと道教の支持者曹操の宗教的な対立ってのはどう?


187:無名武将@お腹せっぷく
06/12/25 17:03:44
そもそも荀イクは儒教の信者ではないような?
穎川は法家の思想が強い土地柄だった気がする。

188:無名武将@お腹せっぷく
06/12/25 19:02:55
荀子の子孫だしな
後漢代の腐れ儒学とは相容れないだろ

189:無名武将@お腹せっぷく
06/12/25 19:57:11
ていうか曹操が道家って根拠は何?

190:無名武将@お腹せっぷく
06/12/25 20:06:15
黄巾や五斗米に対する寛容を拡大解釈したんだろう
あれは政治的な判断で思想信条ではないとは思うが

191:無名武将@お腹せっぷく
06/12/25 21:48:56
>>186は蒼天厨だろ

192:無名武将@お腹せっぷく
06/12/25 22:45:08
>>187でふと思ったんだが、律令を家学としていたのは穎川の鍾氏
陳氏も肉刑議論に参加したようにそれなりの知識を有していたのだろう
荀氏と言えば法家ではなく荀悦のように史家として有名だな

で、ジュンイクは家学として修めていたものは特に伝わってないな
敢えて言うなら彼や荀攸の現実的な国家戦略や策謀は兵家っぽい

193:無名武将@お腹せっぷく
06/12/26 03:28:05
>>186
曹操が道家?
それじゃ曹操の仏教の保護はどう解釈すんだか
曹操だけの問題なら何とでも言えるが曹植はかなり熱心な仏教徒だった可能性が高い
そんな他教を迫害するような宗教間の対決してたら曹操と曹植も喧嘩なんか一言書かれると思うのだよね

194:無名武将@お腹せっぷく
06/12/26 09:47:07
荀攸マンセー

195:無名武将@お腹せっぷく
06/12/26 17:36:15
そこで五斗米道
曹宇の嫁さんが教祖様の娘だっけか?

196:無名武将@お腹せっぷく
06/12/26 19:42:11
>>193
曹操の仏教保護や曹植の仏教徒説について典拠とかkwsk

197:無名武将@お腹せっぷく
06/12/27 09:48:25
>>196
曹植が仏教徒ってのはS学会の信者以外にはレアな話題だからな
まあ無根拠に言ってるわけではねーよ
高僧伝とかに曹植の伝残ってるし

198:無名武将@お腹せっぷく
06/12/27 12:20:22
>>197
そうか
わかったよ。あるがとう


ところで、曹操が三公制を骨抜きにしていく手はなかなかアレだなあ
ジュンイクも重要な役割を果たした予感

199:無名武将@お腹せっぷく
06/12/28 08:50:06
太尉→袁紹が取らず、以降誰も任命されていないらしい
司徒→趙温。丞相制になる直前に曹丕を挙げた事でクビになる
司空→曹操。官僚を監察弾劾する司直を復活させると司空に直属させた

つまり三公と言いながら、建安前半期には司徒と司空しかいなかった
朝廷内に軍事面で曹操(行車騎将軍)に並ぶ者が出ないために、おそらくは該当者なしとして敢えて空位にしたのだろう
司徒はずっと趙温だが、彼は曹操へ媚びたとされて罷免されたくらいだから曹操の言いなりだったのだろう
またその罷免自体、「三公なんてろくなもんじゃないな→やっぱ昔みたいに丞相だな」という流れにするための策であろう
たぶん趙温は曹操に息子を挙げてやってと頼まれてて、それにまんまとハメられたのだろう
ジュンイクが就任するよう言われたというのは趙温の後任ではないかと思うが、
「ジュンイクも辞退するんじゃ三公適任者がもういないや→曹操に丞相になって全部やってもらおう」という流れにするためのポーズではないだろうか

200:無名武将@お腹せっぷく
06/12/28 14:25:13
太尉は196年頃の楊彪で最後じゃないかな

201:無名武将@お腹せっぷく
06/12/28 19:24:00
だよね

曹操の丞相就任とジュンイクの関わりはもうひとつある

当時三公制の欠陥を指摘し丞相復活を説いた仲長統という人物がいる(後漢書仲長統伝に見える彼の著作「昌言」の引用より)
彼はジュンイクにより尚書台に招聘された人物なのだ

つまり彼の丞相復活の言説は尚書台の人物から発せられたわけであり、当然に上司ジュンイクも分かっていたはずである
「昌言」は丞相就任を狙う曹操を政治思想的な面から援護したわけであり、あるいはそれはジュンイクが仲長統に指示したものなのかもしれないのだ

三公就任を固辞したことと合わせ、ジュンイクは曹操の丞相就任までは支持し、協力しているといえる

202:無名武将@お腹せっぷく
06/12/30 02:09:24
ジュンイクは荊州侵攻までは積極的だったかどうかはともかく、曹操による朝廷支配に協力し続けていた
権力掌握における重要なポイントである丞相就任にも大きな役割を果たした

なのに魏公になると急に曹操に反抗的になったように見える

どうしてかね?
漢のため、は説得力に欠ける
皇帝を散々傀儡化してきたのは彼も一緒だから

203:無名武将@お腹せっぷく
07/01/02 22:47:36
魏公就任、というか中央集権化を阻もうとする勢力を黙らせるための芝居…

というのはあまりにも小説的だしなあ

204:無名武将@お腹せっぷく
07/01/02 23:10:51
荀スレ追加あげ

205:無名武将@お腹せっぷく
07/01/02 23:58:22
>>203
小説的、漫画的な陰謀論ならそれもアリだろうけどね

俺はジュンイクは別に漢王朝を本気で復興させようとはしてなかったと思っうんだよな
中央政権を復興し天下を平定したいとは考えていただろうが、実質的な主権者が劉氏でなければ漢が滅び新王朝が立つのは自明なわけで
漢の皇帝擁立も中央政権の復興や統一のための方便でしかない

ただそれが魏公問題あたりで曹操らと意見が割れたのは、魏公国は曹操の地盤固めにはなっても天下統一は後退しかねないからじゃまいか

206:無名武将@お腹せっぷく
07/01/03 00:03:08
アイヤー!(パンッ)すると殿は♪ 以下つづく

207:無名武将@お腹せっぷく
07/01/03 00:37:20
魏公就任がどの派閥から持ち上がった話しなのかを考えれば済むことじゃないかね
穎川名士閥なのかそれ以外の派閥からなのか
それが前者ならば不可解だけど後者なら明確な答えとして権力闘争という事になる
後者ならば他派閥の穎川閥による一極化した曹操軍閥の権力構造切り崩しで主導権争いと言うことでほぼ間違いがないだろう
そして曹操は穎川閥を他派閥と同様の高さまで落し頂上にいた荀郁を切ったとまで考えうる

208:無名武将@お腹せっぷく
07/01/03 03:22:02
何でも派閥は飽きた

209:無名武将@お腹せっぷく
07/01/03 09:01:07
たしかに
某サイトで見られた単語を誰かが2ちゃんで使い出してからっぽいけど

210:無名武将@お腹せっぷく
07/01/03 09:45:29
そうは言っても派閥の論理なくして政治史の理解はありえんぞ
勿論どこからどこまでがどの派閥と厳密に見るのは難しいがな

211:無名武将@お腹せっぷく
07/01/03 11:30:42
それっぽい記述で進めるならいんだけど、
最近の何でも派閥の拠り所は出身地のみだからなー
さすがにそれだけで、話を進めるのは乱暴過ぎじゃないかと

212:無名武将@お腹せっぷく
07/01/03 22:31:20
渡邊義浩の論文に、出身地・出仕時期・交友関係・役職をまとめた表みたいなのがあった。
自分でそういうのをまとめてみたら何か見えるものがあるかもしれないとは思っているが…
なかなか難しいね

213:無名武将@お腹せっぷく
07/01/04 08:40:39
魏公封建など禅譲に至る道筋を曹操に建言したとされる董昭は定陶の人か
まあいわゆる穎川閥ではないんだろうけど、彼も袁紹の元から曹操に鞍替えしているなどジュンイクなんかと似た要素も持ってる
出身地域やコネとそれにより構成される派閥の論理は勿論重要だが、それだけとは言えないだろうし、そもそも誰が何派閥かというのがわかりにくいのが問題だなあ

董昭は曹操に五等爵制定のような「聖人」の行いをなすべしと説いているようだが、彼のように自分の主を新たな天子になる「聖人」と早い段階からとらえるのは、魯粛の例なんかを見ても当時必ずしも珍しい存在でもなかったように思うんだよな
ジュンイクも曹操がゆくゆくは新たな王朝を開く天子になると認識していたふしもあるように思うんだが、どうだろう?

214:無名武将@お腹せっぷく
07/01/04 08:49:21
まとまりがなくなった
ぶっちゃけると、ジュンイクも董昭も曹操が天子になると考える点では同じ方を向いていたんじゃないか?といいたい
ジュンイクの漢王朝うんぬんは方便だったということやね

215:無名武将@お腹せっぷく
07/01/04 10:58:03
進言してる内容見てると、同じ方向向いていたとしか思えない。
当初から漢王朝命だったんなら、曹操と一緒にやってきたことは
なんだったんだよお前ってなるような気がする。

216:無名武将@お腹せっぷく
07/01/04 11:35:38
曹操主導で天下統一して支配体制を立て直したら、漢の皇帝がいたとしても曹操の方が皇帝にふさわしいとなるのは必至なんだよね
ジュンイク自身も曹操を漢高祖になぞらえたりそれを煽るような発言をしてる
ジュンイク自身を含め、もはや漢の光武帝の血統は黄巾の乱と何進・宦官共倒れ・洛陽三輔荒廃のトリプルパンチで皇帝たる資格(=徳)なし、というのが当時の知識人たち大多数の共通認識だったようにしか思えない
袁紹や袁術、魯粛、董昭のような思考は当時としては大して過激、不遜なものでもなかったと見るべきだろう

217:無名武将@お腹せっぷく
07/01/04 16:18:34
じゃやっぱ直前になって怖くなったのかね
中国の知識人って、後世の評価を病的に気にするみたいだから、
「やっべこのままだと俺逆賊に味方したって書かれる。それは不味い」
って唐突に我に返ったのかな

218:無名武将@お腹せっぷく
07/01/04 17:57:25
>>217
魏公に反対せず、大過なく終わっていたとしたらジュンイクは新たな天子たる魏の太祖を助けた第一の臣として美名を遺すことになる
言い換えると、今更曹操を逆賊扱いはしないってこと
むしろ曹操が新たな王朝を開いて初めて自分らが曹操に従ったことが正当化されるんだから

219:無名武将@お腹せっぷく
07/01/04 18:18:32
光武帝並みに、体面的な点で非のつけどころない
乗っ取り劇が展開されていたならOKだけど
威光はともかく献帝は少なくとも暴君ではないし
曹操は虐殺なんかやっちゃうし、
あげくの果てに孔融は処刑しちゃうし
「あ、俺ひょっとしてこのまま重鎮だとやばくね?」
みたいな事を徐々に考えたと妄想

220:無名武将@お腹せっぷく
07/01/04 18:31:17
そんな情けない荀彧は嫌だなぁ
辺境の勢力が残ってるのに、公とか早すぎんだよバーヤじゃ駄目?

221:無名武将@お腹せっぷく
07/01/04 18:34:05
むしろ
「このチビより俺のがすげーよな・・・」とか欲が出てきたとか

222:無名武将@お腹せっぷく
07/01/04 18:38:15
俺は>>220のジュンイク・ザ・グレイか>>221のジュンイク・ザ・ブラックのどちらかだと思ってる
面白いのは黒ジュンだが現実的には灰ジュンかな

223:無名武将@お腹せっぷく
07/01/04 21:00:45
>213
根拠もなくネタの一つとして書いてみるが
董昭を魏郡に影響を持つ存在と仮定して
潁川を縄張りとしていた荀彧と対比して見たらどうだろう?
前提として潁川の許に献帝を移し漢王朝の政治の中心都市をそこに置けた事で
荀彧の権力掌握に大きく貢献していたとして
曹操が魏公になればその本拠地は魏郡に移り
当然政治の本拠地も魏に移って、結果として荀彧の力が殺がれることになるのを嫌がったとか
一方の董昭は魏郡の太守に任命されたりしてその地に影響力があったからこそ
曹操が魏公になることを強く望んだ・・・とか。

224:無名武将@お腹せっぷく
07/01/05 08:42:35
>>223
地域性から捉えるとそういう解釈もできるかもな
ただ、董昭の建言が実現してからも彼や魏郡関係者が特に出世していきジュンイクと穎川閥のような派閥形成に至っていないように思えるあたりが弱い気がする
とはいえ、魏郡(ギョウ)が曹操にとって政治的なもうひとつの核になることで、それだけでも穎川郡…許の重要度は相対的に下がる
ジュンイクが魏公を嫌った要因の一つだったかもな

225:無名武将@お腹せっぷく
07/01/05 20:56:29
このスレ読んでると、荀彧が自分のことしか考えてない
すげーやな奴に思えてくるなw

226:無名武将@お腹せっぷく
07/01/05 21:29:17
>>225
自分のためというより荀氏のためかと

227:無名武将@お腹せっぷく
07/01/06 00:31:17
でも結局魏での荀氏の立場はよくなかった訳で、それは荀イクの死に起因するとしか考えられない訳で


228:無名武将@お腹せっぷく
07/01/06 11:28:37
>>227
それは結果論に過ぎない。
魏での荀氏の不遇は荀彧が政争に敗れたことによることに起因するもので
仮に荀彧の思惑通りに事が進んでいれば荀氏の立場は安泰だっただろう。

229:無名武将@お腹せっぷく
07/01/06 22:41:51
しかし魏公推戴問題で、ジュンイクは反対した後にどんな展開を読んでいたんだろうか?
生臭い政争の結果にしろ、一般に言われるような漢への忠誠からにしろ、曹操の意向に真っ向から逆らっておいて、後はただ死を待つだけ、ってのは無意味過ぎる
個人的には、ジュンイクは自分の政治的勢力や派閥を少し過信し、まさか曹操がこんな迅速に殺しにくるとは思わなかったんだと思ってるが
つまり自分をいきなり排除しに来たら周囲の抵抗や後々への悪影響があるから、曹操も簡単には手を出せないはずだ、とね
で、王允が董卓相手にやったことを再現しようと計画した…ところで死においやられた、と

230:無名武将@お腹せっぷく
07/01/07 20:25:36
229の続きだが、
曹操のジュンイク粛清はジュンイクの不意を打ち彼に連なる者たち(いわゆる穎川閥)を黙らせたという意味では成功したが、その非情かつ強引なやり口は禍根も残したと思う
つまり朝臣や中立的勢力に対し「尻尾を振るか、さもなくば死ぬか」という高圧的な態度を示したことで、内外の反発を強めたのではないかということだ
鎮圧には成功しているものの、吉本・魏諷の内乱が曹操のお膝元で起き、屋台骨を揺るがしかねかったのは無関係ではないだろう

231:無名武将@お腹せっぷく
07/01/09 17:09:34
じゅんにくアゲ

232:無名武将@お腹せっぷく
07/01/09 18:33:13
>つまり朝臣や中立的勢力に対し「尻尾を振るか、さもなくば死ぬか」という高圧的な態度を示したことで、内外の反発を強めたのではないかということだ

官渡のときにはもう重臣皆殺しやってんだけど。


233:無名武将@お腹せっぷく
07/01/09 19:19:07
>>232
それは董承たちを誅した件?

それとジュンイクの件の違いは、董承の方は「曹操に従わないと殺される」と思わせ、ジュンイクの方は「曹操に初期から従っていたジュンイクでさえ、意見が相違しただけであっさり殺される」と思わせたという点だろう

まあどちらにしろ曹操にとって大したダメージではないのかもしれないが

234:無名武将@お腹せっぷく
07/01/11 12:04:46
じゅんときちゃう

235:無名武将@お腹せっぷく
07/01/11 12:12:41
こうなると荀攸の生き様みたいなのも
ついでに調べ上げてみたくなる。
董卓暗殺や曹操に仕えるまでの経緯みても
野心ゼロな人間とは思えないんだけど
あっさり賛成の立場とってたりしてるし、
引き際みたいなの見据えるの上手かったのか。

236:無名武将@お腹せっぷく
07/01/11 14:56:49
曹操に上手く取り込まれたと考えるべきだろう
荀攸は子供いない+荀氏宗家は荀彧
これらの要因を考えると荀彧を見切って曹操に付いても何ら不思議ではない
子供がいるから一族を第一にするのであって、子供いなければ自身の栄達のみを考えるのはよくある話し

237:無名武将@お腹せっぷく
07/01/11 17:36:26
ぶんじゃく・・・

238:無名武将@お腹せっぷく
07/01/13 01:49:08
鍾ヨウ・陳羣までいくともうスレ違いかな?

239:無名武将@お腹せっぷく
07/01/13 03:02:28
そんなことはないんじゃない?

240:無名武将@お腹せっぷく
07/01/13 18:33:18
魏公推戴や魏諷の反乱でクサい動きをする鍾繇と、
曹丕の四友のひとりで荀彧の娘を娶っている陳羣…。

考察スレでその人物を洗っていくためならおkじゃないか?

241:無名武将@お腹せっぷく
07/01/14 16:57:42
魏公のときのショウヨウのクサイ動きって?

242:無名武将@お腹せっぷく
07/01/15 20:35:53
主観混じりでスマソ。
漢王朝を見限った感がしたもんだから。
董卓が長安に帝を遷したころ、彼と荀攸は黄門侍郎であって
漢の腐敗を目の当たりにしていたと思うと、何とも言えない気分になりますお…(´・ω・`)

211年の張魯討伐を名目とした鍾繇の征西については、
荀彧は反対の立場だった?ようです(衛覬の議論を曹操に伝えているため)

243:無名武将@お腹せっぷく
07/01/16 20:04:10
「アタイが皇帝になってやんよ」的なことを子供の時から言ってた劉備なんか、真っ先に現王朝を見限ってるとも言えるわけで
宦官殺戮以降はもう漢を見限る気が皆無な奴の方が少ないような気がするんだよなあ
これも主観だけど

244:無名武将@お腹せっぷく
07/01/18 09:23:16
>>242
衛覬や高柔はショウヨウの策が関中軍閥を刺激するとして反対してるんだよな
ジュンイクも反対だったということは、同じ穎川閥と考えられるショウヨウと見解を異にしていたんだな

245:無名武将@お腹せっぷく
07/01/20 23:51:49
呂布配下陳羣あげ

246:無名武将@お腹せっぷく
07/01/21 03:49:42
ふと思ったのだが、関中戦後にショウヨウが前軍師になるのは馬超・韓遂の乱を引き起こしたショウヨウを更迭したということなのだろうか?

247:無名武将@お腹せっぷく
07/01/22 12:34:51
大体、後漢末曹操政権時の「軍師」って一体どんな職だったんだろうね?

248:無名武将@お腹せっぷく
07/01/22 15:08:58
三公や上位将軍の属官

249:無名武将@お腹せっぷく
07/01/22 15:47:38
>>248
ふむう
丞相軍師(華キン)はいいとして、例えば前軍師は前将軍の軍師ということだろうか
中軍師は禁軍の軍師なんだろうか
かなり位が高かったことは見て取れるが、職務や実権という点ではまるで見えてこないなあ…
誰か詳しい人いない?

250:無名武将@お腹せっぷく
07/01/22 17:05:43
>>249
軍師の前につく「前」とか「中」は
その府内の軍師の上下関係を示すものだよ
軍師が一人の場合はそのまま何もつかないことがほとんどだけど
同時期に何人か軍師がいるときに「前」や「中」などで
誰が一番上の軍師か示している
順位的には「中」が一番高く「前」「後」と続くみたいだが
これは蜀の場合なので曹操の丞相府では違うかもしれん
また、軍師は長史に就いている人物の位を上げるときに結構でてきている。
呉の張昭は赤壁後孫権の長史から軍師に移っているし
蜀の楊儀は諸葛亮死後長史から中軍師に移っている
この二つの例だとどちらもその府内でそれ以上官位を上げられない故に
さらに上位として軍師に就けている思わしき傾向がある
役職的にその府の役人のトップは長史なんだが、
さらに長史より上に置くために軍師という官を与えている感じ
また、その府の仕事はほとんど担当しないけれども
権限として上位に据えたい人物がいた場合にも軍師職に就かされていることがある

パターンとしては
1.長史の職務を引き継ぎつつ位を上げたいときに就任させる
2.府外の人物をその府内でも権限を与えるために就任させる
などがあるんじゃないかな?

251:無名武将@お腹せっぷく
07/01/22 18:36:45
>>250
ありがとう
では前軍師も右軍師も丞相の軍師か

これは批判ではなく意見を聞きたいから言うんだが、「中軍師」はどうなんだろうか
秦代の中丞相以来、漢制において「中」という字は単に「センター」ではなく、「皇帝直属」「皇帝側近」等の意味合いで使われる場合が多いように思われる
後漢末~三国でも、
・都督中外諸軍事
・中領軍、中護軍
・中書令
・侍中
・中常侍
などの官職の「中」はそういった意味じゃまいかと思うんだが、
中軍師の「中」も同じという可能性はないものだろうか
つまり(名目上は)皇帝の軍師、ということになる
皇帝直属の軍師なら、最高位なのは当然と言えるが…

252:無名武将@お腹せっぷく
07/01/22 19:34:14
>>251
なるほど
確かに「中」には「皇帝直属」「皇帝側近」的な意味合いを持つ官職が多いよな
自分が今確認できる範囲で中軍師に就いた人物は
魏では荀攸、蜀では劉エン・楊儀の三人なんだが、
荀攸と劉エンは共に丞相府が置かれた時期に中軍師になっている
曹操が司空時代は荀攸は軍師止まりだから
中軍師は丞相府と大きく関わるのだろうが、
「中」を「皇帝直属」と仮定したら
丞相が皇帝直属の軍師を率いるという意味があるのかもしれない
細かく見ていかないとわからないが、
荀攸と劉エンが中軍師に就いた時、他に丞相府の軍師がいないようにも見えるし
単に軍師間の上下を表すだけじゃないのかもしれないな

253:無名武将@お腹せっぷく
07/01/22 23:30:55
>>252
魏公封建の時は中・前・左・右の四軍師が並んでたんだよね

で、この時の右軍師毛カイだが、彼の伝を見たら少し興味ある話があった
彼や同僚崔エンは、丞相府の選挙(人事)をつかさどり、その人選は「清正の士」を用いたそうだ
これっていわゆる求賢令に真っ向から逆らうものだよなあ
命令を下した曹操のお膝元で、求賢令は有名無実化していたようなんだよな
ついでに言うとジュンイククオリティの人事とも対立する(時期は違うけど)

254:無名武将@お腹せっぷく
07/01/23 08:37:14
崔エン、毛カイが失脚してること
魏公推戴時の中前左右軍師が全員魏国の要職に就いていること
求賢令
ジュンイク粛清

このあたりの事を全てひとつなぎにして何か言えそうな気がするが考えがまとまらないなあ

255:無名武将@お腹せっぷく
07/01/24 09:46:18
>>254
崔エン、毛カイの就いた東曹で調べて少し面白い傾向があったので書いとくよ
魏書で曹操の丞相時代に東曹の属官に就いた人間で
魏国建国時に尚書台の役人になった人物が結構重複していた
以下にあげると

崔エン 東曹 → 尚書 → 死罪
毛カイ 東曹掾 → 尚書僕射 → 死罪 
徐奕  東曹属 → 尚書 → 死亡
何キ  東曹掾 → 尚書僕射 → 太僕
常林  東曹属 → 尚書 → 少府
徐邈  東曹議令史 → 尚書郎 → ショウ国の相

このうち、崔エン、毛カイは曹操によって死罪になっている
徐奕は魏が禅譲受ける前に死亡
何キ・常林・徐邈は魏が禅譲受ける前後に別の官に移動してる
まあ、単純に出世したからなんだろうけど
曹操の丞相時代の東曹が魏国初期の尚書の官をほぼ独占し
魏が禅譲を受けたあとの尚書には荀彧の人脈に繋がる陳羣たちが就いているのは
何かあるのかもしれない(何もないのかも知れないけど)

256:無名武将@お腹せっぷく
07/01/24 12:43:11
>>255
これは中々面白い

東曹は毛カイ伝に見えるように人事関係の部署だったようなので、いわばエリート
平時における尚書丞などのように高官人事を司るわけだ
それを抑えていた連中になんらかの共通点があるのか、興味深い
また、そんなエリートたちがこぞって丞相府から魏国の尚書に移っていることからは、曹操のあからさまなまでの自領優先の姿勢が伺えるのではないだろうか
曹操が自領である魏国を優先するのは予想できる話だが、こういった人事を見るとよりハッキリするね

257:名無し@取扱い地域・時代、自治で議論中
07/01/26 18:07:06
>>254
崔エン、毛カイらが曹丕の支持者だったことにも注目していいと思う。
曹操の後継者問題も、プラスして考えるとより面白いと思うよ。

258:名無し@取扱い地域・時代、自治で議論中
07/01/28 00:20:46
なるほど
崔エンと毛カイは人事を司り当時の名士系官僚たちに絶大な影響力を持っていたことが見受けられるけど、
その二人が揃って曹丕派で、かつ何者かに告発され失脚してるというのは面白い事実だ

曹丕派と分かるつながりはないが、同じく東曹掾になっていた徐奕が曹植派で曹氏の姻戚といわれる丁儀に讒言されていたというのも興味深いね

でも毛カイを詰問したのが大理ショウヨウだというのはたまたまかな

259:名無し@取扱い地域・時代、自治で議論中
07/01/28 01:07:10
てか、じゅんイクとかふざけた書着込む奴は氏ねよ

260:>>259
07/01/28 01:08:38
あああああ!!!編集し忘れて滑ったYO!逝って来ます!

261:名無し@取扱い地域・時代、自治で議論中
07/01/28 12:00:00
じゅんにくーーー改めプンちゃん

262:名無し@取扱い地域・時代、自治で議論中
07/01/28 12:36:17
ぶんちゃんとかキモいからやめて?

263:名無し@取扱い地域・時代、自治で議論中
07/01/28 20:03:55
後継ぎ問題で曹丕を積極的に支持した奴らって、崔エンや毛カイがそうであるように、穎川以外での当時著名な名士が多い印象
穎川というかジュンイク系の人物は、どうもこの時期はあまり積極的な活動が見えない気がする
単に軸となるべき人物がいなかっただけかもしれないけどね
曹丕の時代にはジュンイク系の陳羣と司馬懿が一躍中心人物になってりんだし

264:名無し@取扱い地域・時代、自治で議論中
07/01/29 02:30:47
>>262
ぶんちゃんじゃないもん!
プンちゃんだもん

265:名無し@取扱い地域・時代、自治で議論中
07/01/29 20:58:27
>穎川以外での当時著名な名士
 kwsk

ジュンイク系は五官掾とか、曹丕に近い職に居るには居るんけどな…。
穎川の人物は文書の草稿すら残していない人(荀彧や荀攸、陳羣あたり)が多いから、
それも相まって動向が掴みにくいな。


266:名無し@取扱い地域・時代、自治で議論中
07/01/29 21:40:43
我らがジュンイクといいジュンユウといい陳羣といい、後ろ暗い建策が少なくなかったんだろうな

267:名無し@取扱い地域・時代、自治で議論中
07/01/29 22:28:47
>>255
毛かいは死罪じゃなくて免職じゃなかった?

268:名無し@取扱い地域・時代、自治で議論中
07/01/29 22:47:51
>>265
五官掾て誰がいたっけ?すぐ出てこないや…

>>267
ゴメン、死罪は間違い。免職であってる。

269:名無し@取扱い地域・時代、自治で議論中
07/01/29 23:41:52
>>265
名前忘れたが、荀彧の息子が曹植と親しかった事が曹丕ひいては曹操の不興を買ったのでは?
と書いていた人が居た。

270:名無し@取扱い地域・時代、自治で議論中
07/01/29 23:52:24
>>269
太子問題の時期は、ジュンイク自身が生前に曹操の不興を買っていたから、それ以前に政界からはハブられてたんじゃないのかなあ
確かに長子ジュンウンも曹植と仲良しでしかも夏侯尚とは仲が悪かったそうだから曹丕に嫌われフラグ立ちまくりだが

271:名無し@取扱い地域・時代、自治で議論中
07/01/30 08:38:12
ふと思う
曹操が参謀たちの中で一番信用してたのはテイイクだよなあ
仕えたのはジュンイクも同時期だけどエン州人で純粋に譜代なのはテイイクだけだ

272:名無し@取扱い地域・時代、自治で議論中
07/01/30 18:02:42
>>271
それはどうだろう
少なくとも引退表明した時のテイイクの心は曹操から離れかけてたような希ガス
そのテイイクの心を引きとめたのは曹丕。
数字姐さん達が曹丕×程昱に気づかないのが不思議だ
周囲の廷臣が一斉に反対の意見にまとまる中、自説を曲げず沈黙する程昱
帷幕の中へ程昱一人を呼び込み意見を聴く曹丕
その素直クールっぷりに落ちる程昱
いつの世でも恋愛シミュレーションっていいものですね アレ?

273:名無し@取扱い地域・時代、自治で議論中
07/01/30 19:47:25
>>272
曹丕は最終的に程昱を三公に就けようとしていたみたいだしな
程昱を一番評価していたのは曹丕と言っても過言じゃないかもしれないね
しかし、曹丕の三公の選出基準はどこまでも世間の評判を無視していて面白いな
曹操以上に世間気にしなさ過ぎというか

274:名無し@取扱い地域・時代、自治で議論中
07/01/30 20:09:34
>>272
テイイクって奮武将軍の時も都督エン州だったんすかね?

275:名無し@取扱い地域・時代、自治で議論中
07/01/30 20:38:16
ふと思った
テイイクの引退って、「うはw復帰ハヤスww」とか思ってたが、
「兵を領する職から」退くというつもりだったのかなあ

276:名無し@取扱い地域・時代、自治で議論中
07/01/30 21:33:20
>>273
そうかなあ?後漢の名門楊彪を三公につけようとしてたあたり、
むしろ世間の目を意識してたと思える。

277:名無し@取扱い地域・時代、自治で議論中
07/01/30 21:58:44
>>276
その楊彪への打診を強制せずに次に持ってくるのが賈クなあたりがな
まあ、自分の主観なんであんまり力説するようなモノでもないけど

278:名無し@取扱い地域・時代、自治で議論中
07/01/30 22:08:30
>>277
カクは漢献帝の元で尚書や九卿、冀州牧とかになり、曹操の軍事顧問
当時の朝廷全体を見ても頭一つ抜けた重鎮
彼の起用はおかしくない
楊彪を引っ張り出す方がなんか不思議な人事

279:名無し@取扱い地域・時代、自治で議論中
07/01/31 00:55:24
文帝の三公人事

太尉カク→当然の人事。漢魏どちらにも通じる実績と名声。また派閥争いと無縁なのも大きい。
司徒カキン→ジュンイク後任の尚書令、ショウヨウ後任の魏相国。実績は充分。名士として有名でジュンイクが推薦した人物でもある。穎川閥の流れを組むのだろうか。
司空王朗→徐州・揚州で活躍した。魏国の要職を歴任。まあ彼も順当では。

カクと同等と言えそうなのは漢の三公経験者楊彪、関中のドンだったショウヨウ、それと曹操・丕の信頼厚いテイイクくらいじゃないだろうか
しかし楊彪は断ったし、ショウヨウは魏諷の乱で失脚し格落ち。テイイクもカクには漢における経歴で負けるし、人肉事件の悪評も影響したのかもしれん。
つまり文帝の三公人事は当時の官界の派閥や序列、評判から見て順当な人事。
充分配慮したとも言える。

280:名無し@取扱い地域・時代、自治で議論中
07/01/31 01:44:06
>>272
数字のおんなのこ達が嫌いな俺にとっては気がつかないほうがいいな

281:名無し@取扱い地域・時代、自治で議論中
07/01/31 01:46:23
数字婦女の通はジュンイク×董昭だってばっちゃが言ってた

282:名無し@取扱い地域・時代、自治で議論中
07/01/31 12:57:31
数字婦女ってなあに?

283:名無し@取扱い地域・時代、自治で議論中
07/01/31 13:05:55
>>282
しー!ここでそれを聞いちゃだめだよ。月の無い夜コス帝のエージェントに攫われてしまうよ

284:名無し@取扱い地域・時代、自治で議論中
07/01/31 20:46:18
ところで董昭ってなんか魏での扱いが低くないか?

285:名無し@取扱い地域・時代、自治で議論中
07/02/02 21:58:39
自分で考えてみる

よく考えたら王朗の次の司徒だから言うほど遅くもないかもしれんが、三公としては陳羣に先を越されてる
また行司徒事が長いあたり、やはり少しばかり扱いが悪い

蘇則が彼を佞人と呼んだように、評判が悪かったのだろうか
曹氏にとっては大恩人だと思うのだが

286:名無し@取扱い地域・時代、自治で議論中
07/02/02 22:02:48
大恩人を扱いよくしたら返って不評じゃね?

287:名無し@取扱い地域・時代、自治で議論中
07/02/02 22:15:08
>>286
何故に?

288:名無し@取扱い地域・時代、自治で議論中
07/02/02 23:01:12
魏にとっての大恩人って事は漢にとっての不忠物でしょ
名目上は違っててもそんな人間を取り上げたら、ああ、やっぱり私利私欲なんじゃんねって周囲に見られるよ

289:名無し@取扱い地域・時代、自治で議論中
07/02/02 23:09:15
いや
曹氏に天命が下ったことをいち早く察した賢臣、という理屈になる
漢に対し不忠などという考えが出てくるとしたら、魏の禅譲が実は支持されていなかった(力で無理矢理位を奪った)ことになる
蘇則や曹植の言動はその意味で危険

290:名無し@取扱い地域・時代、自治で議論中
07/02/02 23:18:33
>>289
陳羣の話しとか知らないの?

291:名無し@取扱い地域・時代、自治で議論中
07/02/02 23:54:59
>>290
カキン伝注のこと?
カキンや陳羣、蘇則が表明したように、曹丕の禅譲を快く思ってない、即ち簒奪であると内心感じていた者は実際少なくなかったわけだ
まー曹丕を新帝一応認めつつも曹氏に一歩引いた態度を取るということだわな
曹氏と群臣の間に流れる微妙な空気とか、司馬氏には多くの大臣が積極的に協力したこととか、そういう心理と無関係じゃない気がしないでもない

292:名無し@取扱い地域・時代、自治で議論中
07/02/03 00:11:25
すごく関係ないんだが、夏侯淵とかがなった典軍校尉って西園八校尉の一つなんだね

293:名無し@取扱い地域・時代、自治で議論中
07/02/04 19:54:55
西園八校尉の三軍のうち、中軍は以後も存在し続けて、曹操の元では禁軍と称しつつ曹操が率いている
制度だけ残っていたのか兵自体が残っていたのかわからんけど

294:名無し@取扱い地域・時代、自治で議論中
07/02/06 06:17:22
曹操は自身の軍閥を漢の制度に組み込む事によって正当性と兵力の維持の両方を成り立たせてた
制度だけの存在だと考える方が妥当だろう
というか、漢にそれだけの兵士が残ってたなら劉協はもっと苦労しなくて済んだろうし、曹操は私財で兵士を雇わなかっただろうさ

295:無名武将@お腹せっぷく
07/02/08 00:20:27
>>294
宋書は持って無いので晋書職官志見たら、なんか微妙に分かりにくいが、
領軍・護軍は建安4年に出来、中領軍・中護軍に改称されるのが建安12年のようだ

おそらくは、建安4年に西園八校尉の中軍校尉の名の元に兵を率いていた史渙を領軍とし、韓浩をその護軍としたのだろう
建安4年というと袁紹との対決を控えた時期であり、名義上とはいえ皇帝直属だった西園の兵(実際には曹操が出した兵だろうが)を改組し、
曹操譜代の韓浩を護軍にして曹操の禁軍支配を固め、袁紹との戦いに備えたのではないだろうか

典軍校尉は建安後半まで残っていたようにも思われるが、夏侯淵といい丁裴といい、兵站業務との関わりをうかがわせる
本来西園軍の補給担当だったのではなかろうか

296:無名武将@お腹せっぷく
07/02/08 11:13:59
丁斐の記事読んだら、毛カイが横領罪の彼を重く処分しようとしたが曹操が能力を惜しんでやらなかったとある
また桓階伝によると、丁儀に讒言された毛カイや徐奕を桓階が救ったとなってる
確証はないが丁儀と丁斐は沛の丁氏で曹嵩や曹操の正妻の丁氏の一族つまり同族だろう

崔エン、毛カイ、桓階らと丁氏がお互いに相手を失脚させようとやりあってたわけだ

また前者は曹丕支持、後者は曹植支持であったことは無関係ではないだろう

297:無名武将@お腹せっぷく
07/02/09 12:34:20
そういや陳羣って曹操に帝位に就くよう勧めてるよね

298:無名武将@お腹せっぷく
07/02/09 23:08:59
テスト

299:無名武将@お腹せっぷく
07/02/09 23:09:19
ここも中英に移動かな

300:無名武将@お腹せっぷく
07/02/09 23:58:14
何も出来ないからせめて保守してみる

301:無名武将@お腹せっぷく
07/02/10 00:02:31
いわゆる清流派っぽい奴ら(毛カイとか)は禅譲推進派だったと言っておく

302:無名武将@お腹せっぷく
07/02/10 15:44:43
じゅんにくのおならくさいくさい

303:無名武将@お腹せっぷく
07/02/10 23:51:01
ジュンイクが侍中になったのって、曹操が侍中臺崇を殺して(後漢書献帝紀)侍中が空席になったからかな?
つかジュンイクを侍中にするために臺崇を殺したのか…

304:無名武将@お腹せっぷく
07/02/11 14:08:36
あげ

305:無名武将@お腹せっぷく
07/02/11 14:37:09
なんだかよく分からん理由でスレがどんどん落ちてる
必ずしも60日24時間ルールというわけでもなさそう

ここも引っ越し考えた方がいいぞ

306:無名武将@お腹せっぷく
07/02/11 15:00:51
中国英雄板、もしくは歴史難民板に移住がよさそう。
向こうで語る分にも何の不自由もないし、
いつ落ちるかわからないこっちよりいいと思うですよ。

307:無名武将@お腹せっぷく
07/02/11 15:05:02
ここが落ちたら中英板にある王佐の才スレにジュンイクよろしく脱出

308:無名武将@お腹せっぷく
07/02/11 15:06:40
マジメにやりたいなら中英、ネタも含めてマターリやりたいなら難民でいいんじゃない。


309:無名武将@お腹せっぷく
07/02/11 15:08:07
まあ落ちるまではここでいいじゃないか。
俺は三戦に愛着があるから出来ればずっとここに居たいけど

310:無名武将@お腹せっぷく
07/02/11 15:12:22
毎日レスするしかないよ
あとは運


献帝が最も苦しい時につき従った忠臣を殺した後任の侍中に収まったジュンイクか
黒くてベネ

311:無名武将@お腹せっぷく
07/02/11 15:48:34
良スレが次々と三戦から脱出している中で、
自分達のスレが三戦復興の一助になればと
頑張っている考察やネタスレ住人がまだいるから、俺も残りたいな。

荀イクだったらどうするかなw

312:無名武将@お腹せっぷく
07/02/11 15:54:04
>>311
戦乱の足音が聞こえてきた穎川をいち早く脱出したのがジュンイクです

313:無名武将@お腹せっぷく
07/02/11 17:48:33
一応いざってときのために王佐スレはっとく

王佐の才 (´・ω・`)
スレリンク(chinahero板)

314:無名武将@お腹せっぷく
07/02/11 17:50:14
あと中英板のほうが個人的には語れることも増えると思うんだよなー。
スレを盛り上げれば中国史自体に詳しい人も多く呼び込めるだろうし、
俺個人の意見としては移住を希望するよ。

315:無名武将@お腹せっぷく
07/02/11 18:09:08
語れる事を増やすだけでどうする
今やってる事は掘り下げてる話題だろ
即移住ってのは止めるべきだな
範囲が広がるとそれだけ浅い話ししかできなくなるのもまた事実

316:無名武将@お腹せっぷく
07/02/11 18:14:21
そうか?語る範囲が広がる=必ずしも浅くなるってことはあるまい。
第一、三国志正史だけ読んでても三国時代は見えてこないよ。
実際このスレでも前後の時代からの引用あるし、
荀イクの場合は思想とかも関係するからね。
そういう方面でより建設的な話ができるのは中英板だと思う。

317:無名武将@お腹せっぷく
07/02/11 19:16:55
は?
この板は正史三国志だけで話すわけじゃないぞ

318:無名武将@お腹せっぷく
07/02/11 19:39:35
というか中英板に三国志の個人スレをたててもいいの?

319:無名武将@お腹せっぷく
07/02/11 21:47:36
>>317
うむ
後漢書や晋書も必要だ

320:無名武将@お腹せっぷく
07/02/11 21:59:15
>>318
既に馬超スレとかは中英に移住してるんだぜ

321:無名武将@お腹せっぷく
07/02/11 22:03:14
というか懲罰鯖に移住させられてまで三戦にこだわる理由ないでしょ。
いつ落ちるかも分からないここにい続けるのは、
それこそ曹操も袁紹も捨てて李カクとかその辺につくようなもんだ。
多くのスレが移住をはじめた現状、ここに留まるのは愚考愚策以外の何物でもない。

322:無名武将@お腹せっぷく
07/02/11 22:05:16
言いたいことは分かるし同意だが、リカクはそんな捨てたもんじゃあないだろ

323:無名武将@お腹せっぷく
07/02/11 22:26:12
>>320
いや、あまり増えすぎたら嫌がられるかな、と。三国志ならともかく、中国英雄の中で荀イクって…と思われそうだな、とか…
考えすぎか


でも落ちてグダグダに移動するよりは今のうちにちゃんとスレをたてたほうがいいよね。


324:無名武将@お腹せっぷく
07/02/11 22:33:49
落ちてからでいいと思うよ俺

325:無名武将@お腹せっぷく
07/02/11 22:34:54
馬超スレとかの個人スレは嫌われてるってのに、馬超スレがあるから自分らもOKって
移住したら三国志関連が閉め出される
せめて荀氏スレにすれば後漢~南北朝まではカバー出来ようが

326:無名武将@お腹せっぷく
07/02/11 22:36:56
何事も後手後手に回っていたらあの世の荀令君に叱責されるぜよ。
板の大勢がもはや決した以上、速やかに移住するのが上策だと思うけどね。
乗り遅れて移住したらそれはそれで目立ってよろしくない。

327:無名武将@お腹せっぷく
07/02/11 22:38:07
じゃあ荀イクなどの荀氏を語るスレにしちゃえばよくね?

328:無名武将@お腹せっぷく
07/02/11 22:38:08
最悪歴史難民板があるわけでそう焦る必要もあるまい

329:無名武将@お腹せっぷく
07/02/11 22:38:10
落ちたら中英に移行する
スレは王佐を使うか、穎川総合スレまたは荀氏総合スレにする

これでよし

330:無名武将@お腹せっぷく
07/02/11 22:40:01
まあ確かに、穎川の人間や弟を置いて新天地に行くのがジュンイクらしいかもな

331:無名武将@お腹せっぷく
07/02/11 22:44:02
ごみ鯖にいつまでもい続ける理由はないと思うんだが。
袁紹を見切って曹操につくなど先を読んで大胆に行動したのが荀文若。
住民もその行動にあやかるほうが自然であろう。
もはや誰の目にも三戦は滅亡したことは明らかだし。

332:無名武将@お腹せっぷく
07/02/11 22:58:50
俺は穎川総合スレを中英に立てるに一票

333:無名武将@お腹せっぷく
07/02/11 23:04:43
オレは落ちてからに一荀

334:無名武将@お腹せっぷく
07/02/11 23:06:18
穎川総合スレならネタも豊富だし、いろいろ意義ある討論が楽しめそうだ。
俺は移住に一票。

335:無名武将@お腹せっぷく
07/02/11 23:06:46
中英板は、基本的には三国志を拒まない方向だから、
引っ越しても問題はないよ。

三国志スレが増えることを快く思っていない住人がいることは事実だけど、
そういう人たちって、三戦板時代に自治厨から弾圧を受け追放されたという遺恨があったりするから。
自治スレでしばらくは嫌味を言い続けるかも知れないけど、
三戦板からの三国志スレの受け入れがひと段落して落ち着いたら、
何も言わなくなると思う。


336:無名武将@お腹せっぷく
07/02/11 23:09:26
穎川総合スレだと、三国志以外の穎川を語ってもいいのか?

337:無名武将@お腹せっぷく
07/02/11 23:10:42
>>336
当たり前
東晋のユ太后の悲惨な運命とか語れる

338:無名武将@お腹せっぷく
07/02/11 23:19:02
何をおいても荀イク荀イク言っていられる、ここは良いスレだった
中英板には荀氏or穎川総合のほうが即しているだろうが少し寂しいな

339:無名武将@お腹せっぷく
07/02/11 23:19:51
じゃあ歴史難民だな

340:無名武将@お腹せっぷく
07/02/11 23:20:38
難民はどっちかというとネタスレが移住してる感じだよ。
俺は真面目な話したいし、中英移住に一票。

341:無名武将@お腹せっぷく
07/02/11 23:21:12
逆に考えるんだ
黒くて賢いジュンイクの実像を他の板にも浸透させるんだと

342:無名武将@お腹せっぷく
07/02/11 23:46:08
穎川だと隋末唐初も結構目立ってくるんじゃない?

343:無名武将@お腹せっぷく
07/02/12 02:18:09
このスレの住民って正史三国志の他に何読んでるの?
やっぱり後漢書とかその辺りなの?

344:無名武将@お腹せっぷく
07/02/12 02:39:37
反三獄死じゃね

345:無名武将@お腹せっぷく
07/02/12 03:27:23
俺は穎川について語りたいんじゃなくて
後漢末から三国時代初頭の荀彧と穎川豪族について語りたいので
他の時代の話題が混ざる移住は勘弁して欲しいな
東晋とかまで行っちゃうと知ってても今ひとつ食指が動かん

346:無名武将@お腹せっぷく
07/02/12 03:38:15
じゃあ、もしここが落ちたら中英に行きつつ、三戦でも再び続けて同時進行でやるっつのは?
両方で違った話の流れになったりして、行き来するのも面白いかも。

347:無名武将@お腹せっぷく
07/02/12 09:39:52
中英板住民だけど、あまり難しく考えずに、
中英板でも、普通に荀彧を語るスレでいいと思うよ。
三国志も中英板の範囲のうちなんだし、基本的には拒む理由はない。



348:無名武将@お腹せっぷく
07/02/12 09:47:42
>>347
あなたはそう言ってくれるかもしれないけど、
三国志人物の個人スレを立てる必要があるのか? って自治で議論されてたんだよね。。
夏侯惇とか馬超とか凌統のスレがばーっとたっちゃったこともあってさ。

349:無名武将@お腹せっぷく
07/02/12 11:15:16
三戦板時代に自治厨の弾圧を受けて追放され、
アンチ三戦板、アンチ三国志になっちゃってる人もいるから、
自治スレで嫌味を言われるのは仕方ないけど、
ある程度は面の皮を厚くしないといけないよお。

350:無名武将@お腹せっぷく
07/02/12 11:19:05
>>346に一票。
同じ根のスレが、違う板で全く違う議論に進化するのを
常駐板で何度も見てるけど面白い。
掛け持ちも好きな方に住むのも良い

351:無名武将@お腹せっぷく
07/02/12 12:23:43
つーか、一番最初に移住にたのが
夏侯惇とか馬超とか凌統とかみたいな歴史的に一級戦じゃない連中だから印象悪いって気もする
例えばさ、日本史を語るスレで本多重次の単独スレとかヘンだろう?
荀彧ぐらいなら準一級だからっていう部分はある

あと、アンチアンチ三戦が煩いな、さっきから

352:無名武将@お腹せっぷく
07/02/12 13:03:40
凌統なんかもろ無双スレだったしね
あれは呆れた。

何にしろ、荀彧スレにしても潁川スレにしても
過疎にしないで建設的な意見交換をするスレにしたら
向こうの住人も喜んでくれるような気がする

353:無名武将@お腹せっぷく
07/02/12 13:33:51
>>351
またそうやって別スレの批難かよ
準一級なら語ることが尽きないだろ
三戦でやれ

354:無名武将@お腹せっぷく
07/02/12 13:35:26
何か一人だけ強硬に移住に反対しているのがいる気がするね。
向こうに穎川スレたてて、向こうで語りたい人は向こうで、
こっちにこだわる人はこっちに残る、でいいんじゃないかな?

355:無名武将@お腹せっぷく
07/02/12 13:40:22
スレリンク(chinahero板)l50

356:無名武将@お腹せっぷく
07/02/12 15:24:53
中英板での問題は、三国志系スレの「乱立」だろうから、
荀イク単独ではなく、魏総合とか、潁川総合とか、
縦か横方向に幅を持たせて、色々受け入れられる形をつくっておくとよいのでは。
以後の乱立に歯止めをかけることもできるし。

357:無名武将@お腹せっぷく
07/02/12 15:27:19
というか、まともに討論するスレであれば問題ないって流れなんだよね、向こうも。

358:無名武将@お腹せっぷく
07/02/12 16:17:05
>>354
アンタみたいに一人だけとか言い出す人はアッチじゃ生きていけないんじゃない?

359:無名武将@お腹せっぷく
07/02/13 02:07:51
ほしュンイク

360:無名武将@お腹せっぷく
07/02/13 02:19:43
>>346,>>350に賛成してみるテスト

361:無名武将@お腹せっぷく
07/02/13 03:14:33
じゅんにく「とかちつくちて」

362:無名武将@お腹せっぷく
07/02/13 16:35:33
ピカリタンジュンイクワショーイ

363:無名武将@お腹せっぷく
07/02/13 18:48:15
しかしスレを分けると両方過疎る可能性も高い罠

董卓スレも落ちちゃったな…

364:無名武将@お腹せっぷく
07/02/13 19:10:17
董卓復活してるよ
スレリンク(warhis板)

両方行き来すればいいじゃないか
一つのスレで潁川総合やると、荀イクメインの人と他も語りたい人が
一度にネタ出してゴッチャになるだろうし。
もし需要がなければ、自然にどっちかが過疎って落ちるし。

365:無名武将@お腹せっぷく
07/02/13 19:32:44
この50レスくらい、誰もジュンイクや穎川人のことなど全く語ってないのは秘密だ

366:無名武将@お腹せっぷく
07/02/14 03:17:57
じゅんにく「とかちつくちて」

367:無名武将@お腹せっぷく
07/02/14 13:58:31
ほしゅんいく

368:無名武将@お腹せっぷく
07/02/14 22:58:37
じゃあ>>362に便乗して
資治通鑑(北宋)はベタ褒めなんだな。
史の成立年代順に荀彧の評を並べたらどうなるんだろう。

俺は現行スレを使い切ってから中英移転かな。

369:無名武将@お腹せっぷく
07/02/15 00:35:51
てすつ

370:無名武将@お腹せっぷく
07/02/15 01:13:34
支援

371:無名武将@お腹せっぷく
07/02/15 06:39:58
本題から反れた話ばかりしてるから続きは中英でやろう

このままdat落ちキボンヌ

372:無名武将@お腹せっぷく
07/02/15 11:25:19
中英、中英ってしつこい

373:無名武将@お腹せっぷく
07/02/15 12:41:02
彼女の誕生日に空箱をプレゼントした
未だ連絡は来ない
出来た娘だがそれが命取りともなる
雉も哭かずば射たれまいて

374:無名武将@お腹せっぷく
07/02/15 23:46:27
まあ、>>303まで戻すか

375:無名武将@お腹せっぷく
07/02/15 23:49:59
「曹さんよ、俺侍中やってやんよ」
「じゃあ侍中一人殺しとくか」

376:無名武将@お腹せっぷく
07/02/16 02:00:22
侍中は別に人数制限ないのでは?

377:無名武将@お腹せっぷく
07/02/16 07:14:53
続漢書百官志だと「無員」だから定員なしだったことになるんだが、後漢書献帝紀によると献帝即位直後に定員6人とされてるんだよね。

378:無名武将@お腹せっぷく
07/02/16 11:21:44
>>377
それは知らなかった。
即位直後ってことは董卓が決めたってことになるのかな

379:無名武将@お腹せっぷく
07/02/16 12:35:25
>>378
そうなるかな。
まあ董卓失脚の際などに無員に戻された可能性も否定は出来ないが
いずれにしろ、満員だから侍中を殺したのではなく、前政権が任命した侍中を排除したかっただけかもしれない
関中脱出~許に流れつくまでに大臣がさんざん死んでるから、侍中も何人いたかわかったものではないし

380:無名武将@お腹せっぷく
07/02/17 16:57:27
保守

381:無名武将@お腹せっぷく
07/02/18 01:24:18
そーいや、
霊帝の売官では何故か曹嵩ばかりクローズアップされるけど、
馬日テイだとか袁隗だとか張温みたいな奴らも大金出して三公になったはずだし、(崔烈の話のように)
幽州牧劉虞なんかも金出してるはずだよなあ
なんで曹嵩だけが悪く言われるのかな

382:無名武将@お腹せっぷく
07/02/18 02:09:52
後漢書宦者列伝によると孝廉茂才も金を出さないといけなかったらしい
ショウヨウやジュンユウは霊帝時代の仕官であり、おそらく彼らも金を積んでいる(ジュンイクは宦官誅滅後なので多分違うが)

求賢令ってやつの目的の一つは
「金で官位を買ったという悪評があっても能力があれば使うよ!」
という、かつて売官に絡んでいた曹操軍閥の有力者が批判を受けないようにするための方策だったのでは?

383:無名武将@お腹せっぷく
07/02/18 02:39:43
求賢令は先日話題になった日本版ホワイトカラーエクゼプションみたいなもんじゃないの?
現状を正当化するための立法というさ

384:無名武将@お腹せっぷく
07/02/18 12:32:33
>>383
現状(脛に傷のある曹軍閥の有力者たち)を正当化するのが主目的であって、
「唯才」などと言われるような実力主義がどれだけ徹底されたかは疑問、てトコだね
上でも書いたけど丞相府・魏国で人事を握った崔エンや毛カイの人事は人柄重視だったらしいし

385:無名武将@お腹せっぷく
07/02/18 17:56:07
がらりと話しは変わるのだが、わらわは伴野 朗 氏の本(呉三国志、三国志の英雄たちみたいなやつ)を読んで荀文若を好きになったのだが、荀文若についての本で印象に残ったやつを教えてもらえないででござるか?

386:無名武将@お腹せっぷく
07/02/18 20:09:29
>>385
バンヤロー語でおk

387:無名武将@お腹せっぷく
07/02/19 00:19:57
売官制、「この官職欲しいんだけど」て奴に金出させて売るわけで、
朝廷のほうから「お前この官職についてくれねえ?」てときには当然金取らない
と理解してたんだが、違うのか?
なんか上で、官についた奴がみんな売官だったように書かれてるが?

388:無名武将@お腹せっぷく
07/02/19 01:21:03
>>387
後漢書霊帝紀、光和元年を見るに、売官は二つある
一つは関内侯、虎賁、羽林を金を納めたら与える(公式な)売官
二つ目が密かに三公、九卿の位を金で売るもの

二つ目について注の山陽公載記によれば、「まさに徳次をもって選ばれるべき者はこれを半ばとす、あるいは三分の一とす」、つまり徳の序列で就任する場合は半額、1/3だが、只ではないようだ

また宦者列伝によると同じものかわからないが、太守、刺史や孝廉、茂才まで就任に当たり「助軍修宮銭」を出すことを要求されたという

この時代に官界にいたら、これらの金を出さない限り如何ともし難かったようだよ

389:無名武将@お腹せっぷく
07/02/19 02:26:45
>>388
なるほど、ありがとう。
こちらでも後漢書確認したところ、羊続伝には
三公となったものはさらに「東園礼銭」なるもの千萬を納めなければならなかったらしい。
そうとう厳しい制度なんだな。

ただ、これを見たところ、売官として批難されるのは、密かに公卿の位を買ったもので、
徳次をもって選ばれたものは、いわば官人の義務のようなもので、
売官と批難されることはないと思うのだがどうなんだろう?

390:無名武将@お腹せっぷく
07/02/19 02:42:25
>>389
羊続伝のその礼銭は知らなかった
教えてくれてありがとう

確かに当時の官僚にとって買官は制度でありやむを得なかったんだろうが、問題は金の出処じゃないだろうか
実態がどうあれ、「あんなに銭を出せた→賄賂や強制徴発で集めたんじゃないか?」と思われてしまうんじゃないかと

なお崔エンや毛カイは霊帝時代には中央の官僚にはなっておらず、この売買官制度に染まらなかったと考えられる
確証はないけど、彼等が売買官時代の官僚を「清」ではないとして低く評価した可能性は十分あるんじゃないだろうか


次ページ
最新レス表示
レスジャンプ
類似スレ一覧
スレッドの検索
話題のニュース
おまかせリスト
オプション
しおりを挟む
スレッドに書込
スレッドの一覧
暇つぶし2ch