07/03/03 12:21:14
>>929
個人サイト貼るのもあれなんでコピペ
魯粛が死亡してから100年近くがたった頃、王伯陽という人の家が京口にあった。
その東には塚があり、魯粛子敬の墓だと伝えられていた。
伯陽は妻がなくなった時、なんとその塚を壊して妻の墓とした。
数日して伯陽が役所にいると一人の貴人が輿に乗っているのを目にした。
従者が数百人も従い、人と馬とが連なっている。
貴人は伯陽に近づくと「私は魯粛子敬です。君はなにゆえ私の塚をこわしたのか?」と言い、
左右のものに目配せすると刀の柄で数百回も伯陽を打ち据えさせて帰っていった。
伯陽は気絶していたが、暫くすると、また息を吹き返したが、
なんと魯粛に打たれたところがすべて潰瘍になり、数日後に伯陽は息を引き取った。
一説に、伯陽が死亡し、その子が墓を作ろうとして、漆の棺桶をふたつ掘り出し、
南の岡に移しておいたところ、夜に魯粛子敬が怒って現れ、こういった。
「おまえの父親をころしてやる」と言った夢をみた。
続いてまた父、伯陽の夢をみた。
伯陽は「魯粛とわたしで墓争いをしていて私は日夜恐ろしくてたまらない」と訴えるのだった。
その後、数日して伯陽霊位の敷物の上におびただしい血でぬれていた。
魯粛子敬が原因ではないかと思われる。