07/01/21 20:04:10
>>712
端的に言えば龐統が以前の職責を続投したことが、どうして「別に呉に仕えていたわけじゃない」のかわからない。
征服者が征服地の人士を元の職責で迎え入れたら「頭が変わっただけでその征服者に仕えているわけじゃない」となるのか?
俺は「龐統は(劉表→魏?)→呉→劉備と仕えた」と考えていて、その根拠が>>702の「貴方は以前周瑜の功曹であって~」とかだったりするわけだが、
何が「上が勝手に変わっただけだろ」なのが意味不明。
上が変わったっていっただけで劉表にも曹操にも孫権にも劉備にも仕えてないってことか?証明しろってのはその部分。
最後の三行は悪いがそれだけじゃ何を言いたいかわからない。どうもさっきから部分的な引用で話が逸れて行ってる気がするから、
貴方の>>710の
>コネがあろうがなかろうが呉に荊州を抑えるだけの軍事力と権威(官位)があれば
>荊州人士を従えさせることは不可能なことじゃない
>実際蜀から荊州を奪った後、呉はうまく荊州を切り盛りしたじゃないか
>潘シュン伝の注でも荊州の人士たちがたいした抵抗も無く下についたことが書かれている
>実力で荊州を取って、さらに荊州牧の官位を持ったこの時の呉にはそれが可能だったと言うことだ
>問題は周瑜生前時にそれだけのものを呉が持っていたか持っていなかったかってことだ
というのを>>711で俺なりに要約した以下の解釈が正しいというなら
『「荊州を抑えるには軍事力と権威が必要で」、「周瑜生前時にそれだけのものを呉が持っていたか疑わしい」とするならその根拠は?』
までまとめて答えてくれ。前の条件はそっちが主張してるもので、後ろのはそれを受けてのものだ。後ろだけ答えられても困る。
その「荊州の火種があることの否定はできない」も含めてね。