07/01/05 12:49:40
>>633
一般的な用語で言えば周瑜も呂蒙も陸遜も『軍師』じゃなく『司令官』だということでしょ。
周瑜の代表的事業である赤壁と江陵攻略(と征蜀未遂)について、戦略決定段階における孫権の参謀的役割もあったが、
メインは司令官として両作戦の総指揮をとり勝利に導いたことであり、そのことで『名将』として歴史に名を残してる。
呂蒙や陸遜も、それぞれ周瑜・魯粛や呂蒙の元で献策をしたこともあるけど、
呂蒙とはどういう人物か?と聞かれれば、それこそ『一般的』には「関羽から荊州を奪った呉の『名将』」であり、
陸遜は「夷陵で劉備を破った呉の若き(本当は大して若くないけど)『名将』」ということになる。
この他にも呂蒙の濡須や陸遜の石亭など、2人共指揮官として多くの成果を残しているわけで、
軍師と称するのには違和感を覚える人も居るんだろう。
その点魯粛は逆に、司令官としての経験が無いではないけど、魯粛の大一番は赤壁開戦に持ち込んだことや単刀附会みたいな
呉蜀同盟と天下三文策の推進にこそあるので、参謀的な役割での「軍師」にマッチするのかと。
…というか今まで誰も文官のぶの字も出してないのにいきなりどうしたんだ?と思わないでもない。
勝手に「軍師は文官のみだと相手は思ってる!」と決め付けてアホ呼ばわりとかするのは荒れそうなんで止めて欲しい。