07/09/18 11:26:35 WFQaAptF0
太田の論理、一部理解できる点あるし、よく考えている面もある。だが、総じて太田に賛成できない。ナゼか?討論番組なのに、
太田は自分ひとりで、自分だけのために、自分ひとりでしゃべっていて、
そこには、討論の相手も、TVの視聴者がいる事を一切感じされないからだ。
まるで、「部屋に引きこもっていない引きこもり」みたいなもので、自分の考え、思想と本にのみ囲まれ、
太田にとっての世間と言えば、ブスの嫁さんとバカ田中と太田の親、親族しかいない。
多様な人々が世間にいるのに、太田の思考の中に、一切他者や世間の概念がない。
そのくせ、討論で反対論者の意見を聞くとき、身体を斜めにして下から因縁つけるような目つきで、
「俺はオマエの意見や考えに騙されないぞ!」と、[自分以外の意見や考え方は全て悪だ]という、排他的、自己愛的な行動様式がプンプンして、
TVを見ているほうも、視聴者なのに、太田に排斥されているように感じ、それが太田への嫌悪感へと繋がっている。
太田が敬愛する立川談志が、あれだけ生意気で文句ばかり言うのに、たくさんの弟子を抱え、その存在感を保っているのは、
談志は世間に噛み付いても、世の中の人が残酷でもあり、やさしくもあり、馬鹿でもあり、厳しくもある事を知っていて、
談志が行動するときも発言する時いつも世間を考えているからだ。
たけしも然り。テレビのインタビューで、芸人はライオンみたいなもので、
いくら狩が上手いライオン(芸人)も、獲物になる動物(客、視聴者)がいなければ、飢え死にしてしまう。
よって、芸人は自分の芸を持ちつつも、視聴者や客のほんの少し前に位置しなければ、客に受ける事が出来ないと自論を展開していた。
太田は、太田自身が尊敬して、しゃべり方や振る舞いをまねして、考え方まで影響を受けているはずの芸人の、最も肝心な部分が異なっていて、
この点から、多くの人が、未だに太田をかつてのお笑いビッグ3とも、ポスト談志ともみなして貰えない理由だ。
太田には、不特定多数の視聴者を相手にするテレビに出演する芸人として、最も大切な部分が欠落している。