07/10/23 11:09:16 OkVGQONb
>>583
569じゃないけど
(1)最初の「地元説明会」が昭和52年以前で、ダムの建設をめぐっての園崎家と北条家が対立
(2)沙都子の入院が昭和56年のことで、沙都子は叔父叔母夫婦との衝突によるストレスで症候群を再発
悟史が入江に対して兄としての葛藤を打ち明けたのは時間軸的にこの直後
(3)入江と鷹野の会話(研究の座礁)が昭和54年のことで、1年目の「祟り」が起こる前
(4)バス停での富竹と鷹野の初デートはさらに前の昭和53年のこと
(5)現場監督のバラバラ殺人が(3)の直後の綿流しの祭りの日で、これが「連続怪死事件」の一年目
鷹野がかなり怪しかったけど、現場監督はダム戦争のストレスもあり自然発症である可能性も高い
Cパートの回想が正確に何年のことなのかはよくわからない