07/10/02 21:55:01 6VnUk70/
>>633
雛見沢大災害を祟りだと信じる人の心の中では大災害は神の行いという事になる。
そして何百年もたった後にその祟りを信じる人間が神を鎮めようとしてオヤシロ様の像を建てたとする。
鷹野の起こした事を祟り(神の行為)だと信じている訳だからこれは鷹野を鎮めようとして像を建てたのと同義という事になる。
後世において祟りが起こらなかったとしても祟りを恐れ、何かがあれば
祟りでないかと疑い、祟りの元である鷹野にお祈りをしたり奉納したりして
崇め奉り続ける。
鷹野はそんな存在になろうとしたんだろうか?
そうだとしたら正気の沙汰じゃないな。