お笑いロワイアルvol.7at NANMIN
お笑いロワイアルvol.7 - 暇つぶし2ch159: ◆8eDEaGnM6s
07/07/01 00:06:53
前スレ>>282-286 の続き

『幼馴染みたちの溜息』


「……………。」 
ハイキングコースから道なき道を適度に山の中に入り、目に付いた木の根元に腰を下ろしたままで。
赤岡は薬箱の中に入っていたスプレー型の鎮痛消炎剤をスーツの内側に適当に吹き込ませつつ
同じく側の木の根元に座り込んで、島田の額の傷を手当てしている野村の様子をぼんやりと眺めていた。
傷口を水で洗い、薬箱の中の消毒液を拭きかけた後はガーゼをあてて包帯を巻く…ただでさえ手間取る作業を
目が慣れているとはいえ、明かりのない暗闇の中で行うのだ。
「あっ」とか「わっ」とか小さな野村の声がひっきりなしに聞こえてくるけれども、それを静かにしろと
咎める事など誰にも出来ないだろう。
「っと、これで大丈夫かな?」
刃物がないため、野村に与えられた武器である浦安の夢の国土産の一つ、灰被り姫の城のキーホルダーの尖塔部分を用いて
強引に包帯を引き裂き、キュッと結びつけて。
野村がそんな安堵を含んだ声を漏らしたのをしっかりと聞き届けるなり、赤岡ははぁと溜息をついた。

「明るい所でちゃんと見てみねーとわかんねーけど、傷自体は浅い感じだった。」
手当てのために顔をもたげている必要が無くなったためか、力尽きたようにくてりと俯く島田を視界の隅に入れつつ
赤岡の方を向き、野村は小声でそう報告する。
「でもちょっと幅が長ぇし、何せデコのど真ん中だからな…傷跡、目立っちまうかも。」
野村が付け足したように、島田の額を縦に裂いた傷はちょうど眉間の上の辺り。
まがりなりにも人前に出る職業の人間にとって、めだつ位置にそれとわかる傷があるのは余り褒められた状況ではないだろう。
かつて、高校の部活の際に負った怪我で出来た左目の下の痣を隠すべく悪戦苦闘した経験がある以上、
野村の懸念も決してわからなくない。
しかし。
「ありがとう。でも、今は傷跡は気にする事じゃない。」
一度島田の方をちらっと見やってから小声で赤岡は野村にそう答え、手にしていたスプレー型の鎮痛消炎剤を野村に手渡した。

160: ◆8eDEaGnM6s
07/07/01 00:08:08
「赤岡……?」
「まぁ、もしも万が一って時があったら、その時はアッコさんが何とかしてくれるでしょうし。」
その余りのあっさりした赤岡の態度に、相方がそんなんで良いのかよでも言おうとしたのだろうか。
差し出されたスプレーに気付かず言葉を紡ごうとする野村を制し、赤岡は先にそう告げる。
ド天然の筈なのに、何故か『気が利く子』として事務所の先輩であり、芸能界のドンでもある紅白常連歌手に
やたらと気に入られている島田ならば、確かにそんなわかりやすい傷跡は放ってはおけないと医者を紹介したり、
何ならその治療費も出そうではないかなどと彼女に工面して貰えるに違いない。


その様子を想像する一方で、野村はハ、と呼気を吐いて呆れたような表情を浮かべた。
「…もしも万が一、なぁ。」
赤岡が仮定に用いた単語に、この現実…最後の一人だけが生きて帰れるというバトルロワイアルのルールを
今更ながらに突きつけられたような気がしたのだ。
そうだ。そもそもこの島から生きて出られるかもわからない以上、顔に傷を負ったからといちいち騒いでいても仕方がない。
そう言う意味では赤岡の言う「気にする事じゃない」というのも正しいのだろうけども。
「随分とあっさりしてやがンな。」
「頭の中がまだグルグルしてて…余計な事が考えられないだけだ。」
何か面白くねぇ、と意図して棘のある口ぶりで野村が発した言葉に、赤岡はぼそりとそう返した。
「……………。」
素人目に見ても身体への影響が大きいだろうと察せる山の斜面の転落を持ち出されてしまえば、野村にはもう次の言葉は発せない。
やむなく口をつぐんでスプレーを受け取る様子を傍らで見ながら、赤岡は小さく息を吐いた。


勿論、実際に頭が痛んで思考がまとまらないというのはある。
しかし、それ以上に赤岡を悩ませるのは先ほど大滝から知らされた情報だった。

菊地が島田に殺された、という事。
学校付近で自分達が佐田を結果的に煽ってしまったせいで鈴木の面々が殺されてしまった、という事。

その言葉が発された状況から、大滝の戯言と片付ける事は簡単である。
しかし、赤岡の知る大滝という人間は、こんな所で嘘をつくような人間ではない。

161: ◆8eDEaGnM6s
07/07/01 00:09:22
……ならば、本当という事だ。信じたくはないけれども。
だとすれば。一体自分はどうすればいい?
情報を共有する意味でも素直に喋ればいいのか? それとも己の胸の内に全てしまい込んでおけばいいのか?
この騒動の原因になった島田との口論もそうであるが、このバトロワでは些細な判断ミスが致命的な自体に繋がりかねない。
そう思うと赤岡としても色々と決断を下す事に躊躇してしまい、そんな中で野村に話を振られた所で
素っ気ない返答になってしまうのも野村にとっては申し訳ない話ではあるが、やむを得ないだろう。


「ったく、せっかく逢えたンだから素直に喜べばいいのによ」
その一方で、赤岡の内心など察せる筈もない野村は、赤岡が構ってくれないとなれば、と自然に島田の方に視線を向けるけども、
島田は島田で力なく俯いたままで野村と絡めるような状態ではない。
せっかく手当てした功労者であるはずなのに、一人だけポツンと放っておかれたような疎外感をにわかに味わいながら、
小さく野村はそう呟いて。赤岡から手渡されたスプレーを上下にカシャカシャと振った。
普段から運動をしている訳でない人間が、いきなり山を登れば翌日どうなるかは目に見えている。
筋肉痛で動けない所を他のマーダーに狙われました、なんてショートコントでも見ないオチはゴメン被りたい。
故に、野村は軽くめくり上げたボトムの裾から臑にかけてにスプレーを噴射し、その脚をケアしてやる。
「……島秀。」
「……………。」
薬剤が皮膚に浸透していく心地よい感触に一瞬ほころぶ顔を真面目なそれに引き締めて、野村は島田の名を呼んだ。
島田の耳にその野村の声は届いたようで、ぴくりとその細い身体が震えたようだったけれども、顔は俯いたままで動こうとはしない。
「…赤岡から聞いたぞ。お前、赤岡がゲームに乗ったって、そんな奴に武器になるモンを持たせちゃ駄目だって、
 そう思ったんだってな?」
「野村……っ?」
てっきり他愛もない話を始めるのかと思っていた所での野村のその発言に、赤岡は慌てる。
島田の誤解を解く、というのも赤岡を悩ませる要因で、慎重にやらねばと考えていたモノ。
そこを野村が無造作に攻めていったら、またややこしい事になるのではないか、それとも彼に任せた方が良いのか。

162: ◆8eDEaGnM6s
07/07/01 00:10:27
やはり決断できないまま、その口から発されたのは野村の名前のみ。
「いついかなる時でも暴力はいけません、人を傷つけるようなモノは持たないようにしましょう………馬鹿か、お前。」
赤岡から強い制止がないのを良い事に野村はスプレーを止め、傍らの地面に置いて。
空いた手で島田のアゴを掴んで強引にその顔をもたげさせる。

「だったらお前は片方の頬を打つ者には、ほかの頬をも向けられるのか? 上着を奪い取る者に、下着も拒まずにいられるのか?
 すべて求める者には与えられるのか? 奪い取る者からは取り戻さずにいられるのか?
 ………お前を殺そうとする奴に対して無防備に両腕を広げられンのか?」
自然と目と目を合わせる形になり、詰問するというよりも幼子に確認するかのようなゆっくりとした口調で野村は言葉を続け、
島田の返答を待った。
「……………。」
なまじ勢いよく捲し立てられれば、怯えて己の殻に閉じこもるというリアクションも取れようが。
問いかけてくる野村に対して逃れられないと察した島田は声にならない音をその口からこぼす。
「確かにそいつは理想だよ、でも現実はどうだ? 目の前に銃口突きつけられて、はいどうぞなんて言えるか?
 俺達は聖人君子なんかじゃねぇ。芸人だ。面白可笑しい事とオイシイ事が大好きな、俗物の固まりだ。」
「でも……」
「でもじゃねぇよ。
 誰かを殺すためでなく、さっきの赤岡みたいに自分達を守るための武器を持つのもゲームに乗ったっつーんだったらな。」
ようやく意味のある言葉が島田から発されたのを機に、先ほどより少し口調を早めて野村は島田に告げる。
「そもそも昼間にデイパックを受け取った時点でゲームに乗ったっつー事だろ? 山田さんやその後の多分西の方の奴みたいに
 デイパックを受け取る前に死なねーでここにいる事自体がゲームに乗っているって証拠だろ?
 それすら厭なら…認められねーんなら、ここに包帯の残りがあるからそれで今ぐす首を吊って死ね。」
「野村…さすがにそれは言い過ぎだ。」
どんどん熱を帯びてくる野村の言葉に島田が怯えているのが傍目からも見て取れて、赤岡は一旦場を遮ろうと口を開く。

163: ◆8eDEaGnM6s
07/07/01 00:11:35
「ていうか、噛んだな。最後。」
確かに説得のためとはいえ、長い言葉を延々口にしていたのだ。気の緩みが出ても仕方のない所だったかも知れないが。
芸人としても人としても格好悪い以外の何物でもない失態に、野村の顔がカァっと赤く染まった。

「……あいつならスルーしてくれるのに。」
「いやぁ、磯山でも指摘してたと思うが。」
島田から手を離して唇を尖らせる野村に対し、赤岡は肩をすくめて見せながら島田の方を見やる。
全身を小刻みに震わせて怯えを見せながら、恐る恐ると言った様子でこちらに視線を向けていて、
赤岡の目と目があうなり、彼は更にビクリと身体を震わせて。
その怯えを少しでもぬぐえれば、と赤岡は何とかその顔に微笑みを作ろうとする。
「…正直な所、僕も野村と同じ意見だ。デイパックを受け取ってしまったからには、このゲームに従うしかない。
 でも。このゲームは自由度が高いって言うのかな、指示された『殺し合う』以外にも色々な選択肢がある、と僕は思う。」
まったく予定外ではあるが、せっかくの野村が作ってくれた好機を逃す手はない。
重い身体を引きずって島田の方へ近づいて、赤岡は頭の中の言葉をつなぎ合わせて島田に話しかける。
「勿論、既に死者が出ている以上、『殺し合う』事を選んだ奴がいるのは事実だし、首輪によって生殺与奪権を
 向こうに握られているのも事実だ。でも、僕らには『これ以上殺し合わない』という選択肢を選ぶ事も出来る。
 少なくとも…僕はここまでずっとそれを選んできたつもりだし、今後もそれを続ける筈だ。」
選択肢を敢えて『これ以上殺し合わない』事にしたのは、一応大滝の話をふまえての事。
それに、実際に赤岡が人に向けてマイクスタンドを振り回した理由はいずれも相手を殺すためではなく、島田を守るため。
そこの所を理解して貰える事を祈りながら、くらっとする頭を何とか支えて赤岡は十秒ほど待って、言葉を続ける。
「まぁ、そもそも学校でお前に声を掛けたのも、全く知らない関西の奴とかと成り行き上組むよりは
 お前と一緒の方が気心が知れてる分気が楽だろうって思ったからだし、そのお前が僕を信じられないなら
 島田、僕はお前に無理強いは出来ないよ。今はまだ危険だから…朝までに頃合いを見て山を下りればいい。」

164: ◆8eDEaGnM6s
07/07/01 00:13:29
とりあえず、あの元町の民家では告げられなかった言葉を島田に告げて、赤岡は島田の肩に手をやった。
大きく、しかし華奢な赤岡の掌が触れる感触に島田は身体を震わせ、そして、唇を微かに上下に動かす。
「……意地悪だ、赤岡は。」
先ほどまでとは質の異なる震えに身を任せながら、島田ははっきりとそう言葉を発して赤岡を睨みつけた。
「そーいう言い方されたら、はいわかりましたって言える筈ないだろ。」
「…一応、考えてるからね。」
身体の震え同様、島田の思考のベクトルが変わった事が如実に伺える言葉、そして涙を湛えた双眸に
赤岡の顔には自然と安堵の笑みが浮かぶ。
「ちぇ、噛まなかったでやんの。」
憮然とした口調でぼそりと呟く野村の表情も、赤岡と同じモノ。

「そこは、ほら、漫才師ですから。」
「漫才師でもカツゼツ悪い奴いるぜ? なぁ、島秀。」
「……意地悪だ、野村くんも。」
島田が少し心を開いた事で、場の空気は一気に色を変える。
野村が地面に置いたスプレーを島田も用いるようにと手渡し、赤岡は肺の底からの溜息をついた。
勿論、山頂の辺りにいるだろう18KINの二人や菊地の事を思うと手放しでは喜んではならないだろうけども
それでもここまで無茶をした価値はあった。報いはあった。
そう思うと身体の疲労や痛みが少し薄れていくような気がして。
―あぁ、そう言えば昔バスケットの試合中に足首を捻っても、その試合に勝てたら結構痛くないと思ったモノだ。
だったら、そういう事なのだろう。



165: ◆8eDEaGnM6s
07/07/01 00:15:12
赤岡が使っていた時点で結構軽い印象があったため、今はどれだけ中身が残っているかはわからないけども。
鎮痛消炎剤のスプレーを脚に吹きかけるにあたって上下に振り出した島田の奏でるカシャカシャという音に被さるように
どこからともなくクラシックの荘厳とも滑稽ともいえないノイズが聞こえてきた。

『芸人の諸君、頑張って殺しあってるかな?』

「やべぇ、地図と鉛筆……っ!」
いつの間にか放送の流れる時刻になっていたらしい。
島中に仕掛けられたスピーカーから発せられるアナウンスに、野村が寸前まで浮かべていた笑みを消して声を上げる。
ここで禁止区域などを聞き逃すと、今後色々と厄介な事になりかねない。
慌てて己のデイパックを漁り出す野村の傍らで、赤岡は彼の私物であるMP3プレイヤーを取り出すと電源を入れて操作した。
「何やってんだよ、今更ヘヴィメタルか? 赤岡!」
「違う…録音モード。放送を、録音する。」
当然のようにその行動の意図がつかめない野村が声を荒げる一方で、赤岡は平然とそう答えてRECORDINGモードに切り替えた
MP3プレイヤーを天に翳した。
確かに放送を録音しておけば、後から何度でも聞き直してチェックする事も可能だろう。
いきなりの赤岡の奇行の理由がわかってホッとすると同時に、考えたな、と野村は口の端を笑みの形に歪めた。

しかし。


『……20番、磯山 良司。』

さらりと告げられたその固有名詞に、明るい色を帯びたばかりの周囲の空気は再び凍てついた。
しかも、最初以上の居たたまれなさと共に。




166: ◆8eDEaGnM6s
07/07/01 00:20:56
【号泣 赤岡 典明
所持品:MP3プレイヤー マイクスタンド
状態:左腕に裂傷・右頬に軽い火傷・全身に強い打撲・疲労・朦朧
基本行動方針:生存優先・襲われたなら反撃もやむなし・でも殺さない
第一行動方針:放送を録音し続ける
最終行動方針:悔いのないように行く】

【号泣 島田 秀平
所持品:犬笛  (以下、水色のリュック内) 缶詰2個 シャツ
状態:額に裂傷(手当て済)・呆然
基本行動方針:生存優先・赤岡達を信じる
第一行動方針:……………。
最終行動方針:不明】

【江戸むらさき 野村 浩二
所持品:浦安の夢の国の土産物詰め合わせ 缶詰2個 薬箱
状態:ややバテ気味・呆然
基本行動方針:生存優先
第一行動方針:……………。
最終行動方針:不明】

【C8・山中】


【16日 00:03】
【投下番号:213】




色々とお騒がせしてしまい申し訳ありません。もうしばらく投下します。

167:名無し草
07/07/01 16:22:53
号泣編乙です!
磯山の死を知った3人のリアクションが・・・
切り方が絶妙過ぎです。次回も楽しみにしてます!!

168:名無し草
07/07/02 18:12:02
プラン編ドロドロしてきたーvv
ギブソンはよ帰ってこい!
あんだけ躊躇いなく人殺してる鈴木が何か健気に見える不思議。

169:名無し草
07/07/02 19:40:16
号泣編乙ですー
続きが気になる…!
号泣も江戸むらさきもよく知らないけど、読んでいくうちに
引き込まれていつの間にか読み終わっています。
続き楽しみにしてます

170: ◆//Muo9c4XE
07/07/02 19:50:59
>>119-130 松竹本編第四話

 生涯プレイヤー アメリカザリガニ平井


 ゲームの序盤はストレスなく進行するのが筋である。

 アミューズメントパーク内に設置されているゲームセンターは、入り口と入り口に接する一つの側
面がほぼガラス張りになっている。そのガラス越しに差し込む月明かりが、真っ暗な室内と園内を見
渡す平井義之の姿をぼんやりと照らしていた。
 闇には溢れ返る遊具すらも飲み込んでしまいそうな迫力があった。空に浮かぶ星たちも霞んで見え
るほど、圧倒的な存在だった。
 平井はこのバトルロワイアルに欠けている重要なあるものをまず求めた。そして手に入れた重要な
あるものに触れた。触れた先は紛れもなく、ガラス張りの壁である。
 平井はその大きな窓を一見した。過去出会った事のない、巨大なゲーム画面であった。それから嬉
しさをこらえきれず笑った。声には出さず、密やかに。
 長い時間そうしていた。平井は次第にうんざりした。バトルロワイアルという甘美な響きとは裏腹
に、静かで刺激のない時間が過ぎていく。カボチャの馬車も特大観覧車も、ライトアップなしではメ
ルヘンの欠片もない。変わり映えのない景色が平井を飽きさせたのだ。
 それでもつい先ほどまでは出入りする人の姿が見られた。しかし遠目で何者なのか確認できない上
に、こちらを尋ねてくる様子もなく、平井は苛立っていた。何も起こらないバトルロワイアルで暇を
持て余しているのだ。一向に進む気配のないゲーム画面は、まるでバグにでも見舞われたかのように
静止していた。

171: ◆//Muo9c4XE
07/07/02 19:52:07

 とうとう本格的に飽きてしまった平井は、一面に広がるゲーム画面を背に部屋の中心部へと向かっ
た。行儀よく整列したアクション系のゲーム台へと飛び乗り、散乱している椅子に両足を置く。そば
に放置してあるデイパックを引き寄せると、中から支給武器である無線機を取り出し、柳原にして見
せたようにゲーム台の上へと並べ始めた。小柄な無線機とインカムが二組、それから何故かもう一機、
形の違う無線機が横に並んだ。他よりも更にコンパクトで、超薄型のものだった。
 平井は時間を潰すかのように一つだけ形の違う無線機を手に取った。あるスイッチを入れると警告
音のようなものがけたたましく鳴り響き、すぐにスイッチを切った。小さくため息をつく。
「あー暇や……」
 わざとらしく、声を上げて伸びをする。ついでに欠伸も漏らしてしまうが、眠気など少しも感じて
いなかった。手に持っていた無線機を放って、何かする事はないかと脳を動かした。
 こんなに暇を持て余しているとはいえ、平井はこれまでの間全く何もしていなかったわけではない。
 柳原が去ってから……いや、それ以前から。着実に『準備』をしていた。今こうしてじっとしてい
る間にも平井の計画は進んでいる。目に見えない計画の進行を想像すると、平井はどうしても顔が綻
んでしまう。しかし、その様子をこの目で確認できない憤りと、思いのほか自由に動きすぎる柳原の
存在から、気が立っていたのも事実である。
 平井は思い返していた。「みんな一緒に」なんて、いい歳して随分可愛い事を言うものだ。顔も知
らないような芸人いくらでもいるくせに。柳原が異常なまでに慕う事務所の先輩芸人、ますだおかだ
の岡田圭右を連れて来ると言い出した時、正直戸惑いを隠せなかった。岡田には何の恨みもないのだ
が、自分の計画が崩れていくのは嫌だった。柳原にはまず他に、重要な役目を果たしてもらう予定だ
ったのに。
 それに―。

172: ◆//Muo9c4XE
07/07/02 19:53:24

 岡田を連れて来る場合、もしかしたらどこかで落ち合った彼の相方増田とまで顔を合わせる事にな
るかもしれない。増田が反バトルロワイアルを唱えている事は、一般的には伏せてあったとはいえ、
そこそこ親しい芸人の間では有名な話だった。
 平井はバトルロワイアルを否定しない。だからこそ、生真面目で頑固な増田には会いたくなかった。
柳原を行かせたのは失敗だったかもしれない。
 今更ながら平井は軽率だった自分の行為を悔いた。
 どうしたものかと顔を上げた。そしてあの壮大なゲーム画面へ目をやった時、平井はふとその違和
感に気づいた。そこには先ほど見ていた景色と明らかに違うものがあったのだ。まるで天から光が差
すように神々しく、酷く眼球を刺激した。数度瞬きを繰り返すと、燃える火の先が揺らめきたってい
るのがわかった。建物に隠れその全貌までは確認できなかったが、何かが燃えていることは確かだっ
た。火元はさほど近距離ではないが恐らく敷地内。それも相当大きなものが燃えているらしく、劫火
の如く、夜を支配していた。
「これはこれは」
 平井は思わず身を乗り出した。天を突き刺すほどの猛火を眺め、まるで夕焼けでも見るかのように、
うっとりとした表情をあらわにした。
 人間の欲深さを映し出すかのような灼熱の夜だった。火の粉は欲望に塗れ消えていった、悲しき理
性のよう。
「粋な演出、なんやけど」
 火はやがて消える。その生命力は幼く、人の力を借りなくてはすぐに途絶えてしまう。炎を上げた
ところでそれは何の象徴にもならず、この世界は愚かこの島すら征服できない。

173: ◆//Muo9c4XE
07/07/02 19:55:42

 平井は口元を歪ませ、そばにある椅子を掴んだ。そしてその椅子をおもむろに入り口付近にあるク
レーンゲームのガラス枠へ向かって投げつけた。鋭い音を立てて飛び散ったガラスの破片を踏みつけ
て、割れた空間から悪趣味なクマのぬいぐるみを取り出す。

「これはゲームやのになあ。勘違いしたどこぞのアホが……でしゃばりよって」

 そのクマの顔が潰れるくらい力を込めて握った。平井は苛立ちを隠す事なくまた部屋の中央へと向
かいゲーム台に飛び乗る。月明かりはもうこちらを照らす事はなく、変わりに届くのは必死に燃え盛
る炎の明かり。平井の不服そうな顔がハッキリと浮かび上がる。しかし、彼の心の底までは照らして
くれないようだ。
「このゲームは不完全や」
 だがこれまで、完全なるゲームなど存在しただろうか。するはずがない。存在してはならない。バ
グは全て摘み取っては面白くない。バグはプレイヤーを楽しませる一つのサプライズであり、初心者
には真似できない最高の攻略法を生むきっかけになり得るからだ。
 そしてこのバトルロワイアルでエンディングを迎えられるのはただ一人。多くのプレイヤーが同時
プレイできるオンラインゲームであっても、エンディングは各々に用意されている。このゲームに求
められているのは「一番」になることだ。いかに素早く、いかに効率よく、いかに泥臭く……全く新
しい概念のようで、しかしどのゲームとも変わらない。ようは他のプレイヤーよりも早く「攻略」す
れば良いわけだ。
「いつもやっとることと変わらへんやんけ」
 世のゲーマーたちのほとんどは、エンディングを見るためにゲームをするのではない。ゲームを完
全に攻略しその限界を追求する事で味わえる、例え様のない快感と達成感を得る為だ。エンディング
とはそのおまけにしか過ぎない。それが彼らの『ステータス』である。
 たかがゲーム、コツさえ掴んでしまえば勝ちは見えてくる。

174: ◆//Muo9c4XE
07/07/02 19:56:56

 平井は一通り思考を巡らせた後、おもむろに参加者名簿を取り出した。火影に照らされたその名簿
には、放送で流れた死者の名前に薄く打ち消し線が引いてある。
 ―半日で死んだ芸人はまだ少ない。このペースやとゲームは成り立たん。
 平井はじっとその名簿を眺め、自分自身に言い訳をした。まだ始めたばかりなのだから仕方ない。
どんなゲームも最初の1、2回は標準以下の記録しか出せないものなのだ、と。
 平井の頭の中では300近い数の駒が我先にと倒れ込んでいく。
 問題は数じゃない。多人数のボス戦ならやっかいな敵から倒していくのが鉄則であるように、どん
な時も戦略が明暗をわける。わずか1ターンでも無駄にした者が日の目を見る事はないだろう。
 「焦らんかて、最初は雑魚で様子見やな」
 ゲームの基本である。最初の敵が攻略のためのヒントを必ず抱えている。いや、攻略するための糸
口は、最初の敵から探るのが一番手っ取り早いのだ。
 平井はその記念すべき一番最初の標的を思い起こし、より効率のいい殺し方を模索した。
 遠くから伸びる火柱が更に勢いを増し、平井の表情は鮮明に浮かび上がる。
 その顔は、玩具を手に入れた子供のように美しく笑っていた。

175: ◆//Muo9c4XE
07/07/02 19:58:33

【アメリカザリガニ 平井善之】
所持品:無線機DJ-R100D(Lタイプ)×2 無線機DJ-X7×1 インカムEME-19A×2 クマのぬいぐるみ
第一行動方針:雑魚の倒し方を考える
基本行動方針:プログラムをゲームとして楽しむ
最終行動方針:ゲームの完全攻略
【現在位置:E1 アミューズメントパーク内ゲームセンター】

【8/15 23:56】
【投下番号:214】


>>149
とうとう水口まで崩壊!
731◆p8HfIT7pnUさんの作品は危ういキャラまみれですねw
展開が予想不可能です。

>>156
誤解フラグktkr
単体でも戦闘力……というか迫力のある三人なので、この展開は震えてきます。

>>166
野村の噛みにほっこりして、最後の放送で凍りつきました。
放送を録音するって発想は面白いですね。

176:名無し
07/07/02 20:00:48
こんにちは、初めてカキコします。
リアルタイム更新乙です!!

うわぁ、平井さんが狂気に・・・続き、楽しみです!!
ひそかに応援してますね!!

177:名無し草
07/07/02 20:21:27
あげんなボケ

178:名無し草
07/07/02 21:13:28
ちょvv平井怖ぇ!
前回正統派対主催とか思ってたのに見事に騙された。
面白かったです、次回もよろしくお願いします!

179:名無し草
07/07/02 21:47:11
松竹編乙!!
2002年verは良い奴だったから意外だ。
平井は何を企んでいるんだ?気になる!


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