07/03/22 17:15:07 PNxCC1zr0
なんで沖縄に鉄道が敷かれないか知ってるか?
これは沖縄県民なら誰もが知っている暗黙の常識。
例えば自宅のある糸満市から職場の北谷まで、興南の選手につかまっていれば、
たった5分で往復できるわけである。 しかも興南の選手は気前がいいから無賃。
利用者が「大変だったでしょう、ご苦労様」と千円札を手渡しても、「うるせえばか」と一蹴。
これは便利だとばかりに県民はつぎつぎと興南の選手を交通機関として利用するようになり、
県内・国内の行き来はおろか、海外旅行にも興南を利用するのが常識となった。
その需要は、オイルショック時のトイレットペーパーの需要に勝るとも劣らないほどだった。
その結果、鉄道はおろか飛行機すらも存在価値がないということで、
飛行場建設の話も立ち消えとなった。(那覇空港は興南ナインが痛風にかかったときのみ臨時営業)
しかしそこで自慢の足を酷使しすぎて、本業の野球を疎かにしたため、
沖縄県大会ではナイン全員が疲労骨折の状態となってしまった。
さらにキャッチボールの仕方まで忘れていて、中には本気で足にグラブをはめようとする選手もいた。
ユニフォームを着るのに丸一週間かかる選手もいた。
ロージンを水出し麦茶のパックと勘違いしてコップに入れて飲もうとする選手もいた。
裁弘義監督もさすがに唖然としたが、その監督自身もプロテクターを付けて采配を振るっていた。
しかしそんな状況でも興南ナインは挫けない。
グラブのはめ方やバットの持ち方が滅茶苦茶でも、興南ナインにはハイセイコーも苦笑いするほどの脚がある。
疲労骨折をしていてもベース1周13秒台の健脚は健在である。
「むしろ、これぐらい足がしびれていたほうが走り甲斐がある」と明らかに強がる選手もいたが、
どんな状況下でも最高のパフォーマンスを発揮し続ける興南ナインの逞しさには、
ただただ頭が下がる思いだった。