06/11/22 13:33:55 03D3pffP0
>>6
スルツカヤは、白人の中では比較的、「自由な」演技に見える。(逆かな?)
「ロシアの伊藤みどり」だそうだが、この意味でふさわしい。
ところが、それでもまだ芸術性の限界が見えている。
これらは、
(欧米文化で育った人から見れば、別に見えるのだろうが)
アジア系の出現以来、基本的には、「自由な芸術」に圧倒されつつあるのではないか?
ここでの芸術性は様式に囚われない自由な表現を意味すると理解しました。アジア系と限定されてますが、ズバリ現代の
日本を指すものであろうと思います。またスルツカヤの自由度を伊藤みどり性ともいうべきものとの関連で考えられてい
るようです。現在の日本のトップスケーターたちのなかで伊藤みどりの影響あるいは伊藤みどりによって獲得された自由
な表現の土壌に立っていない人というと、荒川静香くらいではないかと思います。その根拠は彼女たちのジャンプのエッ
ジワーク(でいいのかな)が(トリプルアクセル完成後の)伊藤を規範にしているように見えるからなんですが。この自
由を享受するためには理論上は3Aが必須のように思われます。現在トリプルアクセルをプログラムに取り入れているのは
中野友加里と浅田真央です。日本の芸術性のメインストリームはこの方向にあると思いますが、これもけっしてナンデモ
アリの「La Boutique Fantastique」とはいかないでしょう。こちらのほうも西洋の様式芸術に負けず劣らず限界が厳
然としているのではないですか。フィギュア関係者たちはどこまで認識されているのかわかりませんが。