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慶長五年(一六〇〇)、関ヶ原の合戦に敗れた石田三成が敗残の身を刑場へ護送されていく途中でのこと。
三成「喉がかわいた。湯をもらいたい」
兵士「人家はなく湯は求めがたい。ここに柿を持ち合わせておるので、かわりにこれを食されるがよろしかろう」
三成「いや、柿は痰の毒じゃ。ごめん蒙る」
兵士「ハハハ。これから首を刎ねられると申すに、痰の心配をして何になろうか」
三成「小人にはわかるまい。大義に殉じようとする者はたとえ処刑される間際になっても、自らの命を惜しみ、志を遂げようと心がけるものなのだ」