06/12/11 14:28:42 JdeELNY80
「長船さんは、北京五輪日本代表監督は来年の七月までに決めればいいことと、
当初のスケジュールを長嶋さんに伝えたきり。
その後、何度も会ってるのに決定時期が前倒しになっていることさえ、知らせていない。
長嶋氏と親しい球(ryが憤慨して舞台裏を明かす。
北京五輪日本代表・長嶋監督騒動が起こったのは六月初旬。
五月末に「北(ryに山本浩二氏浮上 長船(ryが就任要請」
という報道が引き金だった。
これを見た長嶋氏が長(ryに連絡を取り、
「アテネ五輪の雪辱を晴らすために、北京五輪で指揮を執りたい」
という意志を表明したのだ。
この極秘階段を長(ryが暴露してスポーツ紙に書かせた。
「長嶋さんは元気そうだった。オレがOKすれば誰も反対はしないだろうし、
長嶋監督で決まるだろう」。
この長船発言で、一時は一気に長嶋監督内定ムードが高まった。
ところが、長(ryの暴走人事にアマ首脳、プロ側が一斉に猛反発。
六月十五日の全日本野球会議幹事会で責任を追求された長(ryが、
「長嶋監督で決まったわけではない。お医者さん、家族の許可、
さらには長嶋さんの所属する読売の了解が必要になる
その全てがクリアされても、決定ではなく、長嶋さんは候補の一人ということです」
と釈明した。
自分勝手に長嶋監督決定をぶちあげておきながら、袋叩きにあうと手の平を返して白紙を強調。
この時に、プロ側が「監督の人選は慎重にやる。来年の七月くらいまでに決まればいい。
アジア予選は十一月なのだから」という太いクギを刺したが、長(ryにはヌカにクギだった。