06/12/04 20:19:12 /+f4Ljgz0
チーム1小さい身長170㌢。
低いリリースポイントから放たれるボールは、打者にとっては浮き上がるように見えるという。
「どうなんでしょうか?ぼくはこの投げ方でしか、投げてないので。
体が小さいから頑張ってる部分はゼロです。全く関係ないですからね。」
ハンディと見られがちな小柄な体を最大限に生かす工夫で、
プロ球界のタイトルホルダーになった。
中学3年の時の決断がなければ、プロ野球選手にはなっていなかった。
徳島、生光学園中時代は軟式のエースとして活躍。
名門・徳島商に進むことを決めていたが、生光学園高が野球部に力を入れることになった。
「ぼくが家にいない間に監督さんが来て、おやじがお世話になりますって言っちゃったんです」と笑う。
これが野球人生の分岐点になった。
「徳商に行ってたら、甲子園に行ってたと思いますが、東京の大学には行ってないですね。
体が小さいからショートでという話でしたし。生光ではピッチャーをやらせてくれたし、
監督さんが駒大出身だったんです。いい出会いがあって、運がよかったです」。
駒大、日本通運と進みながらプロを目指した。
宅配便のドライバーも経験した社会人時代は、2年でドラフトにかからなければ
プロの夢はあきらめるつもりだった。
「体が小さいから、即戦力じゃないと取ってくれない。プレッシャーはありましたが、
絶対に2年で結果を出したら行けると確信してました」。
02年のドラフト4巡目で日本ハムに入団した。