08/05/24 22:11:05 0
「…行ってくる。」
「うん、行ってらっしゃい、ゴンちゃん。気をつけてね。」
朝。金剛に新たな任務の依頼を受けた山田は、滴に見送られ『家』を後にする。滴は彼がどんな仕事をしているのか、どこに行くのか、まったく知らされていない。
だが、彼女はそれを知ってはいけないことだと、自分が知ったところで彼のためになることは何一つないと理解した上で、敢えて彼に訊くこともせずに今日も笑顔で彼を見送る。
そんな彼女の笑顔は、毎日死地に赴く山田に希望を抱かせてくれる。この笑顔のために、俺は死ねない――。そんな思いにさせてくれた。
数時間後、山田は部下たちとともにスラム街近くのダウンタウンを疾駆していた。
「旦那、今日の任務の、『ヤハウェケース№2を確保せよ』ってなんなんすかね?標的は人間らしいっすけど、なんのためにそんなことわざわざ…」
「…うるせぇぞ。俺たちはんなこと知らなくたっていいんだよ。黙って働け。」
無駄口を叩く部下を山田は諌める。今日の目的はそう、『ヤハウェケース№2』と呼ばれる人物の拉致、もしくは抹消である。
標的が何であろうと山田ら末端の戦闘員には何の関係もない。ただ淡々と与えられた仕事をこなせば、相応の報酬が与えられる。それがプロだ。
・・・だがそんな山田も、今日ばかりは『上』の連中のいつもとは違う様子に多少の違和感を感じていた。
(虐殺部隊全隊投入に加えてセカンドナンバー級の幹部も投入されている。・・・それに何よりも―。)
山田が振り返ると、はるか後方に黒塗りのリムジンがわがもの顔で山田たちについてきているのが見えた。
(金剛サン――最高責任者自らが出張ってくるほどの標的とは、いったい何だ・・・?)
山田は任務内容に一抹の疑念を抱きながらも、淡々と目的地へと向かった。
その疑念が、現実のものとなることを知らずに――…
「おい・・・・、これはどういうことだ。」
目的地に到着した山田が漏らした言葉には、理解出来ない怒りが静かに込められていた。
『ヤハウェケース2の反応を補足。作戦行動に移ってください。』
オペレータの声が無機質に響く。山田が戸惑うのも当然だ。目的地と呼ばれたその場所は、彼の『帰るべき場所』――スラムの孤児キャンプだったからだ。
「いやァー、まったく俺様は運がいい!」
金剛の上機嫌な声が山田の背後から高らかに響く。
「俺のプロジェクトに必要不可欠な素材がこんな近くに転がっているなんてなァ!」
金剛が嬉しそうに語るその傍で、山田はただ茫然と自分の帰る場所を見つめていた。
「『ヤハウェケース№2』・・・天音 滴。こいつの『コード』が今日の目的だ。捕縛出来ないなら殺しちまっても構わん!」
滴の名前が出て、山田は堪え切れずに金剛に掴みかかる。
「これは…これはどういうことだッ!!金剛サンっ!!!」
しかし、その手は金剛に届く前に側近のSPによって阻まれた。
「滴は・・・俺の『家族』だッ!!あんたは約束したはずだ!!俺が機関を裏切らない限り、家族の安全を保障するとッ!!」
「あァ…確かにそれを条件にお前と契約を交わした…。だがな。」
金剛が合図すると、虐殺部隊や機関の黒スーツたちがそのみすぼらしいテントの集合体にどんどん群がっていく。
「!!…おい貴様らァッ!!やめろ!!」
山田が自分の部下たちを止めようと彼らに掴みかかろうとした――その時だ。
ド ン ッ
耳をつんざく轟音とともに吹き飛ぶ機関の兵隊たち。その中心は光に包まれている。
「!!?」状況が呑み込めない山田は、その光景にただ茫然とするしかなかった。その背後から、金剛の静かな声が山田に問いかけた。
「『あれ』は――本当にお前の『家族』なのか?」
光の中心が姿を現した。まばゆい光に包まれたその姿には、山田がよく見慣れた優しい笑顔があった。
「・・・滴・・・・?」