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七重の精神は、人見知りをするほど繊細にはできていないが、
ろくに面識もない者三人と食卓を囲むとなると、さすがに居心地の悪いものがある
割り方、話のできる国崎などは、カレーを一口食べたぎり、
台所に引っ込んだまま出てこようとしない
もっとも、たとい国崎が傍らにいたとしても、
七重の心持が軽くなるかどうかは定かではない
>「…このカレーって、美味いけどぶっちゃけゲテモノだよな」
というのは、国崎が連れてきた客人の一人、眼鏡をかけた男性の言葉である
対応して、ぎらりと閃いた七重の眼光は、眼鏡のレンズを貫通し、
男性の網膜を刺突すべくして直進した
しばしの沈黙が痛い
「分かる奴には分かる」
そう呟いた七重は、カレーを食べようともしない白黒青年に対し、ちらりと視線を投げかけた
そして再び、眼鏡の男性の方角へ目を向ける
少なくとも先程よりは、友好的なものが双眸の奥に在しているであろう
さても、もう一人の客人であるスーツの女性に至っては、
食事を相手にすることもなく早々に立ち上がり、店内を物色し始めた
それにつられるようにして、白黒青年も立ち上がり、ふらふらと台所へ姿を消した
各々方が気楽であると言えば聞こえは良いが、全く散々な食事会である
結局、残された分のカレーは七重が始末した
次いで、眼鏡の男性が食べ終わったのを見て、皿を没収し、
出来るだけ早く、出切るだけ綺麗に全ての食器を洗うと、
丁寧に水を切って棚に戻す。要領が良いと言えば、良い
思いがけずその横では、青年と国崎が仲良く肩を並べており、
哀愁じみた、何やら不穏な空気を発散させていた
居間に戻った七重は、台拭きで以ってテーブルを掃除すると、
億劫そうな表情にて大あくびを放った
何時の間にやら、スーツの女性も舞い戻っている
七重は、眠気に淀んだ目を動かし、彼女の瞳を垣間見ようとしてみたが、
二人の視軸は交錯することなく、揺らめいて反発するのみであった
発生した溜息は、薄暗いモヤとなって、
しばし居間の電灯をちらつかせると、空気に溶けるようにして霧散する
七重は翻って隣室へ入り込むと、襖から布団を引っ張り出して敷き、
すぐさまそこに潜り込むと、自意識を闇へ落とすべく努めた
白黒青年の用に足りるのは、店長たる国崎である
客人二人にしても、国崎についてきたのであって、自分に話があるわけではなかろう
そういう考えが、七重の念頭にあった
四人の話を妨げまいとして、早々に寝具へ退避したのである
空気を読んだと言うべきか、それは余りに、
コミュニケーションの拒絶を目的とした、ただそれだけの空しい行為であった