08/05/27 22:50:39 0
>>105
――夜は好きだ。私が産まれたのが夜だったから。
この住宅地は人通りが少ないのか、車の騒音も少ない。
満月の光が差し込む中、先程から聞こえるのは、目の前に居る三人の寝息だけである。
――いや、訂正しよう。四人に増えた。
私は腕に抱えた籐堂院 瑞穂をソファに持たれ掛けさせた。
割と大変だった。山田と池上を同じリビングに集める作業は男手であっても疲れる。
「馬鹿、寝ている場合か! ……テメェ、何をしやがった!?」
"剣"が声を荒げて食って掛かってくる。
「黙っていろ、舞台はもう始まっているのだ。
それにしても、山田。お前はかなり汗臭い。ちゃんとシャワーを浴びているのか?
良い機会だ、香水を付けて見ると良い」
山田は香水でも付けるべきだ。それがマナーだ。
そもそも香水という物はシャワーを浴びる習慣の無かった中世フランスで発明された物だ。
君にはお似合いだよ、と彼の額を突付いた。
「起きろ瑞穂! おい!」
"剣"は必死に持ち主の瑞穂を起こそうとしている。
「無理矢理起こそうとするな。目覚め方が悪ければ、最悪一生植物状態のままだぞ」
「くっそぉ……!!」
万事休すという奴だ。腕時計を見るもう直ぐか……。
「ん、もうそろそろテクスチャが剥がれる頃だな……。
――3、2、1……。アリスはまだ夢の中だ」
剣を持ちながら四人を見下ろす。もう舞台は終わった頃だ。
「驚いたか? なに、ちょっとした余興だよ。
どうだ、気分は……。全員聞こえているんだろう? 私の声が。」
昏倒している人間に気分は如何だと言うのも可笑しな話ではあるが。
「今まで君達が見てきたのは、君達自身が望んだ幻想。
私はその背中を少々押してやっただけだ
肉体の方は心配無い。皆、可愛らしい寝息を立てているよ」
ここに居るのは、山田権六に池上燐介、リンに籐堂院 瑞穂だけだ。
私が乗ってきた車の中にハーケンが乗っている。勿論、熟睡中だ。
彼らがどんな夢を見たのか知らないが、多少興味は在る。
自分では覗く事が出来ないから……。
「種明かしをしてやろう、簡単な話だ。今、君達は心の迷宮の中に居る」
『精神構造迷宮化(不思議な夢のアリス)』。それがこの技の名前。
発動した場合、対象者は即座に昏倒し植物状態となる。そして仮想空間という迷宮の中に囚われる。
この技は他の二つと違い、発動条件に『視界に入れる』『声の届く範囲』などの条件が付かない。
本来は私の能力が全く効かない人間、つまり目や耳が不自由な人間に対して使用する技だ。
発動条件は"範囲内に入る"事。フルパワーで200m、ミニマムで80m。
基本的には単体対象だが、指向性のオン・オフが可能で、切った場合射程が延びる。
今回は指向性をカットしフルパワーで発動させたから、当然周囲の人間も巻き込んでしまった。
まぁ、余興が終わったので精神を手放してやったが……。
強力な反面、それに伴うリスクは桁違いに高い。今の私は精神力の消耗が著しい。