03/04/26 13:39 yyDsKApG
>>194
解釈の仕方はいくつかあるだろうが、釈迦の洞察力はやはり「死」=「涅槃」
と見抜いていたと私は思う。つまり煩悩を残して死ねば、つまり解脱せずに
死ねば再び輪廻転生により蘇り、人生という苦しみを再び味わわなければ
ならない。基本的に人生は「一切皆苦」であるから、否定的にとらえられている。
そこで、解脱した上で修行の最終段階として「涅槃」に至ることは、すなわち
完全な「無」となることであり、二度と転生せず、消滅ができるのである。
仏教を変に肯定的にとらえるのは自由だが、原始仏教の、更に釈迦の「本心そのもの」
は釈迦が母親の愛を受けなかったことなどにより鬱病傾向があったことからも推測できるように、
かなりネガティブ、ニヒリスティックで、人生は「修行」ではあるが、それも絶滅に
至り、楽になるための「手段」として「煩悩を捨てろ」と解いたのであり、シニカルな雰囲気が付きまとう。
私の考えでは仏教はこのような虚無的、冷笑的なところがあるからこそ、本当の意味で「心の弱者」
の味方になれる思想だと思う。(元来宗教ではない)こんな傾向は時がたち、大乗仏教に変わって広まる
間に薄まっり、「法華経」のように現世肯定に行き着いたりもする。これは仏教の「宗教化」による
といえるであろう。なんてちょっと知ったかぶってみたり。