03/06/23 19:05
>>381さん
>>あなただって生活のなかで根拠もなく信じてるでしょ。
考えてみたんですが、自分の視点では思い当たる事がありませんでした。キリスト教に
関わる方たちから見て、僕達非信者はどのように見えるのでしょうか?できれば具体例
を上げてもらえるとうれしいです。
>>382さん
昔、自分はもしかしたらハイエナの子供なんじゃないかと考えた事があります。382さんの
言う通り、受精の瞬間を本人が確認する手段はありません。ではなぜ僕が親子関係を信じられるのか?
それは自分をここまで育ててくれたと言う「事実」があるからです。極端な話、僕はハイエナから産まれたのが
事実だとしても、「ああそうなの」ぐらいにしか思いません。誰から産まれたのかは僕にとってはさほど
重要な事ではないのです。なんか「生みの親より育ての親」でしたっけ?僕の考えはまさにあれなんです。
ハイエナっていうのは言い過ぎかもしれませんが、仮に今自分の目の前に産みの親が現れても、その方を
親と認めるのは難しいでしょう。僕の親は「僕を育てる」という行動によって僕の親である事を示してくれたのだと
僕は思っています。だから僕は親を信じられるのです。でも聖書を読み終えたら、また違った考えが形成
されるかもしれません。