13/05/13 22:00:46.74 Svfq6tTo0
>>135
朝鮮戦争が終わって軍隊慰安所と「公式的な」軍慰安婦の存在は解体されなければならなかっ
たが,韓国政府の望みは性病統制だけでなく,彼女たちに対する効率的な統制であった。特に,
朝鮮民族/外国人(他者),性売買女性/一般女性,内国民相手の性売買/外国人相手の性売買
などの多様な境界に対する国家権力と「一般国民」の不安感は,外国人を相手に性売買を行う
女性に対する強力な統制方法についての関心につながっていった。そうしてソウル市内の随所
に広がっている私娼と「洋公主」を一定地域に集結,統制しようとした韓国政府の関心と効率
的な戦闘力向上のため安全なセックスおよび性病防止対策に悩んでいたアメリカ側の利益が一
致し,両国の協議が始まった。
これを受けて性病防止のための<性病対策委員会>が韓米間に組織され,1957 年第 4 次会議
において「慰安婦」女性を一定地域,すなわち国連軍,韓国軍駐屯地およびソウル,釜山,大
邱などに集結させなければならないという意見が提起され,この問題を米 8 軍と協議すること
が決まった。委員会に参席した米経済調整官室(OEC)〔Office of Economic Coordinator〕側の
関係者は,この問題を韓国政府が決定して欲しいと提議した。そしてこの決定により,米 8 軍
ではソウルに接客業所 10 ヶ所,仁川にダンスホール 12 ヶ所,釜山にダンスホール 2 ヶ所など
を指定し設置した。これにより,1957年保健社会部傘下の性病診療所 89 ヶ所のうち半分近い
43 ヶ所が,米軍基地が集中するソウル,釜山,大邱,坡州,楊州,平澤の 6 地域に設置される。
妓生,酌婦,女給,ダンサー,下女などとともに定期的に性病検診の対象となった洋公主とい
う範疇は,今や国家機構によって公式的に「慰安婦」と「米軍同居女」の二つに分類され,他
の性売買女性と区別して統制され始めた。