13/02/04 23:03:22.16 7BcSaBkv0● BE:134283825-BRZ(10000)
sssp://img.2ch.net/ico/sii_kouji.gif
名古屋祭:河村市長が復活構想 空襲で山車焼失、途絶
URLリンク(mainichi.jp)
名古屋最大の祭り行列として栄えたが、第二次大戦で山車が焼失するなどして
戦後途絶えた「名古屋東照宮祭」(通称・名古屋祭)の行列の復活を、
河村たかし名古屋市長が検討していることが分かった。
最盛期には山車9基を含む約6800人の大行列が名古屋城付近を豪勢に練り歩いた。
山車の再建などハードルは高いが、河村市長は「本物の名古屋祭を後世に伝えたい」と意欲的で、
指示を受けた市総務局が資料収集など調査を始めた。【三木幸治】
市教委などによると、徳川家康をまつる名古屋東照宮(同市中区)の祭礼で、
家康が死去した後の1618年に始まり、次第に尾張藩の威光を世間に伝える全国有数の祭りとなった。
目玉は山車行列で、町奉行を先頭にからくり人形を載せた山車9基、みこしなどが列を作り、
名古屋城から若宮八幡社(同市中区)付近まで約3キロを練り歩いたとされる。
だが明治に入ると行列は縮小。空襲で山車が焼失したことが大打撃となり、行列は途絶えた。
現在は同宮内で神事だけ行われている。
市では戦後、毎年10月に市中心部で新たな「名古屋まつり」を開催し、
住民らが織田信長ら三英傑に扮(ふん)するパレードを行ってきた。
名古屋まつりは14年に60回の節目を迎えるため、市はこれに合わせて旧来の名古屋祭の行列復活を目指したいという。
ただ、課題は多い。山車を復元するにも、当時の資料の多くが失われている。
1基数億円かかる資金をどう調達するかも決まっていない。
名古屋城付近はオフィス街に変容したため住民が少なく、
山車の引き手をどう集めるかも問題だ。