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銀座にも愛国婦人会というものがいました。国の主導では無く銃後の女性で作られる組合です
主な活動は街角でぜいたくな服装をしてる人をとがめることです
母の友人の結婚式があり、私は母に連れられて満州から本土に戻りました。
軍人で満州鉄道に関わっていた父は満州に残らざるを得ませんでしたが
「一度皇居を見てくるといい」と私の同伴を後押ししてくれました。
満州の荒野や新しい都市も素晴らしかったですが、歴史があり、何より大日本帝国の中心であった東京
私は軍国少年として大きな期待を抱き、満州の荒野を鉄道で走り、船を乗り継ぎ初めての本土に向かいました
東京に着くと母の実家で母も私もおめかしをし、皇居に向かいました
皇居の見学のために父が人を紹介してくれたので、その待ち合わせが銀座だったのです
当時は贅沢品の規制が行われていましたが、それでも皇居のお膝元にふさわしい
活気溢れてる素晴らしい街だと思いました
待ち合わせの為に母と二人で「銀ブラ」をしていると愛国婦人会が声をかけてきました。
精一杯のおめかしをしている母を見て、「ぜいたくは てきだ」のたすきをしているモンペの婦人が母を睨み付けると
「お前はどこの出身だ、満州か、朝鮮か!」と怒鳴りつけてきたのです。母が
「友人の結婚式のために満州からこの子を連れて参りました」と言ったところで
母は顔にツバを吐きかけられました
はいこれ