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ある県の村の国保診療所にA先生という医師が一人で勤務していました。もともと産婦人科でしたが、診療所には色々な患者さんも来ます。
血圧の管理から、外傷の縫合まで何でもやっていました。診療所でA先生の診療を見学して、最後の患者が帰った後、A先生は自治医大学生を前に話しました。
「私はこの村に骨を埋めるつもりで赴任して来ました」
学生達は雷に打たれたように、その言葉を聞いていました。自分たちは卒業後一定の年限僻地医療に携わることが決まっているのですが、
具体的にどんな過疎の村でどんな医療を行うのかはよくわからない状態でした。義務年限が終わったら僻地から引き上げ、地元医学部附属病院で働いたり、
市中病院への就職をするのだろうと、ぼんやり考えていたのです。
そんな義務を背負っている訳でもないのに、このA先生は自らの意志でこの村に赴任し、一生をその村の医療に捧げると言います。
それから数年後、この村の診療所は2人医師体制となり、自治医大卒業生が交代で赴任することになりました。A先生と2列で外来を行い、
夜間救急対応も一日おきに行います。その体制が始まってさらに数年、A先生は定年退職することになりました。その後も村内にある
特別養護老人ホームの嘱託医として活動を続けることになりましたが、その村を離れて故郷に帰る、ということは考えていないようでした。
A先生退職後は、自治医大卒業生と、県立病院からの短期サイクル派遣で2人医師体制を維持することになりました。A先生退職時に、
村は形ばかりの感謝状を出しました。しかし、村役場の担当者も村民ももはやA先生に敬意を持っている様子はありませんでした。
今度来た県立病院からの派遣の先生はこんな新しい検査をやってくれるそうだ、進んだ新しい治療をやってくれるようだ。
それに引き換えA先生は大して検査もしないし、古い薬ばかり出す。そろそろA先生にはご引退頂いて、早く若手の先生2人体制の
診療にしてもらえないものか。
そしてそんな中A先生は定年を迎えたのでした。A先生は本当に村内に家を建て、そこに永住する準備が出来ていました‥。
医師が崇高な決意を持って地域医療に励んでも、なかなか実際には報われないようです。
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家まで建てたのに村民クズすぎワロタ…